挨拶

にわとりの子

文字の大きさ
1 / 1

挨拶

しおりを挟む
 ここは仁美が施設長として運営している孤児養護施設、平たく言うと孤児院である。そのリビングで並んで座る男ふたりの前に、仁美は緊張した面持ちでお茶を出しながら座った。

 ふたりの男のうち、リラックスしているように見える方、田村 優斗が口を開いた。

「仁美おばさん、この人がこの前言った、俺の大切な人。」

 仁美は混乱していた。高校を卒業してからこの施設を出て自力で大学に行き、IT系の会社に就職した優斗。今までひとつも連絡をよこさないと思えば、いきなり「あって欲しい人がいる」と連絡が来て、これだ。母親のかわりに優斗を育てた身としては大切な人ができたことは嬉しいのだが、優斗の隣に座っているのはどう見ても男なのである。
 すると今まで緊張気味だった優斗の隣に座った真面目そうな男が話し始めた。

「初めまして、倉橋 明久と申します。田村くんとは現在、恋人としてお付き合いさせて頂いています。・・・男同士で受け入れられないと言われても仕方ないとは思っています。でも、俺も優斗も真剣なんです。どうか、認めていただけないでしょうか?」

 なるほど見た目通り真摯な男であった。仁美はぎこちなく答える。

「えぇっと、優斗の母の代わりとして優斗を育てた高橋 仁美です。優斗のことを大切に思ってくれて私としても嬉しいし、同性同士でも私は全然抵抗ないの。なんだけど…ひとつ、ふたりにきいてもいいかしら。」

「はい、お答えできる限りはなんでも大丈夫です。」

「世間体は…どんなふうに考えているの?」

 同性同士のカップルで一番厄介な問題だ。どれだけ愛し合ったとしても周りがそれを許さない場合も多い。仁美はそのことを懸念していた。社会から見放されて生きていくことは難しい。
 少し躊躇ってから明久が答える。

「俺達には人を黙らせられる程の力もありませんし、バレてしまえば肩身が狭くなることも分かっています。しかし今は隠しておくことしか…。」

 明久の表情が僅かに暗くなるのがわかった。堂々と愛する人を愛せない。世間の目から隠れなければならない。この社会への不満がありありと感じる声色だ。そこへ優斗が続ける。

「でも俺ら覚悟はできてるんだ。もしバレて糾弾されても俺らなら大丈夫。何があっても別れるつもりはないよ。」

 どうやら本当に覚悟が決まっているらしい力強さにふたりの愛が本物だということを仁美は感じ取った。

「ええ、それならいいの。もし、辛くなったらいつでも言うのよ?私があなたたちの逃げ場になるわ。」

 仁美はこのふたりには自分の分も幸せになってもらいたいと思っていた。

「実はね、私にもいたの。愛するが。」

 向かいに座るふたりが息を飲む。

「でもあの子も私も親が許してくれなかったの。私は諦めなかったんだけど、あの子は大きな家柄の子でね。親の用意した相手と結婚させられて、今じゃ二児の母よ。」

 時代も悪かった。今では徐々に理解されつつある同性愛だが、昔はありえない事だった。だから仁美の結末も時代から考えると、当然といえば当然の結果だった。

「じゃ、じゃあ仁美おばさんは今でもその人を…?」

「そうね、愛しているわ。仕方なかったの。世間が私たちを許さなかった。でも今は違う。あなた達は幸せになりなさいね?」

「もちろん。実は明久さんのお義父さん、倉橋製薬の社長さんなんだけど、俺たちの関係を許してくれたんだ。」

「倉橋製薬…」

「びっくりだよね。お兄さんがいるのも大きいと思うけど、本当に心の広い人だった。」

 仁美は一瞬固まったあと、席を立った。

「と、とにかく、今日はお祝いをしましょう。優斗がやっと帰ってきてくれたし、いい人もできたんだから。私、腕によりをかけちゃうわ~!」

「やった。俺も手伝うよ。」

「俺も手伝います。」

「いいのいいの。あなた達はお客さんなんだから、くつろいでいて。」

「ありがとうございます。」
「ありがとう。」

 仁美は自分とふたり、それから子供たちの分のご馳走を用意しながら考えていた。

「倉橋製薬…」

 それは仁美の愛する加奈子の家だ。彼女が明久の母親だと言うのか。明久は加奈子と加奈子を奪った男の子供だと言うのか。その明久が、優斗を愛するというのか。

「…時の流れは早いものね。」

 もし、自分と加奈子がもう少しあとに生まれていたら。もし、加奈子が普通の家に生まれていたら。もし、加奈子を愛することが許されていたら。
 考えても切りがない、今までずっと考えまいとしていたことが溢れてきて、仁美は一度頭を振った。

「今はふたりを応援しなきゃ。」

 自分たちには、もうそれぞれの生き方が出来上がってしまった。仁美は孤児院を経営し、加奈子には夫がいる。もう、とっくに終わってしまっていたのだ。今は若いあのふたりの可能性を潰したくない。

「幸せになってね」

 梅雨の開けた、7月の風が窓の外を吹き抜けた。

fin.
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

聖女をぶん殴った女が妻になった。「貴女を愛することはありません」と言ったら、「はい、知ってます」と言われた。

下菊みこと
恋愛
主人公は、聖女をぶん殴った女を妻に迎えた。迎えたというか、強制的にそうなった。幼馴染を愛する主人公は、「貴女を愛することはありません」というが、返答は予想外のもの。 この結婚の先に、幸せはあるだろうか? 小説家になろう様でも投稿しています。

ブチ切れ公爵令嬢

Ryo-k
恋愛
突然の婚約破棄宣言に、公爵令嬢アレクサンドラ・ベルナールは、画面の限界に達した。 「うっさいな!! 少し黙れ! アホ王子!」 ※完結まで執筆済み

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

処理中です...