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犬生活編
人形は哀しみに諦めをおぼえた-7
ブォーッ
あれ?この音・・・何だったか?ついこの間も耳にした懐かしい音・・・
そうだ、掃除機の音だ。
おかしい、あの世とはそんなに所帯じみた所なのだろうか。神様に命令された天使たちが雲の上で一生懸命、掃除機をかけている姿を想像する。
掃除機かけちゃったら、きっと雲まで吸っちゃうんじゃないかな。そんないらない心配までして。
疑念を抱きながらもまぶたを持ち上げる。
開いた先には見慣れた高い天井とシーリングファン。
おかしい、確かに飛び降りたはずだ。勝ち誇ってやったはずだ。
落ちていく感覚も、増していく重圧も味わった。そして軽くなっていく心も感じていた。
なのにあれは夢だったのだろうか?では一体いつから、どこからが夢か・・・
混乱と困惑で小刻みに瞳を動かしながら懸命に記憶を辿る。いや駄目だ。やはり落ちていく時に見た空を最後に記憶が途切れている。
随分綺麗な青空だった。最期に見るのが綺麗な青空で良かったと、全て心が洗われる思いだった。
とりあえず、体を起こそう。
「おはようございます、恭華さん」
上体を起こしたその目の前にキツネの顔があり、驚いた恭華がガンッと壁に頭をぶつける。
「ッ!!?」
自分は今悲鳴を上げたはずだ。声が出ないということは、鎖で繋がれていたことは夢ではない。声を失ったことは夢ではない。
「稲荷、稲荷~っ!!恭華さんが目を覚ましましたよ!!」
キツネがインターフォンに向かい、叫ぶ。インターフォンなのだから、そんなに声を出さなくても相手には聞こえているはずだ。
キツネがこんなに声を張る姿を初めて見た。
不気味な笑い声以外にも大声が出せたとは。
それにキツネの喋り方がいつもよりも早い。悠長とは言えない口調だ。
フィーンと掃除機のスイッチが切られる音と、ダダダダダッと駆けてくる慌ただしい音が近づいてくる。
「恭華ちゃんっ!!」
扉を吹っ飛ばす勢いで稲荷が入ってきた。目をぱちくりとさせる恭華に稲荷がダイブし、抱き着く。
その勢いを受け止めきれず、再び恭華はガンッと壁に頭をぶつけた。
稲荷がキツネの前で恭華にボディタッチを含めたコミュニケーションを取ることはまずない。
キツネの予測不可能な反応に怯えているからだ。キツネの前で下手に恭華と仲良くしている姿を見せたら、自分に危険が及ぶどころか、恭華も酷い目に遭うかもしれない、稲荷はそう考えているからだ。
そんな稲荷が感情を制御できずに、キツネの前で堂々と恭華に抱き着く。
「良かった!本当に良かった!!」
ギュッと恭華を抱きしめ、肩を震わせている。
もしかして、泣いている?
稲荷の温かい体温を感じながら稲荷の背中にそっと手を回す。そして稲荷の震える手を静かに取った。
「ど・う・し・て?」
驚きに目を見開いている恭華に稲荷がフワリと笑いかける。
「そりゃ、恭華ちゃんに死んで欲しくないからだよ!」
大好きなどと言い遺されて去られたこっちの身にもなってよ、と稲荷が珍しく垂れ目を吊り上げて恭華を責め立てる。
恭華が首を振った。
「違いますよ、恭華さんが仰っているのは、どうして生きているのだ、ということです」
稲荷の首根っこを引き、恭華から引き離そうとする。
グッと首を引かれ、ようやく恭華に抱き着いていることに気が付いた稲荷が慌てて離す。
「ああ。恭華ちゃん覚えてないの?あの後直ぐにキツネさんが飛び出して、落ちていく恭華ちゃんをキャッチしたんだよ」
稲荷が片目を瞑る。その瞳からはきらめく星だって飛び出しそうだ。
65階から人を抱えて飛び降りて、何で無傷かとか考えても無駄だから聞かないでね、と稲荷が軽口を叩いてみせる。
分かる。稲荷が努めて明るく振る舞っているのが分かる。そしてその理由は恭華のため。この重々しい空気を吹き飛ばそうと一人一生懸命ピエロになろうとしているのが分かる。
分かってはいても、せっかく稲荷が和らげようとしている雰囲気を壊してしまう、そうは分かっていても、それでも、それでも。
それを聞いた恭華がキツネを睨み、ポカポカとキツネの胸を打つ。
恭華が喋れなくても、キツネが考えを読まなくても、涙を流しながらキツネを叩く恭華は如実に物語っていた。
何で助けたんだ、何で死なせてくれなかったんだ、と。
お前が奪ったくせに、お前がそうさせたくせに、と。
キツネは無言でそれを受け止め、恭華に叩かせていた。稲荷も口を閉じ、笑みを消し、そんな恭華から顔をそらす。
恭華が泣き疲れ、眠るまでずっとずっと。
あれ?この音・・・何だったか?ついこの間も耳にした懐かしい音・・・
そうだ、掃除機の音だ。
おかしい、あの世とはそんなに所帯じみた所なのだろうか。神様に命令された天使たちが雲の上で一生懸命、掃除機をかけている姿を想像する。
掃除機かけちゃったら、きっと雲まで吸っちゃうんじゃないかな。そんないらない心配までして。
疑念を抱きながらもまぶたを持ち上げる。
開いた先には見慣れた高い天井とシーリングファン。
おかしい、確かに飛び降りたはずだ。勝ち誇ってやったはずだ。
落ちていく感覚も、増していく重圧も味わった。そして軽くなっていく心も感じていた。
なのにあれは夢だったのだろうか?では一体いつから、どこからが夢か・・・
混乱と困惑で小刻みに瞳を動かしながら懸命に記憶を辿る。いや駄目だ。やはり落ちていく時に見た空を最後に記憶が途切れている。
随分綺麗な青空だった。最期に見るのが綺麗な青空で良かったと、全て心が洗われる思いだった。
とりあえず、体を起こそう。
「おはようございます、恭華さん」
上体を起こしたその目の前にキツネの顔があり、驚いた恭華がガンッと壁に頭をぶつける。
「ッ!!?」
自分は今悲鳴を上げたはずだ。声が出ないということは、鎖で繋がれていたことは夢ではない。声を失ったことは夢ではない。
「稲荷、稲荷~っ!!恭華さんが目を覚ましましたよ!!」
キツネがインターフォンに向かい、叫ぶ。インターフォンなのだから、そんなに声を出さなくても相手には聞こえているはずだ。
キツネがこんなに声を張る姿を初めて見た。
不気味な笑い声以外にも大声が出せたとは。
それにキツネの喋り方がいつもよりも早い。悠長とは言えない口調だ。
フィーンと掃除機のスイッチが切られる音と、ダダダダダッと駆けてくる慌ただしい音が近づいてくる。
「恭華ちゃんっ!!」
扉を吹っ飛ばす勢いで稲荷が入ってきた。目をぱちくりとさせる恭華に稲荷がダイブし、抱き着く。
その勢いを受け止めきれず、再び恭華はガンッと壁に頭をぶつけた。
稲荷がキツネの前で恭華にボディタッチを含めたコミュニケーションを取ることはまずない。
キツネの予測不可能な反応に怯えているからだ。キツネの前で下手に恭華と仲良くしている姿を見せたら、自分に危険が及ぶどころか、恭華も酷い目に遭うかもしれない、稲荷はそう考えているからだ。
そんな稲荷が感情を制御できずに、キツネの前で堂々と恭華に抱き着く。
「良かった!本当に良かった!!」
ギュッと恭華を抱きしめ、肩を震わせている。
もしかして、泣いている?
稲荷の温かい体温を感じながら稲荷の背中にそっと手を回す。そして稲荷の震える手を静かに取った。
「ど・う・し・て?」
驚きに目を見開いている恭華に稲荷がフワリと笑いかける。
「そりゃ、恭華ちゃんに死んで欲しくないからだよ!」
大好きなどと言い遺されて去られたこっちの身にもなってよ、と稲荷が珍しく垂れ目を吊り上げて恭華を責め立てる。
恭華が首を振った。
「違いますよ、恭華さんが仰っているのは、どうして生きているのだ、ということです」
稲荷の首根っこを引き、恭華から引き離そうとする。
グッと首を引かれ、ようやく恭華に抱き着いていることに気が付いた稲荷が慌てて離す。
「ああ。恭華ちゃん覚えてないの?あの後直ぐにキツネさんが飛び出して、落ちていく恭華ちゃんをキャッチしたんだよ」
稲荷が片目を瞑る。その瞳からはきらめく星だって飛び出しそうだ。
65階から人を抱えて飛び降りて、何で無傷かとか考えても無駄だから聞かないでね、と稲荷が軽口を叩いてみせる。
分かる。稲荷が努めて明るく振る舞っているのが分かる。そしてその理由は恭華のため。この重々しい空気を吹き飛ばそうと一人一生懸命ピエロになろうとしているのが分かる。
分かってはいても、せっかく稲荷が和らげようとしている雰囲気を壊してしまう、そうは分かっていても、それでも、それでも。
それを聞いた恭華がキツネを睨み、ポカポカとキツネの胸を打つ。
恭華が喋れなくても、キツネが考えを読まなくても、涙を流しながらキツネを叩く恭華は如実に物語っていた。
何で助けたんだ、何で死なせてくれなかったんだ、と。
お前が奪ったくせに、お前がそうさせたくせに、と。
キツネは無言でそれを受け止め、恭華に叩かせていた。稲荷も口を閉じ、笑みを消し、そんな恭華から顔をそらす。
恭華が泣き疲れ、眠るまでずっとずっと。
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