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第5章
タイト危機一髪(4)
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モーテルに向かってふたりは連れ立って歩いていた。
さすがに宅配ピザ屋のバイクでの二人乗りは無理がある。
数ブロックはあるが歩いて帰るしかなかった。
遠くからポリス・ビークルのサイレンが聞こえて来ていた。
どうやら誰かが通報したらしい。
「無茶苦茶な奴だな。狂戦士、の意味がよくわかった。そう云えば先ほど少し離れたところで銃撃戦らしい音が聞こえた気がするが、あれもおまえが関わっているのか?」
「え? な、何のことかな……」
タイトが溜息をついた。
「トラブルメーカーだな」
オトマタさんと同じことを云う。
確かにどちらの事件にもツグミが関与していると云う意味では、この町にとって彼女は至極迷惑な来訪者であった――。
「で、でも、殺さなかったよ」
ツグミは云い訳するように、タイトを上目遣いに見た。
だが。
「まあ、相手は犯罪者だし、殺したところで問題はなかろうが」
かれは平然とそう答えた。
「え? そ、それ、何よ、タイト? だって昼間、命が何とかって散々あたしを説教したじゃない?」
「説教? いつだ?」
「ちょっと、あんた、憶えてないの?」
「?」
「マジで憶えてないのか――」
ツグミはあんぐりと口を開けた。
あれだけ偉そうに云ったのにそんな程度の台詞だったのか、と思うと、それを気にして落ち込んでいたのがアホらしくなった。
「あんたにはがっかりだよ、タイト」
「どう云う意味だ?」
「もう、いい」
「おかしな奴だな、それよりも――」と、タイトは腕を組んで首を傾げて見せた。
「あの〈強化体〉の男、体の修理にいくらくらいかかるのだろうな?」
「え? 知らないわよ、そんなの。ってか、あんた、そんなこと考えてたの?」
「おまえは考えないのか? 奴が退役軍人だったとしても年金じゃ賄えないだろうな、と、少し哀れに思ってしまった」
「ピントがずれてるよ、タイト」
もう、タイトの話をマトモに聞くのはやめた方が良いかも知れない、と、ツグミは本気でそう思った。
「まあ、それはそれとして、だ……。どうやらおまえ、本気でおれを助けるつもりはあったようだな」
「え?」
「何を驚いているんだ?」
「お、驚くよ。助けるつもりって何を云ってるの?」
ツグミが不満そうな表情を見せる。
「何を、って……云った通りの意味だが?」
「だって当然でしょ! あたしはあんたの護衛なんだから。こう見えても、あたし、真面目に仕事をするタイプなんだよ」
「……おれをほったらかしてひとりで食事に行くくせにどの口が真面目だと云うのだ?」
「え? ああ……。ま、そのことは、ごめんなさい」
てへへ、と笑いながら、頭を掻いて見せる。
「ちょっと、さ、あの、あのときはカリカリ来ちゃってたから……」
「ふん。それでも気を変えて護衛に戻って来た、と云うことは……トンビに油揚げ攫われる訳にはいかない、と云うことなのか? 連邦としては――」
「へ?」
ツグミが絶句する。
「今、何て? 連邦?」
「おまえは連邦のエージェントだろう?」
「え、ええ? な、な、何を? タイト、何を云ってるの? 連邦? エージェント? あ、あたしには何のことやら……」
ツグミの目が泳いでいる。
「とぼけるのが下手すぎるな。云っただろう? おまえは隠し事が出来ないタイプなんだ、と」
「いえ、あの、その……」
ツグミは慌てふためいて、どうしよう、どうしよう、などと呟く。
それからあきらめたように、肩をがっくりと落としてタイトを見上げた。
「あの、そ、その通りです。ごめんなさい。……でも、どうしてわかったの? オトマタさんからは情報を受け取るヒマなんてなかったでしょ?」
「オトマタさん? 何だ、オトマタさんにもバレたのか? 仕方ない奴だな」
「……だってえ」
ツグミ、唇を尖らせる。
「まあ、最初から疑ってはいたのだが。だからあえておまえを雇ったのだからな」
「ど、どうして?」
「確信したのはおまえが〈炎月〉の名前知っていたからだ。おまえはその〈魔銃〉を誰かから手に入れた、と云ったが、だとすればその個体の名前までは知らないはずだろうと。それにそもそもそれが世の中に出回るはずはないからな」
「え? あたし、〈炎月〉なんて呼んでた?」
「山の中でおれがそいつを〈炎月〉と呼んだ時に、ちゃんと会話を合わせていただろう? 気づいてなかったのか?」
「……ぜんぜん」
「やはりバカだな……」
「う、うっさい」
「その銃は実はおれが研究所にいる時に試作したものだ。まだ量産されていないはずだし、その本当の威力についてはおれ以外には誰も知らない。今回はおれがそれを見てどんな反応をするかを確認するつもりでそうやって持って来たんだろうが、だとしてもそいつがどんな能力を持っているかをわかっていればおまえなんかには渡さなかっただろうな。そいつはそれくらい価値のある物なのだ。大事にしろ」
「そ、そうなの?」
ああ、とタイトは頷き、それから無表情にツグミを見つめた。
その視線にツグミは目を伏せる。
スパイめ、などと罵倒されるのか、黙って殴られるのか、いずれにしてもこのまま護衛をクビにされるのだろう、と、覚悟を決めるとツグミはじっと黙り込んで次のタイトの台詞を待った。
が、かれの口から出て来たのは――。
「それにしてもそうやってあっさり自分がエージェントだと認めてしまうところも、それ以前に簡単にバレてしまう間抜けぶりにしても、おまえはあまりにもエージェントらしくない。だから逆にそうと確信できなかったのだが……。いずれにしても特務局も人手不足らしいな」
意外な台詞だった。と、云うよりも……。
「ええ? それってヒドくね? あたしって、そんなにドジっ子?」
タイトがじっと見つめる。
「自覚がなかったのか?」
ツグミ、こくり、と頷く。
「そもそも、おまえはエージェントには向いてないんじゃないのか?」
「えっ? む、向いてない……? そ、そうなのかな? あたし、この仕事、向いてないのかな? 転職した方がいい? ねえ、そう思ってるの、タイト?」
ツグミはタイトの両腕を鷲づかみにすると、かれの体を揺さぶった。
蒼い瞳が潤んでいた。
「どれだけ涙腺が緩いんだ、おまえは? 真に受けるな、バカ」
タイトは冷たく云い放った。
「……だって」
かなり落ち込んでいる。
「いいか、おまえは……。多少、身勝手な行動でおれを危険に晒したが、とりあえずおれの護衛の役には立っている。それで十分ではないのか?」
(なんで、おれがこいつを慰めなければならないのだ?)
「ホ、ホント? タイト、そう思ってる?」
「ああ、思っている。それにあれだけの〈強化体〉を一瞬で倒したのだ。向いてないと云うことはないだろう」
「そ、そうかな? そうだよね。うん。そうだよ」
ツグミが繰り返しながら、笑った。
(……単純な奴だな。おれの護衛としては役に立つが、エージェントとしてはとんでもなく役立たずだと思うのだが、それは云わない方がいいだろう)
「まあ、考えて見ればそうかも知れないね。今回はちょっとあたしがいなかった隙を狙われたけども、これからはぴったり貼りついて二度と奴らにあんなことはさせないから任せておいて」
あっと云う間に自信満々であった。
回復が早過ぎる。
大したメンタルであることは認めなければならない、と、タイトは思った。
「ところで……、その『奴ら』とは何者だ? 心当たりはあるのか? おれの頭脳を狙った者たちだろうとは予想出来るが」
「うん。そうだと思う」と、ツグミ。
「おそらくは、第三セクター、と呼ばれる奴らだね。たぶんあんたみたいな重要人物を攫って、欲しがっている企業に売りつけるとか考えている連中だと思う」
「連邦の機密目当て、と云うことか」
「そうだよ。それだけあんたってば、今の時代にとって重要な人間なんだよ」
「その割には連邦もお粗末なエージェントをつけたものだな」
「何よ、それ!」
ぷくっ、と頬を膨らますツグミ。
どう見てもただの女の子である。
とてもエージェントらしくはない。
いかに人手不足でもこれはないだろう、と、訝しげにタイトはツグミを見る。
「で、おまえのミッションは何だったんだ?」
「え?」
「おまえがおれに貼りついた理由だ。本当に護衛と云う訳ではないのだろう?」
「さ、さすがにそれは……」
ツグミはそっぽを向いて口笛を吹く。
それでごまかしたつもりらしい。
「ふむ……。では当ててみるか。おそらくおれの記憶の確認、と云うところだろう?」
「ぎくっ!」
「内心が言葉に出ているぞ」
「どきっ!」
「……」
(この娘は……)
「つまりは〈記憶抹消処理〉を施されてリタイヤしたはずのおれが、どうやら記憶が残っているような行動をとっていることがわかって本当に記憶が回復しているのかを確認するために貼りついた、と、そんなところなのではないか? もしもおれに記憶が残っていた場合にはこうして泳がせておくのは連邦にとって脅威ではあるからな」
「ノ、ノーコメントです」
「それ自体、YESと云っているようなものだ。なるほど、そう云うことか……。連邦もご苦労なことだ。それでおまえの判断はどうなのだ?」
「それは……」と、ツグミ。
「残っている、と、思うよ」
「正解だ。そしてそれが確認できたらその〈忘却の鍵〉で再度記憶を抹消する、と云う訳か?」
タイトはツグミのベルトにぶら下がっている鍵を指差して見せる。
「ノ、ノーコメントです」
「YES、か」
もはや、完全にバレバレであった。
「無駄だな」
「え?」
「そもそも〈記憶抹消処理〉などと云うのは実際には記憶を消している訳でも何でもなく、単純に記憶域のインデックスを破壊しているだけだ。インデックスが失われているから記憶に辿りつけなくなるだけで記憶そのものが失われる訳ではない。簡易消去、と云う奴だ。そのインデックスの破壊についてもパターンがあるので、それさえ解析すれば記憶インデックスを戻すことくらい訳はない。まあ、解析と開発にあたっては医療局の知人にもいろいろと助けてはもらったが……」
「い、意味が、わ、わからないんだけど?」
「バカには難しいか? まあ、いい。結論から云えばオトマタさんにとある機能を搭載してあるのだが、それに〈鍵穴〉を接続すればインデックスの復帰が出来る、と云うことだ。何度記憶を壊したところでそれで万事解決してしまうと云うことだ。わかったか?」
*****
バスルームの扉が開き、バスローブ姿に濡れた髪のツグミがベッドルームに戻って来た。
「タイト、シャワー空いたよ」
「……」
「どしたの?」
「どうしたも何も、何故、おまえは今夜も同じ部屋に泊まろうとしているんだ?」
「あれえ~、タイトったら、もしかして意識しちゃってる? さてはやっとあたしの魅力に気づいた? このGカップに?」
腰に手を当てて、胸を突き出す挑戦的なポーズ。
タイトは例によって無表情な視線でツグミを見るだけだった。
「真面目に答えろ。そもそもおまえはおれに襲われることを警戒していたんじゃないのか?」
「あは、そうなんだけどさ。今も実はドキドキなんだけどさ。なんつっても、今、メッチャ無防備だし……。丸腰どころかパンツも穿いてないし……」
そう云って挑戦的なポーズを解除し、胸元を両手でしっかりと押さえて、てへへ、と笑う。
少しだけ笑顔がぎこちない。
「それならば無理をするな。……それともそうやって今にも襲われるのではないか、と云う状態にいるのが嬉しいのか? ドM嗜好と云うのは困った性癖だな」
「だから、Mじゃないってば! ……ってか、実はさ、正体がバレちゃったから、タイトがこっそり逃げ出しちゃうんじゃないかって心配で。これ以上、ドジ踏む訳には行かないし」
「くだらん」
「どうしてよ?」
「云っただろう? おまえはおれの護衛だ。おれのひとり旅が危険なのはすでに実証済みだ。だがおまえがエージェントだろうとなかろうと、少なくともおまえがいれば旅の安全が保証される。……前からおまえの正体に気づいていたのにそのままにしておいたのがそう云う理由だと云うことに、おまえはまだ気づいていなかったのか?」
「……」
下唇を突き出して、上目遣いにタイトを見る。
「いじわる」
「いいから、さっさと着替えていろ。おれもシャワーを浴びる」
「わかったよ」
イーだ、と云いながら、ツグミは舌を出して見せた。
それを無視してタイトがシャワー室に消える。
シャワーの音が聞こえ始めたのを確認すると、ツグミは部屋着に着替えベッドに腰掛けてひとつ溜息をついた。手にはフォン端末が握られている。
(報告しなきゃならないだろうな。けど……)
先ほどのレストラン・バーでも騒ぎに乗じて結局は報告しなかった。
指令を遂行することが自分の義務であることはわかっていたが、やはりどうにも釈然としない思いが彼女に報告することをためらわせていた。
いや、釈然とするしない、なんて恰好良い理由の前に……。
(やっぱ、エージェントだってバレちゃったってのは報告しにくいよね)
(タイトが云うように、あたし、この仕事、向いてないのかなぁ……)
彼女はうらめしそうにシャワー室の方へ目をやる。
(あいつに云われなきゃ、今まで考えたこともなかったのに)
それはそれでしあわせな性格のツグミであった。
さすがに宅配ピザ屋のバイクでの二人乗りは無理がある。
数ブロックはあるが歩いて帰るしかなかった。
遠くからポリス・ビークルのサイレンが聞こえて来ていた。
どうやら誰かが通報したらしい。
「無茶苦茶な奴だな。狂戦士、の意味がよくわかった。そう云えば先ほど少し離れたところで銃撃戦らしい音が聞こえた気がするが、あれもおまえが関わっているのか?」
「え? な、何のことかな……」
タイトが溜息をついた。
「トラブルメーカーだな」
オトマタさんと同じことを云う。
確かにどちらの事件にもツグミが関与していると云う意味では、この町にとって彼女は至極迷惑な来訪者であった――。
「で、でも、殺さなかったよ」
ツグミは云い訳するように、タイトを上目遣いに見た。
だが。
「まあ、相手は犯罪者だし、殺したところで問題はなかろうが」
かれは平然とそう答えた。
「え? そ、それ、何よ、タイト? だって昼間、命が何とかって散々あたしを説教したじゃない?」
「説教? いつだ?」
「ちょっと、あんた、憶えてないの?」
「?」
「マジで憶えてないのか――」
ツグミはあんぐりと口を開けた。
あれだけ偉そうに云ったのにそんな程度の台詞だったのか、と思うと、それを気にして落ち込んでいたのがアホらしくなった。
「あんたにはがっかりだよ、タイト」
「どう云う意味だ?」
「もう、いい」
「おかしな奴だな、それよりも――」と、タイトは腕を組んで首を傾げて見せた。
「あの〈強化体〉の男、体の修理にいくらくらいかかるのだろうな?」
「え? 知らないわよ、そんなの。ってか、あんた、そんなこと考えてたの?」
「おまえは考えないのか? 奴が退役軍人だったとしても年金じゃ賄えないだろうな、と、少し哀れに思ってしまった」
「ピントがずれてるよ、タイト」
もう、タイトの話をマトモに聞くのはやめた方が良いかも知れない、と、ツグミは本気でそう思った。
「まあ、それはそれとして、だ……。どうやらおまえ、本気でおれを助けるつもりはあったようだな」
「え?」
「何を驚いているんだ?」
「お、驚くよ。助けるつもりって何を云ってるの?」
ツグミが不満そうな表情を見せる。
「何を、って……云った通りの意味だが?」
「だって当然でしょ! あたしはあんたの護衛なんだから。こう見えても、あたし、真面目に仕事をするタイプなんだよ」
「……おれをほったらかしてひとりで食事に行くくせにどの口が真面目だと云うのだ?」
「え? ああ……。ま、そのことは、ごめんなさい」
てへへ、と笑いながら、頭を掻いて見せる。
「ちょっと、さ、あの、あのときはカリカリ来ちゃってたから……」
「ふん。それでも気を変えて護衛に戻って来た、と云うことは……トンビに油揚げ攫われる訳にはいかない、と云うことなのか? 連邦としては――」
「へ?」
ツグミが絶句する。
「今、何て? 連邦?」
「おまえは連邦のエージェントだろう?」
「え、ええ? な、な、何を? タイト、何を云ってるの? 連邦? エージェント? あ、あたしには何のことやら……」
ツグミの目が泳いでいる。
「とぼけるのが下手すぎるな。云っただろう? おまえは隠し事が出来ないタイプなんだ、と」
「いえ、あの、その……」
ツグミは慌てふためいて、どうしよう、どうしよう、などと呟く。
それからあきらめたように、肩をがっくりと落としてタイトを見上げた。
「あの、そ、その通りです。ごめんなさい。……でも、どうしてわかったの? オトマタさんからは情報を受け取るヒマなんてなかったでしょ?」
「オトマタさん? 何だ、オトマタさんにもバレたのか? 仕方ない奴だな」
「……だってえ」
ツグミ、唇を尖らせる。
「まあ、最初から疑ってはいたのだが。だからあえておまえを雇ったのだからな」
「ど、どうして?」
「確信したのはおまえが〈炎月〉の名前知っていたからだ。おまえはその〈魔銃〉を誰かから手に入れた、と云ったが、だとすればその個体の名前までは知らないはずだろうと。それにそもそもそれが世の中に出回るはずはないからな」
「え? あたし、〈炎月〉なんて呼んでた?」
「山の中でおれがそいつを〈炎月〉と呼んだ時に、ちゃんと会話を合わせていただろう? 気づいてなかったのか?」
「……ぜんぜん」
「やはりバカだな……」
「う、うっさい」
「その銃は実はおれが研究所にいる時に試作したものだ。まだ量産されていないはずだし、その本当の威力についてはおれ以外には誰も知らない。今回はおれがそれを見てどんな反応をするかを確認するつもりでそうやって持って来たんだろうが、だとしてもそいつがどんな能力を持っているかをわかっていればおまえなんかには渡さなかっただろうな。そいつはそれくらい価値のある物なのだ。大事にしろ」
「そ、そうなの?」
ああ、とタイトは頷き、それから無表情にツグミを見つめた。
その視線にツグミは目を伏せる。
スパイめ、などと罵倒されるのか、黙って殴られるのか、いずれにしてもこのまま護衛をクビにされるのだろう、と、覚悟を決めるとツグミはじっと黙り込んで次のタイトの台詞を待った。
が、かれの口から出て来たのは――。
「それにしてもそうやってあっさり自分がエージェントだと認めてしまうところも、それ以前に簡単にバレてしまう間抜けぶりにしても、おまえはあまりにもエージェントらしくない。だから逆にそうと確信できなかったのだが……。いずれにしても特務局も人手不足らしいな」
意外な台詞だった。と、云うよりも……。
「ええ? それってヒドくね? あたしって、そんなにドジっ子?」
タイトがじっと見つめる。
「自覚がなかったのか?」
ツグミ、こくり、と頷く。
「そもそも、おまえはエージェントには向いてないんじゃないのか?」
「えっ? む、向いてない……? そ、そうなのかな? あたし、この仕事、向いてないのかな? 転職した方がいい? ねえ、そう思ってるの、タイト?」
ツグミはタイトの両腕を鷲づかみにすると、かれの体を揺さぶった。
蒼い瞳が潤んでいた。
「どれだけ涙腺が緩いんだ、おまえは? 真に受けるな、バカ」
タイトは冷たく云い放った。
「……だって」
かなり落ち込んでいる。
「いいか、おまえは……。多少、身勝手な行動でおれを危険に晒したが、とりあえずおれの護衛の役には立っている。それで十分ではないのか?」
(なんで、おれがこいつを慰めなければならないのだ?)
「ホ、ホント? タイト、そう思ってる?」
「ああ、思っている。それにあれだけの〈強化体〉を一瞬で倒したのだ。向いてないと云うことはないだろう」
「そ、そうかな? そうだよね。うん。そうだよ」
ツグミが繰り返しながら、笑った。
(……単純な奴だな。おれの護衛としては役に立つが、エージェントとしてはとんでもなく役立たずだと思うのだが、それは云わない方がいいだろう)
「まあ、考えて見ればそうかも知れないね。今回はちょっとあたしがいなかった隙を狙われたけども、これからはぴったり貼りついて二度と奴らにあんなことはさせないから任せておいて」
あっと云う間に自信満々であった。
回復が早過ぎる。
大したメンタルであることは認めなければならない、と、タイトは思った。
「ところで……、その『奴ら』とは何者だ? 心当たりはあるのか? おれの頭脳を狙った者たちだろうとは予想出来るが」
「うん。そうだと思う」と、ツグミ。
「おそらくは、第三セクター、と呼ばれる奴らだね。たぶんあんたみたいな重要人物を攫って、欲しがっている企業に売りつけるとか考えている連中だと思う」
「連邦の機密目当て、と云うことか」
「そうだよ。それだけあんたってば、今の時代にとって重要な人間なんだよ」
「その割には連邦もお粗末なエージェントをつけたものだな」
「何よ、それ!」
ぷくっ、と頬を膨らますツグミ。
どう見てもただの女の子である。
とてもエージェントらしくはない。
いかに人手不足でもこれはないだろう、と、訝しげにタイトはツグミを見る。
「で、おまえのミッションは何だったんだ?」
「え?」
「おまえがおれに貼りついた理由だ。本当に護衛と云う訳ではないのだろう?」
「さ、さすがにそれは……」
ツグミはそっぽを向いて口笛を吹く。
それでごまかしたつもりらしい。
「ふむ……。では当ててみるか。おそらくおれの記憶の確認、と云うところだろう?」
「ぎくっ!」
「内心が言葉に出ているぞ」
「どきっ!」
「……」
(この娘は……)
「つまりは〈記憶抹消処理〉を施されてリタイヤしたはずのおれが、どうやら記憶が残っているような行動をとっていることがわかって本当に記憶が回復しているのかを確認するために貼りついた、と、そんなところなのではないか? もしもおれに記憶が残っていた場合にはこうして泳がせておくのは連邦にとって脅威ではあるからな」
「ノ、ノーコメントです」
「それ自体、YESと云っているようなものだ。なるほど、そう云うことか……。連邦もご苦労なことだ。それでおまえの判断はどうなのだ?」
「それは……」と、ツグミ。
「残っている、と、思うよ」
「正解だ。そしてそれが確認できたらその〈忘却の鍵〉で再度記憶を抹消する、と云う訳か?」
タイトはツグミのベルトにぶら下がっている鍵を指差して見せる。
「ノ、ノーコメントです」
「YES、か」
もはや、完全にバレバレであった。
「無駄だな」
「え?」
「そもそも〈記憶抹消処理〉などと云うのは実際には記憶を消している訳でも何でもなく、単純に記憶域のインデックスを破壊しているだけだ。インデックスが失われているから記憶に辿りつけなくなるだけで記憶そのものが失われる訳ではない。簡易消去、と云う奴だ。そのインデックスの破壊についてもパターンがあるので、それさえ解析すれば記憶インデックスを戻すことくらい訳はない。まあ、解析と開発にあたっては医療局の知人にもいろいろと助けてはもらったが……」
「い、意味が、わ、わからないんだけど?」
「バカには難しいか? まあ、いい。結論から云えばオトマタさんにとある機能を搭載してあるのだが、それに〈鍵穴〉を接続すればインデックスの復帰が出来る、と云うことだ。何度記憶を壊したところでそれで万事解決してしまうと云うことだ。わかったか?」
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バスルームの扉が開き、バスローブ姿に濡れた髪のツグミがベッドルームに戻って来た。
「タイト、シャワー空いたよ」
「……」
「どしたの?」
「どうしたも何も、何故、おまえは今夜も同じ部屋に泊まろうとしているんだ?」
「あれえ~、タイトったら、もしかして意識しちゃってる? さてはやっとあたしの魅力に気づいた? このGカップに?」
腰に手を当てて、胸を突き出す挑戦的なポーズ。
タイトは例によって無表情な視線でツグミを見るだけだった。
「真面目に答えろ。そもそもおまえはおれに襲われることを警戒していたんじゃないのか?」
「あは、そうなんだけどさ。今も実はドキドキなんだけどさ。なんつっても、今、メッチャ無防備だし……。丸腰どころかパンツも穿いてないし……」
そう云って挑戦的なポーズを解除し、胸元を両手でしっかりと押さえて、てへへ、と笑う。
少しだけ笑顔がぎこちない。
「それならば無理をするな。……それともそうやって今にも襲われるのではないか、と云う状態にいるのが嬉しいのか? ドM嗜好と云うのは困った性癖だな」
「だから、Mじゃないってば! ……ってか、実はさ、正体がバレちゃったから、タイトがこっそり逃げ出しちゃうんじゃないかって心配で。これ以上、ドジ踏む訳には行かないし」
「くだらん」
「どうしてよ?」
「云っただろう? おまえはおれの護衛だ。おれのひとり旅が危険なのはすでに実証済みだ。だがおまえがエージェントだろうとなかろうと、少なくともおまえがいれば旅の安全が保証される。……前からおまえの正体に気づいていたのにそのままにしておいたのがそう云う理由だと云うことに、おまえはまだ気づいていなかったのか?」
「……」
下唇を突き出して、上目遣いにタイトを見る。
「いじわる」
「いいから、さっさと着替えていろ。おれもシャワーを浴びる」
「わかったよ」
イーだ、と云いながら、ツグミは舌を出して見せた。
それを無視してタイトがシャワー室に消える。
シャワーの音が聞こえ始めたのを確認すると、ツグミは部屋着に着替えベッドに腰掛けてひとつ溜息をついた。手にはフォン端末が握られている。
(報告しなきゃならないだろうな。けど……)
先ほどのレストラン・バーでも騒ぎに乗じて結局は報告しなかった。
指令を遂行することが自分の義務であることはわかっていたが、やはりどうにも釈然としない思いが彼女に報告することをためらわせていた。
いや、釈然とするしない、なんて恰好良い理由の前に……。
(やっぱ、エージェントだってバレちゃったってのは報告しにくいよね)
(タイトが云うように、あたし、この仕事、向いてないのかなぁ……)
彼女はうらめしそうにシャワー室の方へ目をやる。
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それはそれでしあわせな性格のツグミであった。
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完結済み長編ファンタジーです。
シリーズ作品の一編ですが、本作単体でもお楽しみいただけます。
最後まで安心して、一気読みしていただければ幸いです。
【完結保証】僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜
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僕は十年程闘病の末、あの世に。
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※画像はAI作成しました。
※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。
※2026年半ば過ぎ完結予定。
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