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21話:最強エルフの美少女は血まみれでも美しい

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「殺してやるぜ……」
 
 ピンク色の唇が動き、その言葉が荒野の風に乗って流れていく。
 銀色の髪に返り血を浴びた美少女エルフだった。

 ミーナコロシチャル・エ・ルーフ――
 
 最強喧嘩師。
 極道人間兵器。
 素手ゴロ最強。

 現生でそのように称された存在。
 異世界に転生し、美少女エルフとなった存在。
 
 血の匂いを身にまとい、鋼鉄の視線で敵を見やった。

「てめぇ!! このクソエルフがぁぁ!!」

 彼我の戦力差を理解できないアホウが突っ込む。
 巨大な剣を抜き振り下ろした。
 ミーナコロシチャルの拳が剣をへし折り、そのまま顔面に叩きこまれる。
 顔面にドーナッツのような穴が開いた。

 拳のパワーが閃光となり、大気をプラズマ化させ、地平の彼方に吹っ飛んでいく。
 地平の彼方が輝く。パンチの余剰エネルギーがどこかに着弾したようだった。
 数秒遅れ、核爆弾実験の時に発生するような爆風が荒野を襲った。

 爆風の中、微動だにせず立つ、超絶美少女エルフ。
 ただ、その長い銀髪が空間の中を舞っていた。

「喧嘩(ゴロ)まくんだったら、性根据えてくるんだな――」

 口の端を釣り上げ、ミーナコロシチャルは言った。
 そして、殺戮が始まった。

「潰せ! 騎竜でそのまま、突っ込んで潰せ!」

 黒光りする鱗を持った巨大なトカゲが突っ込む。
 騎竜と呼ばれる生物だ。
 全長は5メートル。体重は5トンを超える。
 
 ミーナコロシチャルはその突撃を真正面から受けた。
 片手で、騎竜の鼻先を押さえていた。
 
「なんだとぉぉ!! 騎竜の突撃を止めただと……」

 肉がつぶれる音が響いた。
 ミーナコロシチャルが、騎竜の鼻先を握りつぶしたのだ。
 血まみれとなった拳をそのまま、叩きこむ。
 断末魔の叫びをあげ、巨大なトカゲが絶命した。

「がはぁぁあ!! 死ね!」

 後ろから巨大なバトルアックスが唸りを上げてきた。
 硬質な「ガーンッ」という音が響く。
 エルフの美少女の後頭部に鉄塊が叩きこまれたのだ。

「いてぇな……」

「このエルフ、不死身か……」

 ミーナコロシチャルは振り返った。
 そのまま、跳んだ。
 バトルアックスを持った男の脳天に拳を叩きこんだ。
 頭が消失する。

 いや、違った。
 頭が完全に胴体にめり込んだのだ。亀のようにだ。
 そして、尻の穴から、千切れた頭が飛び出した。
 その反動で、首を失った体は、空に飛んで行った。
 ケツから血を噴き出すロケットだった。

「ああああああああ、こいつはバケモノか……」

 ミーナコロシチャルの圧倒的な暴力の前に、モヒカンたちは完全に戦意を喪失していた。逃走する。

「逃がしません。ドラグ・ブレス」

 ミルフィーナが口を開けベロを出した。
 ベロに描かれたドラゴンの紋章が光る。
 焦点温度50万度の熱線が荒野を走った。
 騎竜とモヒカンが熱線に捕えられ、一瞬で灰になる。
 
「ひひひひひひひッ!! お姉さまと、ミルフィーさんは最強や! 最強タッグや!」
 
 全裸の叫びが荒野に木霊する。シコルノガスキーは虐殺の光景を見てさらにエレクチオンしていた。

「ああああ、お姉さまは血まみれでも美しい……」

 右手で朝顔の蕾を握りしめた。躍動する姉の姿は、彼にとって最高のオカズであった。
 エルフの子宮に転移した高校生、増田部瞬。
 この世界では、シコルノガスキーという名を持つ存在は感動に身を震わせていた。

「逃げても殺すぜ…… 殺すまでやめねぇ。それが俺の喧嘩(ゴロ)だ」

 ミーナコロシチャルは、返り血で凄惨となった笑みを浮かべ周囲をみやった。
 血みどろの姿はそれでも、超絶的な美しさを持っていた。

 モヒカンが失禁して、騎竜から落ちた。
 ハイハイして逃げる。
 そのケツに蹴りをぶち込むミーナコロシチャル。
 大地に焦げ目を作り、すっ飛んでいく。
 地平の彼方に消えていく。

 つま先が真っ赤に染まっていた。血だ。
 粘りのある血が滴となり、大地に滴り落ちる。

「有りえねェ…… こんな、エルフありえねぇ」

 もはや、逃げることも戦うこともできず、呆然と佇むだけのモヒカンばかりだ。
 蹂躙だった。
 固まっているモヒカンたちを拳で粉砕していくミーナコロシチャル。
 彼女の一撃で、肉体が原型をとどめている者はいなかった。

 拳の破壊エネルギーがプラズマと化し、周囲の大気をオゾンに変質させていく。
 タンパク質とカルシウムで出来た肉体が、原子レベルを超え、一瞬で素粒子レベルまで分解され、消えていくのだ。
 それは、エルフの形をした最終決戦兵器だった。

「ほう~、たまらぬ、エルフよな……」

 モヒカンたちの背後に唐突に気配が出現した。
 漆黒の気配だった。

「せ、先生! こいつが、このエルフがぁ!」

「下がれ、お前たちには荷が重い――」

 その声の主がスッと前に出た。
 小柄だ。中年か初老といってい年齢に達している男であった。
 白と黒の混じりあった長い髪をしていた。
 鋭い針のような視線をミーナコロシチャルに向けた。 
 黒めの小さい狂気を帯びた目だった。

「なんだい。オメェさんは?」

「ただの魔法使いのジジイさ……」

 その男はその言葉を口にしながらスッと間合いを詰めてきた。

「やるのかい?」

「ああ、いいぜ―― 遊んでやるよ。エルフの御嬢さん」

 ミーナコロシチャルがゆっくりと両拳を上げた。
 ここにきて初めて構えた。
 それだけ、この目の前の男に尋常でない物を感じていた。

「へ、いい構えじゃねぇか。いくぜ――」

 ふひゅぅ――

 鋭い呼気とともに、男は口をあけた。
 銃身――
 それはある種の銃身のようなものが口から突き出た。
 
 ガガガガガガッガガガガガガガガガガガガガ!!

 凄まじい弾幕だった。

「土魔法の弾丸――」

 ミルフィーナの言葉。
 それは、無詠唱で唱えられた硬化された土の弾丸であった。
 魔力を帯びた弾丸が無慈悲の破壊をもたらすものであった。
 毎分1500発のレートで叩き出される破壊の弾丸。
 無呼吸の連発弾であった。

「お姉さま!!」

 弾幕に包まれるミーナコロシチャル。
 着弾の粉じんに美しい姿が包まれていく。

「けひいぃ、死んだかよ」
 
 弾丸の発射が止まった。
 ミーナコロシチャルは立っていた。ただ動きを完全に止めていた。

「ぬっ!! てめぇ、それは一体……」

 無傷であった。ミーナコロシチャルの着ていた美しい衣装はボロボロになっていた。
 しかし、その肌には傷一つなかった。
 純白の装甲――
 それが体を覆っていたからだ。

「俺の身体に埋め込まれた、『おっぱい元気玉』が装甲になったようだぜ」

 彼女の母であるママデースの母乳。
 それによって、作られたおっぱい元気玉。それが、皮膚の表面に展開し体を守っていた。
 
 母乳装甲――

 そう呼んで差支えのないものであった。
 エルフ2億5000万年の歴史が生み出した鉄壁の防御であった。

「てめぇ…… 代紋(エンブレム)持ちかい?」

「さあな」

「バルルンガ・シン――」

 男が名乗った。

「ミーナコロシチャル・エ・ルーフ」

 エルフの超絶美少女の唇が動く。美しき我が名を口にしていた。

「ほう…… ランキングに名前があるじゃねぇか」

 男は言った。その小さな黒目がここではない別のなにかを見ているようであった。

「ランキング参照魔法―― この男も代紋(エンブレム)ランカー」

 元代紋(エンブレム)ランカーのミルフィーナが言った。
 彼女はランカー同士の戦いで両腕、片目などを失い、ランキングから身を引いていた。
 今は魔力を帯びた義手をしている。片目は眼帯で隠している。

「そうかい」

 ミーナコロシチャルは拳を固めたまま、歩を進めた。
 その分、スッと男が下がった。
 間合いの削りあい。まだ戦いは続いていた。

「けけけけ、オマエさんを殺せば、俺のランキングも上がるかよ――」

「いいぜ、殺す気できな」

「九二式重硬化土弾丸の無呼吸連射―― こんどは、骸になるまで止まらねぇぜ」

 男はゆっくりと口を開いた。
 唾液で濡れた銃身が口の中から出現する。

「好きにしな。魔法でも剣でもなんでもいい。自由に使え」

 ミーナコロシチャルは口の端を釣り上げ言い放った。

「たまらぬ――」

 そして、弾丸が発射された。地響きを上げ、必殺の弾丸が空間を埋め尽くすように飛んできた。
 空間破砕射撃ともいうべき弾幕密度であった。

「むぉぉぉぉ!!」

 その美しい肢体に弾丸を受けながらも突き進むミーナコロシチャル。
 母乳装甲が弾丸を弾き飛ばす。

 ブン――

 音を追い越し、拳が吹っ飛ぶ。
 エルフの美少女の拳が、男の顔面に叩きこまれていた。
 一瞬で、肉が爆ぜ、たんぱく質が液化し蒸発する。
 首から上が素粒子レベルで吹っ飛び、相転移を起こし、グルオンスープとなって次元を超えていく。
 
 ぴゅしゅ――!!

 頭の無くなった首からは、噴水のように血が噴き出していた。
 そして、男はそのまま倒れた。荒れた大地にドクドクと血が流れ、真っ赤な川を作っていく。

「ひぎゃぁぁぁ!! 先生が、先生が死んだぁぁ!!」

 辛うじて保たれていた。士気が崩壊した。
 モヒカンたちが逃げていく。

「逃がさねぇ。皆殺しだ――」

 エルフの美少女が地を蹴った。凄まじい動きで次々とモヒカンを血祭りに上げていく。
 大地が血に染まる。
 返り血を浴び、銀色の髪はいつしかどす黒に近い色になっていた。
 
 殲滅と虐殺が終了した。
 大地には、ミーナコロシチャルの拳によって蹂躙された死体が転がる。

「荷馬車が放置されてます」

 ミルフィーナが言った。
 モヒカンたちの荷馬車だけがそこに残っていた。
 正確には「馬車」ではなく「竜車」だった。

 馭者の姿はなく、ただ怯えた目をした騎竜がブルブルとそこに震えていただけであった。

「なにを運んでやがったんだ?」

 ミーナコロシチャルは、幌を被った荷台の後ろに回った。
 そして、中を見た。
 荷台は幌をかぶった鉄格子になっていた。
 
「ガキ――」
 
 ミーナコロシチャルはつぶやくように言った。
 子どもだ。 
 何人もの子どもが、鉄格子の荷馬車に積まれていたのだった。

「お姉さん――― お姉さんは?」

 鉄格子の中の子どもが不思議そうにこちらを見た。
 それは獣の耳をした獣人であった。
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