社畜から始める櫻花荘

杠静流

文字の大きさ
1 / 8

プロローグ

しおりを挟む
 『今いる環境が自分に適しているとは限らない』
 俺は最近そのことを実感した。

 四月の頭、閑散とした駅のホームからなんとなく懐かしい景色を眺め、今にも花を咲かせようとしている桜に心を奪われていた。

 目的地はとある老舗旅館。
 なんでも、俺の親戚が営んでいる旅館なんだそうな。
 以前にここへ来たことまでは覚えているが、なにせ二〇年以上前の事だからほとんど覚えていない。

 風景を眺めてぼぅっとしていると、帽子を深く被りなおす車掌が申し訳無さそうに話しかけてくる。
「そろそろ出発なので、切符を頂戴しても?」
 俺は慌てて切符を手渡すと、車掌は軽く礼をして列車の最後尾に戻る。
「田舎は改札じゃなくて車掌に渡すのか……」
 都会でしか電車に乗ったことが無い俺は、ここらの電車の乗り方を知って少し驚いた。

 金属の台で仕切られた改札を抜けるとスマートフォンの地図アプリを開き、母から聞いた旅館の名前を入力する。
 ここからバスに乗っておよそ二~三〇分くらいで着くようだ。

 ちょうどバス乗り場にバスが到着したため乗り込む。
 整理券を取り、窓際に着座すると窓の外を眺めた。

 バスは法面のりめんが舗装された崖路ほきじをくねくねと折り返すように登っていく。
 一気に山を登ったからか耳鳴りが気圧の変化を知らせる。

 三〇分もすると運転手が「高谷たかや駅」と到着を告げたため停車ボタンを押下した。
 徐々に見えてくる駅は鉄道なんてものは通っていなく、いわゆる自動車駅というものらしい。
 
 運転手に礼を告げてバスから降り、目的地へと歩き始める。

 少し歩くと、歩道が赤いレンガで彩られた古風な商店街が見えており、突き当りには和洋折衷わようせっちゅうな建物が見えてきた。
 まだまだ建物までは遠く、扁額へんがくに書かれた文字までは読めないが、きっとあそこが俺の目的地なんだろう。

 遠目から見てもわかるノスタルジック風景はその旅館に対する期待を増長させる。
 これがエモいってやつなのかな?

 ◇◆◇
 
 旅館の眼の前まで来ると古いが丁寧に手入れされている建物が見えてくる。
 駐車場には観光客のものだろうか、何台か車が駐められている。
 先程まで読めなかった扁額の文字ははっきりと読める。

『櫻花荘』

 篆書てんしょで書かれた旅館の名前は歴史を感じながらも美しく輝いていた。
 建物に見とれつつも建物の引き戸を開けると、そこにいた和服の女性がこちらに気づき向き直った。
 背丈が一六〇センチメートルばかりで黒髪をまとめ上げたきれいな女性が話しかけてくる。

「お待ちしておりました。こちらの受付へどうぞ」
 一瞬で男の心を射止めんばかりの笑顔に誘導され、用意された履物を履き受付へ歩を進めた。
 
 受付に立つと先程の女性改めて礼をし口を開く。
「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
長谷川 健太郎はせがわ けんたろうです」
 そう答えると女性は多少驚いたような表情を見せた。

「あなたが旦那さんの親戚の方?お待ちしておりました。それでは宿泊名簿に記入して頂いてもよろしいでしょうか? 」
 眼の前のデスクに用紙とペンが置かれ記入を求められる。
 
 名前と連絡先を記入したあとに筆が止まる。
 職業の欄があったからだ。

 俺は先日会社をやめた。いわゆる無職だ。
 少し従業員の目を気にしながら『無職』と記入した。

 先程の女性はこちらが筆をおいたことを確認すると用紙を預かりカウンターから出てくる。
 「今回担当する仲居の佐久 雪乃さく ゆきのと申します。お部屋の”さくら”へご案内いたします」
 
 仲居さんの後ろに着いていくときれいな和室に案内される。
 中央の座椅子に腰掛けると、彼女は側方に着く。
 「今回は旦那さんから色々聞いているので細かな説明は省きますね。すぐ旦那さんと女将さんが来るので少しだけお待ちいただけますか?」
 お茶を入れながら親戚夫妻がすぐに来ると告げられる。
 了承すると「失礼します」と告げ、退室した。

 旅の疲れもあり一息つくとここへ来ることになった経緯を思い出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

**俺、東大院生の実験対象にされてた。**同居している美人家庭教師のやばい秘密

まさき
青春
 俺は今、東大院生の実験対象になっている。  ある雨の夜、アパートの前にずぶ濡れの美女が立っていた。  「家庭教師です。住まわせてください」  突然すぎる申し出に困惑しながらも、なぜか断れなかった。  桐島咲楽、東大大学院生。成績は天才、料理は壊滅的、距離感はおかしい。毎日転ぶ、焦がす、なぜか距離が近い。そのくせ授業は鬼のように丁寧で、俺のことを誰よりもよく見ていた。  偏差値42だった俺の成績は、気づけば上がっていた。でも、それより気になることがある。  咲楽さんが、研究ノートに何かを書いている。「被験者」という文字が、見えた気がした。  距離が近いのは、データのためか。褒めてくれるのは、実験のためか。でも、あの顔は。あの声は。  「データじゃなくて、私がそう思っています」  嘘をついているような顔じゃなかった。  偏差値42の俺に、東大院生の美女が押しかけてきた。ドタバタな毎日の中で、俺の心臓が休まる暇がない。これはドキドキなのか、心配なのか。それとも、もう恋なのか。  不器用な天才と、鈍感な高校生の、やばい同居生活。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...