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本編
12話
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「眼鏡を贈って差し上げたらどうですお兄様」
「……何だ急に」
「今日も廊下で書類をぶちまけていました」
「そうか……」
生徒会室にやってきたレアは不機嫌さを隠しもせずにそう言い放つとソファーに座る。するとオリヴァーが遠慮がちに彼女に言葉をかけた。
「レア様。お茶をお淹れいたしましょうか。ミュラー商会の新作です」
「ありがとう。お願いするわ。オリヴァーはお茶を淹れるのが本当に上手で吃驚したわ」
騎士志望の彼がお茶を淹れると初めて言った時は驚いたが、一年間生徒会室でルフトにお茶を入れ続けていた甲斐もあり、レアは彼の淹れるお茶がお気に入りとなった。いつもイリスが調合した茶葉を使う所も良い。
「この前の一件で少しは落ち着くかと思いましたけど」
「あれからしっかり頑張っている」
「散らばった書類を拾った殿方に随分と愛想よくなさっていましたわ」
「礼を言わない訳にはいかないだろう」
「最近はお昼もお兄様達とお取りの様ですわね。まぁ、お陰で私がお義姉様とご一緒できていますけど」
それに対してはルフトも僅かに表情を陰らせる。先日一緒に食事をとエーファが他の新入生役員と一緒に声をかけてきたのだ。たまには良いかと思って了承したのだが、なら生徒会の方々でごゆっくりどうぞとレアがイリス達を連れて行ってしまったのだ。
「あれはお前がイリス達を連れて行ったのだろう」
「……お兄様。ヴァイスの顔を見てませんでしたの?」
「ヴァイス?」
そう言われてルフトはあの時のことを思い出す。イリスはにこやかに笑ってごゆっくりと言っていた。ロートスは少し遅れて来ていたのでこちらには声をかけずにそのままレアの方へ合流。ヴァイスはどうだったろう。眉を寄せて考えていると、オリヴァーが苦笑しながら紅茶を卓に置いた。
「ヴァイスはエーファ嬢を少々避けているフシがありますね」
「そうなのか?」
「恐らくミュラー商会と神殿の折り合いが余り良くないのもあるでしょうが……前の一件もありますし、余り良い印象がないのだと思います」
「オリヴァーは気がついてるのにお兄様が気が付かないのはどうかと思うわ」
オリヴァーの淹れた紅茶を一口飲むとレアは冷ややかに兄に言葉を放つ。控えめにオリヴァーは言っているが、アレは避けている等と言うレベルではなく露骨に不快そうな顔をしていた。いつも不機嫌そうな顔をしている方ではあるのだが。恐らくイリスもそれに気が付き、あっさりと自分の声掛けに乗ったのだろうとレアは思っていた。
「完全に前の一件はヴァイスにとって嫌がらせですもの」
「アレはエーファが知らなかっただけで……」
「相手の事を考えない贈り物なんて失礼だと思いませんかお兄様」
「それは……」
悪意はなかった。それは分かるが余りにも独りよがりで不快な思いをヴァイスがしたのだろう事はルフトにも察することが出来て言葉に詰まる。
「ヴァイスもそこまで根に持つ事はないだろうに……」
「はぁ?エーファさんのせいでお義姉様がお茶会の度に生徒会のフォローをしておりますのよ?慣れない環境と重圧で大変でしょうから急かさず見守って行くつもりですって。ヴァイスはそれに対しても多分苛立ってます。わたくしなんて、レア様が生徒会に入って下されば……って何回言われたと思っているんですか?」
「断っただろうお前は」
「ええ、お断りしましたわ。わたくしは国政に関わる事はないでしょうし、生徒会という大切な枠は将来国を支える方が収まるべきと思っていますもの」
「彼女は聖女候補だよレア」
「候補でしょう?」
冷ややかなレアの言葉にルフトは僅かにムッとする。けれど彼女の言う通り生徒会と言うのは生徒の代表であり、ゆくゆくは国を支える者がという空気が学園にはあるのだ。
「……お兄様。何も彼女が嫌いで言っているわけではありませんの。けれど、彼女は新入生の代表としてどうしても見られてしまいます。……他の令嬢はそれを恥じていらっしゃるの。解ってくださいませ」
だからどうしても厳しい目で見るし、もっとしっかりして欲しいと声を上げるのだ。そういうようにレアが言うと、ルフトは僅かに瞳を伏せる。
「ああ。済まないレア。言いにくいことを言わせてしまった」
「解ってくださって嬉しいですわお兄様。お忙しいのはわかりますが、お義姉様にも一言お礼を言っておいてくださいませ。お義姉さまとヴァイスは他の方々の不満に水面下できちんと対処してくださってます」
「そうだな。今度ゆっくり時間を取るよ」
「ありがとうございます。オリヴァー、お茶美味しかったわ。ありがとう」
柔らかく笑ったレアを眺めオリヴァーは深くお辞儀をする。そして彼女を部屋の外まで送ると、扉を締めてルフトの元へ戻ってきた。
「おかわりはどうされますか?」
「いやいい。本当に私は至らないな」
自嘲気味に笑うルフトを眺め、オリヴァーは僅かに瞳を細める。
「完璧にというのは誰にとっても難しい事です」
「……あぁ、けれどそれをなさねばならない立場だ」
「殿下を支えるために我々がおります。イリス様も、ヴァイスも」
イリスはいつも控えめで、けれどしっかりと支えてくれている。それが己の役目だと不平も不満も言わない。だからと言って甘えるなとレアは釘を刺しに来たのだろう。
小さくため息をつきながら、ルフトはカップに残ったお茶を飲み干した。
***
「今日はお義姉様を送らなくていいの?」
「長兄が来るとかでロートスと先に帰った」
「あら。わたくしも久しぶりにご挨拶したかったわ」
学園入学前にノイ領を訪れたことがあるレアはノイ家の嫡男とも面識があった。イリス、ロートスはどちらかと言えば母親似で凛とした雰囲気であるが、嫡男は父親に似た穏やかそうな雰囲気で、レアはそんな彼が嫌いではないのだ。
馬車は緩やかに動き出しつまらなさそうにレアは口を開く。
「……判断ミスをどう取り返しましょうか」
「んなもんルフト次第だろーが」
「神殿のゴリ押しなんて無視すれば良かったのに」
「そこは同意だけどよ。所詮は聖女候補だし」
国が認定していないのならどれだけ神殿が喚こうが黙殺する手もあったのだが、ルフトは神殿側に配慮してエーファを生徒会に入れた。結局そのせいで余計な仕事が増えているのだ。自業自得と言ってしまえばそれまでなのだがヴァイスの立場であると放置もできない。
「貴方もだけど、ロートスも余り彼女のこと好きじゃないみたいね」
「やたらとぶつかってくるからウザいんだと」
「ぶつかる?突っかかってくるの?」
「突っかかってくんのは取り巻きの眼鏡。物理的な話」
「……本当に目が悪いのかしら」
「頭が悪いんだろうよ。最近は避けて無視してるらしいけど」
「貴方はぶつかられてないの?物理的に」
「あんま関わらない様にしてる。扱い面倒臭ェし」
「その辺は貴方徹底するわよね」
学年が違う事もあるだろうが、恐らく本当にヴァイスは関わらないようにしているのだろう。そもそも生徒会ではないヴァイスやロートスに対して接触を図ろうとしてくる事自体意味がわからないとレアは個人的に思っている。
ルフトが言うには、自分と親しい人間だから仲良くしようとしているのだろうと言う話なのだが、そんな事をする暇があるのなら足元をよく見てほしいものだとレアはため息をついた。
「お義姉様はなんとおっしゃってるの?」
「ルフトの判断に任せるだと。アイツはいつもそうだろ。基本ルフトに合わせる」
「まぁそうよね、義姉様は」
「生徒会に関しては断った手前口出ししねぇよ。俺もアイツも。末姫も程々にしとけ」
「わかってるわ。けど……文句の一つも言いたいじゃないの!!」
不満を抑えるのにも限度がある。レアが同級生の不満を抑えるだけでも大変であるのに、イリスは己の同級生だけではなく最上級生の先輩方にまで根回しを丁寧にしてくれているのだ。その苦労も知らずにと思わずレアは愚痴っぽくなる。
「男のルフトには女の水面下のやり取りなんざわかんねぇだろ」
「貴方はその辺も理解できるし対処できるのだから凄いわよね」
「商売相手は性別年齢問わねぇからな」
ある程度聖女候補を取り巻く冷ややかな空気は察する事は出来ても、ルフトには深くまで見る能力が備わっていない。逆にヴァイスはそれが得意なのだ。そしてイリスもまたヴァイスと同様に、細やかな配慮をしてルフトに欠けている所を補ってくれている。
「お義姉様の頑張りをもっと見て欲しいわ」
「……それが出来りゃ俺もイリスもアイツにとって不要だろうよ」
冷ややかなヴァイスの表情を眺めて、レアは僅かに瞳を細める。表に出ない。けれど確実に支えてくれている。
「末姫。寄り道していいか?」
「え?ええ。構わないわ。夕食までに戻れればいいし」
するとヴァイスは小窓を開けて御者に何か指示を出す。それを不思議そうに眺めていたレアは、首をかしげて彼に問いかけた。
「お買い物でもあるの?」
「最近学園で流行ってるカフェがあるんだと。ケーキの持ち帰りもできるから買ってイリスんとこ持っていけ。お茶ぐらい出してくれるんじゃねぇの」
驚いた様にレアはヴァイスの顔を暫く眺めていたが、ぱぁっと表情を明るくする。
「ノイ伯爵はいらっしゃるかしら?」
「長兄来てるなら早めに研究所から戻ってんじゃねぇの」
「そうよね。ふふっ、ヴァイスも来るわよね」
「どっちでもいい」
「じゃぁ来て頂戴。皆でお茶しましょう」
「わかった」
興味なさそうにヴァイスは外の風景を眺めながら返事をしたが、レアは表情を綻ばせた。本来なら約束もなく家に押しかけるなど失礼に当たるのだが、ノイ家はその辺りは非常にゆるくいつでもにこやかに出迎えてくれる。
きっと美味しいケーキと美味しいお茶を愉しめばこの陰鬱な気持ちも吹き飛ぶだろうと考えて、レアはヴァイスと同じ様に流れる景色に視線を移した。
「……何だ急に」
「今日も廊下で書類をぶちまけていました」
「そうか……」
生徒会室にやってきたレアは不機嫌さを隠しもせずにそう言い放つとソファーに座る。するとオリヴァーが遠慮がちに彼女に言葉をかけた。
「レア様。お茶をお淹れいたしましょうか。ミュラー商会の新作です」
「ありがとう。お願いするわ。オリヴァーはお茶を淹れるのが本当に上手で吃驚したわ」
騎士志望の彼がお茶を淹れると初めて言った時は驚いたが、一年間生徒会室でルフトにお茶を入れ続けていた甲斐もあり、レアは彼の淹れるお茶がお気に入りとなった。いつもイリスが調合した茶葉を使う所も良い。
「この前の一件で少しは落ち着くかと思いましたけど」
「あれからしっかり頑張っている」
「散らばった書類を拾った殿方に随分と愛想よくなさっていましたわ」
「礼を言わない訳にはいかないだろう」
「最近はお昼もお兄様達とお取りの様ですわね。まぁ、お陰で私がお義姉様とご一緒できていますけど」
それに対してはルフトも僅かに表情を陰らせる。先日一緒に食事をとエーファが他の新入生役員と一緒に声をかけてきたのだ。たまには良いかと思って了承したのだが、なら生徒会の方々でごゆっくりどうぞとレアがイリス達を連れて行ってしまったのだ。
「あれはお前がイリス達を連れて行ったのだろう」
「……お兄様。ヴァイスの顔を見てませんでしたの?」
「ヴァイス?」
そう言われてルフトはあの時のことを思い出す。イリスはにこやかに笑ってごゆっくりと言っていた。ロートスは少し遅れて来ていたのでこちらには声をかけずにそのままレアの方へ合流。ヴァイスはどうだったろう。眉を寄せて考えていると、オリヴァーが苦笑しながら紅茶を卓に置いた。
「ヴァイスはエーファ嬢を少々避けているフシがありますね」
「そうなのか?」
「恐らくミュラー商会と神殿の折り合いが余り良くないのもあるでしょうが……前の一件もありますし、余り良い印象がないのだと思います」
「オリヴァーは気がついてるのにお兄様が気が付かないのはどうかと思うわ」
オリヴァーの淹れた紅茶を一口飲むとレアは冷ややかに兄に言葉を放つ。控えめにオリヴァーは言っているが、アレは避けている等と言うレベルではなく露骨に不快そうな顔をしていた。いつも不機嫌そうな顔をしている方ではあるのだが。恐らくイリスもそれに気が付き、あっさりと自分の声掛けに乗ったのだろうとレアは思っていた。
「完全に前の一件はヴァイスにとって嫌がらせですもの」
「アレはエーファが知らなかっただけで……」
「相手の事を考えない贈り物なんて失礼だと思いませんかお兄様」
「それは……」
悪意はなかった。それは分かるが余りにも独りよがりで不快な思いをヴァイスがしたのだろう事はルフトにも察することが出来て言葉に詰まる。
「ヴァイスもそこまで根に持つ事はないだろうに……」
「はぁ?エーファさんのせいでお義姉様がお茶会の度に生徒会のフォローをしておりますのよ?慣れない環境と重圧で大変でしょうから急かさず見守って行くつもりですって。ヴァイスはそれに対しても多分苛立ってます。わたくしなんて、レア様が生徒会に入って下されば……って何回言われたと思っているんですか?」
「断っただろうお前は」
「ええ、お断りしましたわ。わたくしは国政に関わる事はないでしょうし、生徒会という大切な枠は将来国を支える方が収まるべきと思っていますもの」
「彼女は聖女候補だよレア」
「候補でしょう?」
冷ややかなレアの言葉にルフトは僅かにムッとする。けれど彼女の言う通り生徒会と言うのは生徒の代表であり、ゆくゆくは国を支える者がという空気が学園にはあるのだ。
「……お兄様。何も彼女が嫌いで言っているわけではありませんの。けれど、彼女は新入生の代表としてどうしても見られてしまいます。……他の令嬢はそれを恥じていらっしゃるの。解ってくださいませ」
だからどうしても厳しい目で見るし、もっとしっかりして欲しいと声を上げるのだ。そういうようにレアが言うと、ルフトは僅かに瞳を伏せる。
「ああ。済まないレア。言いにくいことを言わせてしまった」
「解ってくださって嬉しいですわお兄様。お忙しいのはわかりますが、お義姉様にも一言お礼を言っておいてくださいませ。お義姉さまとヴァイスは他の方々の不満に水面下できちんと対処してくださってます」
「そうだな。今度ゆっくり時間を取るよ」
「ありがとうございます。オリヴァー、お茶美味しかったわ。ありがとう」
柔らかく笑ったレアを眺めオリヴァーは深くお辞儀をする。そして彼女を部屋の外まで送ると、扉を締めてルフトの元へ戻ってきた。
「おかわりはどうされますか?」
「いやいい。本当に私は至らないな」
自嘲気味に笑うルフトを眺め、オリヴァーは僅かに瞳を細める。
「完璧にというのは誰にとっても難しい事です」
「……あぁ、けれどそれをなさねばならない立場だ」
「殿下を支えるために我々がおります。イリス様も、ヴァイスも」
イリスはいつも控えめで、けれどしっかりと支えてくれている。それが己の役目だと不平も不満も言わない。だからと言って甘えるなとレアは釘を刺しに来たのだろう。
小さくため息をつきながら、ルフトはカップに残ったお茶を飲み干した。
***
「今日はお義姉様を送らなくていいの?」
「長兄が来るとかでロートスと先に帰った」
「あら。わたくしも久しぶりにご挨拶したかったわ」
学園入学前にノイ領を訪れたことがあるレアはノイ家の嫡男とも面識があった。イリス、ロートスはどちらかと言えば母親似で凛とした雰囲気であるが、嫡男は父親に似た穏やかそうな雰囲気で、レアはそんな彼が嫌いではないのだ。
馬車は緩やかに動き出しつまらなさそうにレアは口を開く。
「……判断ミスをどう取り返しましょうか」
「んなもんルフト次第だろーが」
「神殿のゴリ押しなんて無視すれば良かったのに」
「そこは同意だけどよ。所詮は聖女候補だし」
国が認定していないのならどれだけ神殿が喚こうが黙殺する手もあったのだが、ルフトは神殿側に配慮してエーファを生徒会に入れた。結局そのせいで余計な仕事が増えているのだ。自業自得と言ってしまえばそれまでなのだがヴァイスの立場であると放置もできない。
「貴方もだけど、ロートスも余り彼女のこと好きじゃないみたいね」
「やたらとぶつかってくるからウザいんだと」
「ぶつかる?突っかかってくるの?」
「突っかかってくんのは取り巻きの眼鏡。物理的な話」
「……本当に目が悪いのかしら」
「頭が悪いんだろうよ。最近は避けて無視してるらしいけど」
「貴方はぶつかられてないの?物理的に」
「あんま関わらない様にしてる。扱い面倒臭ェし」
「その辺は貴方徹底するわよね」
学年が違う事もあるだろうが、恐らく本当にヴァイスは関わらないようにしているのだろう。そもそも生徒会ではないヴァイスやロートスに対して接触を図ろうとしてくる事自体意味がわからないとレアは個人的に思っている。
ルフトが言うには、自分と親しい人間だから仲良くしようとしているのだろうと言う話なのだが、そんな事をする暇があるのなら足元をよく見てほしいものだとレアはため息をついた。
「お義姉様はなんとおっしゃってるの?」
「ルフトの判断に任せるだと。アイツはいつもそうだろ。基本ルフトに合わせる」
「まぁそうよね、義姉様は」
「生徒会に関しては断った手前口出ししねぇよ。俺もアイツも。末姫も程々にしとけ」
「わかってるわ。けど……文句の一つも言いたいじゃないの!!」
不満を抑えるのにも限度がある。レアが同級生の不満を抑えるだけでも大変であるのに、イリスは己の同級生だけではなく最上級生の先輩方にまで根回しを丁寧にしてくれているのだ。その苦労も知らずにと思わずレアは愚痴っぽくなる。
「男のルフトには女の水面下のやり取りなんざわかんねぇだろ」
「貴方はその辺も理解できるし対処できるのだから凄いわよね」
「商売相手は性別年齢問わねぇからな」
ある程度聖女候補を取り巻く冷ややかな空気は察する事は出来ても、ルフトには深くまで見る能力が備わっていない。逆にヴァイスはそれが得意なのだ。そしてイリスもまたヴァイスと同様に、細やかな配慮をしてルフトに欠けている所を補ってくれている。
「お義姉様の頑張りをもっと見て欲しいわ」
「……それが出来りゃ俺もイリスもアイツにとって不要だろうよ」
冷ややかなヴァイスの表情を眺めて、レアは僅かに瞳を細める。表に出ない。けれど確実に支えてくれている。
「末姫。寄り道していいか?」
「え?ええ。構わないわ。夕食までに戻れればいいし」
するとヴァイスは小窓を開けて御者に何か指示を出す。それを不思議そうに眺めていたレアは、首をかしげて彼に問いかけた。
「お買い物でもあるの?」
「最近学園で流行ってるカフェがあるんだと。ケーキの持ち帰りもできるから買ってイリスんとこ持っていけ。お茶ぐらい出してくれるんじゃねぇの」
驚いた様にレアはヴァイスの顔を暫く眺めていたが、ぱぁっと表情を明るくする。
「ノイ伯爵はいらっしゃるかしら?」
「長兄来てるなら早めに研究所から戻ってんじゃねぇの」
「そうよね。ふふっ、ヴァイスも来るわよね」
「どっちでもいい」
「じゃぁ来て頂戴。皆でお茶しましょう」
「わかった」
興味なさそうにヴァイスは外の風景を眺めながら返事をしたが、レアは表情を綻ばせた。本来なら約束もなく家に押しかけるなど失礼に当たるのだが、ノイ家はその辺りは非常にゆるくいつでもにこやかに出迎えてくれる。
きっと美味しいケーキと美味しいお茶を愉しめばこの陰鬱な気持ちも吹き飛ぶだろうと考えて、レアはヴァイスと同じ様に流れる景色に視線を移した。
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