羊頭狗肉【ショートショート】

真名川正志

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羊頭狗肉【ショートショート】

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 あるパン工場を資産家が訪れました。彼は身なりがよく裕福そうで、ボディガードを何人も引き連れていました。

「浮かない顔をしていますが、どうしたのですか」

 ひととおり工場の中を見学した後、資産家は社長にそう尋ねました。

「実は、水不足のせいで小麦粉の値段が上がってしまい、困っているのです。このままではパンの値上げをしないと採算が合わなくなりますが、そうすると他社よりも高くなってしまうのでパンの売れ行きが悪くなるでしょう」
「何だ、そんなことですか」

 資産家はこともなげにそう言いました。

「そんなことですって? 何か解決策があるのですか」
「簡単なことですよ。例えばこのパンは1個1ドルで売っていますよね。これは1個につき何グラムですか?」
「90グラムです」
「それを1グラム減らして、89グラムにして売るのです。そうすれば、90個につき1個分のパンの材料費を節約することができるでしょう」
「しかし、1個あたりの量を減らしたら、それは値上げと変わらないのでは……」
「量を減らしたことは秘密にするんです」
「なんですって?」
「いちいち1個ずつパンの重さを量ってから買ったり食べたりする人なんていませんよ。万が一いたとしても、たまたま機械の故障か何かで出た不良品があなたのところへ行ったようだと言い張ればいいのです」
「なるほど……」

 社長は真剣な表情で考え込みました。

「それでは、私はこれで」
「はい。相談に乗ってもらい、ありがとうございました」

 社長は資産家に頭を下げました。

 それから一年後。
 再び資産家はパン工場を訪れました。前回訪れたときは稼働していた機械は動いていませんでした。

「浮かない顔をしていますが、どうしたのですか」
「え? ああ……あなたは、1年前の」
「はい。1年前にもここを訪れましたが、そのときと比べて随分と動いている機械が少ないように見えます。何かあったのですか?」
「いえ、実は、あなたのおっしゃった案を採用したのです。今まで1個90グラムのパンを1ドルで売っていたのを、89グラムに減らしたのです」
「上手くいかなかったのですか」
「いえ、それは上手くいきました。誰もパンの量が1グラム減ったことなど気付かずに買ってくれ、会社は利益を得ました。ところが、それからまた小麦粉の値上げがあったのです」
「ほほう」
「私は部下に命じ、パンの量をさらに2グラム減らしました。それだけではなく、本来なら廃品にするはずのパンを回収し、粉にして別のパンの材料にしました。それが工員の告発により世間にバレてしまったのです。我が社のパンを買ってくれる人は殆どいなくなり、ご覧の有様です」
「何だ、そんなことですか」

 資産家はこともなげに言いました。

「そんなことですって? 何か解決策があるのですか」
「簡単なことですよ。どこか別の企業に工場を買い取ってもらい、社長を別の人に任せて、社名も変えればいいんです。消費者は単純ですから、それで騙せますよ」
「あ、あなたは……」
「よろしければ、私がこの工場を買い取ってもいいですが、どうなさいますか?」
「そうか。最初からそれが目的だったのか」

 社長は苦々しげに言いました。

    ☆

 ある食肉工場を資産家が訪れました。彼は身なりがよく裕福そうで、ボディガードを何人も引き連れていました。

「浮かない顔をしていますが、どうしたのですか」

 ひととおり工場の中を見学した後、資産家は社長にそう尋ねました。

「実は、日照りのせいで牛や豚の飼料の値段が上がってしまい、困っているのです。このままでは精肉の値上げをしないと採算が合わなくなりますが、そうすると他社よりも高くなってしまうので精肉の売れ行きが悪くなるでしょう」
「何だ、そんなことですか」

 資産家はこともなげにそう言いました。

「そんなことですって? 何か解決策があるのですか」
「簡単なことですよ。例えばこの牛肉は100グラム5ドルで売っていますよね。他の肉よりも高いようですが、それはなぜですか?」
「肉の質がいいことで知られるN国産の牛の肉だからです」
「一方、こちらのK国産の牛肉は100グラム1ドルですよね。このK国産の牛肉をN国産の肉だと偽って売ればいいんです。そうすれば、100グラムにつき4ドルの儲けになるでしょう」
「しかし、産地を偽装したら気付かれるのでは……」
「気付かれませんよ」
「なんですって?」
「消費者は本当に肉の味が分かっているわけじゃない。N国産の肉は高い、高いから美味しいに違いないと思って食べるから美味しいのです。万が一気付く人がいたとしても、たまたま育ちの悪い牛の肉があなたのところへ行ったようだと言い張ればいいのです。どうせ、本当は牛なんて一頭一頭味が違うものなんです。」
「なるほど……」

 社長は真剣な表情で考え込みました。

「それでは、私はこれで」
「はい。相談に乗ってもらい、ありがとうございました」

 社長は資産家に頭を下げました。

 それから1年後。
 再び資産家は精肉工場を訪れました。前回訪れたときは稼働していた機械は動いていませんでした。

「浮かない顔をしていますが、どうしたのですか」
「え? ああ……あなたは、1年前の」
「はい。1年前にもここを訪れましたが、そのときと比べて随分と動いている機械が少ないように見えます。何かあったのですか?」
「いえ、実は、あなたのおっしゃった案を採用したのです。K国産の牛肉をN国産だと偽って販売したのです」
「上手くいかなかったのですか」
「いえ、それは上手くいきました。誰もK国産であることなど気付かずに買ってくれ、会社は利益を得ました。ところが、それからまた飼料の値段が上がったのです」
「ほほう」
「私は部下に命じ、牛肉だけではなく豚肉や鶏肉も同じように産地の偽装をしました。それだけではなく、本来なら廃品にするはずの部位を回収し、ミンチにして別のミンチに混ぜたりもしました。それが工員の告発により世間にバレてしまったのです。我が社の精肉を買ってくれる人は殆どいなくなり、ご覧の有様です」
「何だ、そんなことですか」

 資産家はこともなげに言いました。

「そんなことですって? 何か解決策があるのですか」
「簡単なことですよ。どこか別の企業に工場を買い取ってもらい、社長を別の人に任せ、社名も変えればいいんです。消費者は単純ですから、それで騙せますよ」
「あ、あなたは……。そうか。最初からそれが目的だったのか」
「よろしければ、私がこの工場を買い取ってもいいですが、どうなさいますか?」
「その必要はありません」

 そう言うと、社長は銃を取り出し、資産家とそのボディガードを撃ちました。慣れた手つきで彼らを逆さに吊し上げ、首を撥ねて血抜きをした後、こう呟きました。

「おかげで、新鮮なお肉がタダで手に入りましたからね。ハンバーグに混ぜれば誰も気付かないでしょう。安ければ買う、という人は大勢いますしね」


【了】
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感想 1

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みんなの感想(1件)

秋田 記
2021.06.27 秋田 記

そうきましたか。うむむ。
後段の「また肉の値段が上がった」は、「飼料の値段が上がった」では?

文弱

解除

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