ブレイン・コード

中七七三

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6.夢と意識の共有

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「美咲…… なんで?」
「これって、あの夢の続き? ふーん…… 先生の夢の中に入る夢か…… 面白いわ」

 どうも、美咲は「俺の夢の中に入っている夢をみている」と今の状況を認識しているようだと若月は思う。

 若月は混乱していた。
 この「美咲」が夢の中で自分が作りだした存在であるのか?
 それとも、夢が同期して自分の夢の中に「美咲」の「意識」が存在しているのか。
 どうする――

(いや、目が覚めてから本人に確認すれば分かることだ――)
 
 単純な答えに若月はたどり着いた。
 そして、おそらくは自分の生み出した夢の中の美咲であろうと思った。
 彼女を夢に登場させたことは初めてではない。
 ただ、なぜ「物語06」に彼女が出現したのか、その謎は残る。

(物語一部の改変が、なにかしら世界全体に影響して、別の動きをしているのか?)

 プログラムのコードはその記述を少し変えるだけで、全く別の動きを見せる。
 それと同じことが起きているのかと若月は考えた。
 
(あの物語はある種のソースコードなのか?)

 若月の頭は高速回転を続ける。
 思考の奔流が脳内を流れる。
 
(言語として認識され、物語を生み出す以外に、脳に何かしらの影響を与えるモノか―― 意識内で実行される結果として、夢があるとするなら――)

 そのような推論を組み立てる。
 以前から、薄っすらと考えてはいたものだった。
 
 彼の思考の流れを男の言葉が中断させる。

「世界の滅びを回避するためには、最果ての西の塔に向かい、魔女に捕らわれた『封印の王女』を助けるしかない」

 男はそこに美咲がいないかのように話を続ける。
 そこにいるはずの美咲に対しなんのリアクションも起こしていない。
 視線は、「魔法使い・若月高志」に固定されていた。

(美咲はいない者として、話が続くのか?)

「先生、魔法使いなの? なにそれ。先生が? ちょ、受ける」

 美咲が笑いながら言った。しかし、男はその言葉に反応しない。
 
(美咲は認識されてない―― 美咲に対する俺の言葉も認識されない)

 今、目の前で起きていることはそういう解釈ができる。

「美咲、この世界じゃ俺は魔法使いってことになっているんだ。そんなに笑うなよ」

 腹を抱えて、ピクピク痙攣している美咲に、若月は言った。
 そこまで笑われると、どうにも困惑するのだった。

「あはは―― はぁ~、先生、ワタシがいなければ、本当の世界でも魔法使いになっていたかもね――」
「いいだろ…… 別に……」

 30歳で童貞であれば、魔法使いになるというジョークを彼女は言っているのだった。
 
 若月高志にとって初めてセックスした相手は、彼女だった。
 そういったことをする機会が無かったわけではない。何度かあった。
 しかし、彼は緊張感からか、いざというとき役に立たなかったのだ。
 女の肌に触れることが、過剰な興奮と緊張をもたらしたせいだった。
 
 若月は10も年下の美咲に導かれ、ギリギリ30前に童貞を捨てることができたのだ。
 そして、今でもベッド上で翻弄され気味だった。

「異世界より召喚され、いきなりこのようなことを頼むのは確かに、心苦しい。しかし、この世界を救うため。力を貸してほしいのだ」

(物語の「機能」通りとすれば、「拒否」すれば「どうしても拒否できない」状況が設定されるはずだ)

 物語には機能がある。冒険に誘われる。何かを禁止される。
 そのようなステージに対し、「受諾」と「拒否」という行動の選択をとれることになる。
 若月はその手の「物語構造」をテーマにしたくつかの論文を思い出す。

「いや、断る。元の世界に帰してくれ。知ったことじゃない。この世界がどうなろうと、俺は知らないんだ。うんざりだ」
「えー、先生、行ってもいいんじゃない」

 美咲が若月の言葉に文句を言った。
 確かに好奇心の強い彼女ならそう言いかねない部分はある。

「そうですか…… 残念です―― さようなら」

 バシャーーッ!!
 一瞬、若月の視界が鮮烈な赤色に染まった。
 なにが起きたのか? 若月がそれを理解するのに、ふた呼吸かかった。
 
 男の頭が破裂していたのだ。
 そこに、巨大な鉄槌が振り下ろされていた。
 グズグズの肉と血と脳漿が周囲に飛び散る。
 若月の顔にも大量にそれがかかったのだ。

 ぬるい人の血の温度と糊のようなベタベタした感触が肌に感じられた。
 夢とは思えない「クオリア(脳の感覚)」だった。

「うわ…… 死んだ。先生の夢、キツゥ……」

 美咲が喉の奥に詰まったような声で言った。
 男が死んだのだ。

 黒い影の中から巨体の男がぬっと出現した。
 身長は若月より頭一つは高い。軽く190センチはありそうだった。
 黒い覆面のような物をずっぽりと被り表情は全く分からない。
 小さな瞳とやけに大きな白目が、布に空けた穴から見えていた。

 ブンッと持っていたハンマーを振った。
 そこから血とこびりついた肉塊が飛び散った。
 反対側が尖ったピックになっている「ウォーハンマー」という中世の武器だ。

「次だ、次、説得しろ―― 魔法使い・若月高志を説得しろ」
「はい」

 その男の背後のぼんやりした闇から、人が歩み出てきた。
 女だった――
 こんどは、老婆だ。

「お願いです。助けてください。私はいいのです。しかし、孫が…… 孫はまだ生まれたばかりなのです――」

 懇願する老婆。
 
 冒険への誘い、そして「拒否」それに対し、物語の構造は「拒否できぬ状況」を提示する。
 
(そうくるか……)
 
「先生…… 行こうよ…… ねえ」

 美咲が小声で若月に言った。
 
「さあ、王様に会ってください。お願いです」

 老婆は拝み倒すように若月に話しかけてくる。
 背後では覆面の男が、無慈悲のハンマーを振り上げていた。
 それは、若月が「いやだ」といえば、なんのためらいもなく振り下ろされるだろう。

(夢だ…… 夢だが…… ちくしょう)

 ここまでくれば、悪夢といっていい。
 彼が拒否を続けるならば、目の前で人が叩き潰されるのだ。

「分かった。行こう。王様に会うよ」
「おお! ありがとうございます!」

 若月は老婆の案内され、薄ぐらい階段を上がって行った。

        ◇◇◇◇◇◇

 まぶたの裏に光を感じる。
 目を開ける。それだけのことに、ずいぶんと力を込めた気がした。
 
 寝室だ。若月は自分が目を覚まし、ベッドの上にいることを認識した。
 飾り気のない白いクロスの貼られた天井を見ていた。

「はぁぁ、ふぅぅぅ~」

 肺が固くなっているような気がした。彼は、大きく深呼吸をしていた。

(ここまでか、目覚めたから夢が終わったのか、夢が一区切りついたので、目覚めたのか――)

 そんなことを考える。
 若月はベッドの見た。隣では背を向け、美咲が寝ている。
 黒い髪が白いシーツの上に大きく広がっている。
 パジャマの上からでも分かる大きく突き出た胸がゆっくりと動いていた。

「おい、美咲、おい。起きろ」と若月は彼女の身体をゆすった。
 
 薄いパジャマの上から、しっとりとした汗と体温を感じる。
 何度か揺さぶられた美咲が、若月の方を向いた。長いまつ毛が動きまぶたが開く。
 
 美咲は「あれ? 先生?」とキョトンとした感じで若月を見つめた。
 まだ、寝ぼけているのかもしれない。

「美咲、夢を見たか? 夢だ。俺が魔法使いになっている夢だ」起き抜けにこんなこと言われた美咲は、ジッと若月を見ていた。

 美咲の唇がゆっくりと動き「見た。やっぱり、あれ、先生の夢の中だったんだ」と言った。

(俺の夢の中に「美咲」の意識が―― なぜ?)

 可能性としてその予測もあった。しかし、それがなぜ起きたのか、その原因は皆目わからない。
「物語06」の改変の影響であるのかと、若月は考える。

「物語が脳になにかを引き起こすソースコード」であるという仮説だ。
 そして、ソースコードの意味を理解することなく、改変したために想定外の事態が起きた。
 それが、夢の共有―― いや、若月と美咲の意識のリンクという現象か……

 若月は美咲に対し、詳しく話を聞いた。
 美咲は「起きて、いきなり…… なんなの? 確かに珍しいかもしれないけど、偶然かもしれないわ」とブツブツいいながらも、若月の質問に答えていく。
 
 一致していた。
 少なくとも、あの夢の中に、彼女の「意識」がいたことを信じるしかない材料が揃っていた。

        ◇◇◇◇◇◇

 若月は自宅のある駅を通過した。
 仕事が終わり、帰宅する。いつもであれば降りる駅で彼は降りない。
 精神科医で高校時代の友人である星川太一と約束をしていたからだ。

 夢を見た日。
 美咲の「意識」が若月の夢の中に出現した日に、すぐに彼は、星川に連絡を取った。

「とにかく、会って話をしよう」
 
 ということになったのだ。

 若月は、講義の合間の空き時間に、夢に関する論文をネットで調べた。
「夢の共有」に関する論文はいくつかあった。
 しかし、それは「同じ夢を見た」というケースを対象としたものだった。

 しかし、意識の共有、クオリアの共有に関する論文で有用なものは無かった。
 哲学の分野でいくつか見つかったが、なんの助けにもならないものだった。

 そもそも「クオリア」や「意識」という存在を研究すること自体が、困難なのだ。
 それは個々人だけが知ることのできる感覚であり、客観性を一切もたない存在だからだ。

 電車が終点、つまり目的の駅についた。
 ゾロゾロと降りる人波に揉まれるようにして、若月は駅を降りた。

(このひとりひとりが全て「意識」を持ち自分の世界を認識しているのか――)

 人、人、人―― 社会人、学生、男、女、若者、老人、子ども――
 その全てに意識があるのか。本当なのか?
 
 流れゆく人の波を見ながら、若月はそのようなことを考えていた。 
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