【本編完結】君の悪夢が終わる場所【番外編不定期更新】

蓮蒔

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本編

27話

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 庭園で紅茶を飲む王妃は、少しだけ驚いた様な表情を作り娘であるレアに視線を送った。

「この茶葉は?」
「イリス様から頂きました。お口に合いませんでしたか?」
「……いえ。そう。彼女からですか」

 ミュラー商会の新作茶葉。今まではイリスが王妃にも贈っていたのだがそれは届かなかった。仕方がないと思いながらも肩を落としていた王妃はレアの所には届いていたのかと少しだけ安堵の表情を浮かべる。
 長い間第二王子の婚約者の地位にいたイリスは王妃との関係も良好であった。王族教育も問題なくこなし、たまに茶会に呼べば態度はいつも控えめで周りを立てる。戦場の華と謳われた風切姫程では無いが、それでも人目を引く凛とした佇まいが王妃は好きであった。

「本当にイリス嬢の事は残念です……わたくしもとても良くして頂いていましたのに」

 口を開いたのは王太子妃である元公爵家の娘。王太子の婚約者候補はもう一人いたのだが、病弱であるのを理由に辞退した事もあり水面下ではさておき彼女は比較的トントン拍子に婚姻までたどり着けた。
 彼女が婚約者になった頃には既にイリスは第二王子の婚約者の地位にいたのもあり既に周りとも馴染んでいた。そんなイリスは王太子妃となる彼女が馴染めるようにと色々と気を使ってくれていたのだ。

「あの……それで……こんな事をお聞きするのもどうかと思ったのですが……第二王子殿下の新しい婚約者の方はお決まりになったのでしょうか」

 恐らく決まっていても表立って発表するのは婚約破棄から最低三ヶ月後だと言うことは王太子妃も当然知っている。ただ言ってしまえばこの身内だけのお茶会で内々に決まっているのなら聞きたいと思ったのだろう。そこには王太子の意志も入っている。それを察したレアは、咎めることもなく口を開いた。

「なにも、としか返事ができないわ」
「……それは……差し出がましいことをお聞きしました」
「いえ。候補は色々と上がっているらしいのですけれど、決定打不足とわたくしは聞いていますの。そしてお兄様自体も相変わらずで難航しているわ」

 決して気を悪くしたわけでもなく本当になにも決まっていないから言えないのだと言うようにレアが言葉を重ねれば、驚いたように王太子妃が瞳を瞬かせた。

「ヴァイスのお陰でノイ伯爵が研究所を辞める程度で収まりましたけれど、結局それと引き換えに婚約破棄の取り消しの道は完全に塞がれましたわ。まぁわたくしとしても流石にそんな恥知らずな事はどれだけ臣下からの突き上げがあっても許容できませんけれど」
「レア」

 嗜める様な王妃の声にレアは少しだけ頭を下げて詫びる。それに王妃はふぅっとため息を零し口を開いた。

「ヴァイスの失望も大きかったのでしょうね。あっという間にミュラー伯爵家に降りてしまって」

 失望がどうこうと言うのならば聖女候補を生徒会に入れた時点で詰んでいたと言う発言から、とっくに見限っていたのではないかとレアは思うのだがそれに関しては黙っていた。表向きはずっとヴァイスはルフトをイリスと一緒に支えていたのだが、水面下では最悪の状況を予測して動いていたのを知っているからだ。
 ただ、王妃にしてみればルフトの乳兄弟であるヴァイスのことも可愛がっていたので落胆しているのだろう。

「実はね、ヴァイスから内密に話も聞いていたの」
「本当ですか?お母様」
「ええ。ルフトが聖女候補に入れ込んでいる様だと。学生時代の火遊び程度かと思って心に止める程度にしていたのですけれど、あの時一言ルフトに言っておくべきでした」

 後悔の滲む王妃の声色にレアは僅かに瞳を細める。恐らくそれは誰もが思っていただろうと。レアも正直に言えばイリスを蔑ろにされていることに腹は立っていたが、まさかイリスを降ろすとは夢にも思っていなかった。

「……ルフトは何とかあの聖女候補を婚約者の地位に据えたいとこそこそとやっているようですけど」

 こそこそと、と言う言い方に王妃が聖女候補を快く思っていない事がありありと出ていてレアは思わず苦笑する。教会の方へ爵位の高い家に養女にだせないかと打診したり、高位貴族の礼儀作法を学ばせるために家庭教師を派遣したりとしているらしい。

「馬鹿な子。イリス嬢の八年を三ヶ月で塗り替えることなど無理な話だわ。それに、王族として政略結婚を受け入れるなど当たり前でしょう?勿論、気が合うに越したことはないでしょうけど、それならば最低イリス嬢を超えてもらわないと話にならない」

 王太子も当然政略結婚であるし、レアもゆくゆくは国の為に例えば有力高位貴族や他国へ嫁ぐことは考えられた。王と王妃は仲睦まじいがそれでもやはり国の事を第一に考えての婚姻であったし、側室も血を繋げるのが大事だと許容している。
 そして円満解消と言う方法があると知っていたのにも関わらず、それすら待てずにイリスを降ろしたのが問題なのだとレアはぼんやりと考える。

「側室では駄目だったのでしょうか……」

 困惑したように王太子妃が言ったのも仕方がない。彼女の場合はゆくゆくは王妃となるのでその辺りは弁えている。王族に限らず高位貴族であれば政略結婚をしたが、それとは別に愛妾を囲うというのは珍しくもない。ただ、絶対的な序列はあるのだが。

「愛する人を日陰に置いておきたくなかったそうよ。ヴァイスが怒るのも無理はないわ。失望も仕方ないんじゃないかしら」

 ヴァイスはルフトの王族としてのあり方に失望した。周りはそう思っただろうし、実際失望した者もいただろう。いずれ王太子に子ができれば公爵として臣下になるにしても、現在はまだ王族の一員であり王位継承権も高い。王太子になにか不測の事態が起これば第二王子は繰り上がりになるのだ。
 今まで失点らしい失点が無かっただけに戸惑う者も多い様だった。

「……レア。少しイリス嬢の事を聞いても良いかしら」
「はい。イリス様はお元気ですよ。先日も軍の遠征予定地に出た飛竜を先にミュラー商会と組んで狩りに行かれたと聞きましたし、ロートスの友人領地で行われる花祭りにも行かれたとか」
「花祭り?」
「日頃の感謝と、これからも共に歩んで欲しいという思いを込めて黄色い花を贈り合うものなんですって。お土産に向日葵のコサージュを頂きましたわ」
「わたくしは、孤児院への寄付を内密に継続されていると言う話を王太子殿下から聞きました。ノイ家と神殿の折り合いが悪いので大っぴらに出来ないことに心を痛めていらっしゃるとか」

 レアと王太子妃の話を聞き、王妃は小さく息を吐き出した。ふさぎ込んでいないのなら良いが、それでもやはり不義理な事をこちら側がしたので気にかかっていたのだ。
 そっとしておいて欲しいと賠償金も辞退し今期は夜会にもお茶会にも出ていない。

「……あの……」
「何?」
「お母様の心配はわかりますが、余り心配されすぎるのも逆にイリス様が気にされます。夜会やお茶会に出席されないのは、その……元々お好きではなかったからだと……ノイ伯爵も風切姫も社交に積極的な方ではなかった影響かと思いますわ」

 余りにも萎れる王妃を慰めるようにレアはそう言い放つと、申し訳無さそうに眉を下げた。実際イリスは行かなくていいなら行かないという、ノイ一族の典型的なタイプなのだ。

「そうでしたね。それなのに頑張っていつも参加してくれて、本当に良い子でした。余りにも卒なくこなすのですっかり忘れていたわ。……こういう所もいけなかったのかもしれませんね」

 苦笑しながら王妃が思い浮かべたのは風切姫。ノイ伯爵の代わりに渋々社交に出たりもしていたが、出なくて良いのなら一生出たくないと言い切っていたのを思い出したのだ。それでも出ればきちんと役目を果たす。きっとイリスはそんな彼女に似ていたのだろうと思い王妃は瞳を伏せた。

「そういえば先程アインバッハ公爵令嬢がいらしてた様ですけど」

 暗くなりつつある空気を遮るように王太子妃が言葉を上げると、レアは表情を綻ばせて口を開く。

「ええ。ローゼ様がイリス様から向日葵のコサージュを預かって下さってましたの。先日アインバッハ領へ三つ首討伐にイリス様が行かれたらしくて」
「まぁ……。領地への被害は?」
「対応が早かったのでほとんどなかったと聞いていますわ」

 ローゼ・アインバッハ公爵令嬢は現在の国王陛下の姪……レアにとっては従姉妹に当たる。年齢的にはイリスやルフトと同じ学年でありイリスの後釜にと押されてはいるのだが、血が近すぎるのではないかと言う意見や、本人にその気がないというものあり話は進んでいない。
 アインバッハ領自体は国の食料庫と呼ばれる小麦の産地であり、大型魔物等が出れば翌年の飢饉に繋がると領兵を持つことを許されている上に、国からの領兵維持のための補助金も出ている。
 大型魔物が出やすい辺境伯領等もその様な形式を取っているのは、軍が平時であれば基本的に私兵を維持することのできない小さな領地をメインに魔物討伐をしているからである。
 辺境や要地も軍は大規模討伐の時に魔物を狩るのだがそれを待っていては領地が維持できないと領兵を持ち、傭兵を雇い、自前でなんとかしている。
 そんな中、三つ首のたてがみが欲しいとミュラー商会経由でノイ伯爵から打診があったのだ。そして水面下で話が決まり、ノイ伯爵領の魔物討伐部隊が三つ首を狩りに行った。
 その時にローゼがイリスからのクラウスナー領の土産を預かったのだ。

「ローゼ様とコサージュがお揃いでしたの。フフッ」
「あら。今度見せて下さいまし」

 嬉しそうに笑うレアを眺め王太子妃は瞳を細める。王太子妃自身はあくまで夫を通してのイリスとの関係であったが、レアやローゼは同じ学園に通う学友という立場もあるのでイリスも土産を渡したのだろうと思い少しだけホッとした。
 この様子ならイリスが学園で孤立することもないだろうと思ったのだ。王族であるレアや、筆頭公爵令嬢であるローゼと今まで通りとは行かずとも、関係が悪くなければ然程問題はないだろうし、弟のロートスやヴァイスも恐らく彼女のそばにいてくれるだろうと。
 しかしそうなれば逆にルフトが微妙な立場になる。それも危惧していた。
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