【完結】婚約破棄されたから静かに過ごしたかったけど無理でした -番外編-

花宮

文字の大きさ
5 / 69

『クラウス・フォンタナーの話⑤』

しおりを挟む
あれから一週間が経った。この魔法省にカトリーヌ・エルノーがいると思うと落ち着かない日々が始まった。


とは言っても、魔法省は広いし、どこの部署にいるのかなんて見当もつかないし、ましてや彼女に会いに行くわけなんてするわけがない。そんなこんなで、俺はいつも通りに仕事をこなしていた、そんなある日のこと。


「あんた、最近変じゃない?なんかあった?」


エールは俺にそう聞いてきた。めちゃくちゃ心配そうな顔だ。


「別に何もないよ。……とゆうか、エールってここの部署じゃなくないか?」


「えーと。私、今日は資料室に用があって来たんだけど、たまたまあんたが見えたから」


「ふーん、そう」


「にしても、あんた凄いわね。あのロイド先輩のところで半年も働いてるんだもの。ロイド先輩の部署は厳しいはずなのに」


エールは感心したような表情を浮かべながら言った。別に好きで働いているわけではないのだが……。
すると、その言葉を聞いた周りの魔法使いたちがこちらをチラリと見てきた。そして、コソコソ話を始めた。


…恐らく、俺の悪口だろう。エールって何気にモテるしな……高嶺の花的な感じだけど。


「まぁ、ロイドさんのところは厳しいけど、頑張れるかなって思ったんだよ」


「そっか。でも……最近あんた頑張りすぎじゃない?ほら、今だって……」


「そうか?寧ろ、俺は女遊びしていた時期の方が長いし、俺の場合コネだからもっと頑張らないと」


……カトリーヌ・エルノーの煩悩を消すために必死に仕事に取り組んでいただけだが、コネなのは本当だし、そこについては罪悪感があるのは本当のことだし。


「コネ、ね。私はそう思ってないわよ。私は、あんたの才能を買っているもの。魔力量だってソコソコあるし」


エールの言葉を聞いて俺は目を丸くした。
確かに、エールとは何度か任務を共にしているし、他の人よりも一緒に行動することは多いが、彼女が俺のことをそこまで評価してくれているとは思わなかったのだ。


「ま、そんなことはどうでもいいのよ。女遊びしないでまともになったあんたに一人の女性を紹介できると思っただけなんだから!」


「……女性?紹介?そんなのいらないよ」


もう女は懲り懲りだし、そもそも今は恋愛どころではないのだ。


「えー?会わないの?」


エールは不満げな声を出しながらも仕事をしている。……黙々としていると、本当にカッコいいんだけどなぁ。でも、そんなこと絶対に言わないけど。そう思った瞬間。


「じゃあ、映画見にいったら?クラウス、この映画、見たかったんでしょ?それなら行くわよね?」


彼女はニヤッとした笑顔を浮かべて俺を見てきた。その目は有無を言わせない迫力があった。……このエールは駄目だ。
うん、と言わないと俺が折れるまでずっと粘られるだろう。


「……分かった。じゃあ、見にいくよ。はあ……」


「よかった!一緒に行く女の子にも連絡しとくわね」


そう言ってエールは微笑んだ。……この手のエールの顔には逆らえないな……と思いつつ、俺はため息を吐いた。


△▼△▼



そして。あれから数日が経ち、映画館前へと待ち合わせをしていた。結局、俺はエールの押しに負け、彼女と映画館の前で待ち合わせをすることになっていた。
一体、どんな子が来るのだろう?と、待ち合わせ場所に行ったら、見知った顔があった。
それは――。


「は?何でお前が……」


そこにいたのは……あのカトリーヌ・エルノーだったからだ。


△▼△▼


こうして久しぶりにカトリーヌ・エルノーと再会出来た訳だが……!なんというか……気まずい時間が流れただけだったし、それに……


「(久しぶりに、会っただけだよな?)」


何でこんなに緊張しているのか。……ドキドキするとかバカみたいだ。なのに、この胸の高鳴りは、どうしたことだろう? 女遊びをしていたときは、そんなことはなかった。なのに、今は……


「(まだ好きなの……俺……?)」


そんなことはないはずだ。だって、半年間も会っていなかったのだ。その間、ずっと忘れていた……否、忘れようとしてきた。それが今になって……


「(何ドキドキしてるんだよ。バカみたいじゃないか)」


この胸の高鳴りは、ただ単に久しぶりだからだ。そうに違いない。きっとそうだ。……なのに。どうしてこんなにも顔が熱いんだろう。こんなのじゃ……まるで。


「(俺、あいつのことが好きみたいじゃないか)」


……バカらしい。ありえない。俺はもうあの女のことを好きじゃないんだから。そう言い聞かせて、もう一度、深呼吸をした。……したのに。何故か心臓の鼓動は収まらないままで。


「嘘だろ……」


思わず呟いた声は誰にも拾われることもなく。そして、それから暫くの間、俺は動くことが出来なかった。


「……俺、まだカトリーヌ・エルノーのこと好きなの……?」


だとしたら、なんて未練たらしい男なんだ……自分の情けなさに呆れる。でも、やっぱり……頭の中に思い浮かぶのは、彼女の姿だった。


△▼△▼


そして一年後。魔法省の仕事を更に忙しくさせていた。だって考えてしまうから。あの時のことを……彼女のことを考えると、仕事どころではなくなってしまう。だからといって他の女を抱こうとは思わない。どうしても彼女に勝てる気がしないからだ。それくらい彼女の存在は大きかった。


変だよ、と言われたら反論はできない。自分でも変だと自覚している。だけど、それでも会いたいと思う気持ちを抑えられなかった。だから今日も気持ちを抑えるために仕事に没頭していたのだが……


「クラウスくん。ちょっといいかい?」


そんなことを思っているとロイドさんに声をかけられた。ロイドさんが俺に話?……やべっ……俺何かやらかしたか……?嫌な予感しかしないんだけど……。
内心焦りながら、平静を取り繕って振り返ると、


「残念ながらクラウスくん。部署変えだ」


「へ!?」


え、部署替え?なんで?一体どういうこと? 混乱する俺に向かって、ロイドさんは笑顔で言った。


「エールくんは結婚して魔法省を辞めてしまっただろう?それで空きが出来たのでね。そこの部署に異動になったよ」


なるほど。そういうことか。……俺が代わりか。あれ……確か……エールってあそこだったよな?魔法生物管理部……だよな?そこって確か……


「(か、カトリーヌ・エルノーがいるところ……!)」


まじか。まじかよ。……え、てことは仕事場でも彼女に会えるってこと?……嫌だな……と、思ってもこれは仕事。そんな我儘は通用しない。俺は渋々、異動を受け入れるのだった。


そして俺は知らない。その後、彼女……カトリーヌ・エルノーと婚約することになってとんとん拍子で婚約の話が進んでいくのを俺はまだ知らなかった――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

落ちぶれて捨てられた侯爵令嬢は辺境伯に求愛される~今からは俺の溺愛ターンだから覚悟して~

しましまにゃんこ
恋愛
年若い辺境伯であるアレクシスは、大嫌いな第三王子ダマスから、自分の代わりに婚約破棄したセシルと新たに婚約を結ぶように頼まれる。実はセシルはアレクシスが長年恋焦がれていた令嬢で。アレクシスは突然のことにとまどいつつも、この機会を逃してたまるかとセシルとの婚約を引き受けることに。 とんとん拍子に話はまとまり、二人はロイター辺境で甘く穏やかな日々を過ごす。少しずつ距離は縮まるものの、時折どこか悲し気な表情を見せるセシルの様子が気になるアレクシス。 「セシルは絶対に俺が幸せにしてみせる!」 だがそんなある日、ダマスからセシルに王都に戻るようにと伝令が来て。セシルは一人王都へ旅立ってしまうのだった。 追いかけるアレクシスと頑なな態度を崩さないセシル。二人の恋の行方は? すれ違いからの溺愛ハッピーエンドストーリーです。 小説家になろう、他サイトでも掲載しています。 麗しすぎるイラストは汐の音様からいただきました!

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

【完結】王妃はもうここにいられません

なか
恋愛
「受け入れろ、ラツィア。側妃となって僕をこれからも支えてくれればいいだろう?」  長年王妃として支え続け、貴方の立場を守ってきた。  だけど国王であり、私の伴侶であるクドスは、私ではない女性を王妃とする。  私––ラツィアは、貴方を心から愛していた。  だからずっと、支えてきたのだ。  貴方に被せられた汚名も、寝る間も惜しんで捧げてきた苦労も全て無視をして……  もう振り向いてくれない貴方のため、人生を捧げていたのに。 「君は王妃に相応しくはない」と一蹴して、貴方は私を捨てる。  胸を穿つ悲しみ、耐え切れぬ悔しさ。  周囲の貴族は私を嘲笑している中で……私は思い出す。  自らの前世と、感覚を。 「うそでしょ…………」  取り戻した感覚が、全力でクドスを拒否する。  ある強烈な苦痛が……前世の感覚によって感じるのだ。 「むしろ、廃妃にしてください!」  長年の愛さえ潰えて、耐え切れず、そう言ってしまう程に…………    ◇◇◇  強く、前世の知識を活かして成り上がっていく女性の物語です。  ぜひ読んでくださると嬉しいです!

包帯妻の素顔は。

サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

公爵令嬢は皇太子の婚約者の地位から逃げ出して、酒場の娘からやり直すことにしました

もぐすけ
恋愛
公爵家の令嬢ルイーゼ・アードレーは皇太子の婚約者だったが、「逃がし屋」を名乗る組織に拉致され、王宮から連れ去られてしまう。「逃がし屋」から皇太子の女癖の悪さを聞かされたルイーゼは、皇太子に愛想を尽かし、そのまま逃亡生活を始める。 「逃がし屋」は単にルイーゼを逃すだけではなく、社会復帰も支援するフルサービスぶり。ルイーゼはまずは酒場の娘から始めた。

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

婚約破棄された悪役令嬢、手切れ金でもらった不毛の領地を【神の恵み(現代農業知識)】で満たしたら、塩対応だった氷の騎士様が離してくれません

夏見ナイ
恋愛
公爵令嬢アリシアは、王太子から婚約破棄された瞬間、歓喜に打ち震えた。これで退屈な悪役令嬢の役目から解放される! 前世が日本の農学徒だった彼女は、慰謝料として誰もが嫌がる不毛の辺境領地を要求し、念願の農業スローライフをスタートさせる。 土壌改良、品種改良、魔法と知識を融合させた革新的な農法で、荒れ地は次々と黄金の穀倉地帯へ。 当初アリシアを厄介者扱いしていた「氷の騎士」カイ辺境伯も、彼女の作る絶品料理に胃袋を掴まれ、不器用ながらも彼女に惹かれていく。 一方、彼女を追放した王都は深刻な食糧危機に陥り……。 これは、捨てられた令嬢が農業チートで幸せを掴む、甘くて美味しい逆転ざまぁ&領地経営ラブストーリー!

処理中です...