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本編

26.「なんでこんな瘴気の少ない所に奴等がいるんですかね?う〜ん……」

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碧波村は狸山の麓に広がる樹海の際に存在する小さな村だ。碧波村の村人達は森に山菜や茸、そして薬草を採りに行ったり時には野生動物を狩ったりして生計を立てている。
無論農作物も育てているが、森の恵みを得て暮らしている者が大半だ。

故に、森に入れないというのは彼女達にとって死活問題であった。
妖怪が付近で目撃されたせいで、森に入る事ができない。このままでは生活が成り立たない。
困り果てた村人達であったが、なんと白狐が妖怪を倒してくれるというのだ。
村長の話では、白狐はかなり強いらしい。ならば任せても安心だろうと彼女達は判断した。

男に……それもこんなにも若い子に妖怪退治を頼むのは女として情けない限りではあるが……常人である彼女達に戦う力はないので仕方がなかった。


「ふんふんふ~ん♪」


そんなこんなで村人達に見送られて森にやってきた白狐であったが彼は上機嫌で鼻歌を歌って歩いていた。
とてもこれから妖怪退治をしようと思っているようには見えない。白狐は元来能天気な性格なのだ。

しかしここは危険な場所だ。油断は禁物である。


「う~ん……どこから探そうかな」


白狐はキョロキョロと辺りを見回しながら歩く。白狐の狐耳がピクピクと動き、時折立ち止まっては周囲の様子を窺っていた。
白狐の耳は特別製である。普通の人間よりも遥かに聴覚に優れており、僅かな物音でも聞き逃さない。
そして嗅覚もまた非常に優れていた。人間には感じられない匂いも敏感に嗅ぎ分ける事ができるのだ。
白狐は鼻をクンクンさせながら森を歩く。暫くすると白狐は周囲に漂う異臭を察知した。これは前に出会った妖怪の放つ独特の臭いだ。


「近い……」


白狐は周囲を見回す。すると、近くの茂みがガサガサと揺れた。白狐は腰に下げた小太刀の柄に手をかけ、ジッと気配を殺す。
そして次の瞬間、白狐の目の前の茂みを突き破るようにして巨大な何かが現れた。


「ギィィ!!!」


それは大きな蜘蛛のような姿をしていた。だが、ただの蜘蛛ではない。体中に鱗のようなものが生え、頭部からは角が生えている。

―――妖怪だ。

白狐は素早く身構えると、腰の小太刀を引き抜いた。妖怪には話が通じないのはもう経験済み。故に白狐の行動には一瞬の躊躇も無かった。


「キシャァアアッ!」

「てやぁっ!」


妖怪が飛びかかってきたのを見て、白狐は跳躍する。そのまま空中で一回転して着地し、すれ違いざまに妖怪の体を切り裂いた。


「ギャゥウウッ!?」


大蜘蛛は大きくよろめき、地面に倒れ伏す。白狐は即座に振り返り、再び妖怪に向かって走り出す。
だが、妖怪の方もそれを許すまいと口から糸を吹き出して攻撃してきた。


「うわっ!」


白狐は慌てて横に跳んで回避するが、妖怪の吐き出した糸はまるで生き物のように動いて白狐の体に巻き付いてくる。


「く……!」


白狐は刀を振り回し、妖怪の吐き続ける糸を切断。自由になったところでもう一度跳躍して妖怪に斬りかかる。
大蜘蛛は腕を交差させて防御の姿勢を取った。白狐の刃はその腕に阻まれる。


「やぁぁぁーっ!」


白狐は力を込めて刀を押し込む。その圧力に耐えきれず、妖怪の腕が切断され宙を舞った。
妖怪は悲鳴を上げて後退る。白狐は間髪入れずに追撃をかける。


「これで……終わりだよ!!」


白狐は地面を強く踏みしめ、一気に加速した。そのまま妖怪の懐に入り込み、その首目掛けて剣を振る。


「グェエエッ!」


妖怪の胴が二つに裂け、真っ赤な血が噴き出した。白狐は返り血を浴びるが気にせず、倒れた妖怪の頭に刀を突き刺した。
妖怪はビクビクと痙攣した後動かなくなった。


「はあ、良かった……勝てた……」


白狐は安堵の息を漏らし、その場にへたり込んだ。
戦った時間は短かったが、楽に勝てた訳ではない。かなりギリギリの戦いだった。一歩間違えば負けていたかもしれない。

大蜘蛛の死体はボコボコと泡立って溶け始めた。なんとも奇妙な光景だが前と同じような死体の消え方であるので恐らく妖怪は死ねばこうなるのだろう。

……しかし今の大蜘蛛は前に見た毛むくじゃらの妖怪より強かった。確かにこんな危険な妖怪がうじゃうじゃいては安心して暮らせないだろう。
白狐はこの大蜘蛛に村が荒らされる光景を想像してしまった。あの優しい女性達が蜘蛛に裂かれ、喰われる……。


「(そんな事は絶対にさせない!)」


白狐は立ち上がり、拳を握り締めた。そして決意を新たにして立ち上がったその時だった。


「ん?」


ガサリと背後の茂みが揺れる音が聞こえた。白狐は咄嵯にそちらを振り返る。


―――そこには大蜘蛛がいた。何十匹もの群れで。
それらは複数の赤い眼を光らせ、白狐を取り囲んでいる。


「え……」


白狐は思わず硬直した。まさか、この一匹だけじゃないなんて……!


「……ッ!!」


白狐は慌てて態勢を立て直すと全速力で駆け出した。だが、すぐに後ろから無数の足音が迫ってくる。


「ひぃいいいっ!?」


白狐は恐怖で泣きそうになりながらも必死で走った。
このままでは不味い!逃げないと!! 一匹でもあんなに強い妖怪なのにそれが何匹もいる。
しかも、ここは森の中だ。大蜘蛛達は糸を大木に飛ばして空を飛ぶように移動している。
木々の間を縫うようにして逃げる白狐であったが、追い付かれるのも時間の問題であろう。

捕まったらどうなるのか……考えただけでゾッとした。


「…ッ!狐狸流忍術・雷鳴波!」


白狐は小太刀を逆手に持ち、地面に突き立てる。そして素早く印を結ぶと刃から電撃を放った。
バリバリと空気を切り裂きながら進む稲妻は周囲の木を薙ぎ倒し、大蜘蛛達を感電させんと迫る。

だが……


「・―――・・―――・・・―――」


雷撃が目前に迫った瞬間、大蜘蛛は何やら不気味な鳴き声で呪文のようなものを唱え始める。すると、大蜘蛛達の体の表面が淡く発光し始めた。
そして、大蜘蛛達にぶつかる直前、稲妻は見えない壁に遮られて霧散した。


「えぇっ!?」


白狐は驚愕の声を上げる。今のは間違いなく妖術による障壁だ。
妖怪の中には妖術を使う個体がいるとは知っていた。だがそれは上級の妖怪であり、とても下級妖怪が使えるような代物ではない。
つまり、今目の前にいる妖怪はただの雑魚ではなく、強力な力を持つ妖怪という事だ。

先程あっさりと勝てたのは運の要素も大きかったのだろう、しかも今度は一匹ではなく数十匹だ。


「キシャァアアッ!」

「くぅっ!」


驚いている間にも、白狐は次々と飛んでくる蜘蛛の糸を避ける。これは本格的にまずい状況だ。白狐は冷や汗を流しつつ、必死に走り続けた。

そのうちに大蜘蛛の一匹が白狐に噛み付いてきた。それを紙一重のところで回避する。


「うわぁ!」


だが、別の大蜘蛛が体当たりを仕掛けてきたため白狐は吹き飛ばされてしまった。
白狐は地面を転がって倒れ伏す。その隙を見逃す妖怪達ではなかった。


「ギィイイッ!」


一斉に白狐へと飛び掛かる大蜘蛛の群れ。白狐は慌てて起き上がると、小太刀を構えて迎撃する。


「狐剣・乱れ桜!」


白狐は刀身に妖力を纏わせ、目にも留まらぬ速さで振るった。その斬撃はまるで吹雪のように周囲に広がり、迫り来る大蜘蛛を切り裂いた。


「ギャゥウウッ!?」


大蜘蛛達は悲鳴を上げて地面を転がり、血を撒き散らす。しかし、それでもまだ半数以上の大蜘蛛が残っている。
白狐は歯を食い縛ると、再び刀を構えた。


だが、次の瞬間――


空から大量の光が降り注ぎ、白狐に襲い掛かろうとしていた大蜘蛛の体を射抜いた。


「な、なに!?」


突然の出来事に驚く白狐だったが、光は止まらない。雨のように降り注ぐ光の矢は次々に大蜘蛛達を撃ち抜いていく。


「ギエェェェ!!」


断末魔を上げ、バタバタと倒れる大蜘蛛達。白狐は呆然としながらその様子を眺めていた。


「……」


白狐は上空を見上げる。そこにいたのは美しい翼を広げた一匹の鷹であった。
鷹は暫く上空を旋回した後、何処かに飛び去って行った。


「た……助かった……?」


白狐はポツリと呟く。よく分からないが、あの鷹が助けてくれたのだろうか……?
周囲には物言わぬ大蜘蛛の死体が転がっている。白狐は恐る恐る近づいていき、死体を調べた。
大蜘蛛達は皆、体のあちこちを貫かれて絶命している。地面には多数の鳥の羽が突き刺さっており、恐らくあの鷹がやったのだろう。
白狐は改めて上空を見る。そこにはもうあの巨大な姿は無くなっていた。


「もしかして、タカさん?」


一瞬しか姿が見えなかったから確信は持てないが、なんとなくそう思った。
幻魔の住処で長年お世話になった鷹のタカさん。食材や生活に必要な道具などを運んでくれたりしてくれた。
白狐はタカさんの事を友達だと思っていたし、感謝もしている。もしかしたら、自分のピンチを察して助けに来てくれたのではないか……そう考えるとなんだか嬉しかった。

…しかし、妖術まで駆使するあの恐ろしい大蜘蛛達を一瞬にして全滅させてしまうとはタカさんは一体何者なのだろうか?
母の知り合いならば歴戦の猛者である可能性が高い。もしまた会えたら聞いてみたいものだ。


「ありがとう、タカさん!」


白狐は大空に向かって手を振りながら叫んだ。
もう姿は見えないしお礼も届いていないだろうが、白狐の心は晴れやかだった。


「よし、もうタカさんの手を煩わせないようにしなきゃ……!」


白狐は決意を新たにすると、小太刀を手に森の奥へと進んでいった。



―――――――――



「ん~……思わず手を出してしまいましたねぇ」


空高く飛翔する大きな鳥……鷹の半化粧、鷹妻である。
彼女は白狐からは見えない遥か遠い距離から、彼の戦いの一部始終を見ていたのだ。

本当は手を出さないつもりだった。もっとギリギリまで見守って、それこそ彼が瀕死になるような危機が訪れたら助けに入るつもりでいたのだが……。


「まさかあの蜘蛛女の眷属に襲われるなんてね。ありゃ今の白狐くんには荷が重いわ」


白狐を集団で襲った大蜘蛛の群れ。あれはこの辺りでも最上位に位置する妖怪の直接眷属であり、並の者では到底敵わぬ存在だ。
それでも一匹だけなら白狐でもなんとかなるだろうがああも大量に襲われてはひとたまりもあるまい。


「それにしても……」


鷹妻は考え込むように空から森を眺めながら呟く。


「こんな所にまで妖怪がやって来るとはねぇ。しかもあんなに大量に」


この近辺は人間が暮らす村がある以外は特に何もない森だ。奴等は普段、狸山よりずっと奥にある樹海にいるのだが……。
森と平原の境目近くにまで群れをなして集まっているのは明らかに異常事態と言えよう。


「なんでこんな瘴気の少ない所に奴等がいるんですかね?う~ん……」


鷹妻は首を傾げる。自分にとっては何ら脅威ではない妖怪達ではあるが人間や白狐にとっては違う。
一歩間違えば甚大な被害が出る可能性もある。それはあまりよろしくないだろう。
だから鷹妻は原因を究明せんと思案に耽っているのだが……いくら考えても答えは出ない。


「妖怪がこんなところにいる理由……」


なにか恐ろしいものから逃げてきた?いやしかし、今現在はそんな存在は感じられない。
最近この森に来た存在と言えば鷹妻の元同僚であるタヌキの半化粧、鐘樓くらいだ。
彼女が訪れただけで森に影響が出るとは思えないが……


「いや、待てよ?確かアイツ……」


鷹妻はハッとして久しぶりに鐘樓を目にした時の事を思い出そうとする。


そういえば……あの時……



―――――――――



その日、鷹妻は幻魔の住処に物資を届けに来ていた。
そしていつものように大量の食料を運び終えると森にある大木の枝の上で休憩をしていた。
その時ふと下を見ると、一人の女の姿を見つけたのだ。


「おや、あれは……」


幻魔と同じタヌキの尻尾と耳を持つ女性。武士の出で立ちをしたその女は、鷹妻にとって見覚えのある人物だった。

隠神軍の元将軍、鐘樓である。そういえば幻魔から鐘樓が訪ねてきたと聞いていた。
なんと懐かしい顔だろう。数十年ぶりに見る彼女の姿に思わず笑みを浮かべる。

軍にいた頃は毎日のように顔を合わせていた。お互いまだ無名の頃から共に戦ってきた仲間だ。
生真面目を絵に描いたような堅物であったが、鷹妻とは妙に気が合った。飄々とした鷹妻とは対照的に常に毅然としていた鐘樓。
今現在は北島道の団三郎率いる勢力に所属していると聞いたが、元気にしているだろうか?

 鷹妻は木の上から声を掛けようとした。

だが……


「んっ……♡はぁ……♡」


妙に艶めかしいその声を聞いた瞬間、鷹妻の動きが止まった。


「(ん……?)」


鷹妻は自分の目を疑った。なぜならそこには、木漏れ日に照らされながら股間に手を伸ばしている鐘樓の姿があったからだ。


「あぁ……少年……♡」


そう呟きながら一心不乱に手を動かす鐘樓。鷹妻は呆然とその姿を見つめていたが、やがて我に帰ると口を塞ぎ物音を立てぬように身体を伏せる。


「(は……?なにやってんだコイツ……?)」


心の中で驚きの声を上げる鷹妻。まさかあの生真面目な女がこんな事をしているとは夢にも思わなかった。
しかしすぐに冷静さを取り戻すと、今度は慎重に様子を窺う事にした。


「はぁ……♡はぁ……♡早く来てくれ……少年……♡」


鐘樓の喘ぐような吐息。鷹妻はその様子をジッと見つめていた。


「(■■■ーしてやがる……!)」


なんという事だろう。あの厳格だったはずの武将が、こんな場所で堂々と自慰行為に励んでいるではないか。
しかも彼女の頭の中の相手はどうやら少年……幻魔の住処にいる白いキツネの少年のようだ。
鐘樓はドン引きした。年端も行かぬ少年をオカズにして発情するなんて、もはや変態以外の何者でもない。


「はぁ……♡もう我慢出来ない……!」


鐘を鳴らすような凛とした声で言い放つと、彼女は袴を脱いで下着も取り払う。


「あっ……んぅ……♡はぁ……♡」


鷹妻はその光景を見て、なんだか凄く嫌な気分になった。同僚の自慰シーンなんて見とうない。
それに、何故か自信満々の凛々しい表情で乱れ狂っているのが余計に気持ち悪い。


「あっ……イきそ……!♡♡」


ビクンと震えたかと思うと、鐘樓の口からは荒い呼吸音が聞こえてくる。そろそろ絶頂を迎えんとしているのだろう。


「はぁっ♡はぁっ♡イクッ……!!♡」


その時であった。ガサリと、近くの茂みから葉っぱの擦れる音がしたのは。


「―――!!」


刹那、鋭い目つきで音の鳴った方へ視線を向ける鐘樓。

そこには一匹の妖怪が立っていた。

妖怪は鐘樓の姿を認めると自身を睨みつける彼女の姿にギョッと驚く。そしてそのまま立ち竦んでしまった。


「……」


時間にして短い間ではあったが、その場に沈黙が漂った。
そして静寂を破ったのは鐘樓であった。


「もう少しでイけそうだったというのに……おのれ!!」


鐘樓は鞘から刀を抜き取ると、虚空を斬るように振るった。その瞬間、刀からは不可視の刃が発生し妖怪へと襲いかかる。
音速に近い斬撃は歪な音を立てながら立ち竦む妖怪の胴体を真っ二つに切り裂いた。
妖怪は悲痛な叫びを上げながらドシャリと地面に倒れ伏す。そして絶命した。


「貴様のせいで中途半端になってしまったではないか!!この責任をどう取ってくれる!?」


怒りの形相を浮かべながら、地に倒れる死骸を足蹴にする鐘樓。その瞳には殺意すら感じられた。
鷹妻はその光景を唖然としながら見つめていた。一体全体どういう状況なのか全く理解出来なかった。
いや、そりゃ勿論分かる。自慰を邪魔されたせいで腹いせに斬り殺したのだ。だが、それを鐘樓が……あの真面目な女がやったというのが信じられなかった。


「(なんだコイツ……マジやべぇ……)」


メスの顔から一変して般若のような恐ろしい形相を浮かべる彼女に、鷹妻は恐怖した。
これがかつて清廉潔白と言われた将軍の姿だろうか。まるで別人である。

妖怪の死体が光の粒子となって消え去り、鐘樓は舌打ちをしながら刀を構えると、周囲を警戒するように見渡す。
そして再び刀を振るうと斬撃が飛び、大木を薙ぎ倒した。木の陰にいた妖怪がその余波で真っ二つに切り裂かれた。
どうやら隠れていたらしい妖怪は哀れにも断末魔を上げて消滅した。


「鬱陶しい妖怪共め。これでは落ち着いてオナニーも出来ん」


忌々しげに呟く鐘樓。その顔に先程までの淫らさは一切ない。いつもの凛々しく毅然とした彼女だ。
言っている事は酷いものだが。


「そうだ、ここら一帯の妖怪を皆殺しにすれば良いのではないか?」


名案だと言わんばかりに手をポンっと叩く鐘樓。そしておもむろに刀を鞘に仕舞うと、そのまま構え息を整える。
その様子を木の上から見ていた鷹妻は目を見開いて驚愕した。あの構えは……


「(コ、コイツこんなところであの技を……!?)」

「妖剣・鐘一閃―――」


鐘樓の刀が振り抜かれた。
すると次の瞬間、空間が横に裂け、そこから衝撃波のようなものが放たれ、周囲の木々を吹き飛ばしていった。
それはまさに一閃。鐘の音と共に激しい衝撃波が周囲に広がった。

それは森の木々をなぎ倒し、鳥たちは一斉に羽ばたいていった。


「うぎゃーっ!!!」


ついでに鷹妻が羽休めしていた大木も吹き飛ばされ、彼女もまた空に投げ出された。
空中を舞ったまま地上を見ると大量の蜘蛛の妖怪が斬撃に巻き込まれ消滅していく様子が見えた。

元隠神軍の将軍にとってあの程度の妖怪など敵ではない。そもそも彼女が今住んでいる北島道にはもっと強力な妖怪が跋扈している。
普段凶悪な妖怪と死闘を繰り広げている鐘樓にとっては、低級の妖怪は文字通り雑魚に過ぎないのだ。


「ふん、他愛もない……」


凛とした表情で胸を張る鐘樓。辺りの木々はなぎ倒され、地面は所々えぐれていた。
そんな惨状を作り出した張本人は、涼し気な顔をして刀を納めるとふぅとため息をついた。


「これで少しは静かになったな。しかしまだちらほら討ち漏らしがいるようだ」


鐘樓はそう呟くとギロリと視線を動かした。その先にいるのは今の一撃を運良く回避できた低級の妖怪達……。
彼等は身体をビクリと震わせると慌てて逃げ出した。


「私のオナニーの邪魔をした罪は重い……根絶やしにしてくれるわ!」


彼女はそう叫ぶと、逃げる妖怪を追いかけ始めた。
そしてその後、吹き飛ばされた鷹妻がポトリと地面に落ちた頃には、もう彼女の姿は見えなくなっていたのだった――



―――――――――



「まさかアイツが暴れたから妖怪達が森の際まで逃げてきたのが原因……?」


鷹妻はその事実に気付いた瞬間、血の気の引くような思いがした。
つまり彼女はオナニーを邪魔された腹いせに妖怪達の居場所を荒らし、ストレスを解消したのだ。
そして突然現れたオナニーモンスターにより住処を奪われた妖怪達は、危険を感じて逃げ出し、それが連鎖的に森の外にまで広がっていったという事だろう。


「……」


なんという事だ。まさか森の異変が元同僚の変態行為によって引き起こされていたとは……
同僚に対するドン引きと恐怖が止まらない鷹妻であったがこのままではまずいと頭の中で警鐘が鳴り響く。


「はぁ……仕方ないか」


同僚の不始末は連帯責任。鷹妻は深いため息をつくと覚悟を決めた。
本当は白狐の成長の機会を奪いたくない。この過酷な世界で生きて行く為の力を身につけさせる為に自力で妖怪を退治して欲しかったが、鐘樓の影響でかなりの数の妖怪がこちらに逃げてきている。
今の白狐では手に余るし、これを放置する訳にはいかない。


「……はぁっ!」


鷹妻が変化を解き、空中で鷹から人型に戻ると宙を舞いながら印を結んだ。
すると次の瞬間、鷹妻の背後から光の翼が生え、翼から射出された何百もの光弾が森にへと降り注いでいく。


「ハァァッ!!」


その技は、鷹妻が得意としていた技であり、対地用の攻撃技であった。
広範囲に降り注いだ無数の光弾が森の中にいる妖怪を次から次に撃ち抜いて行く。
森に潜もうとも妖力に反応する光弾から逃れる術は無く、貫かれた妖怪は次々と光の粒子となって消えていく。


「よし、これで全部かな」


念の為、他の妖怪がいないか確認する。
妖気は……無い。どうやら人里近くにいた妖怪達は全て狩り尽くせたらしい。
鷹妻はホッと安堵の息を吐くと、空を蹴り一気に上空へ昇って行った。


「白狐くんにはもっと強くなって貰わないとね」


そう呟くと鷹妻は再び変化の術を発動させ、巨大な鷲の姿になるとそのまま空の彼方へと飛び去っていったのだった。
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