誰の幸せ

冷夢

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誰の幸せ

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趣味は何?そう聞かれると困ってしまう。

洋服を買いに行くこと?
新作コスメを探すこと?
それとも…美容整形で綺麗になること、、?

私の中で、それらが「趣味」なのかどうかはわからない。ただ自分に取って、呼吸するくらい自然なこと、生きるために必要なことだ。
私はこんなとき、「趣味はネイルかな」と答えておく。別に、ネイルが好きなわけではないが、常日頃からサロンに通っているから、調度良い建前になるのだ。
よく、自分の爪が綺麗だと、それだけで自己肯定感が上がる、なんて言うが、私はそうでは無かった。自分の爪を見て、完璧な美しいネイルがされていて、一瞬安堵するが、すぐ鏡で顔を確認したくなる。鏡を見れば、決まってまだ足りないと思う。あと鼻が少し細ければ、眉間のシワがなくなれば…そう思ってしまうから、爪の美しさは、醜い自分の首を絞める。

外見に金を注ぎ込み始めて早5年、26歳の私は、大手企業の一般職を務めている。先輩や、同期の男性陣は、必ず食事を奢ってくれるし、外で知り合ったおじさんがお金をくれたりするため、同期女子の何倍も裕福である自覚があった。私はなんのために美しさを求めるのか、それはモテるため?自己肯定感を上げるため?……いや、幸福を手に入れるため。
美しくなることが、幸福になる最大の近道。女性から羨望の眼差しを向けられ、男性から言い寄られる、そんな女優みたいな存在になりたかった。だから、大手企業の一般職、所謂花形の仕事をして、優秀でイケメンの彼氏がいて、いつも最新のブランドアイテムを身につける。ネイルも、本当は好きではないけれど、完璧な美しさを手に入れるためには、手を抜けない部分だ。
 
ーしかし、あれから4年経ち、私の幸せは崩壊していた。

パパ活が社内にバレ、多額の金銭を受け取っていたことは、禁止されている副業にあたるという名目で解雇された。彼氏には28になったら結婚しようと言われていたが、私が仕事をクビになると、急に連絡頻度が減った。そして彼が、差程可愛くもない女と結婚するということを、SNSを通して知った。

今、30歳の私は夜の店で働いている。あんなに金をかけた顔は、「まるでサイボーグみたい」と客に言われ、言い寄ってくる男性も、50歳前後の汚い男ばかりになった。前の会社では失敗も顔に免じて許されたが、今は接客が少し荒いだけで「お前ここ辞めて行くとこあるの?」と脅された。  
私が4年前に手に入れた幸福を、もう一度手にすることはどうにも無理そうだ。リピーターのもうすぐ90になる老人が、私を孫だと勘違いして頭を優しく撫でる時、唯一、幸せに近い感情が込上げる。
老人は毎回、少し時間が経つとハッとして、「最近ボケていて、ごめんね」と言い、きっちり3時間分の金を置いて帰る。
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