蒼の魔法士

仕神けいた

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蒼の魔法士-本編-

Seg 29　鳴きし虫はかく喧しく -04-

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「あの！　お世話になりました！」

　ユウは改めて深々と頭を下げる。そして、先に行ったみっちゃんのあとを追って、暖簾のれんの向こうへと走っていった。

　その姿を見送った井上坂いのうえさかは、糸の切れた操あやつり人形にんぎょうのようにドッと座すわり込こむ。
　言ことの葉屋はやはその頭を小突こづいた。

「こンの……おばかたれ！」
「仕事終わりの身体にひどい……」
　井上坂いのうえさかは叩たたかれた頭をさする。

「えすこぉとしろと言うたろうが！　試練の門が出たときの対処はどうした!?」
「ごめん。できなかった」

　井上坂いのうえさかは、淡々たんたんと当時の様子を伝えた。

「あの子の試練、門の中と外の両方にあったからすぐに動けなかった」
「はあ!?　門の外だからって………………は？　門の……外……？」
　言ことの葉屋はやは驚おどろきの顔を見せたが、井上坂いのうえさかはケロリとして答える。
「うん、門の外」

　言ことの葉屋はやは、大きく息を吐はいた。
「そりゃまた……前代未聞ぜんだいみもんじゃのう」
「うん、前代未聞ぜんだいみもん。僕ぼくの方が死ぬかと思った」

　彼女は幼おさない表情でで少し考えこみ、囲炉裏いろりのそばに座すわる。井上坂いのうえさかも座すわると、彼女かのじょが熱いお茶を湯呑ゆのみに注いで差し出した。

「まあ……とにもかくにもお疲つかれさま」
「……ああ、こういう事で死ぬのもあるんだな。先代の井上坂いのうえさかが命を落とした理由ってのも、あながち嘘うそじゃないかも」

「字綴じつづりは、言の葉を織おり込こみ綴つづって、意識を、気持ちを、時には世界の理までねじ曲げる。そりゃ長生きするわけなかろう」

「わかってる。わかっててこの仕事してるんだから」
　井上坂いのうえさかは、差し出された湯呑ゆのみを手にし、そこから立たち上あがる湯気をぼうっと見る。

　字綴じつづりは命を削けずる。
　その内容がどんなに些細ささいなことであれ、だ。
　ふと思い出したように、彼かれは自室に行き分厚い書物を手に戻もどってきた。
　日記である。

　彼かれは、字綴じつづり屋になってから毎日記憶きおくを綴つづっている。
　些細ささいなことから、腹黒い政治家の大事件も残らず書かれていた。
　これも全すべて次の井上坂いのうえさかに受うけ継つぐためである。

　逆に、言ことの葉屋はやは言葉を生み出すため、その命も溢あふれるかのように長い。
　彼女かのじょも幼い子供の姿だが、とうに百歳さいは超こえている。今まで幾人いくにんの字綴じつづり屋の最期さいごをみたことか。

　井上坂いのうえさかは湯気の立たち上のぼる湯飲みを横に、日記に筆を走らせる。先程さきほどの字綴じつづりを思い出しながら。

　彼かれが参道を歩く間、囃子はやしに合わせて太鼓たいこが鳴るたび、言葉を綴つづるたび身体の力が抜ぬけていく。
　例えば命を削けずる感覚が、全力疾走しっそうした疲つかれと似ていれば、彼かれはさほど苦ではなかった。息切れを悟さとられなければいい。しかし、体を支える力がなくなるのは、我慢がまんしてもふらつきを止められない。

　それが、命がなくなっていく感覚なのだと知っていたが、初めて恐おそろしいものだと思い知った。

「できれば死ぬ前に、もう一度あの子に会いたい」
「ほぉう……」
　彼かれのつぶやきに、言ことの葉屋はやが笑えみをこぼす。

「……と、友達ともだちに……なりたい、とか……考えるくらい、いいだろ？」
　心なしか、彼かれの顔は赤くなっていた。
　言ことの葉屋はやが茶化せば、きっと湯気にあてられたせいだと言うだろう。

「ふひひっ、己おのれに絶望して親から逃にげ出だした奴やつの言葉とは思えないねえ。大丈夫だいじょうぶさね。あんたに服を返しに来るじゃろうが」
「知ってるよ」

「そういや、あの蒼あお童わらわはお前さんと同い年くらいか？」

　ダボダボのシャツを着て感謝の表情を自分に向けてくれた、そんなユウを思い出し脳裏のうりに焼き付ける。

「僕ぼくの方から会いに行ってみようかな？」
「は？　本気かの？」

　井上坂いのうえさかは、すすった湯呑ゆのみの中に茶柱を見て、ニイッとした。

　その一方で。

　再び役所に戻もどってきたユウとみっちゃんは、十数分も経たたないうちに出てきた。
　その表情は晴れやかだ。
「よかったなあ、無事に魔法士まほうしのライセンスが取れて」
「うん！　スムーズに手続きできてよかった。何で今までてこずってたんだろ？」
「あー……そうさなー」

　二人ふたりは、既すでにユウの身分証明の違和感いわかんなど微塵みじんも感じていなかった。

「さて、そいではお次は――」

　ぐうぅぅぅ

　地の底から響ひびくような、何かが唸うなるような声がした。

「何やっ!?」
　慌あわてるみっちゃんに、ユウは顔をきょとんとさせて腹を押おさえる。

「そーいえばお昼ご飯まだ食べてないから、おなかが――」
　言っている間にも、急せかすように容赦ようしゃなく鳴なり響ひびく腹の虫。

「……………………夕飯、奢おごるわ……」

　みっちゃんはユウの肩かたにポンと手を置いた。

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