妄想愛

Myaoot

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白石美結

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  また今日も言えなかった。でも、でも…、確かに僕は彼女に恋をしている。これは何の冗談でもメタファーでもない。完全なるノンフィクションだ。現実というのは、何でこんなにシンプルで難しいんだろうか。「あなたのことが好きです。」たったこれだけのセリフなのに。これだけのセリフなのに躊躇してしまう。
  キーンコーンカーンコーン。また今日も授業の始まりを告げるチャイムが教室に鳴り響く。最近、この音が聞こえてくるだけで物凄く憂鬱な気分になる。気がつけばまた、頬杖をついている。そして授業が始まっても、僕はそれに集中することは出来ない。何故なら僕は美結に恋をしているからだ。それもかなり熱烈な恋。この頃、美結に対する僕の恋心はどんどん強くなってきている。正直なところ、自分でも徐々に気持ちの抑えが利かなくなってきていることに困っている。そろそろ限界だ。そう感じることが、本当に増えている。誰か、この気持ちをどうしたらいいのか教えてくれ。
「田村、これ分かるか。」先生に指されて、はっと気がつく。いつの間にか妄想の世界へと入ってしまったらしい。みんなの視線が痛いほど突き刺さる。
「分かりません。」と適当に答えて、もう1回妄想の世界の扉を開くことにする。もし、美結と付き合うことができたなら。そんな風に妄想を膨らませていく。僕は美結と遊園地に行っている。そして観覧車に乗る。観覧車の中には重たい空気が流れている。何かを話さなければと感じているのだが、脳が凍ってしまったのかと思うほど、働いてくれない。美結の顔なんて恐ろしくて見上げることは出来ない。そのまま終始無言のまま、僕らの2人きりの空間は終わる。観覧車を出て何をしようかと迷う。
「もう帰る?」と心配そうな顔をした美結が僕を見る。
「うん、帰ろうか。」つい思ってもいない言葉が、口から飛び出してしまう。なんて情けないんだろうか。美結、ごめん。僕は君を幸せにすることは出来ないんだと思う。
  それから2日後、僕は図書館で美結がやってくるのを待っている。2人で勉強をしないか、とメールしたところ、美結はすぐにオッケーをくれた。僕は今日のために、かなり作戦を練ってきた。そんなことを考えていると、
「ごめん、待った?」と少し息の上がった美結が言う。
「いや、そんなに待ってないよ。」と素っ気ない態度で返しておく。その後、図書館の沈黙の中、2人は静かに自習をする。約1時間半ほど自習をしたところで、
「そろそろ帰らない?」と美結が首を傾けて聞いてくる。待ってました!といわんばかりの勢いで、
「帰ろう!!」と叫ぶ。しまった。ここは図書館だった。他の生徒の視線が刺さる。まあ、そんなことはどうでもいい。僕は心にエンジンをかける。
「白石、ちょっとこっち来て。」と美結に呼びかける。美結は驚いたような表情を浮かべたが、僕の後をついて、図書館を出た廊下の端のスペースにやってくる。
「なーに?」美結が何とも言えない表情で僕に問いかける。緊張感が一気に高まっていく。だが、ここまで来て後戻りする訳にはいかない。僕は決意を固める。
「急だとは思うんだけど、白石さん…。あなたのことが好きです。僕で良ければ付き合ってください。」言った瞬間、今にも倒れこみそうになる。2ヶ月分くらいの身体エネルギーを一気に放出したかのような感覚。こんなのは初めての体験だ。ふと、手のひらに何かが触れる。これは何だろうか。いや、これは人の手だ。ということは…。
「私で良かったら、よろしくお願いします。」見上げると、そこには満面の笑みを浮かべた美結の姿。あぁ、なんて美しいんだろう。うっとりと見とれてしまう。まるで天使が舞い降りてきたのかと思うほどだ。
「ほんとに?ありがとう。」と答える。さっきまでの疲労が、月へと飛び立つロケットのような凄まじい速さで、僕の体内から出て行く。僕はそれを引き止めはしない。ロケットが飛び出して行った方向を見上げる。
「どうかした?」美結の声がした。
「ロケットが飛び出して行ったんだ。」
「うん?なに言ってんの?」
「いや、なんでもないよ」こういう何気ない会話が、少しずつ僕の脳内にある、宝物ボックスへと収納されていくのだろう。あぁ、なんて幸せなんだろう。家に帰ったら、宝物ボックスを整理してみよう。きっと沢山の宝物が入っていくはずだ。
「一緒に帰ろうか、美結。」初めて彼女を下の名前で呼んだ。一瞬、時が止まったような気がした。その後、恐らく5秒程の沈黙があった。
「うん。美結って言われてびっくりしちゃった。」と美結は笑顔で答える。この時間が、永遠に続いていけばいいのに。今日は2月19日。これが僕達の記念日となる。
  こんな妄想を浮かべていても、現実が変わっていくはずもなく…。やっぱりそんな勇気は僕にはない。明日も明後日も僕は今日と同じような日々を送っていく。なんだか疲れてきた。僕は妄想の世界に入り過ぎていたのかもしれない。また、今日も帰りの電車で美結を見るだろう。その時、僕は何かに気づくかもしれない。そして、未来を少しだけ変えられるかもしれない。独りよがりにそんな事を考えていると、またキーンコーンカーンコーンと、チャイムがうるさい程の音を立てて、響く。
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