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12.生命の進化は物語を産むか

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「人工知能、人を超える…… ですか。なかなか難しそうですね」

 若月高志とて全くの素人ではない。
 認知言語学の専門家であり、それは心理学の一分野といってもいい。
 言語が脳内でどのようにカテゴライズされ、認知され、意味を構成していくのかを研究しているのだ。
 そのような研究の背景を踏まえ出た言葉が「なかなか難しそうです」というものだ。

「無生物から生物が生まれたわけです。色々な説がありますけどね。まあ、そう考えるしか今のところはない」
「単純な生命体ですら、人は創ることはできませんからね」
「そうでうすね。しかし、いつかは創ることが可能でしょう。私は思いますよ。先生はどうです?」
「さあ……」

 村瀬彼方の話し方はどこかウキウキしたものを感じさせる。まるで、若月と語ることが楽しくて仕方がないという感じだった。
 門外漢が、自分たちの研究に興味を持っている。単純のそのことに嬉しさを感じているのかもしれないと若月は思う。

 人は自分の手で単純な生命すら生み出せない。
 実験室の中に原始の地球環境を再現し、無機質の海から、有機物のスープまでは産みだせる。
 そこから先に進んだという話は聞いたことがない。

 生命はほぼタンパク質で構成される。
 生命の設計図ともいえるDNA、RANとタンパク質の関係において「卵が先か、ニワトリが先か」のような論争も起きていたはずだ。
 タンパク質がなければ、「DNA」「RAN」は存在しえず、「DNA」「RAN」がなければタンパク質は複製されない。

 生命の誕生はいまだ、科学が解き明かしていない謎のひとつではある。
 しかし、それは解明できない類のものではないとは、若月も思う。

 生命の誕生の奇跡に対し「サルにタイプライターを打たせたら偶然にもシェークスピアの作品ができるくらいの可能性」という喩えがある。
 数学的、確率的な誤謬に満ちた例えだ。
 すでに起きてしまったことに対する確率をそのように論じても意味はない。
 偶然は常に発生するのだ。

 サイコロを10回振ってみればいい。
 それで出た目はなんでもいい。しかし、その目の並びが出る確率は6の10乗分の1だ。
 約6,000万分の1となる。
 それで「キミは奇跡を見ましたね」といって納得する人がいるだろうか。 

「とにかく、奇跡であろうが、なんであろうが、原因がなんであるか分からない。宇宙から来たって構わない。現実に生命は生まれた。それは現実ですからね。そこからですよ。我々の仕事は――」
「そうですね」

 村瀬はまるで若月の思考を読んだかのように言った。
 そして言葉を続けた。

「そして、無機質だった生命はいつしか『意識』を持つ様になったわけです。ここからですよ」

 そこらの石ころに「心」があるのか?
 アニミズムを心から信じる者でない限り、それは否定するだろう。
 では、そこらの石と同じ「物質」が「生命」となりなぜ「意識」を持つに至ったのか?

「先生は―― 若月先生はどう思いますか?」
「どうとは?」
「意識とは『いかにして』生まれたんでしょうね? いや『なぜ』問うてもいいかなこの場合は……」 

「西洋的宗教の延長線上にある科学の徒」らしい言い方をし、そして彼は言い直して尋ねた。

『いかにして、意識は生まれたか』
『なぜ、意識は生まれたか』

「いかにして」と問うこと。何かが生じた「目的」や「意味」を問うものではない。
 単純なメカニズム、因果関係の説明だ。
「なぜ」と問うこと。そこには「目的」「意味」までも問うていることになる。

(俺を言語学者であると知って、あえて言い換えたのか?)

 そんなことを思いつつ、彼もいつのまにか村瀬との会話を楽しいと感じていた。

「なにを持って『意識』と定義するかですね――」
「深い眠りに入るとき、全身麻酔をかけたときに消えるモノ。そうでないときは生じているモノ。≪私≫を<私>と認識する何かですよ。他の誰でもなく、この時代の<私>であることを認識するそのモノです」
「それは科学ですかね?」
「立派な科学です。進化の過程、どこかで『意識』は生まれた。まさか、ミジンコにその種の意識があるとはいいませんよね」
「そう定義するなら、そうですね」

 さて――
 若月は考える。進化の中でどこで「意識」なるものが生じたのか。
 彼は「植物に意識がある」という疑似科学が昔話題になったことを思いだす。
 昆虫は? 精緻なメカニズムを持っているが、「意識」があるとは思えない。
 特に「幼虫」⇒「さなぎ」⇒「成虫」と完全変態する場合、意識の継続がそこにあるわけがない。
 
 であれば――
 脊椎動物、おそらくは、鳥類、哺乳類に「意識の」萌芽が生じたと考えるのが妥当なところだろうと彼は思う。
 そして――

「その定義でいくならば―― イヌ、ネコ、一部のトリ、かなり限定されると思います」

 若月は言った。

「そうですね。私もそう思います」

 村瀬はそう言うと、探る様な視線で彼を見た。
 ふと、若月はこの目の間の男の中にも「意識」があるのかと思った。
 最近、人を見てよく感じることでもあった。
 
「子どもの頃、アリの巣に花火を突っ込んで遊んだりしましてね……」

 唐突に村瀬は彼の子どもの頃のころの話をし出した。

「棒で火花の飛び散る花火で、アリを焼き殺していくんですよ。なんというか、こう子どものころの残酷さっていうのか…… ありますよね」
「はぁ……」

 まあ、そういった遊びは男の子であれば、珍しくもないだろうと思った。
 ただ、なぜその話がでてくるのか?

「今でも思い出しますよ。その夜、布団の中でガクガク震えましたよ。アリがどんなに苦しんだのか? 自分が同じようにされたら、どうなのかとね――」
「まあ、それは思いますよね」
「道徳的、情操的な問題は別として、この時の私の恐怖は、科学的には誤りなんですよ」

 彼はそう言うと、紙コップのお茶を飲んだ。

「アリの単体に意識はない。痛みも感じないし、恐怖もない、死すら感じなかったでしょうね―― だからといって、私の行為は褒められたことではないですけどね」

 要するに彼は「昆虫」には「意識」はないということを言いたいがために、子ども時代の若干不道徳な体験を話したのだった。

「進化は試行錯誤の連続です。そして、たまたま環境に適応したモノが種として生き残る―― 「意識」、「心」もその例外ではない。絶対に」

 村瀬は断定的に言った。若月はそれに対し軽く首肯の意味でうなづく。
 キリンの首はなぜ長いのか? 目という複雑なシステムが進化という偶然の中で出来るのか?

 全ては、突然変異で長い首の形態を持ったモノがたまたま、環境に適応した結果だ。
「目」という光を感じるセンサーも同じことだ。たまたま、皮膚の一部が光を感じるようになった。そして、それが生存に有利に働いた。
 結果として、現在の目に至る器官をもつモノが生き残ったにすぎない。

 よって「心」や「意識」も同じであると村瀬は行っているのだった。
 それは、生命体が生き延びるために、必要だから創られ、そして有用であったので、残っているにすぎないということだ。
 しかし――

「『意識』は必然ではなく、たまたま生じたものであり、それほど特別なモノではないということですか?」

 若月は尋ねる。いつの間にか、彼は村瀬との会話に惹きこまれていた。

「そうですね―― 必然かどうか。宇宙論の中には「人間原理」という考えもありますが、少なくとも生物学的には特別なことは何もないです。ただ、複雑なだけです」

 人間原理とは、「宇宙は人間が認識することで存在している」とするほとんど思考を放棄したように見える仮説だ。
 ただ、宇宙論や量子力学の現象の中には、「宇宙を認識する意識」を持ってこないと現時点では説明しかねる現象があるというのは知っていた。
 若月はその分野に関しては専門家ではない。
 だから、それに対し判断は難しいと思っている。
 ただ、そこまで行くと「意識」という存在は「宇宙」という存在にまで繋がってしまうのだ。あまりにも、オカルト寄りの話とは思う。

 生物学的な枠組みの中の話の方がまだ常識的だ。「常識的=真理」ではないというのは、コペルニクスの時代から分かっている事ではあるが。

「『意識』の必要性、環境の中で生存するための必要性ですか?」

 若月は村瀬の言わんとすることを咀嚼し口にした。
 村瀬は「そうですよ」と顔で笑みを作った。なぜか、その笑みをどこかで見たような記憶があった。
 会話に熱中していた若月は冷水をかけられたような気分になる。

(以前にもこんなことが無かったか? デジャヴか――)

 クリーム色の飾り気のない空間。その中での「意識」関する会話。
 若月は手にべっとりと汗をかいていた。空調の効いたビルの中でだ。
 異様な感覚。それを既視感(デジャヴ)という言葉で説明するのは間違いではない。
 ただ、それに「不安感」ともいうべき感情が付随していた。
 
(あまりにも、不可解な事件に関わっているせいか――)

 彼は自分の心理状態を合理的に説明できる理屈にしがみ付く。
 村瀬の話は続いていく。

「そうですよ。『意識』は『』を認識する。意識は『』を創りだす。「意識」とは時間軸の中で『』を語り続ける存在なのです。生きるためにです――」
「生き残るために『物語』が必要――」
「物語を持たぬ存在より、生存に有利だったということです」

「物語」を認識し、生み出す。
 そのために「意識」はあるのだと村瀬は断言した。
 
 村瀬はその笑みを浮かべたまま、若月を見つめていた。
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