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第3章 事件の匂いがプンプンしてきた
(3)
しおりを挟むそれはまだ、サンタたちがぐっすりと眠り込んでいる今朝のことだった。
寝不足の目をこすりながら、ジョーがホールを掃除していた時のことである。
「ジョー、いるか?」
挨拶もなしの無礼な一言とともに表の扉が乱暴に開けられた。
ジョーはあからさまに迷惑そうに眉をしかめて見せた。
入り口から入って来たのは、顔見知りの地区警察の警官、ボッシュだった。
でっぷりと太った身体を薄いブルーの制服で包んでいるが、サイズが合わないのか今にもボタンが弾け飛びそうだ。
「ジョー、早いな」
クチャクチャとガムを噛みながら云うと今掃除をしたばかりの床に唾を吐く。
「おい、おれが掃除しているのが見えないのか?」
「ああ? こんな小汚い店をいくら掃除したところで変わり映えなんかしねーだろう」
下品な笑顔を見せる。
「嫌味を云いに来ただけなら忙しいから帰ってくれ」
「ほほう、こんな危ねー町でこうして無事に商売出来るのはどうしてかな? おれたち警官が町を守ってやってるからだろ?」
ボッシュはいかにも辺境の警官にありがちな横柄な態度である。
腐りきった心根だ、と、ジョーは内心で不愉快そうに呟いた。
さらにいやらしいのはこのやりとりの間中、ボッシュがずっと腰の銃に手をかけているところだった。歯向かえばいつでもこいつをぶっ放してやるぜ、と相手を脅かしているつもりらしい。
「で、今日は何だ?」
「ああ……」
ボッシュ警官は、そうだったな、今日は用事があったんだっけな、忘れていたよ、とでも云うような仕種で少し体を脇に寄せた。
入り口にもうひとり、男がいた。
(ほう、神父、か?)
夕べはシスターで今朝は神父。きっと無関係ではあるまい。
ジョーは神父を観察した。
細身の老人である。
髪は真っ白で青白い不健康な肌には深い皺が刻まれている。
温和な印象ではあるが、ジョーはその神父の細めた目が聖職者に不似合いな鋭さを持っていることに気づいた。
かれは油断なく、しかし、愛想をこめた笑顔を神父に向けた。
「これは珍しい。《十三番目の使徒教会》の神父さん、かな?」
神父は重々しく頷いた。
「いかにも。アズナガと申す」
「おれはこの店の主人のジョーだ。それで神父様がどんな用事で?」
「人を捜している。シスターだ。まだ子供なのだがこちらに宿泊してはいないかね?」
(ちっ、サンタめ。やっぱり家出シスターだったじゃねーか)
「シスター? シスターって、あのシスターかい?」
惚けて見せる。
ボッシュ警官が、舌打ちをして割り込んだ。
「おい、ジョー、シスターに『あの』も『その』もねえだろう。シスターはシスターだ」
(クソ警官め!)
「下手に隠し立てするとロクなことにゃならねえぞ」
「おいおい、どう云う意味だ? ここにはシスターなんていないぜ」
(隠し立て? ロクなことにならない? どうやら何かありそうな匂いがぷんぷんしてくるぜ)
「本当にここにはいませんか、ご主人?」
アズナガ神父はあくまでも穏やかな姿勢を崩しはしない。
しかし鋭い視線は何事も見逃さないぞ、とジョーに向かって無言の圧力をかけてくる。
(やっぱりただの神父じゃなさそうだな)
「ああ、いないよ、神父様。大体見ての通りおれの店は『無法者』やら『やさぐれ者』やら、云ってみればロクでもない連中こそやって来るが、女と云えばシスターどころか娼婦さえ寄りつきゃしないからね」
その言葉に、うん、確かに、と云うように、ボッシュ警官が頷いた。
(わかってるんならわざわざつれて来るんじゃねえよ、タコ!)
「本当ですね、ご主人? この警官も云っていましたが隠し立てすれば色々と面倒なことになるかも知れませんよ」
「世も末だな。神父様が脅すのかい?」
ジョーが、にやり、と、不敵な笑みを浮かべる。
それに何か言葉を返そうとアズナガ神父が口を開きかけた。
だがそれより早く、ボッシュ警官が馴れ馴れしく、ジョーの肩を叩いた。
「違いねえな。ここに泊まろうなんて、いや、ここの扉を開けようなんて気を起こす物好きな奴なんて、まあ、滅多にいねえだろう。ましてやシスターなんかがそんな気を起こすはずはねえな」
「おまえに云われると腹立たしいな」
「はっ、高が元星船乗りのじじいが偉そうなことを云うんじゃねえよ。こんな店なんか、潰そうと思えばすぐにだって潰せるんだぞ」
再び床に唾を吐き出す。嫌な奴だ。
「ってことだ、神父さんよ。あんたが云うからこんな店も覗いては見たが、こう云うところなんだよ。元来このあたりは柄が悪いんだ」
自分のことは棚にあげて、と、苦々しくジョーは思った。
「そのシスターってのは、バスで動いたか、それとも誰かに掻っ攫われたか、そんなところじゃねえのかな」
無責任に警官にあるまじき感想を述べる。
さすがに神父も不愉快そうな顔をして見せた。
「おい、ジョー」と、ボッシュ警官が物騒な眼差しをジョーに向ける。
「これからでもシスターを見かけたらおれに知らせろよ」
「どうだかな」
「……わかったな?」
警官の手がゆっくりと銃把をつかむ。まったくもって腐った警官である。
「ああ、わかったよ」
「それでいい。邪魔したな」
ボッシュ警官は神父を促すと店を出て行った。ジョーの方を振り向くこともなく。
ジョーは、やれやれ、と、肩を竦めて見せると、まだ眠っているだろうサンタ一行を思いながら天井を見上げてため息をついたのだった。
***
話を聞き終わると、サンタはゆっくりと頷いた。
「なるほどな」
「『下手に隠し立てすると、ロクなことにならない』だの『色々と面倒なことになる』だのと、脅し文句を並べ立ててたぜ。普通の迷子探し、じゃないだろうな」
「らしいな」
そんなふたりの心配をよそに、ジョーの出してくれた朝食を旨そうに食べている羽衣とセロリ。平和な光景である。
「おい、セロリ」と、サンタが呼んだ。
また、睨みつけられるかな、と、思ったが、遅い朝食で腹がくちくなったのか、意外と上機嫌でセロリはサンタに目をやった。
「何ですか?」
「おまえ、アズナガ、って神父を知っているか?」
ダイレクトに訊ねる。下手な隠し立ては、警官たちの台詞ではないが、あまり意味がありそうもなかったからだ。
「アズナガ神父? 何故、その名をご存知なんですか?」
逆に驚いたように訊き返す。
「今朝、ここに来たらしい。おれたちが眠っている時にな」
「私がサンタに夜這っていた時ですね」
「何が『夜這っていた時』だ? ったく……。で、知っているんだな?」
「ええ、もちろんです。教会の神父様です。会社で云えば社長のような方ですね」
どうでも良い感想。
「優しい神父様です。慈愛に満ちた方で、私たちシスターの間では『アズナガおじさん』と呼ばれて慕われていました」
「『足長おじさん』みたいだな」
「当たらずとも近からずです」
「全然、遠いじゃねーか」
「冗談です。本当に優しい方で、町で見つけた孤児なども引き取って育てていらっしゃいました。里親のお世話をしたり。それに……私たち亜人の血を引く者に対しては差別的な方が多いのですが、むしろ積極的に亜人には手厚く接してくれています」
(ふむ、慈愛に満ちた『足長おじさん』か。おれはへそ曲がりだから、どうもそう云う話を聞くと却って胡散臭く思えちまうんだが)
「正直なところ、あの方を裏切るように家出などしたくはなかったのですが。……あんなものを見なければ」
と、そこまで云って、あっ、と、口を押さえる。
「家出?」
手遅れであった。
「あ、あの……」
サンタが席を立つと、ゆっくりテーブルに近づく。
あわあわ、と云いながらキョドっているセロリを見つめつつ、サンタは黙って向かいの席に腰掛けた。
「さて、セロリ」
「は、は、はい」
「やっぱり家出娘だったんだな?」
「はて、何のことやら」
目をそむけて壁のしみを見つめる。ごまかし方としては気が利いているとは云い難い。
「惚けるな。夕べの約束だ。『理由』って奴を聞かせろ。家出となれば軽々しくおまえのリクエストを聞いてやる訳にもいかないからな」
その言葉に今までのサンタの様子とは違うものを感じて、セロリは神妙にうなだれた。
「サンタ、あまりセロリをイジメないでね」
羽衣がサンタに囁く。
それにかすかに頷くと、サンタはテーブルに肘をついてセロリの方に身を乗り出した。
「聞きたいのはひとつだけだ。何故、家出をした? さっき云っていた『あんなものを見なければ』とは、どう云う意味だ?」
「ふたつですね?」
「揚げ足をとるな」
セロリ、上目遣いに、ちらり、とサンタを見て、試しににっこり笑ってみる。
サンタは動じない。
ごまかしが利かないのがわかると、セロリはため息をついた。
「わかりました。お話します」
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