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アパートの鏡
しおりを挟む春の終わり、花見の残り香がまだ残る4月のある日。田中は新しいアパートに引っ越した。
初めての一人暮らしに胸を膨らませながら、荷物を解き始めた。しかし、リビングに一つだけ気になるものがあった。それは大きな古い鏡だった。アパートの大家から「この部屋にずっとあったものだから残しておいてほしい」と言われたのだ。
最初はそれほど気にしなかった田中だが、夜になるとその鏡に奇妙なことが起き始めた。夜中に目が覚めるたび、鏡の中に自分以外の影が見えるようになった。最初は疲れのせいだと思い込もうとしたが、その影は日に日にはっきりとしてきた。
ある夜、田中は鏡の前で目を覚ました。鏡の中には彼が見たことのない顔が浮かんでいた。それは彼の顔ではなかったが何処か似ている何かがあった。心臓が早鐘を打つ中、彼は恐る恐る声をかけた。
「誰だ...?」
鏡の中の人影は口を動かし、しかし音は出なかった。ただ、表情だけが変化し恐怖と哀しみの入り交じったものに見えた。その夜、田中は一睡もできず朝になると鏡の前から逃げるように出かけた。
仕事から帰ると玄関のドアが開いていた。心臓が一層速くなり恐る恐る中へ入った。リビングにはどういうことか、彼が座っていた。彼の顔、彼の服、彼の持ち物。ドッペルゲンガーとでもいうのか、もう一人の田中がそこにいる。そして、鏡の中から出てきたもう一人の田中は、ゆっくりと立ち上がり、にっこりと笑った。
「ようこそ、私の世界へ」
その瞬間、田中は自分の存在が鏡の向こう側に引き込まれる感覚を覚えた。鏡の前では、もう一人の田中が彼の生活を始めていた。そして、田中は鏡の中で、以前に見たことのない顔たちと出会うことになった。彼らは皆、かつてこの鏡に住んでいた者たちだった。鏡は新しい住人を求め、彼らの魂を閉じ込め、彼らの生活を奪っていたのだ。
田中は鏡の中で生き延びる方法を探したが、出口は見つからなかった。ただ、永遠に鏡の向こう側で過ごす運命だった。
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