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翌朝。
いつも通り早めに起きて、けたたましく鳴り続けるスマホのアラームを止める。
嫌がる体を無理やり起こして洗面台へ向かえば、鏡に映るのは――和穂が一番嫌っている、自分の顔。
……のはずだった。
けれど今日は、なんだか少しだけ機嫌がよさそうに見える。
気のせい、というわけでもなさそうだ。
大浦と話した時間が、やけに楽しくて。
今日もまた、あんな時間が過ごせるのかもしれないと思うと、自然と胸がそわそわしてしまう。
「あら、今日はなんだか機嫌いいのね。おはよう。朝ごはんは?」
「はよ……別に、いつもと変わんないけど……食べる」
ちょっと反抗期が抜けきらなくて、どうしても素直になれない。
それでも「食べる」と言っただけで、母はすぐに察したらしい。
くすくすと、楽しそうな笑いがこぼれる。
「和穂、おはよう。どうしたんだい? 朝ごはん食べるなんて、珍しい。すごくいいことだよ」
「……別に。なんとなく」
父にまで言われて、そんなに顔に出ているのかと表情を引き締めようとするが、どうやら効果はあまりない。
これ以上からかわれるのが嫌で、朝ごはんを口に詰め込み、そそくさと玄関へ向かった。
「今日も遅くなるなら連絡入れてね。お母さん心配しちゃうから」
「分かってる。いってきます」
「はーい、いってらっしゃい!」
和穂が足早に家を出ていく後ろ姿を見送りながら、父と母は顔を見合わせる。
「彼女でもできたのかしら」
「うーん、それか、その手前じゃないかな」
「やだ、青春ねぇ。ドキドキしちゃう」
「ほんとだねぇ。どんな子なんだろう」
そんな会話が交わされているとも知らず、
和穂が家の敷地を出た、その瞬間――
家の前に、大輝が待ち構えていた。
「うっ……お前……なんで出待ちしてんだよ……」
「いいじゃん。一緒に行こうぜ!」
大輝は相変わらず、和穂の意思なんてお構いなしだ。
ぐっと肩を組まれ、そのまま強引に歩き出される。
「で、昨日はアイツとどうだったん?」
「どうって……なによ」
歩き出した途端、大輝は昨日、大浦と買い物に行ったことを根掘り葉掘り聞き出してきた。
歩いて行ったのか、何を買ったのか、すぐ帰ったのか。
――それ、聞いてどうすんだ、と思うようなことばかりだ。
だんだん面倒になって適当に答えつつ、いつものように途中で離脱する隙を探す。
けれど今日は逃がす気がないらしく、肩をがっちり組まれたまま、結局学校まで連行されてしまった。
ようやく校門で解放されたが、朝から首は痛いし、せっかくの上機嫌もすっかり消えていた。
はぁ、と深いため息をつきながら、外履きから上履きに履き替えていると――
「朝から、ずいぶん深いため息だな」
落ち着いた声が、背後から聞こえた。
「あ、大浦。おはよ。 そりゃため息も出るよ、朝から大輝の尋問がすごくてさ……」
「尋問?」
「昨日、大浦とデパート行ったじゃん。それの話を延々と。トランプ買いに行っただけだっつってんのに……」
もう一度ため息をつくと、大浦は少し顔を引きつらせて、
「朝から大変だな」
そう言って、労わるように和穂の頭をくしゃっと撫でた。
「うお――」
思わず変な声が出た。
けれど意外にも、その手つきが心地よくて、和穂はされるがままになってしまう。
――次の瞬間。
「おい!」
横から鋭い声が飛び、大輝が大浦の手をはたき落とした。
「気安く触んなや」
大輝がキッと睨みつけると、大浦も「あぁ?」と眉間に皺を寄せ、睨み返す。
和穂より少し背の高い二人に挟まれ、空気が一気に張り詰めた。
「な、なんだよ……どうしたんだって」
慌てて割って入る。
「俺、別に嫌じゃなかったし。大輝も、ちょっと落ち着けって……」
それでも二人は睨み合いをやめようとしなかった。
先に折れたのは、大浦のほうだった。
「……チッ」
短く舌打ちすると、和穂に背を向け、そのまま教室の方へ歩き出してしまう。
「大浦――」
「やめとけ」
追いかけようとした瞬間、大輝に腕を掴まれた。
「お前さ、あんま大浦と仲良くすんなよ」
「はぁ? なんでだよ……なんでお前にそんなこと言われなきゃなんないんだよ……」
いい加減にしてくれ、と睨みつけても、大輝は意に介さない。
「だってよ、あいつ暗いし。授業中もほとんど寝てるしさ。あんまつるんでると、お前まで変な目で見られるぞ」
だから関わるな、と言いたげな口ぶり。だが和穂は、どうしても納得できなかった。
確かに、三日前までの大浦は誰ともつるまず、よく分からない存在だった。
でも、ほんの少し関わっただけでも分かる。
暗くなんてないし、一緒にいて――楽しい。
何も知らないくせに、勝手なイメージを押し付けられるのが、どうしても我慢ならなかった。
「そういうのってさ……ちゃんと話して、関わってから判断したほうがいいと思う。勝手に決めつけるの、俺好きじゃない……」
「だから! 見てりゃ分か――」
「おーい」
間の抜けた声が割り込む。
「どうした? 朝から痴話げんかか?
そろそろホームルーム始まるぞー」
クラスメイトの声に、周囲からクスクスと笑いが漏れる。
「ちげーし!」
「誰が痴話げんかだよ!」
大輝と同時に声を上げてしまい、余計に笑いが広がった。
「はいはい、続きは後でなー」
半ば強引に流される形で、二人は渋々教室へ向かう。
和穂は一度だけ振り返り、教室の奥へ消えた大浦の姿を探した。
けれど、すでに大浦は机に突っ伏し、眠る体勢になっていた。
声をかけることもできず、視線を引き戻す。
胸の奥には、言い切れなかった言葉だけが、いつまでも引っかかったままだった。
いつも通り早めに起きて、けたたましく鳴り続けるスマホのアラームを止める。
嫌がる体を無理やり起こして洗面台へ向かえば、鏡に映るのは――和穂が一番嫌っている、自分の顔。
……のはずだった。
けれど今日は、なんだか少しだけ機嫌がよさそうに見える。
気のせい、というわけでもなさそうだ。
大浦と話した時間が、やけに楽しくて。
今日もまた、あんな時間が過ごせるのかもしれないと思うと、自然と胸がそわそわしてしまう。
「あら、今日はなんだか機嫌いいのね。おはよう。朝ごはんは?」
「はよ……別に、いつもと変わんないけど……食べる」
ちょっと反抗期が抜けきらなくて、どうしても素直になれない。
それでも「食べる」と言っただけで、母はすぐに察したらしい。
くすくすと、楽しそうな笑いがこぼれる。
「和穂、おはよう。どうしたんだい? 朝ごはん食べるなんて、珍しい。すごくいいことだよ」
「……別に。なんとなく」
父にまで言われて、そんなに顔に出ているのかと表情を引き締めようとするが、どうやら効果はあまりない。
これ以上からかわれるのが嫌で、朝ごはんを口に詰め込み、そそくさと玄関へ向かった。
「今日も遅くなるなら連絡入れてね。お母さん心配しちゃうから」
「分かってる。いってきます」
「はーい、いってらっしゃい!」
和穂が足早に家を出ていく後ろ姿を見送りながら、父と母は顔を見合わせる。
「彼女でもできたのかしら」
「うーん、それか、その手前じゃないかな」
「やだ、青春ねぇ。ドキドキしちゃう」
「ほんとだねぇ。どんな子なんだろう」
そんな会話が交わされているとも知らず、
和穂が家の敷地を出た、その瞬間――
家の前に、大輝が待ち構えていた。
「うっ……お前……なんで出待ちしてんだよ……」
「いいじゃん。一緒に行こうぜ!」
大輝は相変わらず、和穂の意思なんてお構いなしだ。
ぐっと肩を組まれ、そのまま強引に歩き出される。
「で、昨日はアイツとどうだったん?」
「どうって……なによ」
歩き出した途端、大輝は昨日、大浦と買い物に行ったことを根掘り葉掘り聞き出してきた。
歩いて行ったのか、何を買ったのか、すぐ帰ったのか。
――それ、聞いてどうすんだ、と思うようなことばかりだ。
だんだん面倒になって適当に答えつつ、いつものように途中で離脱する隙を探す。
けれど今日は逃がす気がないらしく、肩をがっちり組まれたまま、結局学校まで連行されてしまった。
ようやく校門で解放されたが、朝から首は痛いし、せっかくの上機嫌もすっかり消えていた。
はぁ、と深いため息をつきながら、外履きから上履きに履き替えていると――
「朝から、ずいぶん深いため息だな」
落ち着いた声が、背後から聞こえた。
「あ、大浦。おはよ。 そりゃため息も出るよ、朝から大輝の尋問がすごくてさ……」
「尋問?」
「昨日、大浦とデパート行ったじゃん。それの話を延々と。トランプ買いに行っただけだっつってんのに……」
もう一度ため息をつくと、大浦は少し顔を引きつらせて、
「朝から大変だな」
そう言って、労わるように和穂の頭をくしゃっと撫でた。
「うお――」
思わず変な声が出た。
けれど意外にも、その手つきが心地よくて、和穂はされるがままになってしまう。
――次の瞬間。
「おい!」
横から鋭い声が飛び、大輝が大浦の手をはたき落とした。
「気安く触んなや」
大輝がキッと睨みつけると、大浦も「あぁ?」と眉間に皺を寄せ、睨み返す。
和穂より少し背の高い二人に挟まれ、空気が一気に張り詰めた。
「な、なんだよ……どうしたんだって」
慌てて割って入る。
「俺、別に嫌じゃなかったし。大輝も、ちょっと落ち着けって……」
それでも二人は睨み合いをやめようとしなかった。
先に折れたのは、大浦のほうだった。
「……チッ」
短く舌打ちすると、和穂に背を向け、そのまま教室の方へ歩き出してしまう。
「大浦――」
「やめとけ」
追いかけようとした瞬間、大輝に腕を掴まれた。
「お前さ、あんま大浦と仲良くすんなよ」
「はぁ? なんでだよ……なんでお前にそんなこと言われなきゃなんないんだよ……」
いい加減にしてくれ、と睨みつけても、大輝は意に介さない。
「だってよ、あいつ暗いし。授業中もほとんど寝てるしさ。あんまつるんでると、お前まで変な目で見られるぞ」
だから関わるな、と言いたげな口ぶり。だが和穂は、どうしても納得できなかった。
確かに、三日前までの大浦は誰ともつるまず、よく分からない存在だった。
でも、ほんの少し関わっただけでも分かる。
暗くなんてないし、一緒にいて――楽しい。
何も知らないくせに、勝手なイメージを押し付けられるのが、どうしても我慢ならなかった。
「そういうのってさ……ちゃんと話して、関わってから判断したほうがいいと思う。勝手に決めつけるの、俺好きじゃない……」
「だから! 見てりゃ分か――」
「おーい」
間の抜けた声が割り込む。
「どうした? 朝から痴話げんかか?
そろそろホームルーム始まるぞー」
クラスメイトの声に、周囲からクスクスと笑いが漏れる。
「ちげーし!」
「誰が痴話げんかだよ!」
大輝と同時に声を上げてしまい、余計に笑いが広がった。
「はいはい、続きは後でなー」
半ば強引に流される形で、二人は渋々教室へ向かう。
和穂は一度だけ振り返り、教室の奥へ消えた大浦の姿を探した。
けれど、すでに大浦は机に突っ伏し、眠る体勢になっていた。
声をかけることもできず、視線を引き戻す。
胸の奥には、言い切れなかった言葉だけが、いつまでも引っかかったままだった。
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