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陰謀の香り

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ハリス博士は学院長室の自分の椅子に深く腰を掛け、机にかぶさるように頭を抱えている。机の前に立つマリーはおろおろと頭を抱えるハリス博士を見つめていた。

「マラコイ君が逮捕されたんだ。チルトンの殺害容疑だ。あの二人、恋人関係だったそうじゃないか!困るんだよマリー様。さすがにこれはまずい。」
「いやっ、ええっ??!チルトン先生がマラコイと??ええっ??まじすか」
「大マジだから困っているんだよ。しかも殺害容疑ですよ?」
「チルトン先生って??!ええっ??あのナルシストのマラコイが?趣味変わりすぎなんすけど???」

マリーが驚いているポイントがハリス博士と大きく異なっていた。チルトンは良く見たら美形だが、ぱっと見はただのおじさんだったからだ。

「チルトン先生の部屋が血まみれで切断された手足が落ちていたらしいですよ。さらにチルトン先生と最後に会っていたのがマラコイ君なのは間違いないようで…」
「うわー。で、マラコイは死刑ですか?」
「そんなすぐに死刑になんかならんよ、その前に連続で失踪中の二人の件もある。関与がないか調べているそうだ。マリー様は何かご存知無いのか?」

そう言ってハリス博士は最初の被害者と第二の被害者の話を始める。
一人目はバーニーという小柄な男子だった。強い童貞臭を放つ男臭い男子で、女の子が大好きでとてもマラコイに誘われても着いていくとは思えないそうだ。

二人目の被害者は貴族のマーティン・チャールズという男子だった。こちらは気の強そうなオラオラ系貴族だったがまわりの評判は悪く、なぜか童貞臭いのにイキってる、という悪評を持つ男子であった。彼は拐われたと思われる場所に切断された脚が二本残されていたのだという。

マリーには【童貞】というワードを聞いてピンと来るものがあった。身近な人間で童貞を見つけては食べるのが趣味の人間がいたからだ。だがハリス博士には言うわけにいかなかった。なぜなら彼もまた当事者であったからだった。

「うーん、今のところは思い当たることはないですねえ」
「警察がな、マリー様にも事情を聞かせろとうるさいのだ」
「まあ、少しだけなら構いませんけども」
「もしかしたらそのうち行くかもしれん。その時は話をしてやってくれ」

頭が痛むのだろうか、こめかみを揉みだしたハリス博士を置いてマリーは部屋を出る。向かう先はひとつだった。ハルの部屋である。

マリーはちょっと本気でハルの部屋のドアを手のひらで叩いた。ドアは鍵が掛かっていたようだが、蝶番ごと吹き飛びガンガンと部屋の中を横切ると壁に突き刺さった。

ベッドの上であぐらをかいて座っているハルが驚いている。横にビスケットが入った皿があり、手には読みかけの本があった。

「な、なによマリー?びっくりするじゃない??」
「ハルさん、聞きたいことがあるの」
「な、なにかしら?」

怒られる事をたくさんしている自覚がハルにはあった。だがいったいどのことを怒られているのかわからなかった。マリーが何について怒っているのかが判明するまでは先に謝るわけにいかなかった。

マリーは額に青筋を立てながら、ハルを指さして叫ぶ。
「バーニー!!!」
「ひっ!」

「マーティン・チャールズ!!!」
「ひひぃっ!!!」

「思い当たることがありそうね!!!!」
「なによ!どっちもちょっと食べただけじゃないの!」

ハルは心の中では何だその件か、とバレた件がマシのものだったことに安堵していたが、わざとらしく反応していた。つまり、失踪した二人ともハルと関係を持った二人だったのだ。

「待ってマリー。確かに、その二人にちょっかいは出したわ。でも最後まではしてないからセーフよ!」
「どういうことかしら?殺してはないってこと?」
「何を言ってるの?アレは最後までしてないのよ。がっつきすぎる童貞は駄目ね。この学校の童貞は私には合わないわ。ほら、私まだ処女じゃない?なのに前に入れようとするからぶん殴っちゃった。」

テヘっとハルは舌を出す。マリーは父からクドいほど聞かされていた。ハルの以前の生態を。ミクリからも散々に聞かされていた。20年に及ぶ変態的思考の数々を。こいつは美少女だが中身はおっさんだったのだ、とマリーは改めて心の底から実感した。

「で、殺してしまった、と?」
「んなわけないじゃない!殴ってバイバイよ。」
「ほーーーん…」
「なによ!殺すわけないじゃないの!」
「どうかしらねえ」

さらにハルから詳しい話を聞こうとしたが、ドアの無くなった部屋に数人の警察官が入ってきた。

「失礼します、マリー様。そちらのハル様から少しお話をお伺いしたいことがございまして」
警官たちはそう言ってハルを学院内にある警官の詰め所に連れて行った。事情を知るマリーも同行をお願いされ仕方なく着いていく。なんせマリーが連れてきた二人が揃って殺人誘拐の容疑者なのだ。まさか二人が殺したとは全く思っていないマリーだったが協力するしかないのである。マリーはそのまま警察に拘束され、一晩を警官たちと過ごすことになるのだった。

次の日、学院内でほぼ活動していなかった新聞部が号外を出した。
[連続失踪事件に関与か?【バラド・アジャナ】のマリー姫を事情聴取!]
[切断された被害者の身体の一部から未知の魔法を検出か?!]
発売されたその新聞は学院内で飛ぶように売れたのだった。

**

ワイングラスの向こう側に真っ赤な肉が見える。クラリスはグラスに入った赤いぶどう酒を口に含むと、こくりと飲み干す。
ナイフとフォークを持ち、血が滴る肉にナイフを入れた。

クラリスには悪癖がある。時おり、生の肉が食べたくなるのだ。しかも、肉の種類が決まっている。クラリスは時おり、人の肉が食べたくなる。

一種の病である。ミーシャが気がついたときには遅かった。人の肉などどこにも売っていないものをクラリスはどうやって調達していたのか。ようやく胸が膨らみだした年頃の少女は王宮を抜け出し、街の中で子供の浮浪者の足を奪っていたのだ。子供を食べ物で釣って睡眠薬を盛り眠ったところで片足を切断して足を持ち帰っていた。目が覚める前に【治癒】をかけて出血だけは止めるため死んだ子供は少なかったようだが。

王宮を抜け出すクラリスの後をつけたミーシャは、まずは自分の将来が閉ざされつつあることを恐れた。このクラリスの狂態がバレれば監督役の自分が罰される。ならば、とミーシャはクラリスに協力を申し出た。自分ならもっと上手くやる、と。

今、クラリスが食べている肉はいったい誰の肉だろうか。ゆっくりと咀嚼するとクラリスはまた血まみれの肉を口に含むと、咀嚼を始める。噛むたびに身体に電流が走るような刺激が走り、肉を飲み込む時に身体がぶるっと震えるのだった。クラリスは禁じられた人肉食という行為に性的快感を覚えていた。何度も肉を食べオーガズムに至る姫をみつめるミーシャの目は暗い穴のようだった。

**

「確かに。確かにマリー様たちの関係者が関与はしているのだろう、それは認める。」
ハリス博士は連続失踪事件の捜査を仕切っているジャック警視に交渉していた。隣にはマリーが座っている。さすがに他国の王族を確実な証拠もなく逮捕することは出来なかった。ちなみにマラコイとハルはがっつり牢に入れられていた。

「ハリス博士、おっしゃることは分かる。だが、現実にマラコイ氏はチルトン先生と最後に会った人物であるし、ハル氏は行方不明の二人と肉体関係があることを認めている。マリー様が我が国に害意があるとは思ってはいないが、我々の目の届く範囲にいていただきたい。一応は被疑者なのだから。」
「いや、ですから【バラド・アジャナ】の姫がそのようなことをする理由が無いでしょうが。マリー様たちを罠にはめようとする何者かの陰謀ですよ、これは」
「博士、そんなことは我々も承知しているのだ。だからこそお二人を牢に入れている。その間にまた失踪が起これば二人の無実は証明されるだろう。お二人にもそう説明してある」
「ではせめてマリー様だけは軟禁を解いていただきたい。」
「ううむ…、だがマリー様を自由にしてもし再び失踪事件が起きればどうなさる?言い訳ができぬ状況になってしまいますが?」
「それはそうなのだが…」

ハリス博士は【バラド・アジャナ】との関係がこの件で悪化することを恐れていた。だが、ジャック警視の言い分はもっともであり、納得できる部分も大きい。

困り顔の二人の横でマリーが元気よく手を挙げた。
「はい!ご提案があります!!」
「伺いましょう」
ジャック警視が答える。ハリス博士は内心ひやひやしている。マリー達が非常識なことに薄々だが気付いてきたのだ。さらなる混乱を呼びかねない、と怯えている。

「失踪事件の犯人を捕まえましょう、私が!」
マリーが自信満々に言い切った。ものすごいドヤ顔をしている。
「いったいどうやってです、姫?」
言葉を返すジャック警視の声は低い。
「我々が二十人体勢で捜査中ですが、何も証拠が出てこないんですよ、姫。失礼ですがとても素人の姫が解決できるとは思えません」
「じゃあ、三日!三日だけ時間を下さい!それで解決できなければ…マラコイ達を死刑にしちゃいましょ!」
「いやいやいや、我々は法治国家ですからね、マリー様。証拠がないと死刑になんてなりませんよ。」
呆れ返りながらジャック警視は頭の中で計算する。おそらくマリーは解決など出来ないだろう。ならばいっそ三日だけ好きにさせてもいいかもしれない。

「わかりました。マリー様に三日間お預けします。でも、もしも三日で解決できなければ、今後は私達の指示に従って頂く、ということで宜しいですか?」
ジャック警視は大人だった。他国の姫のわがままを聞いてやる度量もあった。ハリス博士はそっとジャック警視に頭を下げる。二人は視線を合わせ、この辺りが落とし所でしょうな、という気持ちが通じ合った。

こうして、マリーは連続誘拐事件の犯人を探しをすることになったのだった。
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