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本編
106.「あぁー!私の事腹パンして攫った先輩!」
時は羅歴2020年。
紀元前から争いの歴史を辿ってきた人類、獣人、エルフ等の種族達。彼女等は幾度かの悲惨な世界大戦を経験した後に生物の基本的な権利という概念を徐々に確立していった。
文明が発達し、殆どの国で餓えというものを克服すると表面的ではあるが命の奪い合い……つまり戦争は少なくなっていく。
無論大国同士の水面下での駆け引きや辺境での内紛はあったにせよ、概ね平和と呼べる時代が訪れていた。
この時代における人々は戦いとは無縁であった。
───とある島国のとある高校での出来事。
「……」
新入生の柳本真理。年齢は16歳、身長は148cmと小柄で、背中まで伸びた艶やかな黒髪を後ろで纏めている。
見た目は中学生程に見えるが、これで立派な高校生である。
「はぁ~……」
そんな彼女は今、机の上で深い溜息をついている。
「どうしたの真理、そんな溜息ついて」
真理の前の席に座っている同じ新入生の高城香澄が声をかけてきた。
香澄は中学からの親友で、明るく元気な娘である。身長は170cmと女性にしては高く、黒髪を短く切っている女子高生だ。
彼女はいつも快活な真理が珍しく沈んだ様子を見せている事に興味津々といった様子である。
「香澄……実は私、部活入ったんだけどさぁ……」
「うんうん」
「んで、そこの部活に北楼先輩いるんだけどさぁ」
「うんうん……ってはぁ!?」
真理の言葉に香澄は驚いて思わず立ち上がる。
北楼《ほくろう》先輩とはこの学校の三年生のイケメン男子……。
全女子の憧れであり、男女問わず大人気で、この高校でも屈指の人気者である。
成績優秀・スポーツ万能、おまけに性格も良いという完璧超人のような青年。香澄も憧れているし、彼に懸想しな女子はいない。
だが───謎の多い人物だ。
出身地不明、家族構成不明、趣味嗜好不明、誰に聞いても答えは同じ。
『分からない』という言葉しか返ってこない。
謎すぎて彼を校舎で見かけたら幸せになれるという噂すらある。
そんな謎の憧れの先輩だが、なんと真理はその先輩と同じ部活に入ったという。香澄でなくても驚くだろう。
「北楼先輩ってあの!?え?どうしてアンタが先輩の部活に入れたわけ!?ていうか何の部活よ!?」
「えっーと……秘密」
「はぁん!?」
真理が、あの北楼先輩と同じ部活に入るというのだから驚かずにはいられない。
確かに彼女は最近先輩の事をこそこそと嗅ぎ回っており、半ばストーカーじみた事をしていたが……まさかそれが功を奏して彼の部活を突き止めたというのか……?
香澄は少しドン引きしながらも、詳しい事を聞こうと真理の肩をガクガクと揺さぶる。
しかし真理は話す気が一切ないようで、その内に香澄は諦め、再度溜息をつく。
「はぁぁ……、まぁいいわ。それで?なんで憧れの北楼先輩と同じ部活だってのに、そんな憂鬱そうなのよ」
香澄がそう問うと、真理はガバっと顔を上げ、少し涙目になりながら香澄に詰め寄る。
「それがね!聞いてよ!私……北楼先輩に手握られちゃったの!」
「はぁ!?何それ最高じゃない!!」
真理の意外な言葉に香澄は思わずそう叫ぶ。
北楼先輩と手を繋ぐなんて、そんなファンが聞いたら血涙を流すような出来事を羨ましいと思わない女子は多分いないだろう。
もしやこいつ自慢しようとしてるのか?自慢か?自慢なのか?
しかし真理は暗い顔で、また深い溜息をついた。
「その時……私、あまりの嬉しさに気絶しちゃったのよぉ……」
それを聞き、あちゃー……と頭を抱える香澄。
憧れの人との握手で嬉しさのあまり気絶してしまうなんて……確かに恥ずかしくて誰にも言えやしないだろう。
それに彼女の言うとおり、気絶してしまったら嬉しさも半減である。
「あー……ドンマイ」
香澄はとりあえず真理にエールを送る事にしたが、真理はますます落ち込んでいるように見えた。
「私これからどんな顔して北楼先輩と会えばいいか分からない……やだぁ……」
「……そのままずっと会わなかったらいいんじゃない?」
多少の憐れみと大きな嫉妬心を込めたその台詞。
落ち込む真理を見てそう呟いたと同時に───ガララッ!と教室の扉が開き、一人の人物が入ってきた。
「柳本真理はいるかい?」
そこに現れたのは猫耳を生やした少女だった。二年生であることを示すリボンを付けており、やや眠たげな目をこちらに向けている。
真理はその少女の姿に見覚えがあった。確か彼女は……部活にいた内の一人……。
「ちょっと、真理……。アンタなにしたの?」
「へ?」
「あれこの学校の番長で、赤神先輩だよ?」
突然現れた上級生に名前を呼ばれ、思わず首を傾げる真理。
しかも香澄によれば番長とかいう物騒な代名詞付きである。
「番長……?いやそんな昔の漫画じゃあるまいしそんなもんいる訳……」
「アンタ知らないの?赤神先輩って他校の生徒半殺しにしまくったり、教師をボコボコにしたり、極道の事務所に一人でカチコミにいったり、兎に角凄い人なのよ?」
「いやそれ絶対漫画の話だよね!?しかも最後に至っては完全にフィクションだよね!?」
しかし真理は現実を受け入れたくないようで、突っ込みを入れまくっていた。
そんな人物が存在する訳がないだろう。もしも本当だとしたらただのヤベー奴ではないか。
真理がそんな事を考えていた時だ。不意に赤神先輩と目が合った。
その瞬間、真理の背筋にとんでもない悪寒が奔る。
「(なんか……やな予感……)」
真理がそんな事を思った瞬間。赤神先輩はいつの間にか真理の傍まで移動してきていた。
「行くぞ」
「は?」
刹那、真理の腹部に赤神先輩の拳がめり込み、真理の身体はくの字に折れ曲がった。
「ぐぇえええッ!?!?」
そのままくたりと床に倒れこみそうになる真理。だがその身体を赤神は肩に担ぎあげる。
誰も何も言えない。今さっきまで真理と談笑していた香澄も無表情で赤神と真理を見つめているだけだ。
「借りてくよ」
「はい」
香澄は二つ返事で了承した。
謎の猫の獣人に担がれ、意識を朦朧とさせている真理は助けるフリくらいしろよ……と思い、そのまま意識を手放した。
─────────
「───はうあ!」
不意に真理は目を覚ました。目の前には知らない天井……ではなく雲一つない青空が広がっている。
真理は視界を左右に振り、自分が今どこにいるかを確認しようとした。
「こ、ここは……屋上……?うっ……」
何故自分が屋上にいるのだろうか。この腹部に感じる痛みは何だろうか……。
真理は吹き抜ける爽やかな風を肌で感じながら、ふと自分の記憶を辿る。
そうだ、自分は猫の獣人の赤神先輩に腹パンされて、担がれて……。
「やぁ、目が覚めたかい」
そんな事を考えていた時だった。真理の耳にそんな声が入ってくる。
男の人の声。聞いただけで、身体中が沸騰しそうになるような、そんな声だった。
真理はギギギ……と錆びた機械のように首を上に向けると、そこには一人の青年がいた。
「────っ」
真理は彼の姿に見覚えがあった。いや、見覚えがあるなんてものではない。何故ならば彼は……。
「北楼……先輩……?」
全生徒の憧れ。学校一のイケメン。真理の憧れである、北楼先輩だったからだ。
「おはよう柳本さん。身体は大丈夫かな……」
そう言ってニコッと笑う北楼先輩。真理は混乱の極みにあった。
何故、彼がこんなところに?赤神が何故自分に腹パンをかましたのかすら分からないが、ここに北楼先輩がいる事も理解出来なかった。
「ごめんね、柳本さん。彼女には決して乱暴にしないように言ったんだけど……」
彼女?一体誰の事だ、と疑問符を浮かべる真理だったが、不意に彼女の頭の上に何かがポンと置かれるような感触があった。
「ッ!?」
真理は反射的に後ろを振り向く。するとそこには、先程真理を腹パンで気絶させた赤神先輩が立っていた。
そして、真理の頭の上には焼きそばパンが乗せられている。
「あぁー!私の事腹パンして攫った先輩!」
真理が叫んだ事で、頭の上に置かれた焼きそばパンがバランスを失ってぐらりと傾き、そのまま屋上の床に落下する。
……と思われたが、床に接地する瞬間、赤神先輩が目にも止まらぬ動きで焼きそばパンをキャッチした。
「これはアンタの分だよ、ほら」
赤神先輩はまるで何事もなかったかのように、真理に焼きそばパンを差し出した。
「……ありがとうございます?」
真理は首を傾げながらそれを受け取る。北楼先輩も何も言わずニコニコと笑っているだけだ。
赤神は無言で真理の横に腰かけると、自分の焼きそばパンにかぶりつく。真理は何が何だか分からないといった感じで北楼先輩の横顔を見ていた。
え、なにこの空間は。なにこの面子は。真理の混乱は留まる事を知らない……。
「柳本さん」
そんな中、北楼先輩が不意に口を開く。彼は真理の顔を見つめてクスッと笑った後、こう言った。
「部活、どうかな?馴染めそう?」
「へっ?」
唐突な北楼先輩の言葉に、真理は間の抜けた声を上げる。
部活?もしかして戦国歴史研究部の事か?いや、しかし何故一体……?
真理はちらりと自分を攫ってきた赤神を見る。彼女は焼きそばパンを食べ終わったのか、いつの間にか屋上のフェンスから見える街並みを見ていた。
つーか食べるのはえぇな。
「あ……はぁ……ま、まぁ……」
とてもではないが、いきなり人殴って攫う人物がいる部活に馴染めるとは思えなかったが……。
北楼先輩の手前、そんな事を言う訳にもいくまい。
「えっと、うん。な、馴染めそうですよ!」
真理はなるべく笑顔で北楼先輩に対してそう返した。
すると北楼先輩はニコッと笑い、良かったと一言だけ言う。
その笑顔にノックアウトされそうになる真理であったが、すんでのところで堪える。
しかし解せない。もしかして、その事を言うためだけに自分をここに呼んだのだろうか?赤神先輩を使ってまで?。
どうせ部室で会う事になると思うのだが……
真理のそんな疑問を彼女の表情から読み取ったのか、北楼先輩は少し困ったような表情になる。
「あー……急に呼び出してごめんね。僕が直接行けば良かったんだけど、僕が行くと少し騒ぎになっちゃうから」
その言葉に真理は確かにそうだ、と思った。何故なら北楼先輩はその姿を現すだけで人だかりができてしまい話どころではなくなるからだ。
彼はどうやっているのかは分からないが、人前に滅多に姿を現さない。妖精さんの力を借りて姿を消しているという噂すら出る程だ。
真理が彼にどう言葉を返そうか考えていると、不意に赤神先輩が真理の肩に手を置いた。
「ねぇ、柳本」
「うきゃあ!?」
突然肩に手を置かれた真理は悲鳴を上げて飛び上がり、そのまま赤神先輩から距離を取る。
「な、なんですか先輩!」
「ん?」
真理の問いに、赤神先輩はまるで何がいけないんだ?と言わんばかりの表情で真理を見つめ返す。
いや確かに肩を触っただけではあるが……。この人は危険だ。真理の直感と経験はそう告げていた。
「あんたさ、東城鈴華が好きなんだよね」
「……ほえ?」
急に振られた謎の話題。東城鈴華……鈴華……。その単語が真理の頭の中で反芻されてようやくその名を思い出す。
東城鈴華。戦国武将の名前だ。そういえば部室でそんな事を言ったような気がする……?
いや、別に好きというか戦国武将の中でパっと名前が思い浮かんだのがその人物だというだけだったのだけれど……。
「は、はぁ……それがなにか?」
「私はさ」
赤神はぴょんと飛び跳ね、屋上のフェンスの上に降り立つ。
まるで本物の猫のように器用にフェンスの細い線の上を歩くのを見て真理はギョッと目を見開くもよく考えたら彼女は猫の獣人……人間とは違い、身体能力が非常に高いのだろう。
「武陽が好きなんだ」
「ぶよう……?」
ぶよう……?舞踊……?撫養……?
武陽!
真理はその名を知っていた。歴史に疎い真理でも、その戦国大名の名は知っていたのだ。
戦国最強の騎馬武者軍団を擁する大名家。烈火の如く敵に攻め入り、敵を薙ぎ倒すその様はまさに戦国の大輪の花。
東の一大勢力として栄えたその大名家は、今の世においてもその名を知らない者はいない。
……しかし何故、今その話を?
脈絡のない彼女の言葉に、真理は首を傾げるばかりだ。
「私は、覚えている。壮麗たるあの赤騎馬達が縦横無尽に戦場をゆく姿……。我が宿敵と幾度となく相まみえた戦場……。そして、織波との運命の戦も……。私はあの光景を、色あせる事無く覚えている」
「……はぁ」
「だから、柳本」
赤神はくるんと振り向き、柳本にこう言った。
「アンタに東城鈴華が辿った軌跡を教えてあげよう」
「はい?」
まるで意味不明と言わんばかりの真理の声が屋上に響き渡った。
紀元前から争いの歴史を辿ってきた人類、獣人、エルフ等の種族達。彼女等は幾度かの悲惨な世界大戦を経験した後に生物の基本的な権利という概念を徐々に確立していった。
文明が発達し、殆どの国で餓えというものを克服すると表面的ではあるが命の奪い合い……つまり戦争は少なくなっていく。
無論大国同士の水面下での駆け引きや辺境での内紛はあったにせよ、概ね平和と呼べる時代が訪れていた。
この時代における人々は戦いとは無縁であった。
───とある島国のとある高校での出来事。
「……」
新入生の柳本真理。年齢は16歳、身長は148cmと小柄で、背中まで伸びた艶やかな黒髪を後ろで纏めている。
見た目は中学生程に見えるが、これで立派な高校生である。
「はぁ~……」
そんな彼女は今、机の上で深い溜息をついている。
「どうしたの真理、そんな溜息ついて」
真理の前の席に座っている同じ新入生の高城香澄が声をかけてきた。
香澄は中学からの親友で、明るく元気な娘である。身長は170cmと女性にしては高く、黒髪を短く切っている女子高生だ。
彼女はいつも快活な真理が珍しく沈んだ様子を見せている事に興味津々といった様子である。
「香澄……実は私、部活入ったんだけどさぁ……」
「うんうん」
「んで、そこの部活に北楼先輩いるんだけどさぁ」
「うんうん……ってはぁ!?」
真理の言葉に香澄は驚いて思わず立ち上がる。
北楼《ほくろう》先輩とはこの学校の三年生のイケメン男子……。
全女子の憧れであり、男女問わず大人気で、この高校でも屈指の人気者である。
成績優秀・スポーツ万能、おまけに性格も良いという完璧超人のような青年。香澄も憧れているし、彼に懸想しな女子はいない。
だが───謎の多い人物だ。
出身地不明、家族構成不明、趣味嗜好不明、誰に聞いても答えは同じ。
『分からない』という言葉しか返ってこない。
謎すぎて彼を校舎で見かけたら幸せになれるという噂すらある。
そんな謎の憧れの先輩だが、なんと真理はその先輩と同じ部活に入ったという。香澄でなくても驚くだろう。
「北楼先輩ってあの!?え?どうしてアンタが先輩の部活に入れたわけ!?ていうか何の部活よ!?」
「えっーと……秘密」
「はぁん!?」
真理が、あの北楼先輩と同じ部活に入るというのだから驚かずにはいられない。
確かに彼女は最近先輩の事をこそこそと嗅ぎ回っており、半ばストーカーじみた事をしていたが……まさかそれが功を奏して彼の部活を突き止めたというのか……?
香澄は少しドン引きしながらも、詳しい事を聞こうと真理の肩をガクガクと揺さぶる。
しかし真理は話す気が一切ないようで、その内に香澄は諦め、再度溜息をつく。
「はぁぁ……、まぁいいわ。それで?なんで憧れの北楼先輩と同じ部活だってのに、そんな憂鬱そうなのよ」
香澄がそう問うと、真理はガバっと顔を上げ、少し涙目になりながら香澄に詰め寄る。
「それがね!聞いてよ!私……北楼先輩に手握られちゃったの!」
「はぁ!?何それ最高じゃない!!」
真理の意外な言葉に香澄は思わずそう叫ぶ。
北楼先輩と手を繋ぐなんて、そんなファンが聞いたら血涙を流すような出来事を羨ましいと思わない女子は多分いないだろう。
もしやこいつ自慢しようとしてるのか?自慢か?自慢なのか?
しかし真理は暗い顔で、また深い溜息をついた。
「その時……私、あまりの嬉しさに気絶しちゃったのよぉ……」
それを聞き、あちゃー……と頭を抱える香澄。
憧れの人との握手で嬉しさのあまり気絶してしまうなんて……確かに恥ずかしくて誰にも言えやしないだろう。
それに彼女の言うとおり、気絶してしまったら嬉しさも半減である。
「あー……ドンマイ」
香澄はとりあえず真理にエールを送る事にしたが、真理はますます落ち込んでいるように見えた。
「私これからどんな顔して北楼先輩と会えばいいか分からない……やだぁ……」
「……そのままずっと会わなかったらいいんじゃない?」
多少の憐れみと大きな嫉妬心を込めたその台詞。
落ち込む真理を見てそう呟いたと同時に───ガララッ!と教室の扉が開き、一人の人物が入ってきた。
「柳本真理はいるかい?」
そこに現れたのは猫耳を生やした少女だった。二年生であることを示すリボンを付けており、やや眠たげな目をこちらに向けている。
真理はその少女の姿に見覚えがあった。確か彼女は……部活にいた内の一人……。
「ちょっと、真理……。アンタなにしたの?」
「へ?」
「あれこの学校の番長で、赤神先輩だよ?」
突然現れた上級生に名前を呼ばれ、思わず首を傾げる真理。
しかも香澄によれば番長とかいう物騒な代名詞付きである。
「番長……?いやそんな昔の漫画じゃあるまいしそんなもんいる訳……」
「アンタ知らないの?赤神先輩って他校の生徒半殺しにしまくったり、教師をボコボコにしたり、極道の事務所に一人でカチコミにいったり、兎に角凄い人なのよ?」
「いやそれ絶対漫画の話だよね!?しかも最後に至っては完全にフィクションだよね!?」
しかし真理は現実を受け入れたくないようで、突っ込みを入れまくっていた。
そんな人物が存在する訳がないだろう。もしも本当だとしたらただのヤベー奴ではないか。
真理がそんな事を考えていた時だ。不意に赤神先輩と目が合った。
その瞬間、真理の背筋にとんでもない悪寒が奔る。
「(なんか……やな予感……)」
真理がそんな事を思った瞬間。赤神先輩はいつの間にか真理の傍まで移動してきていた。
「行くぞ」
「は?」
刹那、真理の腹部に赤神先輩の拳がめり込み、真理の身体はくの字に折れ曲がった。
「ぐぇえええッ!?!?」
そのままくたりと床に倒れこみそうになる真理。だがその身体を赤神は肩に担ぎあげる。
誰も何も言えない。今さっきまで真理と談笑していた香澄も無表情で赤神と真理を見つめているだけだ。
「借りてくよ」
「はい」
香澄は二つ返事で了承した。
謎の猫の獣人に担がれ、意識を朦朧とさせている真理は助けるフリくらいしろよ……と思い、そのまま意識を手放した。
─────────
「───はうあ!」
不意に真理は目を覚ました。目の前には知らない天井……ではなく雲一つない青空が広がっている。
真理は視界を左右に振り、自分が今どこにいるかを確認しようとした。
「こ、ここは……屋上……?うっ……」
何故自分が屋上にいるのだろうか。この腹部に感じる痛みは何だろうか……。
真理は吹き抜ける爽やかな風を肌で感じながら、ふと自分の記憶を辿る。
そうだ、自分は猫の獣人の赤神先輩に腹パンされて、担がれて……。
「やぁ、目が覚めたかい」
そんな事を考えていた時だった。真理の耳にそんな声が入ってくる。
男の人の声。聞いただけで、身体中が沸騰しそうになるような、そんな声だった。
真理はギギギ……と錆びた機械のように首を上に向けると、そこには一人の青年がいた。
「────っ」
真理は彼の姿に見覚えがあった。いや、見覚えがあるなんてものではない。何故ならば彼は……。
「北楼……先輩……?」
全生徒の憧れ。学校一のイケメン。真理の憧れである、北楼先輩だったからだ。
「おはよう柳本さん。身体は大丈夫かな……」
そう言ってニコッと笑う北楼先輩。真理は混乱の極みにあった。
何故、彼がこんなところに?赤神が何故自分に腹パンをかましたのかすら分からないが、ここに北楼先輩がいる事も理解出来なかった。
「ごめんね、柳本さん。彼女には決して乱暴にしないように言ったんだけど……」
彼女?一体誰の事だ、と疑問符を浮かべる真理だったが、不意に彼女の頭の上に何かがポンと置かれるような感触があった。
「ッ!?」
真理は反射的に後ろを振り向く。するとそこには、先程真理を腹パンで気絶させた赤神先輩が立っていた。
そして、真理の頭の上には焼きそばパンが乗せられている。
「あぁー!私の事腹パンして攫った先輩!」
真理が叫んだ事で、頭の上に置かれた焼きそばパンがバランスを失ってぐらりと傾き、そのまま屋上の床に落下する。
……と思われたが、床に接地する瞬間、赤神先輩が目にも止まらぬ動きで焼きそばパンをキャッチした。
「これはアンタの分だよ、ほら」
赤神先輩はまるで何事もなかったかのように、真理に焼きそばパンを差し出した。
「……ありがとうございます?」
真理は首を傾げながらそれを受け取る。北楼先輩も何も言わずニコニコと笑っているだけだ。
赤神は無言で真理の横に腰かけると、自分の焼きそばパンにかぶりつく。真理は何が何だか分からないといった感じで北楼先輩の横顔を見ていた。
え、なにこの空間は。なにこの面子は。真理の混乱は留まる事を知らない……。
「柳本さん」
そんな中、北楼先輩が不意に口を開く。彼は真理の顔を見つめてクスッと笑った後、こう言った。
「部活、どうかな?馴染めそう?」
「へっ?」
唐突な北楼先輩の言葉に、真理は間の抜けた声を上げる。
部活?もしかして戦国歴史研究部の事か?いや、しかし何故一体……?
真理はちらりと自分を攫ってきた赤神を見る。彼女は焼きそばパンを食べ終わったのか、いつの間にか屋上のフェンスから見える街並みを見ていた。
つーか食べるのはえぇな。
「あ……はぁ……ま、まぁ……」
とてもではないが、いきなり人殴って攫う人物がいる部活に馴染めるとは思えなかったが……。
北楼先輩の手前、そんな事を言う訳にもいくまい。
「えっと、うん。な、馴染めそうですよ!」
真理はなるべく笑顔で北楼先輩に対してそう返した。
すると北楼先輩はニコッと笑い、良かったと一言だけ言う。
その笑顔にノックアウトされそうになる真理であったが、すんでのところで堪える。
しかし解せない。もしかして、その事を言うためだけに自分をここに呼んだのだろうか?赤神先輩を使ってまで?。
どうせ部室で会う事になると思うのだが……
真理のそんな疑問を彼女の表情から読み取ったのか、北楼先輩は少し困ったような表情になる。
「あー……急に呼び出してごめんね。僕が直接行けば良かったんだけど、僕が行くと少し騒ぎになっちゃうから」
その言葉に真理は確かにそうだ、と思った。何故なら北楼先輩はその姿を現すだけで人だかりができてしまい話どころではなくなるからだ。
彼はどうやっているのかは分からないが、人前に滅多に姿を現さない。妖精さんの力を借りて姿を消しているという噂すら出る程だ。
真理が彼にどう言葉を返そうか考えていると、不意に赤神先輩が真理の肩に手を置いた。
「ねぇ、柳本」
「うきゃあ!?」
突然肩に手を置かれた真理は悲鳴を上げて飛び上がり、そのまま赤神先輩から距離を取る。
「な、なんですか先輩!」
「ん?」
真理の問いに、赤神先輩はまるで何がいけないんだ?と言わんばかりの表情で真理を見つめ返す。
いや確かに肩を触っただけではあるが……。この人は危険だ。真理の直感と経験はそう告げていた。
「あんたさ、東城鈴華が好きなんだよね」
「……ほえ?」
急に振られた謎の話題。東城鈴華……鈴華……。その単語が真理の頭の中で反芻されてようやくその名を思い出す。
東城鈴華。戦国武将の名前だ。そういえば部室でそんな事を言ったような気がする……?
いや、別に好きというか戦国武将の中でパっと名前が思い浮かんだのがその人物だというだけだったのだけれど……。
「は、はぁ……それがなにか?」
「私はさ」
赤神はぴょんと飛び跳ね、屋上のフェンスの上に降り立つ。
まるで本物の猫のように器用にフェンスの細い線の上を歩くのを見て真理はギョッと目を見開くもよく考えたら彼女は猫の獣人……人間とは違い、身体能力が非常に高いのだろう。
「武陽が好きなんだ」
「ぶよう……?」
ぶよう……?舞踊……?撫養……?
武陽!
真理はその名を知っていた。歴史に疎い真理でも、その戦国大名の名は知っていたのだ。
戦国最強の騎馬武者軍団を擁する大名家。烈火の如く敵に攻め入り、敵を薙ぎ倒すその様はまさに戦国の大輪の花。
東の一大勢力として栄えたその大名家は、今の世においてもその名を知らない者はいない。
……しかし何故、今その話を?
脈絡のない彼女の言葉に、真理は首を傾げるばかりだ。
「私は、覚えている。壮麗たるあの赤騎馬達が縦横無尽に戦場をゆく姿……。我が宿敵と幾度となく相まみえた戦場……。そして、織波との運命の戦も……。私はあの光景を、色あせる事無く覚えている」
「……はぁ」
「だから、柳本」
赤神はくるんと振り向き、柳本にこう言った。
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「はい?」
まるで意味不明と言わんばかりの真理の声が屋上に響き渡った。
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青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。