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1.麦藁帽子の少女
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陽光に彩られた濃厚な緑――
その匂が夏の大気の中に流れ出している。
広くどこまでも続くような大地。遥か彼方に地平が見える。
真っ青な空、濃緑色の大地が広がる。
白い日の光が降り注ぐ。
そこに出現するのは、突き刺さるような色彩にいろどられた大地だった。
戦争で、大きな傷跡を残した地球がその生命の息吹を復活させていた。
その光景を見るものに「夏だ」という実感を与える。
事実、季節は夏であった。
青い塗装の剥げた見るからに年代物のトラックが舗装もされていない道を走ってきた。
ガタガタと揺れるポンコツ寸前の小型トラックだ。
いまどき珍しいアルコール燃料車だった。
荷台の上、長い髪をした少女が木箱の上に腰掛けていた。
少女は「うーん」と伸びをする。
しなやかで長い腕が反り返るように伸びた。
長い銀髪はトラックの揺れに身を任せていた。
「平和だねえ~ コアラ君」
少女は屈託の無い声で言った。
明るい声音は、少女の性格そのものを現しているかのようだ。
周囲は確かに平和であった。
人気はなく、ただトラックは道を進む。
全てのことが当たり前のようにある日常――
そんな日常の大切さ、それを取り戻すため人類がどんな犠牲を払ってきたか……
ふと、そんなことを少女は思う。
『おい。サリー』
少女は名を呼ばれた。
「なに?」
『今、俺のことを「コアラ」と呼んだな?』
「うん。だってコアラ君でしょ」
『ひらがな…… いやカタカナか……』
「なんで分かったの!」
『てめえの心の中なんて丸分かりなんだよ!』
荷台の上の少女はトッラクの揺れに身を任せ「えへへ」と笑う。屈託の無い明るい笑みだった。
脚をプラプラと揺らす。
黒いワンピースから伸びる脚は白く滑らかで長い。
まるで毛穴ひとつないような、光沢すら帯びているのではないかと思わせる白さだった。
少女は、夏の匂いを孕んだかのような麦わら帽子を被っている。
夏の陽射しの中、周囲の風景を写すかのような銀色の長い髪。
ふわっと風に揺れる。
サリーと呼ばれた少女だった。
可憐な少女だった。陳腐であるが、まるで一葉の絵画から出てきたかのようにだ。
陽光を吸い込むかのような黒い服は、少女の真っ白な肌を際立たせていた。
細い腕が伸び、麦わら帽子を押さえた。
腕も滑るような白い色をしていた。どこか現実離れした印象のある美しい少女だった。
「でも、いいじゃない可愛くて?」
『ウルせぇ、虎荒だ。虎荒と呼べ、二度と『コアラ』などと生ぬるく呼ぶんじゃねぇ』
重く渋いバリトンボイスが響く。
「コアラ君って、可愛いのに声は渋いよね~」
『レディーが男に向かって可愛いなんていうもんじゃねぇぜ、サリー』
「分かったって」
そう言うとサリーは、周囲の風景を改めて見やった。
大きく黒い瞳に、濃緑色の生命が映りこむ。
長い睫毛が慈しむかのようにすっと沈んだ。
――もう、いやな物は見たくないよね……
サリーは思う。そして脳裏に浮かべる光景。
忘れることなど出来はしないし、忘れたいとも思っていない。
――あのときも、戦争のときもよくトラックに乗って行ったなぁ~、と胸の中だけで呟く。
サリーは突き抜けるような青い空を眩しさに目を細めながら見上げた。
サリーの記憶の中には決して消えることのない記憶が刻みこまれていた。
泥の中、人の肉と血が混ざり合い、どこまでも続く道。
原型を止めることの無い骸が、ただ無造作に散乱している。
端的に言ってしまえば地獄か、地獄よりも幾分悪い場所だった。
「のどかね」
ポツリとサリーは言った。
こののどかさ、平和、安寧、それは延々と続く地獄の果てにやっと手に入れたものだった。
人間は世界を焼き尽くす戦争からやっと立ち直ったのだ。
なにもかも十分という訳ではないし、足らない物は多くあった。
でも、今が平和であることは確かであり、世界は少しずつ良くなってはいる。
サリーは思う――
だから、平和を失わないためにこそ、あの地獄の光景を焼き付けなければいけないのだと。
トラックは舗装もされていない路に轍をつけながら進む。
ガタガタと揺れる。サスペンションはとっくに役にたたなくなっているようだった。
「運転手さん、そろそろかな?」
サリーは運転席にいる初老の男に訊いた。
男は人のよさそうな顔がミラーに映る。
「ああ、そうだな。そろそろだろうさ」
「そうかぁ」
「お、見えてきたぜ、あそこだろ。お姉ちゃん」
サリーは揺れるトラックの荷台の上で立ち上がる。
すらりと長い脚、銀色の髪が揺れる。地に着きそうな長さだった。
「あ! そう。ありがとうおじさん」
「おいおい、あぶねぇから座ってくれねぇかね」
苦笑まじりに男は言った。
サリーは揺れる荷台の上で、とんッと木箱の上に座る。
やがてトラックはその集落に入った。
サリーは男に礼を言うと、荷台からふわりと舞うように飛び降りた。
彼女の周りだけ重力が少ないかのようだった。
「来たよ。これからお仕事だ」
軽い声音と裏腹にその瞳には真剣な色が浮かんでいた。
『着いたか?』
「うん」
『なんともチンケな集落だな』
「そんなことないよ良いとこじゃない」
『ま、そうだろうよ……』
コアラは何かを飲み込むように言った。
「デザーター」
サリーはその名を小さくつぶやいていた。
『ああ、そいつだ。そいつが――』
「わたしたちが捕まえなきゃいけない相手」
『違うな』
ポツリとコアラが言う。
『敵だよ――』
デザーター――
それは戦争の深い傷が生み出した存在だった。
戦後、軍の管理を逃れた戦闘機械であった。
その匂が夏の大気の中に流れ出している。
広くどこまでも続くような大地。遥か彼方に地平が見える。
真っ青な空、濃緑色の大地が広がる。
白い日の光が降り注ぐ。
そこに出現するのは、突き刺さるような色彩にいろどられた大地だった。
戦争で、大きな傷跡を残した地球がその生命の息吹を復活させていた。
その光景を見るものに「夏だ」という実感を与える。
事実、季節は夏であった。
青い塗装の剥げた見るからに年代物のトラックが舗装もされていない道を走ってきた。
ガタガタと揺れるポンコツ寸前の小型トラックだ。
いまどき珍しいアルコール燃料車だった。
荷台の上、長い髪をした少女が木箱の上に腰掛けていた。
少女は「うーん」と伸びをする。
しなやかで長い腕が反り返るように伸びた。
長い銀髪はトラックの揺れに身を任せていた。
「平和だねえ~ コアラ君」
少女は屈託の無い声で言った。
明るい声音は、少女の性格そのものを現しているかのようだ。
周囲は確かに平和であった。
人気はなく、ただトラックは道を進む。
全てのことが当たり前のようにある日常――
そんな日常の大切さ、それを取り戻すため人類がどんな犠牲を払ってきたか……
ふと、そんなことを少女は思う。
『おい。サリー』
少女は名を呼ばれた。
「なに?」
『今、俺のことを「コアラ」と呼んだな?』
「うん。だってコアラ君でしょ」
『ひらがな…… いやカタカナか……』
「なんで分かったの!」
『てめえの心の中なんて丸分かりなんだよ!』
荷台の上の少女はトッラクの揺れに身を任せ「えへへ」と笑う。屈託の無い明るい笑みだった。
脚をプラプラと揺らす。
黒いワンピースから伸びる脚は白く滑らかで長い。
まるで毛穴ひとつないような、光沢すら帯びているのではないかと思わせる白さだった。
少女は、夏の匂いを孕んだかのような麦わら帽子を被っている。
夏の陽射しの中、周囲の風景を写すかのような銀色の長い髪。
ふわっと風に揺れる。
サリーと呼ばれた少女だった。
可憐な少女だった。陳腐であるが、まるで一葉の絵画から出てきたかのようにだ。
陽光を吸い込むかのような黒い服は、少女の真っ白な肌を際立たせていた。
細い腕が伸び、麦わら帽子を押さえた。
腕も滑るような白い色をしていた。どこか現実離れした印象のある美しい少女だった。
「でも、いいじゃない可愛くて?」
『ウルせぇ、虎荒だ。虎荒と呼べ、二度と『コアラ』などと生ぬるく呼ぶんじゃねぇ』
重く渋いバリトンボイスが響く。
「コアラ君って、可愛いのに声は渋いよね~」
『レディーが男に向かって可愛いなんていうもんじゃねぇぜ、サリー』
「分かったって」
そう言うとサリーは、周囲の風景を改めて見やった。
大きく黒い瞳に、濃緑色の生命が映りこむ。
長い睫毛が慈しむかのようにすっと沈んだ。
――もう、いやな物は見たくないよね……
サリーは思う。そして脳裏に浮かべる光景。
忘れることなど出来はしないし、忘れたいとも思っていない。
――あのときも、戦争のときもよくトラックに乗って行ったなぁ~、と胸の中だけで呟く。
サリーは突き抜けるような青い空を眩しさに目を細めながら見上げた。
サリーの記憶の中には決して消えることのない記憶が刻みこまれていた。
泥の中、人の肉と血が混ざり合い、どこまでも続く道。
原型を止めることの無い骸が、ただ無造作に散乱している。
端的に言ってしまえば地獄か、地獄よりも幾分悪い場所だった。
「のどかね」
ポツリとサリーは言った。
こののどかさ、平和、安寧、それは延々と続く地獄の果てにやっと手に入れたものだった。
人間は世界を焼き尽くす戦争からやっと立ち直ったのだ。
なにもかも十分という訳ではないし、足らない物は多くあった。
でも、今が平和であることは確かであり、世界は少しずつ良くなってはいる。
サリーは思う――
だから、平和を失わないためにこそ、あの地獄の光景を焼き付けなければいけないのだと。
トラックは舗装もされていない路に轍をつけながら進む。
ガタガタと揺れる。サスペンションはとっくに役にたたなくなっているようだった。
「運転手さん、そろそろかな?」
サリーは運転席にいる初老の男に訊いた。
男は人のよさそうな顔がミラーに映る。
「ああ、そうだな。そろそろだろうさ」
「そうかぁ」
「お、見えてきたぜ、あそこだろ。お姉ちゃん」
サリーは揺れるトラックの荷台の上で立ち上がる。
すらりと長い脚、銀色の髪が揺れる。地に着きそうな長さだった。
「あ! そう。ありがとうおじさん」
「おいおい、あぶねぇから座ってくれねぇかね」
苦笑まじりに男は言った。
サリーは揺れる荷台の上で、とんッと木箱の上に座る。
やがてトラックはその集落に入った。
サリーは男に礼を言うと、荷台からふわりと舞うように飛び降りた。
彼女の周りだけ重力が少ないかのようだった。
「来たよ。これからお仕事だ」
軽い声音と裏腹にその瞳には真剣な色が浮かんでいた。
『着いたか?』
「うん」
『なんともチンケな集落だな』
「そんなことないよ良いとこじゃない」
『ま、そうだろうよ……』
コアラは何かを飲み込むように言った。
「デザーター」
サリーはその名を小さくつぶやいていた。
『ああ、そいつだ。そいつが――』
「わたしたちが捕まえなきゃいけない相手」
『違うな』
ポツリとコアラが言う。
『敵だよ――』
デザーター――
それは戦争の深い傷が生み出した存在だった。
戦後、軍の管理を逃れた戦闘機械であった。
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