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一章
23.邪神討伐
しおりを挟む「お兄さん、戦わないの?」
「はぁ? 戦うぅ? アレとぉ? まず気持ち悪くて目も向けられん!」
俺と楓子ちゃんは絶賛逃走中だ。
さっきまであんなに怯えていた楓子ちゃんは、なぜか今は落ち着いている。あれだろうか。本当は自分だって怒っているのに、周りにもっと怒っている人がいると、逆に自分は落ち着いちゃう、的な。
「お兄さん、追って来てるよ!」
「言われなくてもわかってるよ!」
後ろからずっと聞こえてきている。
――カサカサ、カサカサ。
くそっ、気が狂いそうだ。
「あ、なんかお尻からホースみたいなの出してこっちに向けてきた」
「それはわかってなかった!」
俺は恐る恐る後ろを振り返る。
そこには楓子ちゃんの言うように、巨大な名前を言ってはいけないアイツが、ホースみたいなのをケツから出して俺たちに向けている姿があった。
ホースの先端からオレンジ色の何かが出てこようとしている。あれは、火か?
まずい!
俺は楓子ちゃんの腕を引っ張って、スーツ売り場に向かって横っ飛びした。
俺たちがさっきまでいたところを、拳サイズの火の玉が通り過ぎていく。それからすぐに遠くから爆発音が聞こえてきた。
威力は春川さんが使う【炎弾】より高いかもしれない。
ダメだ。逃げ切れる気がしない。
きっとさっきまでは、お遊びか何かのつもりだったのだろう。今はそれをやめ、本気で俺を殺しにかかっているのだ。
だが逃げられないと言って、あんなのと戦いたくはなかった。
気持ち悪い。悍ましい。
だけどもう逃げるのも限界のようだ。
逃げ切れないと言うだけでなく、走り回るほどの体力が、もう俺には残されていなかった。
「ゴホッ、ゴホッ。楓子ちゃん、どっかに隠れてな」
「た、戦うの?」
ちょっと嬉しそうに聞いてくる。自分のためだとか勘違いしていそうだ。
俺は質問に答えず、大太刀を正眼に構えた。
楓子ちゃんが後ろから俺を抱き締め、すぐに離れて行ってしまった。
悲劇のヒロイン気取りかね、嫁がいると言ったのに、まったく。
俺は改めて自分の構えについて考えてみた。
今はまるっきり剣道の構えと同じだ。これではダメだ。普通に面打ちしても、殺すことは出来ないだろう。
上段に剣を構える。さらに体を開き、腰を落とす。
なんか俺の知っている剣術に近くなってきたがする。
俺がじいちゃんに剣術を見せてもらったのは、小学校の低学年くらいまでだ。その後、じいちゃんが死んでしまったから、もう見せてもらう機会はなかった。
じいちゃんの見せてくれた剣術に憧れていた俺は、中学に上がってから剣道部に入ったのだが、俺の求めていたものは剣道になかったのだ。
こんなことになるなら、じいちゃんに剣術を教えてもらえば良かったと思う。もう八雲流居合術を使える人なんて、俺は知らない。そして、せめて狂戦士ではなく、侍を取っておけば良かった。
思い出したら、あのポンコツ蜘蛛に腹が立ってきた。
必ずあの邪神を葬って、ルージュの奴に文句言ってやる。
――カサカサ、カサカサ。
ああ、くそっ、黒い悪魔がやって来た。
そいつは俺の姿を見つけると、人間の足で立ち上がり、くるっと後ろを振り向く。
黒いスキンヘッドのおっさんが、にやけ顔で俺を見てきた。
怖い!
ダメだ。ギリギリまで取っておこうと思ったのだが、もう使ってしまうしかない。
「【狂化】!」
途端に、恐怖心が薄れていく。
イケる、これなら戦える。
問題は、狂化のスキルの制限時間だ。
このスキルの使用可能な時間は極端に短い。
俺は早々に勝負をかけた。
右足で踏み込み、一気に距離を詰め、邪神目掛けて大太刀を振り下ろす。
ああ、ダメだ。これじゃあ剣道と変わらない。
邪神は大太刀をギリギリで避けて見せる。
それでもかなりの速さがあったのか、俺の放った斬撃はギザギザのついた足を一本斬り飛ばした。
狂化が切れる、と思ったのだが、どういうわけか、まだ発動したままである。
いつ切れるかわからないが、これならもう少しは戦える。
だが邪神は俺の攻撃にかなり警戒したらしく、また黒い悪魔形態になり、距離を空けてしまった。
いっそのことそのまま逃げてくれればいいのに、ある程度距離を開くと邪神は止まり、俺にホースの先端を向けてくる。
また火球を飛ばす気だ。
だがなかなか撃ってくる気配はない。
俺に隙ができるのを待っているのだろうか。
どうする?
その時、カッターシャツの陳列されている棚が目に入った。
普段ならこれを見てもそんなことは思いつかない。
だが、ステータスが強化された今の俺なら、行けるのではないだろうか。
俺は棚を左手で掴み、思い切ってぶん投げた。
「どぉらぁぁぁっ!」
邪神の顔はにやけていて表情などないのだが、焦ったように、俺が投げた棚に向かって火球を発射させた。
邪神の撃った火球が棚にぶつかり、爆散する。
大量の破片と炎、煙が発生した。
今だ。
俺は再び突貫する。
刀を右手一本で持ち、肩に担ぎ、走り込む。
煙の先に黒い体が見えた。
刀を両手で掴む。
息を止める。
力を抜く。
そういえばじいちゃんの剣筋はもっと斜めから斬っていたっけ。
俺は短い呼気と共に、一気に力を解放し、刀を振るった。
「疾ぃっ!」
裂帛の気合いなんていらない。そもそもあれは絹を裂くような金切り声を指す言葉で、二流、三流の剣士が恐怖心を打ち消すために出す金切り声のことだ。
もちろん俺は三流どころか素人剣士だが、今この瞬間、敵を殺すという気概だけは一流のつもりでいさせてもらおう。
斜に振るった大太刀が邪神の体を袈裟斬りにする。
邪神の体は斜めに寸断され、にやけた表情を変えぬまま絶命した。そして光の粒子となって俺の体に入り込んでくる。
気持ち悪っ!
しかし俺は避けることもできず、その場で膝をついてしまった。
狂化の効果もそこで切れた。
どうやら狂化はタイマン専用スキルらしい。相手を一体倒すまでは効果が切れないようだ。
もしくは俺の体力が尽きるまでだったろうか。もう俺は一歩も動ける気がしない。
そういえば薬の入ったバックパックは、ルージュに預けたままだった。
「お兄さん、大丈夫!?」
膝をつく俺に楓子ちゃんが駆け寄ってきた。
そして動けない俺の頬に口づけをしてくる。
「私のために頑張ってくれたんだね、大好きっ!」
「ぜぇ、ぜぇ……」
だから違うって。
俺の声にならない声は当然伝わらず、いいから薬をちょうだいという思いも通じなかった。通じたところで、無茶振りだが。
だがそんな思いはちゃんと別の人物には通じていたようだ。
「はい、マスター、薬です」
その声に俺と楓子ちゃんが顔を上げた。
「きゃあああああ!!!」
楓子ちゃんが俺にしがみつき、絶叫を上げる。
俺も声が出せるなら、短い悲鳴ぐらい上げていたかもしれない。
「で、最後に何か言い残すことはありますか?」
ルージュがハイライトの消えた笑みで微笑んだ。
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追記:2025/09/20
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