時計の形をした心臓

茉莉花

文字の大きさ
6 / 19
第1幕

第五話

しおりを挟む
 いっぱいいっぱいになりそうな頭を落ち着かせるため、ゆっくり深呼吸をする。

 4秒吸って……7秒息を止めて……8秒かけてゆっくり吐く……。できるだけ、できるだけ静かに……。

 繰り返すうちに脳に酸素が行き渡ったのか、冷静さを欠いた頭もマシになってきたので、今できることをすることにした。そう、目的地に進むのだ。

 時計の針はまだXIを指してはいない。離れるなら今だろう。

 鈴香は帰ってくる。そう信じるしかなかった。

 壁に耳を当て、急いで、それでいて静かに階段を登る。時折少年を気にしながら、神経を研ぎ澄まし……。

 地球温暖化がどうこう言ってるくせに、それでいて真夏なのにも関わらず、冷たい風が吹く。木々の揺れる音に身体が震える。

 少年が俺のシャツの裾をぎゅっと握るので、頭をなでる。これで少しはやわらぐといいが。

 光のない道をただ進む。それはじわじわと心を蝕んでいった。俺のじゃない。少年のだ。

 少年は最後の力を振り絞ったのか、俺のシャツの裾を引っ張った。

 俺の方に倒れたのが不幸中の幸いと言うべきか、少年を受け止めることに成功しそのまま二人で倒れ込んだ。右腕をクッションにし、できるだけ音を消す。

 肘を床に打ち付けてジンジンするし、背中が痛かったりするが、とりあえず少年が無事なので良しとしよう。

 放置するのも良くない気がしたため、口元に軽く左手を当てて息をしてるかの確認。ついでに右手を手首の方に持っていき、目を静かに閉じた。

 少年の脈は俺より少し早いくらい。息も少し荒い気がするがしている。

 それが確認できたので、ポケットから常備している干し梅を袋から取り出し一つを無理矢理少年の口に入れた。俺が大好きな特別酸っぱいやつだ。ありがたく食えってな。

 あとは、ただひたすら少年の頭を撫でていた。撫でているうちに蘇る兄との記憶に懐かしさを覚えた。

 それは幼い時の記憶。当時6歳だった俺と家出したっきり帰ってこなかった当時小6だった兄。もう誕生日すらも覚えていないし、親も最初からいなかったみたいに振る舞っているが……元気にしているだろうか。

 撫でていくうちに少年の息はゆっくりになってきたが、まだ意識が戻る気配はない。

 今、誰か来たら終わりだな。そんなことを考えたのが悪かったのか物音がした。

 追い打ちをかけるように定時連絡……時計に内蔵されているレーダーが反応した。

 少年を自分の背後に来るように、そしてレーダーの確認を急ぐ。近くにいるのは二人、そして二人の距離はそれなりにあるようだ。ということは、この一人を乗り切ることができれば、まだなんとか。

 鈴香の可能性もあることにはあるのだが、凛の頭にその考えがよぎることはなかった。それは18年の経験から来る、持論から来るものでもある。

 念の為、少年のポケットから木の枝を抜き取る。武器にするには少し頼りないが、無いよりはましだ。

 世の中には"言霊"という言葉がある。常に最悪の状態を想定している凛にとって自分の発言、考えはいずれ自分の運命を左右するものだ。不信、それ故天使が微笑むことはないし、幸運も来ない。それでも……



 賽子を振るのは誰かでも神様とやらでもない。――俺自身だ。



 凛は静かに少年の近くに木の枝を置き、ゆっくりとその場から離れた。なるべく少年の近くに、それでいて壁の近くに。

 近づいてくる足音を相手に、息を殺しながらひっそりと暗闇に身を沈める。閉じた目の代わりに耳に全神経を注ぐ。

 刹那、響いた乾いた音。あくまで賭けだったが、獲物はかかった。

 俺は無音で駆け寄り、そのまま弧を描くように右足で床の少し上を蹴る。手応えを確認すると、俺は両手を床につけバランスをとりながら両足で相手の身体を挟み、右脚を支点にして身体を回転させる。おれはうつぶせになっただけだが、盛大に鳴った衝撃音が凄まじさを物語っていた。……遠心力ってこわ。


 そのまま馬乗りになり、胸元をいじる。別に深い意味はない。ただ時計を探しているだけだ。しかもこいつ男だし……。恋愛対象に入ってないんだよな。それいいだしたら女もだけど。そもそも恋愛興味ねぇ‥。おっと時計時計。


 とりあえず左手首に時計がついてたのでそれを入手。本当に心臓が止まっているか確認するのも面倒なので首の関節を増やすことにした。


 それにしてもやりすぎたのだろう。急いで起き上がり、少年の元へ駆け寄るとさっきまでなかったはずの水たまりが音をたてる。


 少年の無事を確認するついでに背中を叩いたりしてみるが、あまり反応は期待できない。ただ息はしているので安心した。

 とりあえず目的地に向かうため少年を背負う。背中に違和感を覚えるがそんなこと気にならないほどの重量感に体力が奪われる。

 それでも一歩ずつ、確実に進みながら、少年が気を失っていて本当に良かったと心の何処かでそう思った。

 やっぱり俺は悪運が強いんだな。

 積み重なる疲労と睡魔に襲われながらも、気を抜くことなく歩を進めた。

 さっきまで吹いていた風は止んだが、おかげで月がでたのだろう。目の前が少しだけ明るかった。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2026/2/9:『ゆぶね』の章を追加。2026/2/16の朝頃より公開開始予定。 2026/2/8:『ゆき』の章を追加。2026/2/15の朝頃より公開開始予定。 2026/2/7:『かいぎ』の章を追加。2026/2/14の朝頃より公開開始予定。 2026/2/6:『きんようび』の章を追加。2026/2/13の朝頃より公開開始予定。 2026/2/5:『かれー』の章を追加。2026/2/12の朝頃より公開開始予定。 2026/2/4:『あくむ』の章を追加。2026/2/11の朝頃より公開開始予定。 2026/2/3:『つりいと』の章を追加。2026/2/10の朝頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...