王立魔法大学の禁呪学科 禁断の魔導書「カガク」はなぜか日本語だった

中七七三

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29話:俺が最後の楯

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 青みがかった魔力光で照らされたドレットノート家の食堂には8人の男女が集まっていた。
 俺の両親、兄姉、ハルシャギク兄ちゃんの弟子であるヒナゲシさん、そして俺と先生だ。
 夕食も終わり、普段であれば、もう全員が各々部屋に戻っている時間。

 ツユクサ先生を狙う刺客。それを誘き出し捕える。 
 始竜際のクライマックス。山車のでる大通りの中で罠を仕掛ける話をしているのだだった。
 これは狙われている当事者である先生が言いだしたことだった。
 
 群衆の中、刺客にとってはターゲットを狙い、逃げるには絶好の場面だ。
 前回、先生を襲ったときも、人の多い屋台通りの中だった。

「問題は――」

 飲んでいた紅茶のカップをトンとテーブルに置き、リンドウ兄ちゃんが口を開いた。
 知らない人が見たら、絶対に女と見間違えるような美形。その紅い唇がゆっくりと動く。
『魔人』のふたつ名を持つ、王国最強の魔法使いだ。

「敵が罠であることを気付く可能性です。そして、気付いた場合、どのような行動に出るのか―― 行動にでるのか。諦めるのか」

 ふとその視線をヒナゲシさんに向ける。彼女はここ数日間ずっとツユクサ先生の護衛をしていた。
 その視線は、彼女に意見を求めている者だった。
 ヒナゲシさんは、間接的にせよ敵との接触をしている唯一の人間だ。それが「気配」や「殺気」という不確かなものだとしても。
 
 リンドウ兄ちゃんの蠱惑的こわくてきといってもいい視線。それをヒナゲシさんは真正面から受けとめる。
 褐色の肌に黒い瞳。その強い光を放つ瞳は一切の逡巡しゅんじゅんを感じさせない。

「諦める可能性が高いかと――」

「でしょうね」
「だろうな」

 リンドウ兄ちゃんとハルシャギク兄ちゃんが声を揃えた。

「敵―― 刺客は相当な手練れ。そして異常なまでに用心深いと思われまする」

「手練れか? 人数は?」

 ハルシャギク兄ちゃんが太い腕を組んだまま自分の直弟子に訊いた。

「こちらの力量を探るように気を操ります。底が見えませぬ。相当な者かと…… ただ、気の質から見て、おそらくはひとり――」

「そのような者が何人もいては困るな」

 ハルシャギク兄ちゃんはむしろ何人もいてほしいかのような感じで言った。
 その顔に獅子王のような笑みを浮かべている。

「おそらくは、ひとり。複数であれば、ひとりの護衛相手に、攻撃を躊躇するのは考えにくいということですか……」

 リンドウ兄ちゃんが言った。

「だろうな」

「でも、あからさますぎないかしら? お祭りの人込みで、護衛とはぐれたふりをする…… 絶対に罠だと思うでしょう」

 ホウセンカ姉ちゃんが、心配そうに言った。

「罠と思うでしょうね。でも、仕掛けてくると思う。絶対に」

 自分が命を狙われている当事者であるのだが、まるで他人事のように断言するツユクサ先生だった。
 危機意識が薄いのか、気が強くで肝が据わっているのかどっちかよく分からない。

「罠であっても、仕掛けてきますか…… 確かにその状況によりますかね」

 リンドウ兄ちゃんがほほ笑むような表情でそう言った。

「そう、状況です。いつもの護衛がはぐれ、人ごみの中、周囲に護衛はいない状況。罠の可能性はある。でも、周囲に護衛がいないと確信を持てたとしたら?」

「先生! それ危ないって! 完全に護衛ゼロにするって話? リスクが大きすぎるよ」

「そうじゃないわ。護衛がいるってことに、気付かないかもしれないってことよ。人ごみに紛れれば」

「それは難しいな――」

 腕を組み、太い顎を引き気味にして、ハルシャギク兄ちゃんが言った。

「ハルシャギク兄ちゃん?」

「おそらくは、人ごみの中に紛れた護衛を、己が気で探るだろう。強い『殺意』をもった気をぶつけられた場合、剣士であればそれに反応しないのは難しいであろうな」

 つまり、俺みたいな素人では全然分からない「気」とか「殺意」でも、修行をつんだ剣士はそれに反応してしまう。
 それでは、いくら人ゴミに混じっても刺客には護衛の存在を気取られてしまう可能性は高い。

「俺であれば、殺意を受け流すことはできるが――」

「いや、ハルシャギク兄ちゃんが視界内にいたら、絶対に刺客は来ないと思う」
 
 俺が断言すると、その場の全員が「ウンウン」と頷く。
 大陸最強の呼び声も高い、無敵・無双の剣士がいるところに、暗殺を仕掛けにくる奴がいるとは思えない。
 だいたい、その巨体は目立つことこの上ないのだ。

「私の場合、部下の魔法使いを、私兵のように動かすわけにはいきませんので――」
 
 リンドウ兄ちゃんは、王国の魔法使いを束ねる「魔法師団」の師団長。
 美女のような容姿を持ちながら、身分は軍人だ。
 今回のような私的な案件で軍を動かせないし、また、仮に動かしたりしたら、話が大きくなって黒幕に情報が漏れる可能性が高くなる。
 
「数がいればいいというのであれば、私の方で護衛は手配しよう。商隊の護衛をやっているギルドなら顔がきく」

 黙っていた父が口を開く。
 俺の父は、王国の商工業の物流の管理をしている。
 今の時点で先生を狙っている黒幕は分からないが、父の動きで情報が漏れるとは考えにくい。
 もしそうなら、王国内部に黒幕か、それに通じる者がいるという可能性を考えなければいけない。

「でだ―― 金持ちの商人でも担ぎ出して、祭り見物でもさせればいい。護衛はそちらの護衛と思わせればよいだろう」

 金持ち商人を餌に使うと断言する俺の父。王国の貴族の権力というのを垣間見た気がした。官尊民卑の極みであるがありがたい提案だ。

「ドレットノート様にそこまでしていただけるとは―――」

 先生が椅子から立ちあがり礼儀にかなった礼をしようとする。

「いやいや、息子の先生であり、そして、先生は王国の至宝―― 先生の創りだした「製紙法」により、どれだけ商工業者が恩恵をうけているか。安価で大量の紙の供給がどれだけ世を変えているのか、その現場にいる私は実感しているのですよ」

「この身に、そのようなお言葉をいただけるとは、有り余る光栄です」

 王立魔法大学の准教授の社会的な評価はすごく高い。それでも貴族とは大きな差があるのだ。
 でも、一応貴族の俺には、こんな態度はとらない。つーか、とって欲しくもないけど。
 
 親父はニヤリと笑った。
 そして、口調が変わった。

「いや、先生、そんなに固くならんでもいいさ。さあ座って」

 先生は再び一礼をして座った。「ふぅ~」と小さな吐息が隣の俺には聞こえた。

「もう、先生は家族のようなもの。いや、いずれは……」

「いずれ?」

「まあ、それはそれ―― 先のことか」

 親父はとぼけるようにそう言った。

        ◇◇◇◇◇◇

 始竜祭で、先生を襲わせて、刺客を捕える。生きてだ。
 そして、黒幕を明らかにする。それが目的だ。
 その作戦は概ね出来上がったわけだが……

 その内容はこうだった。

 山車の出る日に、王国の大通りに先生と俺とヒナゲシさんが行く。
 チート能力をもった俺の兄姉は同行しない。
 
 ハルシャギク兄ちゃんは、目立つ上に近づくのはどう考えても危険以外になにものでもない。
 慎重で弟子にすら警戒を露わにしていた刺客がその師匠のいる場で仕掛けるわけがない。
 リンドウ兄ちゃんは、有名人すぎる。そもそも、先生がドレットノート家の庇護下にあることは敵も承知していることだ。
 ホウセンカ姉ちゃんもダメだ。三途の川を横断してしまった人間でも呼びもどせるような治癒魔法の使い手だ。
 そんな、人間のいる場所で仕掛けるのは徒労になってしまう可能性が高い。まともな思考力のある刺客ならそう考える。

 だから、全員。現場に出てこないことになった。

 で、敵をおびき出すために、まずは人ごみの中で、ヒナゲシさんがはぐれる。
 ただし、ヒナゲシさんは俺たちの場所を魔法で完全に把握している。
 これは、リンドウ兄ちゃんが用意した魔法をヒナゲシさんが実装することで可能になる。
 ちなみに、万が一俺と先生がはぐれてしまう可能性も考慮して俺も魔法を実装する。

 魔法の実装自体は、魔導書を読み上げればいいだけだ。
 ただその魔力を常駐できて発動できる魔法容量を本人がもっているかどうかが問題。
 ヒナゲシさんは問題無し。俺も辛うじてできる。ただ、先生だけはダメ。魔力容量がほとんどない。
 俺とヒナゲシさんができれば、問題はないのでいいが。

 そして、周囲には山車を見物にきた金持ち商人を護衛するように見せかけた、商隊護衛専門の人間を配置。
「殺気」に反応するような手練れは、あえて採用せず中程度のレベルの者を集め数でカバーする。
 先生の周囲の人ごみのほとんどが、実は護衛という感じになる予定だ。

 刺客をおびき出し、数で物をいわせた護衛で阻止。そして、逃走を防ぐ。
 はぐれたように見せかけたヒナゲシさんが、刺客を捕える。
 そして、刺客の口を割らせ黒幕を白状させるという計画だった。
 
 この場合、当然浮かび上がる可能性として「黒幕の自害」がある。
 治癒魔法の使い手を配置することで防ぐことができるが、それを敵に見破られると、敵が仕掛けてこない可能性もある。
 ここは、ヒナゲシさんの腕に賭けるしかない。

 で、最後の問題は俺だった。
 全てが突破され、先生に刺客が接近したとき、先生を守る最後の楯は俺だ。
 俺しかいないのだった……

        ◇◇◇◇◇◇

「筋は悪くないのだが…… こう、なんというか…… 平凡であるな」

 ハルシャギク兄ちゃんが、木剣をもってつぶやくようにいった。
 素手より、木剣の方が加減できるからだった。
 剣の道を究めすぎ、素手の状態で「斬れるモノなし」となってしまった兄ちゃんにとっては、木剣の方が安全なのだ。

 俺は「ひぃ~ ひぃ~」と息を切らし、木剣を握っている。
 兄ちゃんの攻撃は全て寸止めで、体に一切当っていない。
 ただ、それでも木剣のまとった空気の圧力が俺の身体を叩くのだ。
 ほとんど物理的な衝撃波だ。 
 わき腹や腕が結構内出血している。痛い。マジで痛い。

「魔力容量は持って生まれた物ゆえ、どうにもできぬが、剣は精進次第であるのだが」

 どう精進しても、兄のようになった自分を思い浮かべることができないんだけど。

「いや、今から俺を鍛えても、無理があると思う」

「まあ、一般の貴族の子弟の中に入れば、中の上というところだがな―― 学問に進んだ身とすれば悪くないのだろうが……」

 ごつく精悍な顔と裏腹に、俺を傷つけない様に言葉を選んで評価してくれるハルシャギク兄ちゃんだ。
 なんていうの? 優しくて強い―― どこのヒーロー様って感じだ。まあ、そんな兄を俺は好きなのであるが。

 しかし―― これは無理だ。

「ハルシャギク兄ちゃん」

「なんだ?」

「今から、俺が剣をやっても始竜祭に間に合うとは思えないんですけど」

「やらぬより、やった方がよいだろう」

 兄は反論不能の正論を口にした。
 そりゃ、そうかもしれないけど。体が万遍なく痛い現実に耐えられそうにない。
 当日のコンディションが最悪になりそうなんですけど?
 
「全てが計算通りに行くことはあり得ん――」

 すっと巨体が間合いを詰めてきた。
 それだけで、凄まじい圧力を感じる。
 本人は全然本気を出していない。つーか、弟の俺相手に出すわけがない。
 全力の0.1%も出していないだろう。それでも圧倒的な戦力だ。

「ツユクサ先生を守る最後の楯は、オマエなのだ――」

 兄は言った。正面から俺を見据えてだ。
 その言葉に俺は歯を食いしばる。木剣を握る強く。

 いやまて……

 俺には俺にしかできないことがあるんじゃないか?
 俺の頭にある考えが浮かぶ。今で考えたことのなかったことだ。
 試したこともない。
 でも、できるような気もする。

「兄ちゃん。木剣じゃなくて、素手できてくれないかな」

 俺の言葉に、怪訝な表情を浮かべる。師子王が困惑していた。
 そして、その表情に今までにない獰猛な笑みが浮かぶ。

「本気で来い―― ということか?」

 体が震えた。膝がガクガクする。兄ちゃんの身体がブワッと数倍に膨れ上がったかのような錯覚が襲う。
 
「あ、当てて欲しいんだ。た、試してみたいことがある」

「ほう…… 面白いな。いいぞ、ライ――」

 何を口にしているんだ?  俺は! 相手は大陸最強のチート剣士だぞ!
 冷静な俺が脳内で叫んでいた。
 でもだ。これが出来るなら、俺は先生を守ることができるかもしれない。
 
 深呼吸した。肺の中に湿った空気が流れ込んでくる。
 震えが止まった。身体の中になにか芯が通った気がした。
 それが「覚悟」というものか「開き直り」なのかは分からない。

 ガッ――

 兄の巨体が一気に動いた。俺はそれを辛うじて感じていた。 
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感想 16

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みんなの感想(16件)

フランシスコザルソバ

TMT

残念orz

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にんげんだもの

これも好き。

2016.12.12 中七七三

ありがとうございます。

解除
no
2016.12.11 no

面白いです。執筆頑張って下さい!

2016.12.11 中七七三

ありがとうございます。御作も拝読いたします!

解除

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