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第1章〜幼少期編〜
第5話。誘拐
しおりを挟む国内では敵なしと言っていい程強いアッシュが、未だ副団長の座に収まっているのは、その性格のせいだ。王侯貴族に対して敬意を払わず、非番の日には城下町で飲み歩く。街の警備兵の世話になったこともある。けれど俺は、アッシュがある事柄において1本筋を通していることを知っている。
それを知ったのは、去年のとある事件の時だ。あの時はまだ、アッシュの事を嫌っていた。
「ほら殿下ぁ。足元疎かですよぉ~。あ~ぁ、ほら立ってください。もう一回いきますよ~」
始終にやにやと笑いながら、足払いをかけてくるアッシュ。全く歯が立たないのが悔しくて、何度も向かって行っては地に転がされるのを繰り返す。
剣技の稽古の日は毎回、終わる頃には土だらけになる。一太刀入れるどころか、その場から1歩動かすことすら出来ずに遊ばれてしまう。
「はぁ~、もう終わりにしましょ! 殿下疲れてきたみたいだし。俺もそろそろ可愛いメイドちゃんナンパしに行かないと~」
「まだまだ、行けます! 」
「師匠は俺なんだから、俺が終わりって言ったら終わりなんですぅ~。おーけー?」
「あ、まっ――――」
唐突に終わり宣言し、サッとどこかへ行ってしまった。全く、あの人はいつもそうだ。
何度か師匠を変えてもらえるように父様に頼んだが、大抵苦笑いして話を逸らされてしまう。力の使い方を覚えろ。と言ってきたのは父様の筈なのに、これではいつまで経っても覚えられないではないか。
悶々とした思いを抱えながら、浴場に寄って汗と土を流し、自室に戻る。
今日はメリーナが居ない。実家から縁談があるとかで呼び出しを受け、エルフ国アルフヘイムに帰省しているのだ。メリーナが結婚してしまったら当然、俺の筆頭侍女から外れるので会えなくなってしまう。
この世界で初めて目覚めた時から、ずっと一緒にいてくれた彼女と別れなければならないのは物凄く寂しいが、そんなメリーナだからこそ、幸せになって欲しいと願った。努めて明るく送り出したつもりだ。まだ縁談があるというだけで、結婚が決まったわけじゃないけど。
小腹が空いたので机に置いてある小ぶりのベルを鳴らし、やってきたメイドに紅茶を準備させる。普段はメリーナがやっているのだが、今日は不在の為、最近見かけるようになった彼女が行う。
メイドと侍女の違いを説明しておこう。
メイドとは、主に平民出や代々メイドを務める家系の使用人を指す。侍女は、未婚の貴族令嬢である。嫁入り前に作法を学んだり、嫁入り遅れや、何か事情があって貰い手が居ない等の、高貴な女性がなる。大貴族の筆頭侍女として働いた経験のある淑女は、引く手数多だ。ましてや王族の侍女は言うまでもない。
そっと差し出された紅茶に口をつけると、淹れた人間が違うのだから当然だが、いつもと違う味がした。
なんだか苦味があるような、ピリピリした味。暖かいものを飲んだからか、眠くなってくる。
――――おかしくないか?
「おい、なん……これ……は…………」
紅茶を淹れたメイドに言及しようとしたが、重くなる瞼に耐えられず意識が暗転した。
体に鈍い痛みを感じて目を覚まし、すぐに自分の状態確認と周囲の情報を探った。
足は足首と膝上を。手は後ろ手に手首を。口には猿轡を噛まされ、声を出すのはおろか、転がることしか出来ない状況だった。暗くてよく見えないが、ガタゴト揺れているので、恐らく馬車に乗っていると思われる。
面倒なことになった。
あのメイドは間者か何かか。だとしたらどこの国の……っと、そんな事を今考えても仕方がない。無事に帰れてから調べよう。
とにかく、あの紅茶に睡眠薬のようなものが混入していたのは、ほぼ確定だろう。カップに塗ってあった可能性とかもあるが。
俺が眠ってしまったあと、何らかの手段を用いてこの場所まで運んだ。
自室の前の常駐近衛兵。廊下の人目を考えると、そのままドアから連れ出された可能性は低い。窓からと考えるのが妥当だろう。
転落した際の事を考慮し、一階に宛てがわれた部屋で過ごしていたのが災いした。魔族である俺なら、二階、三階から落ちたところで軽傷程度で済むが、トラウマになるのは確実である。
窓から出たとしても、巡回兵や城壁上の警備兵が居るはずだし、見つからずに城を出るのはほぼ不可能。もしかしたら賊は、隠密や隠蔽などのスキルを持っているのかもしれない。
だとしたらかなりまずい。高ランクなら、隠蔽スキルで馬車の跡や魔力痕跡だって消されてしまう。そうなってしまえば、誰も追跡してくることができないであろうことは、想像に堅くない。
帰れないかもしれない。そんな未来が浮かんで眦に涙が滲む。
その時、馬車が止まって誰かが入ってくる気配が。
慌てて目を閉じて寝たふりをする。薬で眠らせた子供を無理やり起こすことはないだろう。多分。
ならば寝たふりで会話を聞くなり、様子を見て魔法で奇襲を仕掛けるなり、逃げるための策を練ろう。
今のスキルだけで何ができるか。数日前に確認したステータスを思い出す。
☆名前
エミル・スカーレット・シルフィ
☆職業
セルシウス神魔国第二王子、魔法剣士
☆種族
ヴァンパイアとエルフのハーフ、不死身エルフ
(種族特性)
他種族の血を飲むことで回復。精霊魔法使用可能。長寿。不死身。
スキル
剣技A
弓技B
身体強化C
全属性魔法A
精霊魔法F
魔力操作A
気配察知C
礼儀作法A
健康EX
☆恩恵
熟練速度上昇
アースガルド神の祝福
シュメフィール神の祝福
スキルランクが、低い。
普通の同年代と比べたらありえないくらい高いが、厳重な警備網の敷かれた城から第二王子を誘拐してくるほどの手練数人を、1人で相手取るには低すぎる。それに、体格差や経験の差もある。スキルランクだけでも不安があるのに、大人数人VS子供一人なんぞ、いくら上手く剣を扱えたところで、スキをついたり何らかの方法で撹乱させたりしないと、すぐに取り押さえられる。無事に帰ることができたら、本気で修行しよう。
取り敢えず、気配察知だけは発動させておく。
少々荒っぽく肩に担ぎあげられた俺は、そのまま民家らしき建物に入る。
「依頼のガキだ、受け取れ。報酬は手筈通りに」
「よくやった。好きなだけ払ってやろう。ひひひ」
「下衆が……」
「さっさと去ね」
俺を担いでいた男は、無造作に俺を肩から降ろして猿轡を外し、床に放り投げる。魔族の体のおかげで大して痛くはないが……。流石に子供の扱いに物申したいところである。
ふむ。依頼、ね。声を聞く限り男だが、コイツがさっきの奴らに、俺を誘拐せよと依頼したのか。目的が気になるな。それ次第で、俺の生存率が変わってくる。
俺を攫ってきた男達数人が建物から去り、部屋には依頼主? と、その護衛っぽい男。計5人が残る。
全員がエルフ。国同士の中は悪くない為、神魔国の街でもそこそこ歩いているが、そんな彼らに俺を誘拐する理由なんてあるはずもなく。神魔国貴族にエルフは居ないので、王家に対する恨みの線も薄いように思える。
5人か。太り気味の依頼主は、戦闘能力皆無そうだし除外して。それでも戦闘員が4人。厳しいな。
「おい、起きよ。起きんか!」
「うっ……ぁ……ひゅ……」
突然鳩尾を蹴り上げられて息ができなくなる。
何やってるんだ、俺は。寝てる子供に攻撃しないなんて、誰が決めたのか。本当の意味で、現在の状況の危険度を理解していなかった。これくらい想定して、気配察知なんかより優先して、身体強化をしておくべきだった。なんて甘い考えでいたんだろう。
「ふんっ。あのスカーレットだから多少警戒していたが、大したことないではないか。所詮は子供。他愛もない。……おい、アレを」
「はっ」
近くに立っていた護衛が小さなナイフを手渡し、受け取った依頼主が部屋の端まで転がった俺に近づいて、頬にそのナイフを押し当てた。
スカーレット家。シュメフィール全世界でも、堂々トップの戦闘力を誇るといわれる魔族。その中でも上位である他のヴァンパイア族とは、別格の特筆して強い力……特殊能力を持つ一族。
その能力とは。
大切に思う人の血を吸い、自らの血を分け与える。そして、強固な意思でその血に誓いをたてることで発動する。効果は身体能力の飛躍的上昇。その誓いが守られる限り、永久に作用する。もし、その誓いが破られれば全身の血が燃え上がって死ぬ。これだけはヴァンパイア族お得意の、誰かの血を飲んで回復~が一切効かない。つまり、血の誓いをたてれば一気に強くなれるが、その誓いを破った瞬間死ぬのだ。
これは、今よりもっと幼い頃に父から教えられて以降、ずっと忘れることなく覚えている。
「単刀直入に言う。メリーナ嬢を解雇しろ」
「は?」
「察しの悪いガキだ。メリーナ嬢が私との縁談を断ったのだよ。貴様を残して祖国で暮らすなんてできない。とな」
意味のわからない主張に、頭の中がぐるぐるになる。話から予測するに、この小太り男はメリーナの縁談相手。彼女と結婚するために俺を拐ったようだ。
この男は馬鹿なのだろうか? こんなことをして露見するのは確実。そうなったら、結婚どころか投獄されて二度と会えないだろう。
それにしても、メリーナ。それを伝えるためにわざわざ帰国したのか。手紙で済ませても問題ないのに。律儀なところはメリーナらしいけど。
「ふざけるな。こんなことをして、どうなるかわかってるのか。犯罪者の言うことなぞ聞く筈ないだろう」
「このっ、ガキ! 黙って聞いておれば生意気な!」
依頼主の手が怒りで震え、ナイフの押し当てられた頬に鋭い痛みが走り、鮮血が流れ落ちる。
「ふー、ふぅ。あのお方の仰った事だ。全て上手くいくのだ、お前は黙って従っておればよい!」
「あのお方、だと? 誰のことだ。お前程度の輩に肩入れする者だ。お前のような犯罪者に決まっているが」
「黙れ……黙れ黙れ! あのお方を侮辱することは許さん! 死ねぇぃ!」
少しでも情報を得ようとしたが、相手の沸点が低すぎた。ほぼ何もわからないままに、無情にもナイフが振り上げられた。
「やめっ――――!」
迫り来るであろう痛みに身構え、目を閉じた瞬間。普段は完璧な制御下に置かれて押さえつけられている魔力が、爆発した。
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