殺戮ジパング ~元寇・九州本土防衛戦~

中七七三

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39.文永の役の終結

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 闇は重く、雨は容赦なく兵士たちの顔を叩いた。
 風はまるで怨霊の咆哮のように唸り、蒙古・高麗軍の本陣「パオ」を揺らし、軋ませた。
 キントの命令は下された――鷹島への後退。

 だが、それは敗残兵の逃走にしか見えなかった。

 赤坂の泥濘で鎌倉武士団に蹂躙された軍は、秩序を失い、恐怖と疲弊に塗れていた。
 抜都魯バートルと呼ばれる粗末な舟艇は、波に揺られ、木の継ぎ目から水が滲み、兵士たちの足元を濡らした。

「急げ! 乗れ! 船が沈むぞ!」

「押すな、バカ野朗」

 高麗兵の叫びが風に掻き消される。
 松明の火は雨に弱り、闇の中で揺れる影だけが兵士たちの動きを照らした。

 金方慶は歯を食いしばり、部下を叱咤したが、声は虚しく響く。
 兵士たちは荷物を投げ捨て、濡れた甲冑を脱ぎ、這うように船にしがみついた。
 ある者は仲間を押しのけ、別の者は滑った泥に足を取られ、波に飲まれた。
 船底に積まれた物資は湿気で腐りかかり、槍は錆び、兵の目は死んだ魚のようだった。

「これが…総司令官の決断か……」

 金方慶は呟き、キントを睨んだが、キントは無表情に船を見つめるだけだった。
 洪茶丘は卑屈な笑みを浮かべ「これでよい、これでよい」と繰り返した。
 卑劣な上に卑屈な男であった。

 劉復享は右肩の傷を押さえ、巨体を揺らしつつ船に乗り込む。
 だが、流石の劉復享も痛みに顔を歪めた。
 約12,000の兵のうち、生き残ったのは9,000にも満たない。
 夜間乗船は混乱を極め、船は過剰な重量で傾き、数十人が海に落ち、その悲鳴は風に溶けた。

        ◇◇◇◇◇◇

 
 李娜リーナは泥濘を抜け、血と雨に濡れた身体を引きずりながら本陣にたどり着いた。
 緋色の髪は泥にまみれ、右腕は不自然に曲がり、肋骨の皹が呼吸のたびに軋んだ。
 彼女の双眸は、なお炎のように燃えていた。
 ただ、頭の中では冷徹な理性が身体を支配していた。
 パオの前に立つと、兵士が慌てて彼女を迎えた。


「総司令官は? 洪茶丘は?」

 李娜の声は鋭い。高麗兵は怯えた目で答えた。

「鷹島へ……後退……今、乗船中だ……」

「後退だと?」

 李娜の唇が歪んだ。
 洪茶丘の無能さを嘲笑しつつ、彼女は決断した。
 後退とは、いずれ攻めに転じるときに使う言葉だ。
 しかし、今の蒙古軍が後退するのは、明らかに敗北の撤退である。

(私は負けてない)

 とにかく、船に乗る意味はない。
 鎌倉武士団の追撃が予想される中、海で死ぬより陸で戦う方が彼女の性に合っていた。
 洪茶丘と心中する気はない。

「私は倭国に残る。敵を足止めする」

 部下の一人が止めた。

李娜リーナ様、傷が……」

 だが、李娜は振り向きもせず、雨の中を駆け出した。
 右腕の痛みは無視し、肋骨の軋みも意に介さない。
 彼女は闇に溶けた。

「殺してやる。倭猿どもめ」

 目指すは伊乃と虎猿――あの狂った倭猿どもを叩き潰すことだった。

        ◇◇◇◇◇◇

 夜が深まるにつれ、風は獣の咆哮を越え、天地を裂くような猛威を振るった。
 爆弾低気圧――後世でそう呼ばれる異常気象が九州の海を襲った。
 蒙古・高麗軍の船団は、九〇〇隻の粗製な船で構成され、修理もままならぬ状態だった。
 抜都魯は波に翻弄され、軍船は互いに衝突し、木片と兵士が海に投げ出された。

「船が……! 船が割れる!」

 高麗兵の絶叫が響くが、波はそれを飲み込んだ。
 
 松明は消える。
 闇の中で船は次々に沈没。
 金方慶は船縁にしがみつき、部下を叫ぶが、返事はない。
 キントは自ら舵を握るが、舵は折れ、船は岩礁に激突。

 洪茶丘は甲板で這い、祈るように呻いたが、波が彼をさらったように見えた。
 劉復享は巨体を支えきれず、傷口から血を流しながら海に沈んだ。
 約九〇〇〇の兵は、半数以上が一夜で海の藻屑と化した。
 生き残った船はわずか200隻。

 だが、それらも朝までに九州の海岸に打ち上げられた。
 船は粉々に砕け、兵士たちは泥と岩に叩きつけられた。
 鎌倉武士団の斥候がその惨状を発見し、少弐景資に報告。景資は即座に追撃を命じた。
 
 蒙古軍に対する殺戮の開始だった。
 それは、もう戦闘ではない。一方的な殺戮だった。

 とにかく、海岸は地獄が現出していた。
 打ち上げられた蒙古・高麗兵は、折れた骨を晒し、血と海水にまみれ、這うように逃げた。
 
 しかし――
 
 鎌倉武士団は容赦なかった。
 少弐景資の命を受けた菊池武房と白石通泰の部隊が、馬を駆り、太刀を振るった。

「首を斬れ! 一人も生かすな!」

 菊池武房の声が響く。武士たちは極彩色の大鎧に身を包み、馬を疾走させ、逃げる兵を踏み潰した。
 ある高麗兵は膝をつき、命乞いをしたが。
 
 鎌倉武士は「なんでそんな無駄なことをするんだ?」と不思議そうに殺した。
 武士の長刀が頭蓋を両断。
 ピンクの脳漿が泥に混ざった。

 別の兵は折れた槍で抵抗したが、和弓の征矢が胸を貫く。矢は肋骨を砕いて背中に突き出た。
 噴水のように血が噴き、兵は泥に倒れ、馬蹄に踏まれ肉塊と化した。

「分捕りじゃ! 首を取れ!」

 白石通泰が叫ぶ。
 武士たちは死体から首を切り離し、血塗れの髪を掴んで掲げた。
 ある者は生きている兵の腹を裂き、臓物を引きずり出し、笑いながら踏み潰した。
 
 海辺は赤く染まり、波が血を洗う。
 そして、新たな血がすぐに流れ込んだ。
 レッドオーシャンの永久機関が完成していた。

 生き残った兵は数百に満たず、森に逃げた者もいたが、竹崎李長率いる小部隊が追い詰めた。
 彼らは薙刀で四肢を切り落とした。断末魔の叫びは風に掻き消され、生き残りは皆無だった。

        ◇◇◇◇◇◇

 李娜は雨の中、泥濘を駆けていた。
 右腕は動かず、肋骨の痛みは呼吸を乱し、身体は熱を帯びていた。
 傷口から入り込んだ泥と雨が感染を引き起こし、少なくない出血が彼女の身体を限界に近づけていた。
 だが、彼女の目は依然として燃え、伊乃と虎猿を仕留める執念が彼女を突き動かした。

「倭猿……どこだ……」

 李娜は呟き、森の奥へ進む。
 風は木々を揺らし、雨は視界を奪った。
 彼女は木に凭れ、息を整えたが、熱は頭を焼き、意識が揺らぎ始めた。

 過去の記憶――北宋の母、蒙古の訓練、殺戮の日々が断片的に浮かぶ。
 
 彼女は唇を噛み、血を吐きながら前進した。
 だが、ついに力尽きた。森の奥、濡れた土に膝をつき、彼女は倒れた。
 緋色の髪が泥に広がり、血のような瞳は空を見た。雨が彼女の顔を洗い、熱は身体を蝕んだ。
 
 彼女は呟いた。

「まだ……終わらん……」 

 だが、薄れ行く意識は闇に沈み、彼女は動かなくなった。
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みんなの感想(1件)

のっぽ
2021.06.20 のっぽ

金、金、金!
虎猿、破戒、意乃が金のために殺して殺して殺しまくる!
中さんの描く宋助国が好きだっただけに途中退場にはびっくり!
緻密に描く戦闘シーンは圧巻。
まったく新しい戦狂いたちの元寇小説!続きを楽しみに待っています。

解除

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