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第17話

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「……ん?」

 なんだろう? なんか妙に外が騒がしい気がする……。
 寝ぼけ眼をこすりながら耳を澄ませる。

 ドンドン、ドンドン。

(誰かが玄関をノックしてる?)

 とっさに掛け時計に目を向ける。

 まだ朝の6時だ。
 誰かが訪ねて来るにしては早すぎる気もする。

 ドンドンッ! ドンドンッ!

 それからさらに、ノックの音は強くなっていく。
 さすがに異常性を感じて、僕はベッドから飛び起きた。

 すると。
 ちょうどそんなタイミングで、寝間着姿のノエルが僕の部屋に入ってくる。

「お、お兄ちゃんっ! さっきから外で誰かがドンドン叩いてて……なんか怖いよぉ」

「うん。ちょっと確認してくるから。ノエルは部屋で待ってて」

 机に置いてある魔法ポーチを手に取ると、その中から水晶ジェムを1つ取り出す。
 もし、誰かがアパートの中へ入って来ようものなら、《ファイヤーボウル》で迎撃するつもりだった。

 本当は、攻撃魔法を人に対して使用することは重罪になるから使いたくないんだけど、この状況じゃそうも言っていられない。

「〝魔法発動マジックアクション〟」

 水晶ジェムを握り締めながらそう静かに唱えると、右手の甲に魔法陣が小さく浮かぶ。
 これでいつでも詠唱可能だ。ゆっくり玄関へと近づく。

「……あの、どちらさまでしょうか?」

 ドア越しからそう声をかけるも。

 ドンドンッ! ドンドンッ!

 相手は相変わらずドアを強くノックするだけで、返事はなかった。
 後ろを振り返ると、ノエルが柱の影に隠れて心配そうにこっちを覗いている。

 息を深く吸い込んでから水晶ジェムに力を込めると、僕は勢いよくドアを開け放った。

「――っ!?」

 ドアを開け放った先にいたのは、口元にたっぷりとヒゲをたくわえた中年の男。
 眩しい朝陽が差し込む中、その顔がはっきりと晒される。

「リ……リジテさん……?」

「ナードッ! 中にいたのか!」

 相手はこの辺りのアパート一帯を所有する大家さんだった。

「てっきり夜逃げしたものだと思ってたぞ! なぜ今まで出てこなかった!」

「ご、ごめんなさいっ……。さっきノックに気付いて……」

 リジテさんは、まだ朝の早い時間帯だってこともまったく気にしていない様子だ。
 ひどく怒っているようで、普段のしかめっ面がさらに醜く歪んでいる。

「今月の家賃はどうした!」

「え……」

「昨夜までに払う予定だっただろうが! どうして来なかったんだ!」

(あっ、ヤバっ……)

 それを聞いて、すぐにリジテさんがうちまでやって来た理由が分かった。

 家賃を回収しに来たんだ。
 最近、バタバタしていたから、すっかり家賃の支払い日のことを失念してしまっていた。

「す、すみませんっ……。明日にはクエストをクリアしてお金が入る予定なので、なんとか明日まで待っていただけないでしょうか……?」

「ふざけるな! 本来の支払い日は昨日だ! 明日までなんか待っていられるか!」

「お願いします、絶対に明日の支払いをお約束しますからっ……」

 ノエルの前だったけど、僕は玄関の床に頭をつけて謝罪した。

 家賃は3万アロー。

 金庫に保管してある金貨を渡せば支払うこともできるけど、あれは将来ノエルのために貯金しているお金だ。絶対に手をつけないって決めていた。

「ナード。貴様、私と駆け引きしようとはいい度胸だな?」

「っ……」

「本来なら、お前らみたいな孤児の役立たずを住まわせてるだけでも、アパートの価値が下がるんだよ! これまでの半年は国から助成金が貰えたから大目に見てやっていたが、家賃の支払いが遅れるようなら、ここから追い出してやる! 金が払えないなら今すぐ出て行け!」

「い、今すぐなんて無理ですっ……! 陽が昇ったら、妹が外に出られないのはリジテさんだってご存じのはずで――」

 ドスンッ!

「うぶぉ!?」

 リジテさんの鋭いひと蹴りが、僕の脇腹にクリーンヒットした。

「お兄ちゃんっ!?」

 お腹を押さえて悶える僕のもとにノエルが駆け寄ってくる。

 ダメだ、ここへ来ちゃッ……!
 そう止めようとしたけど、あまりの激痛に一瞬声が出ない!

「んなもの知ったことか! お前ら兄妹がどこで野垂れ死にしようが私には関係ない! さぁ、家賃が払えないのなら、今すぐ明け渡してもらおうか!」

 中へ上がり込もうとしてくるリジテさんの脚に、僕は必死にしがみ付いた。

「っ! ナードッ……離せ!」

「……お、お願い、します……明日までに、ぜったいお支払い、しますのでっ……」

「くっ……おい、離れろ! こいつ……!」

 ドスンッ!

「きゃぅっ!?」

 振り抜いたリジテさんのひと蹴りが、僕に覆いかぶさったノエルの顔に!? 
 なんてことをッ……!

「ノエルッ! 大丈夫か!?」

 僕はすぐに妹を抱きかかえた。

「う、うんっ……」

 ノエルの額は赤く腫れていて、かすかに血が滲んでいる。
 幸い急所は外れたようだけど、一歩間違えば失明していたところだ。

「お、お前らが悪いんだぞッ……」

 うろたえるリジテさんの言葉を無視して、すぐにノエルをリビングのソファーに座らせる。
 そして、水晶ジェムを握り締めた右手に力を込めて、リジテさんを睨みつけた。

「魔法陣!? き、貴様っ、悪魔の子フォーチュンデビルのくせに、いつの間に魔法なんか……!」

「どうか今は帰ってください。家賃は必ずお支払いしますから」

「ふ、ふざけるな! 期限は昨日までで……」

「お願いします」

「……ッ、卑怯な手を……!」

 右手をかざすと、リジテさんもそれで諦めがついたようだ。

「ただし今日中だ! そこは絶対に譲らんぞ! 今日中に支払いができなかったら、領主様に言いつけてお前らを裁判にかけてやるからな!」

 バタンッ!

 玄関のドアを思いっきり閉めてリジテさんが去ってしまうと、後には静けさだけが残った。
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