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序章 血塗れの月夜

終わりで始まりⅡ

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 数週間後、再びジギーは来た、いつものように黒いローブを纏い、下卑た薄ら笑いを浮かべ、嫌らしい視線を私達に向けながら牢屋に入ってくる。そこで私は妹たちの前に出た。瞬間妹たちからのどよめきと、ジギーから不審そうな声が上がる。



「何を…?」



「だめ、雪…」



「え…」



「んだァ…?なんの真似だ?」



 ジギーが不審がるのも当然だと思う、私は彼女たちに振り向いて笑顔を見せる、もちろん強がりではあるけど、私はお姉ちゃんなんだからこれくらい当然だ。



「大丈夫、あとはお姉ちゃんに任せて?」



 そうして私はジギーに向き直った。



「自分だって震えてるくせによ……。」



 雷がなにかを言ったような気がしたけど、そんな事は関係ない、なんのために前に出てきたのかと不思議そうな顔をしてこちらを見ているジギーになかなか口が開けない。





 それもそうである、雪も所詮はまだ小さな子供であるのだ。いくら神族で成長が早く彼女らの中で一番お姉さんともいえど同じ年、まだこれから何をされるかわからないような危険な場所に自ら飛び込んでいくには足がすくむ。数ヶ月間生活してきて、自分たちの他にも天使族や魔族や、たくさんの子どもたちがこの施設にいるのを確認している、そんな子供たちの叫び声や、担当神族がやりすぎて息絶えた姿も目にしているのに怖くないはずがないのだ。



 それでも自分がやらなければならない。いつか、いつかきっと助けが来ると信じて、私は生きて妹たちを守らないといけない、使命感のような、いつしか母から受け取った“お姉さんなんだから”という言葉を反芻し、俯きつつも重く硬い自分の口を無理やりこじ開けた。



「ジギー……さん…、私と…交渉してください…!」



「あぁ…?」



「私が…姉妹全員分の実験を肩代わりしますから、どうか…どうか私の妹たちにはこれ以上手を出さないでください…どうか、お願いします…!」



 私は顔を上げてそう言うと、すぐに頭を地に付けた、妹達を助けるにはこれしかない、無い知恵を絞って出たのがこれだ。私の頭を下げて済むならいくらでも下げてやる、もう妹達の苦しそうな姿を見るのはもうたくさんだ。



 ジギーはしばらく土下座をしている雪を何も言わずに眺めていると、笑いながら口を開いた。



「きひ……きひひひひ…雪ィ…お前が全部引き受けるだと…?笑わせてくれるぜェ…ガキのくせしてこの状況でそれを言えるとは大したもんだ…さすが女王サマの娘と言ったところだ…その度胸に免じてお前にその適正があるか見てやる…覚悟するんだなァ…!さぁ来い、元から今日はお前だったんだ…特別メニューに変更だァ…!」



 ジギーは気色の悪い笑い声を上げて私に部屋へ行くように促し部屋に入っていく、とっくに覚悟を決めていた私はジギーに促されるまま実験室へと入ろうとしたが、雷に腕を掴まれた。



「本当に、大丈夫なのかよ…?あいつは容赦ねーぞ、雪がいなくなったら俺たちは…」



 不安そうな顔をしてから雷は頭を振って言い直す。



「雪がいなくなるなんて、俺たち嫌だからな…!」



「大丈夫よ、私はいなくなったりなんかしないわ、あなた達のその言葉だけで勇気が出るし、こんな不安そうな顔をしたあなた達を残して逝けないわ…?だから、ね?」



 雷にそう言うと一瞬泣きそうな顔になったかと思うと俯いて、ようやく手を離してくれた。



「じゃあ、行ってくるからね…」



 私は妹たちの頭を撫で、軽く抱きしめてからジギーの待つ部屋へと脚を運んだ。



 そこで待っていたのは入った瞬間鼻につく血生臭いにおいと、入ってすぐ右側に血まみれの器具、左側に地面に固定された椅子、正面には人を吊るしたりするのだろう、ロープが何本も天井から垂れ下がっている。窓はなく、火の灯った燭台が無数にあったり様々な機械器具が置かれている、なんとも不気味な空間だった。



「そこに座れェ…!」



 ドアを乱暴に閉められると、私は言われるがままに地面に固定された椅子に座り、輪になっている機械を頭に取り付けられた。



「ソレはここに一つしかない、属性測定装置だァ…これでお前の適正属性を調べ上げる…これに合格すればお前の望む通り、妹への実験をお前にすべて肩代わりしてやる…俺は約束は守る方だからなァ…きひひひ…!」



 ジギーはなにかパネルのような器具をいじったあとスイッチを入れた。身体になにかゾワゾワとした感覚が起きたがそれ以外はなにも起きなかった、その感覚が終わったかと思ったと同時にジギーが少し興奮気味に笑い始めた。



「こいつは最高だ!雪!お前は最高の素材だ!!光の属性値が一番高い、が、他の属性も少しずつではあるが値がある…!値は低いがこれは…!どんな属性も再現可能かもしれねェ…きひひひ…最高だ!」



「…えっと、何を言っているのかわからないけれど…妹達にはその、手を出さないでくれるの…?」



「あァ…お前はほんとに何も知らねェんだな…少し同情しちまうってもんだ…まぁいい…お前は合格だ…妹には手を出さないでやろう…その代わり今日からはお前が俺の実験動物モルモットだァ…!!」



 そう言うとジギーは急かすように自分と同じような黒のローブを着ている記録係と別派閥であろう未来視をさせる青のローブを着ている神族を呼び出した、これから私が何をされるのかを考えると恐怖が押し寄せてくる。臓物を引きずり出される?血を抜かれる?言い知れぬ恐怖心を無理矢理押さえ込み冷や汗を腕で拭うと深呼吸をして確認をするかのようにもう一度覚悟を決めた。



 一番最初は落雷実験だった。雷と同じ拷問だ、手足を椅子に固定され、一回落雷を浴びせられる毎に未来視をさせられる。回数を重ねる毎に意識は朦朧と、判断力も鈍ってくる、身体からだ精神こころも削られていく、誘導尋問の様に未来視の神族が私に質問を繰り返す。



 落雷を落とされた時はあまりの衝撃に何も発せない、一拍置いてから痛みと熱さが襲ってくる。雷はこんなものを受けていたのかと思うと不甲斐なさで涙がこみ上げてくる。



「……!…っ!!ぐッッ…!!!!ああァアあアァアああっっ!!」



 椅子に背中を預けてぐったりとしているとジギーの部下ではないらしい男が近づいてきて髪の毛を引っ掴んで顔に手を当て、未来視をさせてくる。そこに映し出される光景はお城のような場所で、父、母、自分、妹たち家族みんなでお茶を嗜んでいる様子だった。



「どうだ…視えただろう?未来にお前たちが国を侵略し破壊する姿が!言ってしまえば楽になるぞ!これを何度も受けるのは嫌だろう!さぁ吐け!言ってしまえ!私達が国を侵略し壊す首謀者になると!」



 乱暴な物言いに歯を食いしばり首を横に振る、なんなのだこれは、ふとジギーを見ると今まで見たこともない冷たい表情を浮かべ、私の尋問の様子を見ていた。



 数秒後、青ローブの神族が催促するとまた落雷が落とされる。雷撃を受けると条件反射で身体が痙攣し固定されてる手足にも傷ができる。



「…!……っ!!ああアァアアあああァっっ!!……はぁ…はー…ちがう…シらない…わたしたち、じゃない…」



「そんなわけ無いだろう!貴様らが国を落とすんだ!!さぁ白状するんだ!!言え!母の元に帰りたくはないのか!!」



 そんな押し問答が何回も続く、もう何度自分に雷が落とされたかわからない、時間が経つごとに意識が朦朧としてくるが、それでも止むことのない落雷と尋問、それでも私の心は折れなかった。こんな男の言うとおりになるものかと心のなかで歯を食いしばった。



「ッッ!!…ッあッッ!!……わたっ…しっ、たち…がっ…おしろっで…おちゃ…シテ……ケシキが………みえ…!」



「まだ言うか…!?このクソガキが…!」



 青ローブの神族が私の髪を掴み上げる、これではジギーよりも酷いじゃないか、もう私の身体は火傷でボロボロ、これ以上はやばいかなと落雷で無理やり覚醒させられる意識の中、ジギーが突然声を発した。



「今日はもうおしまいだ…!大事な実験動物モルモットを壊されちゃたまんねぇからなァ…!」



 ジギーは記録係と青ローブの神族二人を部屋から追い出すと、私を固定から外し、脇に抱えると足早に牢屋を目指した。半覚醒している意識の中、時折見える牢屋への道のりは窓もなくどこを歩いてるかも想像ができない、なんとも不可解な場所だと考えさせられる。



 ふと、脇に抱えられている最中、あの何度も質問をしてくる男なんかよりもジギーのほうがよっぽど自分を気遣ってくれていることがわかる、実験材料だからだろうか、私に振動が来ないように気をつけているように思える。属性検査で一喜一憂したり、実験結果を真面目な顔をして見つめていたり、見た目と話し方とは裏腹に意外と学者タイプなのかもなと、運ばれながらもそんなことを考える。



 最初に雷を投げ渡したときの様に私を冷たい床に投げ捨てると、苛立った様子で牢屋の扉を締め、部屋から出ていってしまった。まったく何もかも読めない男だ。



「雪!!」



「大丈夫か!俺の時と同じじゃねぇか…。」



「いや、雷よりも酷い…これはまた酷くやられたな…。」



 妹たちが駆け寄ってくる、今の自分の姿はそれほど酷いのかと想像する、治癒の魔法を三人と四人で代わる代わるかけてくれている。暖かい。



 治癒の魔法は光との属性を持っている者が効果を発揮できるらしい、その証拠に雷ややみの傷は私一人で治せていたが、今は全員で交互にやってやっと治っているというところだ。その中でもようの治癒魔法は私ほどとまでは行かないが他の妹たちよりも頭一つ抜きん出てると感じられる。



 ジギーが言っていた属性というのは意外と大事なもののようだ、自分が受けた落雷装置による傷も雷に比べると幾分酷い様に感じられる、これは雷が雷属性というのが関係しているのだろう。



 十分ほど治癒魔法を受けてやっと動ける様になった。背中に火傷の跡が残ってしまったが、これは仕方がないし、妹達を守った勲章だと思えばなんてことはなかった。



「ありがとう、助かったわ…。」



 泣きそうな顔をする妹たちをそっと撫でるときつく抱きしめられた。
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