7 / 30
序章
07.治安維持Ⅱ
しおりを挟む
♢
【日本国/栃木県宇都宮市街地/転移8日目_午前】
市街地の真ん中を、高機動車と73式大型トラックが進む。
高機動車は所謂ジープのような乗り物であり、陸自では高機とも呼ばれている。そして73式大型トラックは正式名称を31/2tトラックと言い、東日本大震災ではその耐久力をいかんなく発揮したことで知られる。
この二つの車両には相馬率いる小隊のメンバーが分乗しており、相馬は先頭を疾走する高機動車に乗り込んでいた。高機動車を運転するのは城ケ崎三曹である。
「まさか、治安出動とは……」
「政府も思い切ったことをしたもんだ」
「ま、まぁ、異世界の怪物が攻めてきたとか、霊的な何かと対峙しろなんて命令じゃなかっただけましっすかねー?」
「自分が死ぬ可能性が高い任務か、それとも人を殺してしまう可能性がある任務か……どっちがましなんだろうな……」
相馬はそう言って車窓から街を眺める。この辺りは昨日まで暴徒に占領されていたらしく、一般人の姿はない。破壊された車と、ところどころで火が燻る様はどこかテレビで見た外国の様子に酷似しており、妙に現実感がないと相馬は思った。
「それなんすよね……人を殺めかねない任務ではあるわけですし」
「実際、それだけの覚悟のあるやつはどんくらいいんのかね、俺も含めて。命令であれば、愛する人や国を守るためであれば覚悟はできてる……と自分では思っているがいざとなったら分からんよ」
相馬と城ケ崎は自身らの言葉に、複雑な気持ちを抱く。そして次の言葉が出てこなかった。
シンとなった車内。城ケ崎は気分を変えようとあえて場違いな話題を振る。
「……て、てか、この世界って魔法とかあるんですかね?」
相馬も城ケ崎の意図に気づき、城ケ崎の話題に食いつく。
「魔法?あー、どうだかな」
「俺、異世界転移とかあこがれてたんですよ!魔法使いとかエルフとか会えたら最高っすよね!」
「案外、ホラー的な異世界だとか、タコ型宇宙人が支配する惑星だったりしてな」
相馬はそう言って意地の悪い笑みを浮かべ、城ケ崎を振り返る。そう言う相馬も異世界転移だとか転生ものの小説は好んで読んでいたし、城ケ崎とは趣味があっていた。
「それは勘弁してほしいです……」
しばらく走らせると、自衛隊車両と警察車両、それに消防車や救急車が集まる場所に出た。すぐ近くで雄たけびのような声が響いているのが分かる。
「城ケ崎」
「はい」
真剣な顔つきに変わった相馬に、城ケ崎も気の緩んだ口調を改める。相馬は既に一指揮官の顔付きになっていた。素早く後部座席に指示を飛ばすと、隊員の一人が通信機のマイクに手を伸ばし、後続のトラックにも指示を伝達する。
「全員降車」
相馬は号令をかけると、89式5.56㎜小銃を手に高機動車から飛び降りた。腰の9㎜拳銃を触り、その存在を確認する。
89式5.56㎜小銃は64式7.62mm小銃の後継として開発された陸自の現主力小銃であり、9㎜拳銃は新中央工業がドイツ製拳銃をライセンス生産した自動式拳銃である。
相馬が飛び降りるとほぼ同時に、相馬に続くように前後の車両から小隊の隊員総勢32名が飛び降りる。
「相馬小隊長!全員、準備が整いました!」
茂木健司陸曹長はそう言って隊員を整列させた。茂木陸曹は現場からの叩き上げで、まだ若い相馬を何かとサポートしてくれる。
相馬は茂木に頷いて見せると、視線を小隊全員に回した。
「分かっているとは思うが、武器の使用は最小限に限られる。特に無駄に人を殺すようなことはするなよ」
隊員は相馬の声に「「「はっ!」」」と返答する。かくして、相馬小隊は戦後史上初の〝治安出動〟の任に就いたのである。
♢
【日本国/転移10日目】
自衛隊の投入から僅か3日。全国に広がった暴動は、早くも沈静化へと向かっていた。
暴徒からは約一〇〇名の死亡者が出たものの、大概の者は拘束された。
全国規模の暴動、実に数一〇万人が参加したと言われるこの大暴動で、たったこれだけの死者しか出さなかったのは、海外では例がないことだろう。
それは日本の警察や自衛隊が人命を大切にする組織であるからだ。そしてそれは警察や自衛隊の力量を示す事例でもあった。在日外国人の多くは彼らの姿勢に感銘を受けたとインタビューで答えている。
現に、相馬率いる小隊は、暴徒にも小隊にも一人の死者も出さなかった。相馬を含め、多くの自衛官が自衛隊の役回りは主に威圧と警戒であると理解していた。彼らは治安回復のための警察活動のサポートに徹したのである。
しかし残念ながら、一部市民団体や野党、マスメディアからは政府や自衛隊、警察の行動への非難の声が上がったのも事実である。
〝自衛隊が初めて人を殺した!〟というマスメディア。〝政府も警察も自衛隊もけしからん!〟と声高らかに責める者。一方、それとは対照的に、〝よくやった〟〝一般市民を暴徒から守ってくれた!〟と褒め称える者。
平和ボケした日本人にとってこの出来事は何を残し、何を問いかけたのか。これは今後、この世界で日本が生き残っていく上で、避けて通ることの出来ない問題でもあった……。
【日本国/栃木県宇都宮市街地/転移8日目_午前】
市街地の真ん中を、高機動車と73式大型トラックが進む。
高機動車は所謂ジープのような乗り物であり、陸自では高機とも呼ばれている。そして73式大型トラックは正式名称を31/2tトラックと言い、東日本大震災ではその耐久力をいかんなく発揮したことで知られる。
この二つの車両には相馬率いる小隊のメンバーが分乗しており、相馬は先頭を疾走する高機動車に乗り込んでいた。高機動車を運転するのは城ケ崎三曹である。
「まさか、治安出動とは……」
「政府も思い切ったことをしたもんだ」
「ま、まぁ、異世界の怪物が攻めてきたとか、霊的な何かと対峙しろなんて命令じゃなかっただけましっすかねー?」
「自分が死ぬ可能性が高い任務か、それとも人を殺してしまう可能性がある任務か……どっちがましなんだろうな……」
相馬はそう言って車窓から街を眺める。この辺りは昨日まで暴徒に占領されていたらしく、一般人の姿はない。破壊された車と、ところどころで火が燻る様はどこかテレビで見た外国の様子に酷似しており、妙に現実感がないと相馬は思った。
「それなんすよね……人を殺めかねない任務ではあるわけですし」
「実際、それだけの覚悟のあるやつはどんくらいいんのかね、俺も含めて。命令であれば、愛する人や国を守るためであれば覚悟はできてる……と自分では思っているがいざとなったら分からんよ」
相馬と城ケ崎は自身らの言葉に、複雑な気持ちを抱く。そして次の言葉が出てこなかった。
シンとなった車内。城ケ崎は気分を変えようとあえて場違いな話題を振る。
「……て、てか、この世界って魔法とかあるんですかね?」
相馬も城ケ崎の意図に気づき、城ケ崎の話題に食いつく。
「魔法?あー、どうだかな」
「俺、異世界転移とかあこがれてたんですよ!魔法使いとかエルフとか会えたら最高っすよね!」
「案外、ホラー的な異世界だとか、タコ型宇宙人が支配する惑星だったりしてな」
相馬はそう言って意地の悪い笑みを浮かべ、城ケ崎を振り返る。そう言う相馬も異世界転移だとか転生ものの小説は好んで読んでいたし、城ケ崎とは趣味があっていた。
「それは勘弁してほしいです……」
しばらく走らせると、自衛隊車両と警察車両、それに消防車や救急車が集まる場所に出た。すぐ近くで雄たけびのような声が響いているのが分かる。
「城ケ崎」
「はい」
真剣な顔つきに変わった相馬に、城ケ崎も気の緩んだ口調を改める。相馬は既に一指揮官の顔付きになっていた。素早く後部座席に指示を飛ばすと、隊員の一人が通信機のマイクに手を伸ばし、後続のトラックにも指示を伝達する。
「全員降車」
相馬は号令をかけると、89式5.56㎜小銃を手に高機動車から飛び降りた。腰の9㎜拳銃を触り、その存在を確認する。
89式5.56㎜小銃は64式7.62mm小銃の後継として開発された陸自の現主力小銃であり、9㎜拳銃は新中央工業がドイツ製拳銃をライセンス生産した自動式拳銃である。
相馬が飛び降りるとほぼ同時に、相馬に続くように前後の車両から小隊の隊員総勢32名が飛び降りる。
「相馬小隊長!全員、準備が整いました!」
茂木健司陸曹長はそう言って隊員を整列させた。茂木陸曹は現場からの叩き上げで、まだ若い相馬を何かとサポートしてくれる。
相馬は茂木に頷いて見せると、視線を小隊全員に回した。
「分かっているとは思うが、武器の使用は最小限に限られる。特に無駄に人を殺すようなことはするなよ」
隊員は相馬の声に「「「はっ!」」」と返答する。かくして、相馬小隊は戦後史上初の〝治安出動〟の任に就いたのである。
♢
【日本国/転移10日目】
自衛隊の投入から僅か3日。全国に広がった暴動は、早くも沈静化へと向かっていた。
暴徒からは約一〇〇名の死亡者が出たものの、大概の者は拘束された。
全国規模の暴動、実に数一〇万人が参加したと言われるこの大暴動で、たったこれだけの死者しか出さなかったのは、海外では例がないことだろう。
それは日本の警察や自衛隊が人命を大切にする組織であるからだ。そしてそれは警察や自衛隊の力量を示す事例でもあった。在日外国人の多くは彼らの姿勢に感銘を受けたとインタビューで答えている。
現に、相馬率いる小隊は、暴徒にも小隊にも一人の死者も出さなかった。相馬を含め、多くの自衛官が自衛隊の役回りは主に威圧と警戒であると理解していた。彼らは治安回復のための警察活動のサポートに徹したのである。
しかし残念ながら、一部市民団体や野党、マスメディアからは政府や自衛隊、警察の行動への非難の声が上がったのも事実である。
〝自衛隊が初めて人を殺した!〟というマスメディア。〝政府も警察も自衛隊もけしからん!〟と声高らかに責める者。一方、それとは対照的に、〝よくやった〟〝一般市民を暴徒から守ってくれた!〟と褒め称える者。
平和ボケした日本人にとってこの出来事は何を残し、何を問いかけたのか。これは今後、この世界で日本が生き残っていく上で、避けて通ることの出来ない問題でもあった……。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる