青いばら姫

坂口和実

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青いばら姫

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 とある小さな王国に、ばらの花を食べてしまう少女がいました。
 少女は美味しいパンを食べても、お菓子を食べても、ちっとも満足できず、満腹にもなりませんでしたが、ばらの花を食べたときだけは、何もかもが満たされました。
 少女の家はとても裕福で、お母さんは王様の仕事を補佐する仕事を、お父さんは王配様の仕事を補佐する仕事をしていました。
 大きなお邸の、大きなお庭には、色とりどりのばらが咲いていて、いつもお邸にひとりでいる少女の心もお腹も、満たしてくれました。
 少女のお母さんとお父さんは、そばにいてあげられない代わりに、少女の欲しがるものは何でも与えてくれました。
 髪飾りも、ドレスも、靴下も、靴も、お人形も、少女はたくさん持っていましたし、そのすべてが、ばらの模様や飾りがあるものでした。
 お母さんとお父さんは、少女が、ばらが大好きだから、ばらを食べてしまうのだろう、と思い込んでいましたが、そうではありません。少女にとって、ばらはあくまで食べ物でした。なので、ドレスやお人形、髪飾りなどにばらがあしらわれていても、嬉しいとは感じていませんでした。
 少女が嬉しかったのは、お母さんとお父さんが、自分のことを考えて、それらを選んでくれたことでした。
 いつもばらのドレス、ばらの髪飾り、ばらの靴を身に着けている少女を、いつしか人々は、ばら姫、と呼ぶようになりました。
 お母さんとお父さんからの言いつけで、少女は決して、自分がばらを食べてしまうことを、よその人には話しませんでしたので、とても美しく心優しい少女のことを気味悪がり、悪く言う人は、ひとりもいませんでした。
 優しいお母さんとお父さん、色とりどりのばらに囲まれ、少女は幸せでした。

 時がたち、少女は年頃になりました。お母さんとお父さん、そして、王様と王配様が話し合い、少女は、この国の王子様と結婚することが決まりました。政略結婚でしたが、少女も王子様も、お互いを好いていたので、愛のある結婚でした。
 春の陽気が高まり、いっそう暖かくなるころ。少女と王子様はお城の舞踏会で久しぶりに会いました。自分のお妃様になってくれる少女に、王子様は愛と真心を込めて贈り物を用意していました。それは、妖精たちの国にしか咲かないと言われている、幻の青いばらだったのです。
 一度目のダンスを終えたあと、王子様は少女に、たくさんの青いばらで作られた花束を手渡します。嗅いだこともない青いばらの豊な香りに、少女は天にも昇る気持ちになり、同時に、お腹が鳴りました。
 食べたい……食べたい……食べたい……。少女は我慢ができません。でも、我慢しなければ、大変なことになってしまうことが、年頃になった少女にはわかっていました。
 腕の中にある花束は、少女の苦しみと我慢など何も知らないように、少女の食欲をそそります。少女はだんだん青いばらの花束が憎らしくなり、王子様の目の前で、花束を床に叩きつけてしまいました。
 王子様は驚き、少女に尋ねます。
“どうしたというのです?”
“まさか、棘が残っていたのですか?”
“青い色はお嫌いでしたか?”
 少女は、ひどいことをしてしまったと悔やみ、慌てて花束を拾い上げ、抱きしめました。
“ごめんなさい、王子様”
“ばらは大好きです”
“とても美味しいのですよ”
 少女は一生懸命はなすうち、言わなくてもいいことまで言ってしまったことに気づきましたが、王子様は笑顔になり、ほっ…としながら言いました。
“そうですね、ばらのジャムはとても美味しいです”
 少女は、ばらのジャムは大嫌いでしたが、王子様に自分がばらを食べてしまうことを知られずに済み、ほっ…としました。花束を床に落としてしまったのは、棘が刺さったような気がしたから……でも、気のせいだった、と、少女が王子様に告げると、王子様は笑顔を浮かべ、花束からばらを一本、取り出し、少女の結い上げられた髪に飾りました。
 ばらの花びらが顔のすぐ横、耳の上に飾られ、豊かな青いばらの香りはよりいっそう、濃くなり、少女の心をかき乱してしまいます。食べたい……食べたい……食べたい……。少女の世界には、とうとう青いばらしか存在しなくなりました。
 鮮やかな青が、豊かな香りが、世界を覆いつくします。そして、少女は導かれるように、青いバラの花びらを、むしゃむしゃと食べてしまいました。
 王子様は悲鳴を上げ、その場に倒れ込んでしまいました。すぐに駆けつけたお城の従者が、王子様を舞踏会の会場から連れ出しましたが、そのことには目もくれず、少女は青いばらを食べ続けてしまい、会場にいた大人たちや少年少女たちは、次々に悲鳴を上げ、少女の周りから逃げていきます。騒ぎを聞きつけた少女のお母さんとお父さんが、大慌てで少女を抱き上げ、会場から出て行くまで、少女は青いばらの花束をむさぼりつづけました。

 少女と王子様の結婚は取りやめになり、少女は、王様からの命令で、王国から追放されてしまいました。少女は、ばら姫ではなく、ばらの怪物と呼ばれるようになってしまいます。少女のお母さんとお父さんは嘆き悲しみ、少女と一緒に国を出て行こうとしましたが、お母さんのお腹の中に赤ちゃんがいることがわかり、二人は国に残ることにしました。
 少女は、三着のドレスと、三足の靴と、三足の靴下と、パンとチーズを持たされ、古ぼけた馬車に乗せられました。
 馬車は街を通り、村々を通り、最後は王国の端っこにある森へ入っていきます。死神が潜むと言われている森の中は暗く、馬車の上で少女はひとり、怖くて震えました。
 やがて、馬車は森の一番奥にたどり着きます。そこはもう、少女の生まれ育った王国ではありません。灰色と黒色の樹木が支配する、別の国でした。
 物静かな御者は少女を馬車から降ろし、再び馬車を走らせ、やがて木々の向こうへ消えていきました。少女はとぼとぼと歩き出し、やがて大きな切り株を見つけ、そこに腰かけると、持たされたパンとチーズを食べました。でも、やっぱり、少女のお腹と心は満たされません。少女は辺りを見渡し、ばらを探しました。
 すると、何かが後ろから少女に話しかけてきます。
“なにか、お探しかな?お姫さま”
 少女がふり返ると、切り株の上に仔猫ほどの大きさがある、ナナホシが座っていました。それほど大きなナナホシを見たことがなかった少女は、少し驚きましたが、死神よりはうんとましです。少女はどきどきする心臓を押さえ、ナナホシの問いに答えました。
“ばらがどこに咲いているかご存じ?”
 ナナホシは首を横にふり、少女は、がっかりして肩を落とした。ここでじっとしていても、ばらは見つからない……少女は歩き出します。ナナホシは何も言わず、少女の後ろからついてきました。
 灰色と黒色の森を歩きながら、少女とナナホシは話をしました。森に潜むという死神が怖い、と少女が言うと、ナナホシは、死神はいないが、蟲の神様ならいる、と話しました。虫の神様は自分でそう思っているわけではなく、周りの蟲たちがそう言うから、いつの間にか神様になってしまったのだ、というのです。少女は、今ついて来ているこのナナホシこそ、虫の神様に違いない、と思いました。
 お腹がすいた……ばらが食べたい……そう願いながら少女が森を歩き続けていると、灰色と黒色の森が開け、外へ出てしまいました。そこはもう灰色と黒色ではなく、色とりどりの花が咲き誇る野原です。ただ不思議なことに、空だけは真っ黒でした。夜になったわけではありません。野原が明るく輝いているので、ここの空は青ではなく黒いのだと、少女は受け入れました。
 これだけ色々な花があるのなら、きっとばらもあるに違いない。少女は駆けだしました。空腹をこらえ、懸命にばらを探します。そして、とうとう、野原の小高い丘を覆う真っ青ないばらを見つけました。
 いばらをかき分け、少女は進みます。いばらがあるのなら、ばらがある…そう思うからです。途中、肩に下げていた荷物がいばらに引っかかりましたが、少女は気にせず、捨てていきました。ばらのドレスはいばらの棘で破け、髪飾りも取れてしまいましたが、少女は構いません。ぼろぼろになり、棘で皮膚が傷だらけになっても、少女はいばらを突き進み、とうとう、いばらの終着点にたどり着きました。

 丘の頂上、そこには、一輪の赤いばらと、ばらを護るように巨大な繭がありました。少女は繭には目もくれず、赤いばらの前にひざまずき、そおっと茎を両手で包むと、まず香りを嗅ぎます。そして、一息に花びらをかじり取りました。後ろで、ナナホシが“あ!”と声を上げましたが、少女のお腹と心はようやく満たされ、喜びの余り涙を流しました。
 やがて、真っ青ないばらのそこかしこから色とりどりのばらが花開き、いばらの一部から顔を出した色んな蟲が、少女と同じようにばらを食べ始めます。少女の体はいつの間にかいばらから離れなくなっていましたが、何もまとわず、ようやく満たされた少女は、初めて、心からの幸せをみたのです。
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みんなの感想(1件)

あさのりんご

とってもおもしろいお話でした。欲望と薔薇が見事にマッチ!独創的だと思います。

2022.11.20 坂口和実

ありがとうございます!

解除

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