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第47話
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「うわぁ~キレイだなぁ」
白銀の徽章を手のひらで転がしながら、僕は感動していた。
「これが一流冒険者の証なんだ」
ずっと夢に見ていた物を手に入れたっていうのに、まるで実感がない。
「まさかこんな小さかったなんてね」
【エクスハラティオ炎洞殿】をクリアしたことを受付に報告すると、冒険者ギルドはちょっとしたお祭り騒ぎになった。
シルワ王国の冒険者がA級ダンジョンを踏破するのは20年ぶりってことで、いろいろな人から祝いの言葉を貰ったりした。
国王からも会食のオファーが届いたりして、正直びっくりだ。
「ホント悪魔の子なんて呼ばれてたのが嘘みたいだよ」
結果を出した途端、みんな手のひらを返してきて呆れちゃったけど。
「まあでも。みんなに認めてもらえたってことだよね」
一流冒険者の証を手に入れた今、行く手を阻むものは何もない。
これからはどこへ行くのも自由なんだ。
ようやくノエルをグレー・ノヴァへ連れて行くことができる。
それで、魔法大公の神聖治癒を受けさせて、病を完治させてあげるんだ。
◇
「けっこう遅くなっちゃったな」
アパートに着く頃には、日はすっかりと暮れてしまっていた。
A級魔光石を換金したり、質屋で天空のティアラを受け取ったりしているうちに、気付けばもう18時を回っている。
(……あれ?)
その時、ちょっとした異変に気付いた。
(おかしいな。外灯が点いてない)
外灯を点灯させるのはノエルの日課だ。
この時間になっても点いてないことは、これまでほとんど記憶になかった。
ちょっとだけ不安に感じつつ、玄関のドアを開ける。
「ただいまノエル! お兄ちゃんついにやったよ~!」
白銀の徽章を掲げながら中へ入るも……。
「?」
薄暗いリビングの明りが灯ることはなかった。ノエルからの返事もない。
また体調が悪くて眠っちゃっているのかな。
その足でノエルの部屋へと向かう。
コンコン。
「ノエル~? 大丈夫? 具合が悪かったりする?」
そう何回かノックするも、ノエルから返事が来ることはない。
胸の奥から込み上げてくる焦燥感を抑えながら、さらに大きな声で確認する。
「ちょっと心配だから、お兄ちゃん入ってもいいかな?」
それでも返事はなかった。
やっぱりおかしい……。
いくら体調が悪くても、これまでは声が返ってきていたし。
「ごめん、中に入るよ!」
意を決すると、ノエルの部屋のドアを静かに開けた。
ガチャッ!
その瞬間、信じられない光景が目に飛び込んでくる。
「――!? ノエルッ!」
ノエルはベッドから崩れ落ちて床に倒れたまま、汗だくの状態で荒い息を繰り返していた。
「はぁっ……んぁっ…………はぁ……」
「だ、大丈夫っ!?」
すぐさま駆け寄って声をかけるけど、ノエルは辛そうに熱い息を漏らすだけ。
「ユグドラシルの葉は……!」
焦って藁のバスケットを覗き込むも、中には1枚も葉は入っていなかった。
(ど、どうしてッ!? 今朝はまだたくさん残ってたはずなのに!)
その時、ノエルの口元が汚れていることに気付いた。
(もしかして……)
ユグドラシルの葉を直接飲んだ? それも大量に。
つまり、そうしなければならないほど、ノエルの体に異変が起きたってことなわけで……。
「んぁっ…………はぁ……ぁっ……はぁッ……」
「ノエルッ!」
真っ白な肌を赤く火照らせて、ノエルは全身汗まみれ状態で熱い吐息を繰り返していた。
(あれだけあったユグドラシルの葉を摂取しても良くならなかったんだ)
それからすぐに、回復魔法による治療も試してみたけど、まるで効果はなかった。
「ど、どうしようっ……このままじゃ、ノエルが……」
緊急事態なんだ。
こうなれば、今から教会へ行ってユグドラシルの葉を分けてもらうしかない!
効き目があるかは未知数だけど、何もしないよりはいいに決まっている。
「ちょっと待ってて! 今、ユグドラシルの葉を貰ってくるからッ!」
急いでノエルの部屋を飛び出す。
すると。
コンコン、コンコン。
突然、玄関から来客を知らせるノックの音が聞こえてくる。
(! こんな時にッ……!)
ひょっとすると、誰かがA級ダンジョンクリアを祝って訪ねに来てくれたのかもしれない。
後で祝いの品を持って行くって数人に声をかけられていたから。
でも、申し訳ないけど、今は対応しているような余裕はなかった。
が。
『ナード君、ノエル君。ちょっと開けてくれ。渡したい物があるんだ』
聞き馴染みのある声が聞こえてきてハッとする。
(メリアドール先生だ!)
僕はすぐに玄関のドアを開けた。
「やぁ、ナード君。こんな時間に悪いね」
そこには大きな鍋を両手で持ったメリアドール先生が立っていた。
「実は、キミが【エクスハラティオ炎洞殿】を今日クリアしたって聞いてね。今夜は新作の料理を作ってきたんだよ。ぜひご馳走したくて……」
「先生ッ! ノエルの体調がおかしいんです! 見てもらえませんか!?」
僕の切迫した表情を見て、先生の顔つきも一変する。
「ノエル君が?」
「部屋の床に倒れたまま、ずっと辛そうにしていてッ……」
「……っ! ちょっと上がらせてもらうよ!」
言葉を聞き終える前に、先生は素早く上がり込んでノエルの部屋へと向かう。
僕もすぐにその後に続いた。
ガチャッ!
「!? ノ、ノエル君……! ナード君、ユグドラシルの葉は!」
「そ、それが……今切らしちゃっていて……」
「……ッ」
すぐにしゃがみ込んだ先生は、辛そうに熱い息を吐き出すノエルの額に手を当てた。
「……はぁっ……んあぁっ…………はぁ……っぁ……」
「すごい熱だ」
「せ、先生……! どうしたらノエル良くなりますかっ? 僕、どうすればいいか分からなくて……」
そう訊ねると、メリアドール先生は何かを考えるように黙り込んだ。
そして、口元に手を当てて頷くと、静かにこう切り出す。
「――方法なら1つだけあります」
「え?」
「下がっていてください」
先生はノエルの前に跪くと、指を組んで詠唱を始める。
それは、これまでまったく見たことのないものだった。
「〝生命を照らすロストルムの翼よ 慈愛に満ちた聖なる活力の祈りをもって 我が主の傷を癒せ――皇家の息吹〟」
キラリーーン!
先生がそう唱えると、ノエルの体は輝きに包まれていく。
それから何度か同じ詠唱文を唱え、光を当て続けると、荒々しく呼吸を乱していたノエルの息は、ようやく静かになった。
◇
その後、ベッドにノエルを寝かしつけると、僕はメリアドール先生にリビングへと呼び出された。
「先生、さっきのあれは?」
「……」
そう問いかけても、先生は部屋の壁に背中をつけて黙ったままだ。
数秒の間、沈黙がリビングに降り立つ。
それから何かを決心するように、先生は丸ぶちメガネのフレームを持ち上げると、僕のことをまっすぐに見つめながらこう口にした。
「ちょっと座ってもいいかい? キミに話さなくちゃいけないことがあるんだ」
「話さなくちゃいけないこと……ですか?」
その先生の顔は、これまでに見たことがないくらい険しいものとなっていた。
ちょっとだけ不安を感じつつ、先生をテーブルへと案内する。
「ふぅ……」
メリアドール先生はそこで1つため息をつくと、紫色のポニーテールを揺らしながら背筋を正してこう続けた。
「ナード君……いえ、ナード様。そろそろ真実をお話しする頃かと思います」
「え、先生……?」
「驚かないで聞いてください。貴方様は……聖ロストルム帝国第99代皇帝の第1皇子にして、勇者フェイトの生まれ変わりなのです」
白銀の徽章を手のひらで転がしながら、僕は感動していた。
「これが一流冒険者の証なんだ」
ずっと夢に見ていた物を手に入れたっていうのに、まるで実感がない。
「まさかこんな小さかったなんてね」
【エクスハラティオ炎洞殿】をクリアしたことを受付に報告すると、冒険者ギルドはちょっとしたお祭り騒ぎになった。
シルワ王国の冒険者がA級ダンジョンを踏破するのは20年ぶりってことで、いろいろな人から祝いの言葉を貰ったりした。
国王からも会食のオファーが届いたりして、正直びっくりだ。
「ホント悪魔の子なんて呼ばれてたのが嘘みたいだよ」
結果を出した途端、みんな手のひらを返してきて呆れちゃったけど。
「まあでも。みんなに認めてもらえたってことだよね」
一流冒険者の証を手に入れた今、行く手を阻むものは何もない。
これからはどこへ行くのも自由なんだ。
ようやくノエルをグレー・ノヴァへ連れて行くことができる。
それで、魔法大公の神聖治癒を受けさせて、病を完治させてあげるんだ。
◇
「けっこう遅くなっちゃったな」
アパートに着く頃には、日はすっかりと暮れてしまっていた。
A級魔光石を換金したり、質屋で天空のティアラを受け取ったりしているうちに、気付けばもう18時を回っている。
(……あれ?)
その時、ちょっとした異変に気付いた。
(おかしいな。外灯が点いてない)
外灯を点灯させるのはノエルの日課だ。
この時間になっても点いてないことは、これまでほとんど記憶になかった。
ちょっとだけ不安に感じつつ、玄関のドアを開ける。
「ただいまノエル! お兄ちゃんついにやったよ~!」
白銀の徽章を掲げながら中へ入るも……。
「?」
薄暗いリビングの明りが灯ることはなかった。ノエルからの返事もない。
また体調が悪くて眠っちゃっているのかな。
その足でノエルの部屋へと向かう。
コンコン。
「ノエル~? 大丈夫? 具合が悪かったりする?」
そう何回かノックするも、ノエルから返事が来ることはない。
胸の奥から込み上げてくる焦燥感を抑えながら、さらに大きな声で確認する。
「ちょっと心配だから、お兄ちゃん入ってもいいかな?」
それでも返事はなかった。
やっぱりおかしい……。
いくら体調が悪くても、これまでは声が返ってきていたし。
「ごめん、中に入るよ!」
意を決すると、ノエルの部屋のドアを静かに開けた。
ガチャッ!
その瞬間、信じられない光景が目に飛び込んでくる。
「――!? ノエルッ!」
ノエルはベッドから崩れ落ちて床に倒れたまま、汗だくの状態で荒い息を繰り返していた。
「はぁっ……んぁっ…………はぁ……」
「だ、大丈夫っ!?」
すぐさま駆け寄って声をかけるけど、ノエルは辛そうに熱い息を漏らすだけ。
「ユグドラシルの葉は……!」
焦って藁のバスケットを覗き込むも、中には1枚も葉は入っていなかった。
(ど、どうしてッ!? 今朝はまだたくさん残ってたはずなのに!)
その時、ノエルの口元が汚れていることに気付いた。
(もしかして……)
ユグドラシルの葉を直接飲んだ? それも大量に。
つまり、そうしなければならないほど、ノエルの体に異変が起きたってことなわけで……。
「んぁっ…………はぁ……ぁっ……はぁッ……」
「ノエルッ!」
真っ白な肌を赤く火照らせて、ノエルは全身汗まみれ状態で熱い吐息を繰り返していた。
(あれだけあったユグドラシルの葉を摂取しても良くならなかったんだ)
それからすぐに、回復魔法による治療も試してみたけど、まるで効果はなかった。
「ど、どうしようっ……このままじゃ、ノエルが……」
緊急事態なんだ。
こうなれば、今から教会へ行ってユグドラシルの葉を分けてもらうしかない!
効き目があるかは未知数だけど、何もしないよりはいいに決まっている。
「ちょっと待ってて! 今、ユグドラシルの葉を貰ってくるからッ!」
急いでノエルの部屋を飛び出す。
すると。
コンコン、コンコン。
突然、玄関から来客を知らせるノックの音が聞こえてくる。
(! こんな時にッ……!)
ひょっとすると、誰かがA級ダンジョンクリアを祝って訪ねに来てくれたのかもしれない。
後で祝いの品を持って行くって数人に声をかけられていたから。
でも、申し訳ないけど、今は対応しているような余裕はなかった。
が。
『ナード君、ノエル君。ちょっと開けてくれ。渡したい物があるんだ』
聞き馴染みのある声が聞こえてきてハッとする。
(メリアドール先生だ!)
僕はすぐに玄関のドアを開けた。
「やぁ、ナード君。こんな時間に悪いね」
そこには大きな鍋を両手で持ったメリアドール先生が立っていた。
「実は、キミが【エクスハラティオ炎洞殿】を今日クリアしたって聞いてね。今夜は新作の料理を作ってきたんだよ。ぜひご馳走したくて……」
「先生ッ! ノエルの体調がおかしいんです! 見てもらえませんか!?」
僕の切迫した表情を見て、先生の顔つきも一変する。
「ノエル君が?」
「部屋の床に倒れたまま、ずっと辛そうにしていてッ……」
「……っ! ちょっと上がらせてもらうよ!」
言葉を聞き終える前に、先生は素早く上がり込んでノエルの部屋へと向かう。
僕もすぐにその後に続いた。
ガチャッ!
「!? ノ、ノエル君……! ナード君、ユグドラシルの葉は!」
「そ、それが……今切らしちゃっていて……」
「……ッ」
すぐにしゃがみ込んだ先生は、辛そうに熱い息を吐き出すノエルの額に手を当てた。
「……はぁっ……んあぁっ…………はぁ……っぁ……」
「すごい熱だ」
「せ、先生……! どうしたらノエル良くなりますかっ? 僕、どうすればいいか分からなくて……」
そう訊ねると、メリアドール先生は何かを考えるように黙り込んだ。
そして、口元に手を当てて頷くと、静かにこう切り出す。
「――方法なら1つだけあります」
「え?」
「下がっていてください」
先生はノエルの前に跪くと、指を組んで詠唱を始める。
それは、これまでまったく見たことのないものだった。
「〝生命を照らすロストルムの翼よ 慈愛に満ちた聖なる活力の祈りをもって 我が主の傷を癒せ――皇家の息吹〟」
キラリーーン!
先生がそう唱えると、ノエルの体は輝きに包まれていく。
それから何度か同じ詠唱文を唱え、光を当て続けると、荒々しく呼吸を乱していたノエルの息は、ようやく静かになった。
◇
その後、ベッドにノエルを寝かしつけると、僕はメリアドール先生にリビングへと呼び出された。
「先生、さっきのあれは?」
「……」
そう問いかけても、先生は部屋の壁に背中をつけて黙ったままだ。
数秒の間、沈黙がリビングに降り立つ。
それから何かを決心するように、先生は丸ぶちメガネのフレームを持ち上げると、僕のことをまっすぐに見つめながらこう口にした。
「ちょっと座ってもいいかい? キミに話さなくちゃいけないことがあるんだ」
「話さなくちゃいけないこと……ですか?」
その先生の顔は、これまでに見たことがないくらい険しいものとなっていた。
ちょっとだけ不安を感じつつ、先生をテーブルへと案内する。
「ふぅ……」
メリアドール先生はそこで1つため息をつくと、紫色のポニーテールを揺らしながら背筋を正してこう続けた。
「ナード君……いえ、ナード様。そろそろ真実をお話しする頃かと思います」
「え、先生……?」
「驚かないで聞いてください。貴方様は……聖ロストルム帝国第99代皇帝の第1皇子にして、勇者フェイトの生まれ変わりなのです」
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