殺人鬼と綺麗な人形はやがて手を取り涙する

なつみかん

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執行猶予編

人形は残酷な夢を見た-29 ◆

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「お待たせいたしました、稲荷」

「・・・それ・・・生きてます?」
車に戻ったキツネと、抱えられた恭華を見た稲荷が口を開く。

恭華の掌にはナイフが貫通しており、かなりの出血が見られる。

剥き出しの下半身には幾筋もの血が流れた跡があり、それに負けないほどのキツネの精液が内腿を汚している。

口からも大量に吐血した様子がうかがえると同時に、頬には血が滲み出るくらいクッキリと押さえつけられた指の痕が残っている。

真っ赤な口周りとは対照的に、陶器のように白くなった顔色、目を硬く閉ざし、ピクリとも動かない恭華に生気は感じられない。

呼吸をする胸の上下さえ見られない。

「ええ、もちろんです。このまま放置したら間違いなく絶命するでしょうね・・・」
満足そうに微笑むキツネをバックミラーから眺め、車を走らせた。

気の毒だとは思う。だが、恭華のしたことは許せないとも思う。相応の報復を受けた、それだけのことだ。

だが切り捨てきれない稲荷は、恭華の事が気になり、チラチラと視線を向ける。

「フフッ、稲荷は優しいですねぇ。生きていますから大丈夫ですよ」
恭華に手当をしながら、稲荷に視線を向けることなくキツネが言う。

「ははっ、そんなんじゃないッスよ・・・ただ・・・」
そう、ただ少し自分と重ねてしまっているのだ。九尾から酷い扱いを受ける自分と。

「ああ、その九尾に連絡してください」

キツネの言葉に、運転中の稲荷が思わずバッと振り返る。

「え!?そ、そんな・・・」
やっと、やっと、やっと九尾から解放され、フラフラになりながら帰ってきたのだ。

結局昼間の仕事は揚羽が代わってくれたからいいものの、先程まで動くことさえ辛かったのだ。

そんな九尾に連絡しろだなんて、キツネは鬼なのか?知ってはいたが。

泣きそうな目でキツネを見つめる。

「フフッ、冗談ですよ。僕が呼びますから、稲荷は自室で休んでいなさい」

ホッと胸をなで下ろし、見つめたミラーに、治療を終え恭華の股を拭い、愛おしそうに抱きしめるキツネが映る。

情報を警察にリークする、こんなこの上ない裏切りを受けたにもかかわらず、まだ生かす。
そして変わらず傍に置こうとする。

「キツネさん・・・もしかしてキツネさんにとって恭華ちゃんは・・・」
この世でたった一人の大切な人なのではないだろうか。

玩具、奴隷、お気に入りの域を超え、愛しているのではないか。

「いや、何でもないッス」
自分のバカバカしい考えを打ち消すように、稲荷は失笑しながらそう告げ、夜の街に意識を向けるように運転に集中していった。




静寂の音さえ耳にできる静かな環境。
どこかでこの静寂を体験したことがある。

それがどこだったのか思い起こす前に、恭華の瞼が上がった。

ボヤっとした視界の中、高く白い天井が映る。

そうだ、警察に保護されて真っ白な部屋で寝ていたのだ。

「恭華さん、お目覚めですか?」

完全に覚醒しきれない頭に、条件反射で自然と恐怖を感じる声が響く。

「っ!!キツネっ!?」
動物のように体中の毛を逆立てて全身で警戒する。

思い出した!!!

厳戒体制で警備されている中、この男は難なく突破してきたのだ。

「思い出していただけました?恭華さんは酷い人です。恭華さんが情報を漏らしたせいで、何人の人間がお亡くなりになったことか・・・」
フゥッとさも残念そうに溜息を吐いてはいるが、全くそんな気はないだろう。

「ま、まさかっ!!?」
情報を知った者全員殺した?

ならば若手刑事も?
智輝!!!!智輝も!?

「フフッ、どうでしょう?それより貴方、ご自分の心配をなさった方がよろしいのでは?」

「智輝殺したのかっ!!!?どうなんだよっ!!」
ベッドから足を下ろし、キツネに責め寄ろうとした恭華は、一歩目でバタリと倒れていった。

「恭華さん、分かっていらっしゃいますか?ご自分のしでかしてしまったことの重大さ。謝っても許されませんよ?」

倒れた恭華の髪を掴み、頭を持ち上げる。
その男の動作に恭華に対する気遣いなどを一切感じさせず、普段ならば恐怖する程の冷たさが滲み出ている。

だが、智輝が殺されたかもしれないという不安や怒りから、頭に血が上った恭華は冷静に現状を受け止められてはいなかった。

「うっ!・・・は、はなせっ!!謝る気なんかないっ!!智輝はどうしたんだよっ!!!許さないぞ!?」
もしも、もしも智輝に何かあったら殺してやる。殺されてでも殺してやる。

髪がブチブチと抜けていく痛みに片目を閉じつつも、キツネを鋭く睨む。

「そうですか。後悔しますよ?」
言うや否や、恭華の頭を勢いよく床に叩きつけ、ゴッという鈍い音を響かせる。

「っ!」

脳に与えられた衝撃で焦点が合わなくなった恭華が床に突っ伏した。

「この部屋、65階ではないんですよ」
ニンマリと口を歪めたキツネが恭華の首を捕え、ズルズルと引きずっていく。

「え?・・・」
寝室の外へと引きずり出された恭華の動きが止まる。チカチカする視界がようやく慣れてきた頃、その情景を目にして愕然とした。

採光が計算された明るいリビングにつながると思っていた寝室のドアは、どうやら地獄への入り口だったようだ。

地下牢を思わせるような打ちっぱなしのコンクリートに、中世の拷問部屋を思わせるような禍々しい道具の数々。

殆どがどのような用途で使用するのか恭華には分かりかねたが、テレビなどで見たことがある、鞭やアイアンメイデン、電気椅子などは分かった。

その用途が分かってしまっただけ、十分脅威になり得た。どうせなら、何一つ知らない方が良かったと、恭華の目が潤む。

ここが以前キツネが言っていた、その他大勢の捕虜がその命を弄ばれ、落とすために監禁されるという部屋。

まさかこんなに早く連れて来られるとは思ってもいなかった恭華の喉がゴクリと上下する。

「な、」
文字通り言葉を失った恭華が、白い世界へと帰ろうと後退るが、後ろから首を掴まれているため動けない。

「さて、初犯ですし、一応刑は軽くしておきますよ」
床までコンクリートがむき出しのため、足の裏から底冷えする。

「ぃっ!!」
床に叩きつけるように体を放り投げられ、全身の痛みを訴える間もなく、腕を床に縫い付けるように一括りに捕えられる。

「あぁぁっ!!!い、痛っ!!う、腕っ!!あ、上げない、でっ!!」
片腕は肩の根本から折れているのだ。

頭上に上げられ、耐えがたい痛みに恭華が絶叫する。

床と対面する形で固定されている恭華の両手首に、手錠がかけられた。

その手錠は、森で動物を狩る罠のように床から生え、恭華の両手首をしっかりと床に固定する。

「どれにしましょうかねぇ?反省できない貴方には、やはり肉を抉るぐらいのが丁度いいでしょうねぇ」
恭華の号泣し、懇願する声を無視してキツネがずらりと並ぶ鞭のコレクションから一つを手に取り、ペロリと舐める。

天井に背を向けている恭華からはキツネの姿は見えない。

いや見えていたとしても涙に濡れた瞳ではその姿を捉えられたかどうか怪しい。

キツネが手にした鞭は幾筋もの革が尻尾のように伸びるものだった。ただその所々にはコブがある。

全裸で惜しみもなく肌をさらけ出している恭華には、守る術など一切ない。

身に付けているのは、ナイフで貫かれた手の甲に巻かれた包帯のみだ。
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