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遊ぼうよと狐が跳ねた1
しおりを挟む「一色、この件どうなってる?」
「あー……それは、先方の返信待ちですね。昨日、現状確認のメールは送ってあって、明後日には返事をもらえるそうです」
「そうなんだ。了解。引き続きよろしく」
「承知しました」
「ところでさ」
「はい?」
職場の先輩が、ニヤニヤしながら肩を組んできた。こういうときの先輩はめんどくさい。
「なんか最近、明るくなったね。いいことあった?彼女できちゃった系?」
明るくなった、か。まあ、以前よりは日々が楽しく感じられているのは確かだ。なんせプライベートが充実している。驚くほどに。配信活動もそうだが、やっぱり大きいのは誠君の存在だ。
ご飯を一緒に食べ、その流れで泊まった翌日。誠君の仮病に付き合う形で、夕方まで彼の部屋で遊ぶことになったのだが、それが本当に楽しかった。社会人になってから人の家でゲームをして遊ぶなんてなかったので、懐かしさもあって余計に楽しかったのだ。
さらに「ゲームするならついでに生配信しましょうよ」と突発的に言い出した誠君。はじめは嫌だと拒否していた俺だったが、始まってしまえば普通に楽しんでいた。
リスナーたちのチャットを見るのが怖くてビクビクしていたが、思っていた以上に彼らは優しく迎えてくれた。
「俺のところのリスナーたちは民度高いんで」
と誇らしげに言う誠君も妙に面白かった。「今日はトナリさんがうちに来てくれてるんだ~」と誠君が言うと、チャットは「よかったねぇ~!!」で埋め尽くされ、画面越しにリスナーの笑顔が見えるようで、笑いが止まらなかった。
それを思い出してくすくす笑っていると、先輩がまだしつこく「何、思い出し笑い?彼女?やっぱり彼女?」と追及してくる。「彼女はいませんし、作る予定もございません」ときっぱり否定して先輩の腕を外し、「お疲れ様でした」と業務を締めくくり、さっさと会社を出た。
ガタゴト揺れる電車の中で「またあんなふうに遊びたいな」と思いながら何気なくスマホを開けば、ゼットのDM通知が来ていた。少し前までは珍しかったDMも、今では鬱陶しいほど増えている。おかげで慣れてしまい、今ではもうビクビクと怯えることも無くなった。人って変わるものだと思いつつ、中身を確認すると、どこかで見たような内容だった。
『初めまして!九尾という名前で配信活動をしているものです。今度、モイクラで5人ほどでコラボ企画をする予定なんですが、もしよかったら参加しませんか?お返事お待ちしています。』
九尾さん。
名前に聞き覚えがある。トップページから配信チャンネルに飛ぶと、誠君ほどではないがかなりの登録者数を持つ実況者だった。しかも若い。まだ十九歳。それでこの登録者数。
「すご。……あ、格闘技がメインなんだ。優勝もしてるし……ちょっと前までチームにも所属してたのか。すごい子だなぁ」
感心しつつDM画面に戻る。以前なら「また偽物か!」と疑っただろうが、さすがに学習した。
「いいですかトナリさん。このアイコン横の紫の星マーク、これがついてる人は本物だから。本人だっていう承認マークなんですよ」
そう誠君に説明され、ジジイ扱いされたことを思い出す。偽造もできるのではと内心思ったが、口にすればますますジジイ扱いされそうで黙っていたのは懐かしい記憶だ。
「この九尾さん……紫の星ついてる。本物だ」
本物ではあるが、なぜ俺なのか。疑問は拭えない。
(なぜ俺に声をかけた?歳が離れすぎてるし)
一瞬、誠君の顔が脳裏をよぎる。
「相談しようかなぁ……」
いや、こんなことでいちいち相談しては迷惑だ。このくらいは一人で決めるべきだろう。そう決心し、腕を組んで三十秒悩んだ末にDMの返信を打ち、送信した。
―――
その週末。動画をもっと良くしたいと考えた俺は、誠君に時間をもらって編集の相談をしていた。
「ん~やっぱり誠君の編集って上手だよな。テンポがいい。どうやったらそのテンポ感出るんだ?編集以前の問題かな……」
「そうですね……それもありますけど、“全部出したい”って気持ちを我慢するのも大事ですね。間延びしちゃうっていうか」
「なるほど……確かにそうだな。あ、この動画!一番最初のコラボ。この部分、どうやってるの?」
エフェクトを思い出し、懐かしい動画を出す。
「わー!ちょっと前なのにもう懐かしい(笑)このときの公孝さん、なかなかでしたね。俺の中では神回です」
「緊張と人見知りでテンパった結果だよ。俺にとっても神回だな。初コラボだったし」
確かに懐かしいと感じる。それだけ誠君との時間が濃いのだろう。
「そういえば、俺以外からコラボ依頼とか来てないんですか?」
「ん?あぁ、来たよ。ちょうどこの前」
「えぇえっ!?」
鼓膜が破れるかと思うほどの大声に「うるせっ!」とイヤホンを外し、落ち着いたところで付け直すと、誠君が何か言っている。
「誰だ……勝手にコラボ依頼しやがって……誰の許可得て俺の“トナリ”さんに手出してんだ……」
俺はお前の何なんだ、と心の中でツッコミながら「九尾って名前の配信者だよ」と答えると、誠君が低く「アイツか……」とつぶやいた。
「知り合い?」
「……存在は知ってます。大会や大きなコラボ企画で一緒になったことはありますけど、ガッツリ関わったことはないです……するんですか」
「するって、コラボ?」
「……はい」
「しないよ」
「えっ!!!」
さっきとは違う、歓喜のこもった「え」。この子は声だけで感情がバレバレだ。本当に面白い。
「ち、ちなみに、なんでですか?」
「えー……言うの?」
「ぜひ」
言いたくない。情けない理由だから。しかし言わなければ拗ねるだろう。
「はぁ……だって……知らない人だし。五人くらい集まる企画らしいけど、俺、この界隈で知り合い誠君しかいないし。ボッチじゃん。人見知りだから絶対苦行じゃん。無理。やだ」
三十秒の結論がこれ。いい歳して情けないが、苦行はごめんだった。
「えーなにこのおじさん、可愛い……」
「おい、この前“おじさんじゃない”って力説してたろ」
「知り合い認定されればコラボありなんですか?」
「無視すんな……んー、気分次第だな。でも今は誠君とだけでいいや。これ以上はキャパオーバー」
「え……やっぱ愛……」
出た。何かと愛を感じたがる誠君。しかし確かにこれは一種の愛なのかもしれない。これだけ一緒にいて、ご飯も食べて、遊んんで。これを愛と言わずしてなんと言う。
「そうだね。愛だね」
そう返すと、少しの沈黙。もっとテンション高く返ってくると思っていたのに。
「誠君?」
「……やー、俺たち、相思相愛っすね~」
嬉しそうに言いながらも、どこか影が差したような響きがあった。
その後の誠君は普段どおりに振る舞っていたけれど、俺の胸にはその影が小さな棘のように残り、気になって仕方がなかった。
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