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米【ショートショート】
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「やっぱり、炊き立てのご飯の方が美味いな」
男は夕食時に、妻にそう言った。
「そう?」
妻は茶碗を手にしたまま、首を傾げている。
「そうだよ。だいたいお前はいつも、昼飯が終わったら炊飯器のスイッチを切っちまうだろう。だから、夕食のときには冷えて固まったご飯をレンジで温め直すことになる。これはこれで食えないことはないが、やっぱり炊き立てのご飯の方が美味いだろう」
「お昼ご飯が終わったら炊飯器のスイッチを切るのは、ご飯が残り少ないのにスイッチを入れっぱなしにしておくと水分が飛んで、ご飯がカピカピになっちゃうからよ」
「じゃあ、もっとたくさん炊けばいいだろう」
「たくさん炊いても、残り少なくなったのにスイッチを入れっぱなしにしておくとカピカピになるのは同じよ。一日で食べきれない量を炊いちゃうと、翌朝はカピカピになったご飯を食べることになるけど、それでいいの?」
「それなら……2人で一食に食べきれる量だけ炊けばいいじゃないか」
男と妻の子供たちは皆独立し、数年前からは2人だけの生活を続けていた。
「私は嫌よ、そんな効率の悪いこと。どうしても毎回炊き立てのご飯が食べたいなら、あなたが炊けばいいじゃないの」
「俺が?」
「そうよ。会社を定年退職してから、毎日仕事も家事もせずにブラブラしてばっかりでしょ? どうせやることがないのなら、少しは家事を手伝ってくれてもいいでしょ」
「家事はお前の仕事じゃないか」
「ええ、そうよ。あなたが会社勤めをしていたころはね。でも、今は2人とも働いていないという条件は同じなんだから、あなただって家事をやってよ」
藪蛇だったな、と男は思った。若い頃は母が、結婚してからは妻が家事をやってくれていたため、男はご飯を炊いた経験がなかった。しかし、そう大した手間ではないだろうと、頷いた。
「いいだろう。明日からは、俺がご飯を炊くことにする」
「明日からじゃなくて、今日からね」
「え?」
「明日の朝起きてから炊いたんじゃ、朝ご飯に間に合わないでしょ。前の日の夜のうちにお米を研いで炊飯器に入れて、起きる直前に炊き上がるようにタイマーをセットしておかなきゃ」
「そ、そうか。分かった」
夕食後、男は炊飯器から釜を取り出し、洗剤をつけて洗った。が、そこで手が止まった。
「おい、炊飯器の説明書はあるか?」
「さあ。どこかにはあるんじゃない? 最後に見たのは数年前だけど」
まあいい。何とかなるだろうと、男は続けることにした。が、今度は米を保管してある場所が分からなかった。
「米はどこにあるんだ?」
「流し台の下よ」
流し台の下の戸を開くと、確かに使いかけの米が入った袋があった。それを手にして、釜の中に米を注ぎ込むと、妻から注意された。
「ちょっと。お米の量を量らないと。もういいわ。今日は私がやるから、横で見て憶えていて」
それから妻は1合ずつ量ることができるカップでお米を量り、お米を研ぎ、釜を炊飯器にセットした。タイマーの仕方も教えてもらう。何だ、簡単じゃないか、と男は思った。
ところが、翌日の昼から男がお米を炊くと、妻に教えてもらった通りにやっているはずなのに、ご飯が硬く、パサパサしているのに妙に膨れていて、少し臭かった。はっきり言って不味い。妻は何も言わずに食べていたが、やはり不味そうな表情をしており、男のプライドは傷つけられた。
今度こそ、と思い夕食のときにも炊いたのだが、やはり不味かった。水の量を増やしたり減らしたり研ぎ方を変えたりと工夫してみたのだが、不味いことに変わりはなかった。
そんなことが数日続き、ついに男は根を上げた。
「どうやら、少量で炊くと不味いみたいだな。もう毎回炊き立てのご飯が食べたいなどと我儘は言わないから、お前が炊いてくれないか」
「ええ、いいわよ。その代わり、お風呂掃除とトイレ掃除はあなたの担当ね。やり方は夕食の前に教えるわ」
妻の言葉を聞き、男は渋々頷いた。
☆
男が自分の部屋に戻ったのを確認すると、妻は流し台の下に入れてあった5年前の古米の入った袋を押し入れに仕舞った。そして代わりに、押し入れの奥に隠してあった新米の袋を取り出して、流し台の下に戻した。
【了】
男は夕食時に、妻にそう言った。
「そう?」
妻は茶碗を手にしたまま、首を傾げている。
「そうだよ。だいたいお前はいつも、昼飯が終わったら炊飯器のスイッチを切っちまうだろう。だから、夕食のときには冷えて固まったご飯をレンジで温め直すことになる。これはこれで食えないことはないが、やっぱり炊き立てのご飯の方が美味いだろう」
「お昼ご飯が終わったら炊飯器のスイッチを切るのは、ご飯が残り少ないのにスイッチを入れっぱなしにしておくと水分が飛んで、ご飯がカピカピになっちゃうからよ」
「じゃあ、もっとたくさん炊けばいいだろう」
「たくさん炊いても、残り少なくなったのにスイッチを入れっぱなしにしておくとカピカピになるのは同じよ。一日で食べきれない量を炊いちゃうと、翌朝はカピカピになったご飯を食べることになるけど、それでいいの?」
「それなら……2人で一食に食べきれる量だけ炊けばいいじゃないか」
男と妻の子供たちは皆独立し、数年前からは2人だけの生活を続けていた。
「私は嫌よ、そんな効率の悪いこと。どうしても毎回炊き立てのご飯が食べたいなら、あなたが炊けばいいじゃないの」
「俺が?」
「そうよ。会社を定年退職してから、毎日仕事も家事もせずにブラブラしてばっかりでしょ? どうせやることがないのなら、少しは家事を手伝ってくれてもいいでしょ」
「家事はお前の仕事じゃないか」
「ええ、そうよ。あなたが会社勤めをしていたころはね。でも、今は2人とも働いていないという条件は同じなんだから、あなただって家事をやってよ」
藪蛇だったな、と男は思った。若い頃は母が、結婚してからは妻が家事をやってくれていたため、男はご飯を炊いた経験がなかった。しかし、そう大した手間ではないだろうと、頷いた。
「いいだろう。明日からは、俺がご飯を炊くことにする」
「明日からじゃなくて、今日からね」
「え?」
「明日の朝起きてから炊いたんじゃ、朝ご飯に間に合わないでしょ。前の日の夜のうちにお米を研いで炊飯器に入れて、起きる直前に炊き上がるようにタイマーをセットしておかなきゃ」
「そ、そうか。分かった」
夕食後、男は炊飯器から釜を取り出し、洗剤をつけて洗った。が、そこで手が止まった。
「おい、炊飯器の説明書はあるか?」
「さあ。どこかにはあるんじゃない? 最後に見たのは数年前だけど」
まあいい。何とかなるだろうと、男は続けることにした。が、今度は米を保管してある場所が分からなかった。
「米はどこにあるんだ?」
「流し台の下よ」
流し台の下の戸を開くと、確かに使いかけの米が入った袋があった。それを手にして、釜の中に米を注ぎ込むと、妻から注意された。
「ちょっと。お米の量を量らないと。もういいわ。今日は私がやるから、横で見て憶えていて」
それから妻は1合ずつ量ることができるカップでお米を量り、お米を研ぎ、釜を炊飯器にセットした。タイマーの仕方も教えてもらう。何だ、簡単じゃないか、と男は思った。
ところが、翌日の昼から男がお米を炊くと、妻に教えてもらった通りにやっているはずなのに、ご飯が硬く、パサパサしているのに妙に膨れていて、少し臭かった。はっきり言って不味い。妻は何も言わずに食べていたが、やはり不味そうな表情をしており、男のプライドは傷つけられた。
今度こそ、と思い夕食のときにも炊いたのだが、やはり不味かった。水の量を増やしたり減らしたり研ぎ方を変えたりと工夫してみたのだが、不味いことに変わりはなかった。
そんなことが数日続き、ついに男は根を上げた。
「どうやら、少量で炊くと不味いみたいだな。もう毎回炊き立てのご飯が食べたいなどと我儘は言わないから、お前が炊いてくれないか」
「ええ、いいわよ。その代わり、お風呂掃除とトイレ掃除はあなたの担当ね。やり方は夕食の前に教えるわ」
妻の言葉を聞き、男は渋々頷いた。
☆
男が自分の部屋に戻ったのを確認すると、妻は流し台の下に入れてあった5年前の古米の入った袋を押し入れに仕舞った。そして代わりに、押し入れの奥に隠してあった新米の袋を取り出して、流し台の下に戻した。
【了】
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