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3.一撃!75ミリ高初速鉄甲弾
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一式47ミリ機動速射砲の射撃は続いた。
三番車の炎上に続き、二番車が被弾する。
しかし、砲塔後部に命中したが、800メートル/秒を超える高初速47ミリ砲弾はむなしく弾かれた。
二番車はキリキリと履隊を動かし、砲塔も旋回させていく。
ただ、内部まで全く被害が無いかは分からない。
「くそ! 小ざかしい罠を!」
アカトフ中尉は叫びながらT-34の砲塔に飛び込みハッチを閉める。
偽装陣地に戦車を誘引し、後方からの射撃。
単純といえば、これ以上単純な罠もないだろう。
しかし、そうであったとしても攻撃せずにいられないのが、ソ連の前線指揮官というものだ。
「所詮は豆鉄砲、ナチのファシストどもが使っていた37ミリ砲といい勝負だろう」
一式47ミリ機動速射砲は日本軍にとっては貴重な兵器だ。
運用次第ではーー
今回のような、砲を隠蔽しての後方からの至近射撃であるならば、米ソの戦車の撃破は可能だった。
しかし、それ以外の運用ができなというのが、日本軍のーー
そして一式47ミリ機動速射砲の限界だった。
1947年の焦土戦場となった北海道では、少なくとも正面からソ連戦車に対抗できる兵器ではなくなっていた。
「撃て! 叩き潰せ!」
砲口煙の上がった方へ――
アカトフ中尉は、T-34の砲塔を旋回させ、車体も回転させる。
無限軌道がキリキリと音を上げ、鋼の猛獣が獲物の方へと牙を向けようとする。
「おおッ!!」
鋼と鋼のぶつかり合う衝撃音が響いた。
日本軍の速射砲が浅い角度で車体側面に当たったのだ。
傾斜のついたT-34の装甲板は500メートルの距離で一式機動47ミリ速射砲の射弾に耐えた。
ソ連軍の方に命中角度の浅さという運の良さがあった。
また、日本軍が焦りすぎていたのかもしれない。
砲撃地点にT34の榴弾が叩き込まれ、爆発を起こす。
デサント兵が突撃し掃討する。
機銃と榴弾の炸裂音が、続き完全に日本軍の反撃は停止した――
「なんだ? この音は……」
アカトフ中尉は一度潜り込んだ砲塔から再び上半身を出していた。
その彼の耳に、不協和音のような不快な金属が軋むような音が小さく響いていた。
アカトフ中尉は、やや弱くなってきた降雪の空間の先を見やった。
音のする方向だ。
「なに…… なんだあれは?」
破壊された日本軍陣地の後方だった。
キリキリと耳障りな音を立て接近してくる物体。
アカトフ中尉は双眼鏡で、その姿を捉えようとする。
光学レンズが、その映像をアカトフ中尉の網膜に映し出した。
(戦車―― ヤポンスキーの戦車だとッ!)
そのシルエットは、1947年の時点でも日本軍の主力であった九七式中戦車とも違った。
「情報部の言っていた新型戦車か? 持ち込んだのか? やつらは、北海道に……」
アカトフ中尉がつぶやくように言った瞬間だった。
日本軍のやけに角ばった戦車が火を噴いた。
砲撃――
主砲の射撃だった。
(ばかな、この距離で――)
距離はまだ1500メートル以上あった。
「砲撃準備!!」
叩きつける様にハッチを閉め砲塔内に戻ったアカトフ中尉は叫んだ。
そして、その叫びが彼の最期の言葉となった。
アカトフ中尉は狭い砲塔内で全身をたたきつけられる。
その瞬間に意識を失ったのは、彼にとって幸運だったのかもしれない。
意識を持って火あぶりにされるのは「地獄」だ。
いや、共産主義者であり唯物論者のアカトフ中尉は地獄などというものを信じてはいなかったが。
この戦場こそがリアルな地獄であったのだから。
◇◇◇◇◇◇
「3両撃破か――」
「1両は速射砲の手柄ですけどね」
「まあな」
細雪の中、一両の巨大な鉄塊が重いディーゼル音を響かせ進んでいた。
日本軍の新型戦車「四式中戦車」であった。
「細雪の 降るさき炎ゆる ロスケかな」
戦車長と思われる中尉の階級章を付けた男が句を口にしていた。
照準口を覗き込みながらだった。
「土方さん、相変わらず下手くそですね――」
「沖田…… だめかこれ?」
「下手すぎて、戦争している気分でなくなりますよ」
「まあ、それならそれいいだろう」
土方中尉は屈託の無い笑みを浮かべる射撃手の沖田軍曹に言った。
土方中尉の実家が一家そろって俳句が好きであり、兄弟に俳号を持つものが3人もいた。
ただ、その3人もすでに戦死していたのであるが。
「土方中尉殿。この戦車なら、ロスケに勝てるでありますね!」
明るい声だ。まだ少年戦車学校を出たばかりの戦車兵である市村一等兵だ。
「まあ、どうかな。勝つには勝てるだろうさ。T-34相手に負けることはないだろう」
「一撃でありました、ロスケの戦車が一発であるます! 凄腕であります! 沖田軍曹殿も」
射撃手の沖田軍曹はニコやかに市村一等兵をみやる。
「あはは、当たれば、一発だろう。この5式75ミリ砲は、近距離なら100ミリの装甲もぶち抜けるよ」
「本当でありますか!」
「沖田、そりゃ、盛りすぎだろうよ」
「そうなのでありますか? 土方中尉殿」
「ま、それに近い攻撃力はあるだろうけどな」
市村一等兵は納得したようにコクコクと頷いた。
「撃たれても平気でありますか?」
戦闘の興奮からだろうか、市村一等兵の口は止まらない。
それと対象的に運転士の山南伍長は、硬く口を結んだままだった。
「まあ、撃たれてみればわかるだろう」
土方中尉はぶっきらぼうに言った。
(実際のところ、どこまでの対弾性能をもっているのか……)
四式中戦車は全面最大圧75ミリの装甲板を持つ。
側面は37ミリの傾斜装甲板で囲まれていた。
自重30トンを超え、長砲身75ミリ砲を備えた、本格的な対戦車戦闘が可能な戦車。
それが「四式中戦車」だった。
第二号輸送艦により奇跡的に北海道の地に運び込むことのできた貴重な兵器だ。
今の日本軍にとって貴重でないものなど、軍人の命以外はなにもなかったのであるが。
「四式中戦車」は断末魔の日本軍がーー、日本の戦車技術陣が造り出した決戦兵器だった。
この、北海道の地に輸送できたのも、本当に奇跡に近いとしかいえない。
であるならば――
(奇跡が続くか……)
土方中尉は思う。そして、砲塔から這い出し、戦場の後を見やった。
すでに、ソ連兵は退却しており、破壊されたT-34が降る雪の中で炎上しつづけていた。
(もう、死んでると思えば、いいってことだーー)
土方中尉は、自分についてはそのような諦観の念を持っていた。
ただ、それは諦めではない。
ソ連をこの北海道から本気でたたき出してやると思っていた。
土方中尉はタバコを取り出しそれを吸った。タバコすら今の日本では貴重品だ。
本土から持ってきた数少ないものだった。
「まあ、タダでは死なねーよ」
紫煙をとともに、土方中尉は言った。
僥倖、奇跡を望むにはこの北海道の戦場はあまりにも過酷であった。
祈るべき神など存在しない戦場であった。
まあ、相手は無神論者のアカどもであるが――
土方中尉は思う。
ソ連軍は樺太、千島、日本海を制圧し、制海権は完全に握られ、無尽ともいえる兵器が北海道に持ち込まれている。
「俺たちは勝たなければならない」
土方中尉は言った。
その言葉を車中の彼の部下たちは黙って聞いていた。
いつも屈託の無さを通り過ぎ軽薄ではないか?という笑みを浮かべる沖田軍曹も真剣な顔をしていた。
「旭川奪還―― 命に代えても実施する」
土方中尉は透明でありながら、強い意志を感じさせる声音で言った。
この「四式中戦車」を中心とする強襲で、旭川を奪還する作戦計画。
北海道の中心都市である札幌防衛――
函館に残された民間人の避難――
そのためのソ連軍の拠点となっている旭川攻撃、奪還作戦――
四式中戦車の威力に、日本軍は期待していた。
三番車の炎上に続き、二番車が被弾する。
しかし、砲塔後部に命中したが、800メートル/秒を超える高初速47ミリ砲弾はむなしく弾かれた。
二番車はキリキリと履隊を動かし、砲塔も旋回させていく。
ただ、内部まで全く被害が無いかは分からない。
「くそ! 小ざかしい罠を!」
アカトフ中尉は叫びながらT-34の砲塔に飛び込みハッチを閉める。
偽装陣地に戦車を誘引し、後方からの射撃。
単純といえば、これ以上単純な罠もないだろう。
しかし、そうであったとしても攻撃せずにいられないのが、ソ連の前線指揮官というものだ。
「所詮は豆鉄砲、ナチのファシストどもが使っていた37ミリ砲といい勝負だろう」
一式47ミリ機動速射砲は日本軍にとっては貴重な兵器だ。
運用次第ではーー
今回のような、砲を隠蔽しての後方からの至近射撃であるならば、米ソの戦車の撃破は可能だった。
しかし、それ以外の運用ができなというのが、日本軍のーー
そして一式47ミリ機動速射砲の限界だった。
1947年の焦土戦場となった北海道では、少なくとも正面からソ連戦車に対抗できる兵器ではなくなっていた。
「撃て! 叩き潰せ!」
砲口煙の上がった方へ――
アカトフ中尉は、T-34の砲塔を旋回させ、車体も回転させる。
無限軌道がキリキリと音を上げ、鋼の猛獣が獲物の方へと牙を向けようとする。
「おおッ!!」
鋼と鋼のぶつかり合う衝撃音が響いた。
日本軍の速射砲が浅い角度で車体側面に当たったのだ。
傾斜のついたT-34の装甲板は500メートルの距離で一式機動47ミリ速射砲の射弾に耐えた。
ソ連軍の方に命中角度の浅さという運の良さがあった。
また、日本軍が焦りすぎていたのかもしれない。
砲撃地点にT34の榴弾が叩き込まれ、爆発を起こす。
デサント兵が突撃し掃討する。
機銃と榴弾の炸裂音が、続き完全に日本軍の反撃は停止した――
「なんだ? この音は……」
アカトフ中尉は一度潜り込んだ砲塔から再び上半身を出していた。
その彼の耳に、不協和音のような不快な金属が軋むような音が小さく響いていた。
アカトフ中尉は、やや弱くなってきた降雪の空間の先を見やった。
音のする方向だ。
「なに…… なんだあれは?」
破壊された日本軍陣地の後方だった。
キリキリと耳障りな音を立て接近してくる物体。
アカトフ中尉は双眼鏡で、その姿を捉えようとする。
光学レンズが、その映像をアカトフ中尉の網膜に映し出した。
(戦車―― ヤポンスキーの戦車だとッ!)
そのシルエットは、1947年の時点でも日本軍の主力であった九七式中戦車とも違った。
「情報部の言っていた新型戦車か? 持ち込んだのか? やつらは、北海道に……」
アカトフ中尉がつぶやくように言った瞬間だった。
日本軍のやけに角ばった戦車が火を噴いた。
砲撃――
主砲の射撃だった。
(ばかな、この距離で――)
距離はまだ1500メートル以上あった。
「砲撃準備!!」
叩きつける様にハッチを閉め砲塔内に戻ったアカトフ中尉は叫んだ。
そして、その叫びが彼の最期の言葉となった。
アカトフ中尉は狭い砲塔内で全身をたたきつけられる。
その瞬間に意識を失ったのは、彼にとって幸運だったのかもしれない。
意識を持って火あぶりにされるのは「地獄」だ。
いや、共産主義者であり唯物論者のアカトフ中尉は地獄などというものを信じてはいなかったが。
この戦場こそがリアルな地獄であったのだから。
◇◇◇◇◇◇
「3両撃破か――」
「1両は速射砲の手柄ですけどね」
「まあな」
細雪の中、一両の巨大な鉄塊が重いディーゼル音を響かせ進んでいた。
日本軍の新型戦車「四式中戦車」であった。
「細雪の 降るさき炎ゆる ロスケかな」
戦車長と思われる中尉の階級章を付けた男が句を口にしていた。
照準口を覗き込みながらだった。
「土方さん、相変わらず下手くそですね――」
「沖田…… だめかこれ?」
「下手すぎて、戦争している気分でなくなりますよ」
「まあ、それならそれいいだろう」
土方中尉は屈託の無い笑みを浮かべる射撃手の沖田軍曹に言った。
土方中尉の実家が一家そろって俳句が好きであり、兄弟に俳号を持つものが3人もいた。
ただ、その3人もすでに戦死していたのであるが。
「土方中尉殿。この戦車なら、ロスケに勝てるでありますね!」
明るい声だ。まだ少年戦車学校を出たばかりの戦車兵である市村一等兵だ。
「まあ、どうかな。勝つには勝てるだろうさ。T-34相手に負けることはないだろう」
「一撃でありました、ロスケの戦車が一発であるます! 凄腕であります! 沖田軍曹殿も」
射撃手の沖田軍曹はニコやかに市村一等兵をみやる。
「あはは、当たれば、一発だろう。この5式75ミリ砲は、近距離なら100ミリの装甲もぶち抜けるよ」
「本当でありますか!」
「沖田、そりゃ、盛りすぎだろうよ」
「そうなのでありますか? 土方中尉殿」
「ま、それに近い攻撃力はあるだろうけどな」
市村一等兵は納得したようにコクコクと頷いた。
「撃たれても平気でありますか?」
戦闘の興奮からだろうか、市村一等兵の口は止まらない。
それと対象的に運転士の山南伍長は、硬く口を結んだままだった。
「まあ、撃たれてみればわかるだろう」
土方中尉はぶっきらぼうに言った。
(実際のところ、どこまでの対弾性能をもっているのか……)
四式中戦車は全面最大圧75ミリの装甲板を持つ。
側面は37ミリの傾斜装甲板で囲まれていた。
自重30トンを超え、長砲身75ミリ砲を備えた、本格的な対戦車戦闘が可能な戦車。
それが「四式中戦車」だった。
第二号輸送艦により奇跡的に北海道の地に運び込むことのできた貴重な兵器だ。
今の日本軍にとって貴重でないものなど、軍人の命以外はなにもなかったのであるが。
「四式中戦車」は断末魔の日本軍がーー、日本の戦車技術陣が造り出した決戦兵器だった。
この、北海道の地に輸送できたのも、本当に奇跡に近いとしかいえない。
であるならば――
(奇跡が続くか……)
土方中尉は思う。そして、砲塔から這い出し、戦場の後を見やった。
すでに、ソ連兵は退却しており、破壊されたT-34が降る雪の中で炎上しつづけていた。
(もう、死んでると思えば、いいってことだーー)
土方中尉は、自分についてはそのような諦観の念を持っていた。
ただ、それは諦めではない。
ソ連をこの北海道から本気でたたき出してやると思っていた。
土方中尉はタバコを取り出しそれを吸った。タバコすら今の日本では貴重品だ。
本土から持ってきた数少ないものだった。
「まあ、タダでは死なねーよ」
紫煙をとともに、土方中尉は言った。
僥倖、奇跡を望むにはこの北海道の戦場はあまりにも過酷であった。
祈るべき神など存在しない戦場であった。
まあ、相手は無神論者のアカどもであるが――
土方中尉は思う。
ソ連軍は樺太、千島、日本海を制圧し、制海権は完全に握られ、無尽ともいえる兵器が北海道に持ち込まれている。
「俺たちは勝たなければならない」
土方中尉は言った。
その言葉を車中の彼の部下たちは黙って聞いていた。
いつも屈託の無さを通り過ぎ軽薄ではないか?という笑みを浮かべる沖田軍曹も真剣な顔をしていた。
「旭川奪還―― 命に代えても実施する」
土方中尉は透明でありながら、強い意志を感じさせる声音で言った。
この「四式中戦車」を中心とする強襲で、旭川を奪還する作戦計画。
北海道の中心都市である札幌防衛――
函館に残された民間人の避難――
そのためのソ連軍の拠点となっている旭川攻撃、奪還作戦――
四式中戦車の威力に、日本軍は期待していた。
応援ありがとうございます!
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