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十
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「どうした。エーリク。何をまた騒いでいる。アブドゥルマリク。お前も生まれ変わったエーリクの前では、まるで子供の様だな。精霊の威厳は何処に行ったのだ」
二度目のラウとアブドゥルマリクの喧嘩は、またしてもディーデリックの一声によって収束した。アブドゥルマリクは子供の様だと言われたことが随分と不満だったのか、耳と尻尾を下げ小さな声でそれを主に訴えた。その姿はやはりどうあっても犬にしか見えなかった。
「さて、エーリク。今度の喧嘩の原因はなんだ」
エーリク。そう呼ばれたことに胸がちくりと痛んだ。ラウは決してディーデリックに恋情を抱いている訳ではない。どちらかといえば一方的な友情の様なものならばあると言える。十五になってから、短い間とはいえエーリクの記憶を通してずっと彼を見て来たのだから。だから悲しいのだ。一方的にだけれども、親しく思っている相手に正しく自分の存在を認識してもらえないのが寂しい。
それにエーリクだって本物は別にいる。確かにラウはエーリクの生まれ変わりなのだろうけれど。やはりラウはラウで、エーリクはエーリクだ。彼に正しくエーリクを認識してもらわなければいけない。
「――だって。ここに置いてあった馬車がなくなってるから驚いちゃって。それでアブドゥルマリクににおいを辿って探してよって言ったら嫌だって言うから。それで喧嘩になっちゃって」
けれどラウは努めて普通を装った。今はまだ考えが纏まっていないので、どうディーデリックにそれを言い出せばいいのか分からなかったからだ。それにエーリクともう一度、話をしなければならない。ラウとエーリク。それにディーデリックの三人が、それぞれどうなれば落ち着くことが出来るのか。それを考えていかなければならない。このままでは、きっとまた誰かが不幸になってしまうから。
「馬車か。ああ、そういえばロブレヒトが何か言っていたような」
ディーデリックは自分の背後に控えるロブレヒトを振り返り、主に視線を向けられた侍従は小さく溜息を吐き首を横に振ってそれに答えた。
「――旦那様。私の話を少しもお聞きになっていらっしゃらなかったようで。長年御側に仕えさせて頂いております身としましては、些か悲しゅうございます」
「ああ、そうだったか。すまんな。何と言っていたか」
ディーデリックは幼い頃よりの付き合いである侍従の慇懃な嫌味に苦笑を浮かべ、それから素直に謝った。彼らには主人と侍従という間柄よりも、どこか親子を思わせる様なものがあった。
「エーリク様が乗っていらっしゃった馬車は、今世の御実家に返却しましたと。それから積み荷はこちらへ納品される予定で御座いましたので、食糧庫へと運ばせました」
「だそうだぞ。エーリク」
ロブレヒトが状況を説明し終えるとディーデリックは再びラウへと向き直った。彼らはそれを何て事もないかのように言い放ったが、ラウは衝撃のあまりに口をぽかんと開けて呆然とした。
何て事をしてくれたのだろうか。冗談ではない。
「え、ちょっと困る。馬車がなかったら俺、何で家まで帰ればいいの」
「帰る必要はない。ここがお前の帰る場所だ。違うか」
違う。ラウの帰る場所はエンクラインだ。あの辺境の農村以外に帰る場所なんてあるだろうか。けれど自分の中のエーリクは、ラウの心と裏腹に歓喜している。嬉しい。嬉しい。帰る場所はここしかないと。
ああ、このままではいけない。エーリクと早く折り合いを付けなければ、自分は壊れてしまうかもしれない。だってこうも自分とエーリクの心は喧嘩をしているのだから。何もしなければ、まるで水と油の様にお互いが混じり合う事はない。
ねえ、ディーデリック。俺はラウだよ。エーリクじゃない。
そう目の前に立つ男に言ってやろうかと喉まで言葉が出かかったが、結局ラウはそれを飲み込んだ。何も考えが纏まっていない今、それを口にしたって悪戯に彼らを傷付けるだ。ああ、自分の体が二つに分かれてしまえばいいのに。そうすればエーリクはここでディーデリックと暮らし、自分はエンクラインに戻れるのにとラウは密かに溜息を吐いた。
二度目のラウとアブドゥルマリクの喧嘩は、またしてもディーデリックの一声によって収束した。アブドゥルマリクは子供の様だと言われたことが随分と不満だったのか、耳と尻尾を下げ小さな声でそれを主に訴えた。その姿はやはりどうあっても犬にしか見えなかった。
「さて、エーリク。今度の喧嘩の原因はなんだ」
エーリク。そう呼ばれたことに胸がちくりと痛んだ。ラウは決してディーデリックに恋情を抱いている訳ではない。どちらかといえば一方的な友情の様なものならばあると言える。十五になってから、短い間とはいえエーリクの記憶を通してずっと彼を見て来たのだから。だから悲しいのだ。一方的にだけれども、親しく思っている相手に正しく自分の存在を認識してもらえないのが寂しい。
それにエーリクだって本物は別にいる。確かにラウはエーリクの生まれ変わりなのだろうけれど。やはりラウはラウで、エーリクはエーリクだ。彼に正しくエーリクを認識してもらわなければいけない。
「――だって。ここに置いてあった馬車がなくなってるから驚いちゃって。それでアブドゥルマリクににおいを辿って探してよって言ったら嫌だって言うから。それで喧嘩になっちゃって」
けれどラウは努めて普通を装った。今はまだ考えが纏まっていないので、どうディーデリックにそれを言い出せばいいのか分からなかったからだ。それにエーリクともう一度、話をしなければならない。ラウとエーリク。それにディーデリックの三人が、それぞれどうなれば落ち着くことが出来るのか。それを考えていかなければならない。このままでは、きっとまた誰かが不幸になってしまうから。
「馬車か。ああ、そういえばロブレヒトが何か言っていたような」
ディーデリックは自分の背後に控えるロブレヒトを振り返り、主に視線を向けられた侍従は小さく溜息を吐き首を横に振ってそれに答えた。
「――旦那様。私の話を少しもお聞きになっていらっしゃらなかったようで。長年御側に仕えさせて頂いております身としましては、些か悲しゅうございます」
「ああ、そうだったか。すまんな。何と言っていたか」
ディーデリックは幼い頃よりの付き合いである侍従の慇懃な嫌味に苦笑を浮かべ、それから素直に謝った。彼らには主人と侍従という間柄よりも、どこか親子を思わせる様なものがあった。
「エーリク様が乗っていらっしゃった馬車は、今世の御実家に返却しましたと。それから積み荷はこちらへ納品される予定で御座いましたので、食糧庫へと運ばせました」
「だそうだぞ。エーリク」
ロブレヒトが状況を説明し終えるとディーデリックは再びラウへと向き直った。彼らはそれを何て事もないかのように言い放ったが、ラウは衝撃のあまりに口をぽかんと開けて呆然とした。
何て事をしてくれたのだろうか。冗談ではない。
「え、ちょっと困る。馬車がなかったら俺、何で家まで帰ればいいの」
「帰る必要はない。ここがお前の帰る場所だ。違うか」
違う。ラウの帰る場所はエンクラインだ。あの辺境の農村以外に帰る場所なんてあるだろうか。けれど自分の中のエーリクは、ラウの心と裏腹に歓喜している。嬉しい。嬉しい。帰る場所はここしかないと。
ああ、このままではいけない。エーリクと早く折り合いを付けなければ、自分は壊れてしまうかもしれない。だってこうも自分とエーリクの心は喧嘩をしているのだから。何もしなければ、まるで水と油の様にお互いが混じり合う事はない。
ねえ、ディーデリック。俺はラウだよ。エーリクじゃない。
そう目の前に立つ男に言ってやろうかと喉まで言葉が出かかったが、結局ラウはそれを飲み込んだ。何も考えが纏まっていない今、それを口にしたって悪戯に彼らを傷付けるだ。ああ、自分の体が二つに分かれてしまえばいいのに。そうすればエーリクはここでディーデリックと暮らし、自分はエンクラインに戻れるのにとラウは密かに溜息を吐いた。
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