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「じゃあ、まずは食料庫に行って、使えそうなダンボール箱とPPバンドを入手してこようか」

 僕はそう言い、棚から鋏とガムテープを取った。それらを持って食料庫へ行く。まず、PPバンドはできるだけ長さがあった方がいいので、熱で溶かして接着してある部分の近くでバンドを切った。とりあえず四本切り、ダンボール箱から離した。

「私が持ってるよ」
「ありがとう」

 僕は朝日奈さんにPPバンドを渡した。
 次に必要なのは、強度のあるダンボール箱だった。1つ1つ確認していく。ダンボール箱の中に重いものが入っていると、外側の箱も頑丈だということが分かった。2リットルのお茶やジュースやミネラルウォーターが入っている箱が強度的には満足だったのだが、長さが短いのが不満だった。

 食料庫の中を探し回り、ふと目についた冷凍庫の扉を開けてみた。冷凍庫の中にもダンボール箱が入っていたので、僕は一台一台の扉を順番に開けて調べていった。その結果、業務用魚介類ミックスのダンボール箱が理想的だということが判明したので、箱の中身を冷凍庫の中に並べ、箱だけを取り出した。

「うん、これはいいな。冷凍食品は重いから箱も頑丈だし、2リットルの水やお茶の箱よりも大きい。ちょっと霜がついて濡れているのが気になるけど、乾けば問題ないだろう」
「じゃあ、ダンボール箱を乾かす間に、お昼ご飯を作って食べちゃおっか」

 朝日奈さんはそう言うと僕にPPバンドを返し、レトルト食品が並んでいる棚へ行き、親子丼のソースを二袋手に取った。僕は食堂を出たところの廊下の床の上にダンボール箱を広げておき、その近くにPPバンドも置いた。
 朝日奈さんが作ってくれた親子丼を食べ終えると、僕は作業を再開した。
 乾いたダンボール箱を細長く切り、海苔巻状に丸め、ガムテープで固定し、物干し竿を2本作った。「雪の間」と「満月の間」の隣の廊下に椅子を持っていき、天井にある換気装置のパイプの支えに、PPバンドの端をくくりつけようとした。しかし、椅子だけでは支えまで手が届かないことが判明した。急遽朝日奈さんと2人がかりで「雪の間」のベッドを廊下に運び出し、ベッドの上に椅子を置いた状態で椅子に上り、僕は何とか4ヶ所の支えからPPバンドの端をくくりつけることに成功した。垂れ下がったPPバンドのもう一方の端の長さを調節し、物干し竿をくくりつけた。

 こうして、2ヶ所、洗濯物を干す場所を作ることができた。

「やっと完成したね」

 ベッドを「雪の間」に戻した後、僕は満足しながら物干し竿を見上げた。不格好ではあるが、目的を達することができればそれでいいだろう。

「じゃあ、早速、洗濯物を干してみましょうか」

 朝日奈さんはそう言った。僕たちは洗面所へ行き、ハンガーにかけた浴衣を2着と、1日目に着ていた服を運んだ。物干し竿にハンガーを吊るすと意外と大きく揺れたが、しばらく放置すると安定した。竿が曲がることも、PPバンドが切れることもなく、充分に実用できそうだった。僕の下着はあっても朝日奈さんの下着は見当たらなかったが、僕は何も言わなかった。おそらく、「桜の間」の中で、どうにか工夫して干しているのだろうと推測した。

 その後、僕たちはテレビ室で映画のDVDを観ることにした。

「割と古い映画が多いのね」

 棚を見回した朝日奈さんは困ったようにそう言った。

「そうだね。3分の1くらいは白黒の映画だ」
「どれにする?」
「今回は朝日奈さんが選んでいいよ。次回は僕が選ぶから」
「そう言われても困るなあ……。こんな状況だし、どうせなら明るい映画の方がいいよね。ラブ・ストーリーとかどう?」
「何でもいいよ」
「そういう答えが1番困るんだけど」
「訂正します。ラブ・ストーリーがいいです」
「よろしい。――じゃあ、『ローマの休日』にしましょうか」

 朝日奈さんはDVDを取り出しながらそう言った。

「いいけど、何で『ローマの休日』にしたの?」
「有名な映画らしいけど、まだ観たことがなかったから」

 朝日奈さんはそう言いながら、プレーヤーに『ローマの休日』のDVDをセットした。僕たちは英語の音声と日本語の字幕で観ることにした。
 ――そして、2時間後。

「凄い。まさかこんなに面白いとは思わなかった。こんなことなら、もっと早く観ておけばよかった」

 朝日奈さんは2時間ぶりに口を開いた。
 どうやら彼女は、DVDとはいえ映画の鑑賞中に会話をするのが好きではないらしく、ずっと黙ったままだったのだ。僕もそれを察し、無言で映画に集中していた。そのせいか、本当に映画館で朝日奈さんと映画を観ているような錯覚に陥りそうになった。

「うん。ちょっと悲しいけど美しい映画だったよね」

 僕もそう感想を述べた。朝日奈さんは頷き、こう言った。

「主人公のアン王女も、新聞記者のジョーも、2人ともお互いに本当の身分を相手に隠している……つまり嘘をついているのよね。普通ならそれが、主人公の2人に感情移入するのを妨げるはずなのに、逆に2人のことを愛おしく思うきっかけになっている、っていうのが不思議」
「嘘をついていると言えば、ジョーが『真実の口』に手を入れるシーンがあるよね」

 僕はそう言った。ローマにある『真実の口』という名前の彫刻は、偽りの心がある者が手を入れると、手首を切り落とされたり、手が抜けなくなったりするという伝説がある。

「ええ。主人公は2人とも嘘をついているわけだから、そのシーンが凄く印象的なのよね」
「そう言えば、あのシーンでグレゴリー・ペック演じるジョーが、手首が抜けなくなった演技をして、アン王女は驚いていたけど、実はアン王女の役をしていたオードリー・ヘプバーンは本当にそれがグレゴリーの演技だということを知らなかったんだって」

 僕はどこかで仕入れたトリビアを披露した。

「じゃあ、あの驚き方は演技じゃなくて、素のオードリーだったってこと?」
「うん、そうなんだ。映画女優としてはまだ新人だったオードリーのために、そんなことをやったらしいよ」
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