アラクネマスター ~地球丸ごと異世界転移したので、サバイバルする羽目になりました~

サムライ熊の雨@☂

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一章

04.初戦闘

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「いいか、ルージュ。とりあえず俺が外の様子を見てくる。お前は中で待っててくれ」
「はい、マスター。元より私は太陽が苦手です」
「ちくしょう! 忘れてた!」

 そうだった。軍曹は夜行性なのだ。
 と言っても、まったく活動しないわけではない。こいつの場合は特に、今まで昼間に俺と一緒にいたことがあったし。
 こいつだっていざとなったら外に出てくるだろう。多分。

 少々不安ではあるが、ルージュを残し、外の様子を見に行くことにした。
 とりあえず素手では不安なので、牛刀包丁を手にする。俺が日頃からお世話になっているマゴロクブレードだ。こんなことに使いたくはなかったが、切れ味を知っているだけに頼りにはなる。

「留守番頼んだぞ!」

 俺は牛刀包丁をベルトの左脇に差して、アパートの外に出た。
 アパートの外は道路を一つ挟んで、すぐ公園になっている。
 遊具の隣に広い草地の広場が併設されており、よくお年寄りの方たちがゲートボールをしていた。

 その公園が阿鼻叫喚の地獄絵図と化そうとしている。
 草地の広場の中央に、女性が横たわっていた。
 顔はわからない。なぜなら、顔が無いのだ。
 ないのは顔だけではない。腹の一部、片腕、それらが女性には欠けていた。

 俺は唾を飲み込んだ。
 深呼吸して冷静さを保つ。
 大丈夫、混乱したりはしていない。

 俺には、運がいいのか悪いのかはわからないが、グロ耐性がある。
 今まで働いていた時は電車通勤だったのだが、三回人身事故に遭遇してしまったことがあるのだ。
 電車に乗っていて遭遇したのではない。ホームにいる時である。
 電車が止まった時、よくアナウンスで「ただいま線路内に人が立ち入ったため」と流れる時があるが、俺が遭遇したのはいずれも「人身事故につき」の方である。
 一度は本当にすぐ目の前だったのだが、止められなかった。
 線路に飛び込むというより、線路に向かって跳躍すると言った方が正しいぐらいで、とても止める暇なんてないし、まさか隣にいる奴が自殺を考えているとは思わないから、動こうとする間もなかったのである。

 ともかく、人身事故に遭遇したのは最悪の記憶だが、今はむしろその経験があって助かったのかもしれない。あれに比べれば状態はまだましだ。おかげで冷静に動くことができる。
 なにせ異常なのは、公園に人の死体があるという事だけではなく、その原因もまた、公園内にいるのだから。

 女性の死体には、三体のそれが群がっていた。
 何と表現すればいいか。
 一言で言うなら、ワニ男だ。
 某大冒険に出てくるような獣王ではない。緑というか、青というか、ワニそのものの体色で、頭部はおそらくメガネカイマンと呼ばれる種類のものだと思う。
 しかしそれはワニそのものではない。
 まず目が違う。爬虫類の縦長の瞳孔ではなく、くりくりとした円らな瞳なのだ。
 それだけでも気持ち悪いのだが、一番目を疑うのが足だった。
 もろに人間の手足である。
 目を背けたくなるような異形の怪物だ。

 そのワニ男は、女性に群がっている三体だけでなく、他に何か所にもいて、逃げ惑う老人や子連れのお母さんに向かって行っている。
 幸いなのは、ワニというのは確か相当足が速く、陸上だと五十メートル走るのに六秒もかからないとかなんとか聞いたことがあるが、こいつらはそこまで速くはなさそうだという事だ。
 これなら俺であれば逃げられそうだが、老人や子供連れのお母さんはそうもいかない。次々とワニ男たちに捕えられている。

 これは不味い。
 助けてやりたくなくもないが、勝てるかどうかわからないし、複数体に捕まれば勝てなさそうだ。
 見つからない内にとっとと撤退しよう。

 俺がそう考え、こそこそと動き出した時だった。

「うわぁぁぁん!」

 五歳ぐらいの男の子が呆然と佇み、大きな泣き声を上げていた。
 男の子は公園の中央に横たわる死体に目を向けている。
 もしかしてお母さんだろうか。
 幸い近くにワニ男はおらず、彼のいる場所も公園の出口に近いのだが、泣き声に一体のワニ男が気付いた。
 そいつはワニとは思えないような厭らしい笑みを浮かべて、男の子に向かって走って行く。

 どうする? 助けるか? 
 俺と男の子の距離は近い。だが、ワニ男との戦闘は避けたい。

 走ってくるワニ男に気付いた男の子が、その場で固まり、後ろを振り向いた。
 彼の視線の先にいたのは俺だ。
 彼の目は物語っている。「助けて」と。

 ああ、まったく!

 俺はその場を駆け出し、男の子に掴みかかろうとしていたワニ男にタックルをかました。
 ワニ男はその場でひっくり返る。

 くそ、何でゴブリンじゃないんだ。序盤に出てくるキャラといえば、雑魚キャラ代表格のゴブリンだろう。
 でも、案外こいつも強くないぞ。

 ワニ男が立ち上がって来ようとする前に、俺はワニ男に組み付いた。
 確かクロコダイルの咬合力は五百キロぐらいあったはずだ。メガネカイマンは明らかにそれより弱いだろうが、警戒するに越したことは無い。
 ワニ男の口が開かないように腕で抱え込む。
 あと、確か目が弱点だったはずだ。
 俺は空いている左手で、思いっきりワニ男の目を殴りつけた。
 ワニ男が暴れる。腕を伸ばしてきて、俺の髪を掴んできた。

「んぎぎぎぎぎ!」

 そうだ。牛刀包丁!
 俺は牛刀包丁をベルトから抜き、左目に突き刺した。
 ますますワニ男が暴れ回るが、俺の髪を掴んでいた手が離れる。
 このまま頭に突き立てるか悩む。ワニの皮は非常に硬かったはずだ。効かないかもしれない。
 ええい、ままよ!

 牛刀包丁を振りかぶり、思いっきり振り下ろす。
 すると、確かな手応えと共に、牛刀包丁は脳天に深々と刺さって行った。

 ワニ男の体がビクンビクンと震え、そのまま動かなくなった。
 どうやら仕留めるのに成功したらしい。
 勝った。

 肩で息をしながら立ち上がり、牛刀包丁を抜こうとする。
 しかしその前に、ワニ男の体が淡い光を放って弾けて消えた。

 へ?

 弾けた光は粒子となって、俺の体に入ってくる。
 気持ち悪いがどうすることもできない。

 気を取り直し、大活躍してくれたマゴロクブレードを拾い上げ、男の子を見た。

「ぜぇぜぇ、おい、逃げるぞ」

 男の子はもう体のほとんど残っていない女性の死体を泣きながら見ている。

「ぜぇぜぇ、お前のママは死んだ。諦めろ」

 残酷かもしれないが、悠長なことはしていられない。
 ワニ男はまだまだ沢山いるのだ。

「置いてくぞ、ぜぇ、ひゅぅ」

 うん、やばい。発作が出てきた。
 悪いがこれ以上は構っていられない。
 俺は諦めて、後ろを向く。

 すると、俺の返り血に塗れた手を、小さく柔らかい手が掴んできた。

「ありがとう……おじさん」
「おじ……」

 まだ二十代なんだが。
 俺は男の子の手を掴んで歩き始めた。
 ワニ男どもが追い掛けてくる様子はない。

「どういたしまして。ガキ。ひゅぅ」
「ガキじゃないもん。レンだもん」
「俺もおじさんじゃない。八雲育人だ。ひゅぅ」
「や、やくもさん?」
「育人でいいよ、レン。ひゅぅ」
「イクトくるしいの?」

それには答えず、今はただ真っ直ぐにアパートを目指す。
 さっさと発作を止める薬を使いたかったし、まだ何があるかわからない。
 ルージュと合流しておきたかったのだ。

 公園だけじゃなく、そこら中から悲鳴が聞こえてくるのだが、とりあえず今はそれに構っていられない。
 すぐにアパートの前に辿り着くと、入る前にレンの様子を窺った。

 顔色は悪い。
 母親が殺されたのだからそれも当然だ。むしろ顔色が悪いだけで、こうやって落ち着いていられるというのは、なんならおかしいぐらいではないだろうか。
 いや、よく見るとそれだけではなかった。目に暗い光がある。
 “憎悪”。こんな小さな子供が持つには大きすぎるくらいの力が、彼の瞳には宿っていた。
 それでも絶望されるよりかはいい。憎しみだって、十分生きる力にはなるだろう。

 だが、今気になっているのはそこじゃない。
 俺が確認したかったのは、彼の下半身だ。
 いや、そう表現するとおかしなことになる。
 そうじゃない。
 ちびってないか確認したかったのだ。
 この扉の向こうのモノを見たら、ちびるかもしれんし。
 だけどそれは杞憂だったらしい。
 こんな子供にしては、本当に胆力がある。末恐ろしいほどだ。

「ごほっ、ぜぇ、中にでっかい蜘蛛のお姉さんがいるけど、味方だから」

 俺が短く説明すると、レンは首を傾げた。
 申し訳ないけど、詳しく説明してやれるほど、喉に余裕がない。

 俺はレンとしっかり手を繋いだまま、扉を開けた。
 そして中に入って、しっかりと鍵を掛ける。
 ワニ対策もあるが、レンが驚いて逃げ出さないようにするためだ。
 ま、レンならそんな心配いらないだろうけど。
 しかし中に入った途端、レンはそのまま固まってしまった。
 まぁ、無理もない。
 あんなデカい蜘蛛がいたら、大人でもビビる。声を上げなかっただけ、やっぱり大物になりそうだ。

 だが同時に、俺も中の光景を見て固まってしまった。
 内装が様変わりしている。
 ベッドと冷蔵庫と洗濯機が窓の前に置かれていた。多分バリケードを築いているのだろう。それはいい。

「あ、お帰りなさい、マスター。お客様です」
「んー、んー、んー」

 爽やかに微笑みながらルージュは、片手で何かの繭のようなものを掲げて見せくる。
 それは糸で口元までぐるぐる巻きにされた若い女性だった。

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