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第一章 海岸都市とビリビリ娘

旅立ちへの兆し

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 ――ここは【海岸都市コルセア】、港町である。

 海は夕日にさらされて綺麗に輝き、空はオレンジ色に染まり海鳥が飛び、港では屈強な海の男達が魚を売りさばいたり船のメンテナンスをしたりしている。
 その港町の一角、巨大で、さも堅牢に作られているであろう建物に四人の女の子達が依頼を終えて帰ってきた、竜人りゅうじん族、獣人族、神族、人族、の四人組だ。

 その中の神族の一人が勢いよく扉を開けてカウンターに突撃していった。

「たっだいまー!!へっへー!今日も大物をぶっ潰して来てやったぜ、さぁ報酬をもらおうか!」

「おい、ライ、いつも一人で行くなと言っているだろう?私とカルラはまだいいが、リルのことを考えてやれ」

「あーーー!てめっライ!今日の報告はみんなでって約束だっただろーがー!」

「わりぃわりぃ、ついテンション上がっちまってさ、まぁいいだろ?報酬は俺が一番少なくて構わねぇからよ……リルもごめんな?」

「…私は別に大丈夫です…!むしろ追いつけなくてご迷惑かけているみたいで申し訳なくって…」
「いやいやいや、そんなことないって!いつも闘ってる最中に飛んでくるお前の魔法や回復には助けてもらってる!なくちゃならねー存在なんだぜ?おまえはさ。」

 そう言ってライはくしゃりとカルラの背中におぶされているリルの頭を撫でる。
 このリルという少女はとんがりぼうしにローブといういかにも魔法使い然とした格好をしている、見てくれからしても肉体を使うようには見えず、体力もあまりないようだ。

「てんめぇ~ライー、お前のがあたしより体力あるくせにさっさと先に行っちまいやがって…!おぶってついてくこっちの気持ちを考えろ!!」

「あっはっはっは!子犬ちゃんには山道は険しかったかな?ん?あっはっは!」

「やれやれ…どうしてそうお前たちはすぐにじゃれ合うんだ…他の人の迷惑になるから今はやめておけ、それより報告だ。」

 ライと狼の獣人であるカルラは上等だと叫びながら力比べをしている。それを尻目に竜人ドラゴニュートである彼女は受付で苦笑いをしている女性に声をかけた。

「あぁ、すまないリリー、うちのメンバーがいつも苦労をかける…」

「い、いえ!ジータさんが気にすることではありません!多少うるさくても“竜の息吹”の皆さんが活躍していただけるとギルドとしても助かりますから…!」

「ふふっ、そう言ってもらえると助かるな…さて、報酬を分配してくれないか?今日はロックバード、C級の魔物だ、私達の中では今までで一番の大物だからな、報酬は弾んでくれよ?これが目印の嘴だ、他にも爪とか、毛皮とか…」

「はい!たしかに!ロックバード討伐完了ですね!どれも素材の状態は良好ですね!報酬の大金貨二十八枚になります!少し色をつけさせてもらいました!」

 ロックバードとは主に石を喰らい嘴が異常な硬さに発達している、岩の多い山岳地帯に生息する鳥型の魔物であり、その嘴は武器や防具にもなったりしている。D級からC級へ上がる際の登竜門だとも言われていたりする…。

 それはさておき、受付のリリーという女性はにっこりと笑みを浮かべながらジータへと金貨の袋を手渡した、受け取ったジータは小さくありがとうと伝えると、未だに力比べをしている獣人と神族の二人に歩み寄り二人の頭に向かって思い切り拳を振り下ろした。

 大きく鈍い音が二つギルド内に響く。

「「ってぇええええええ!!!!」」

 二人して頭を抑えてしゃがみこんだかと思うと、間髪入れずにライが立ち上がりジータに食い掛かった。

「ってぇな!何しやがる!!」

「私は他の人の迷惑になるからやめろと言ったはずだが?」

「うっ……それを言われちまうとなぁ…」

 ジータの凛とした態度と物言いにライは何も反論できずたじろいだ、まるで姉に怒られている妹のようにも見えてしまう。

「まったく…すこしは落ち着くことはできないのかお前たちは…」

「「はいはい…悪うございやしたよ。」」

「はい、は一回」

「「へーい…」」

 こういうところだけはなぜかハモってしまうカルラとライ、根本的なところで二人は似ているところが多いのだ。

 ジータがため息をつきながらギルド内に併設されている酒場の一角の机に向かうと、ライとカルラ、遅れてリルがその席へと向かう、ジータが机の真ん中に金貨の入った袋をドサリと置くと、カルラは目を輝かせ、リルはワクワクといった表情を浮かべた。
 ライは特になんの反応もせず、ジータが袋から金貨をすべて机の上にぶちまけると、ライはすぐさまそこから二枚だけ拾い上げすぐに席を立った。

「俺はこれだけでいい。」

「ライさん、またそんな少ない報酬でなんて…たまにはみんなで山分けしましょうよ」

「いいんだよリル、俺はこれだけで十分だ」

「まぁいいじゃねーか本人がああ言ってんだしさ、残りはこっちで山分けしようぜ!」

「ライ…君は本当にそれでいいのか?毎回毎回周りよりも少なく報酬をもらって、生活は大丈夫なのか?ちゃんとした食事も、寝床も、あるんだろうな?」

「いいんだって!俺がこういってんだ、お前らは報酬が増えて良いことじゃねーか、最初に言ったろ?俺はその日暮らせる報酬だけありゃいいんだって…」

「しかし…」

「ままま!ライが納得してりゃいいじゃんか!な?リルも、ジータも!山分け配分、考えようぜ?あはは…」

「ま、そういうこった、俺の分が増えたからって喧嘩すんなよー?んじゃな。」

 ライはクルリと向きを変え、後ろ手に手を振りながらギルドから出ていく、残された三人はその後ろ姿を見えなくなるまで見つめていた。

「はぁー、しっかし、アイツも強情だねぇ、もらえるもんはもらっときゃいいのによー」

「何か事情があるんだろう…アイツはどこか…いつも生き急いでいるように見える…」

「そうですね…いつも自分のことをないがしろにしている気がします……それに、時折見たこともないような暗い顔をしている時があるんです…そういう時は決まって一人なんですけど、こちらが話しかけるとそれが嘘のように明るい表情になるんです…」

「アイツにも言いたくないことの一つや二つはあるってことだろ、考えたってしょうがねぇって」

「うぅむ、そう…だな。」

 三人はいなくなったライのことに思いを馳せながら山分けについて話をまとめていく、この後、三人の間で壮絶なジャンケン大会が行われたのは誰も知らない…。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 一方その頃…。

 雪はボケーッとしながら自分らの寝所のキッチンで大きな寸胴鍋をかき回していた。

 埋葬を開始してから四年が経ち、全ての村民の墓標は建て終わった。最初の頃は掘っ立て小屋だった建物も今では立派な家となり、二階はなけれど寝室、キッチン、リビング、お風呂にトイレと、少しづつ増築して綺麗な物となっている。雪はというと顔にあどけなさはなくなり、優しげな目元に肩甲骨下あたりまで伸びた黒い髪、スタイルも良くなり胸はDまで育ち身長も伸びた、大人の女性と言っても既に遜色はない。

「はぁ…。」

 鍋をかき混ぜていると時折、自分でも無意識なうちにため息をついてしまっている、村に住んでいた皆さんの墓標を丘の上に建てて、キチンと埋葬は出来た、だからこそ今になって自分の妹たちのことが日を増す毎に気になり始めている、でもこれまでお世話になったジギーとベンスさんを放り出して追いかけるのも気が引けるしなぁ…。

「……い…おい、雪…雪!」

 肩を掴まれて体をびくりと跳ねらかすと意識が思考の中から現実へと引き戻される。

「ひゃい!あ、えっと、なにジギー、どうかした?」

「竈の火、消えてんぞ、いつまでかき混ぜてんだよ…」

「え?あらホント…あはは、気づかなかったわ…ありがとう」

「はぁー…最近お前、ぼーっとしてる事多いぞ?何かあったのか…?」

 雪のおでこを軽くはたき、コーヒーを淹れるといつも食事を取っているダイニングの椅子へと腰掛けた。

「ううん、何でもないのよ、心配かけちゃってごめんなさいね…」

「……ったく、心配してんのはお前だろ?もう埋葬も終わったし、気になりはじめてんじゃねぇのか…?妹たちのこと」

「…うっ……い、いいのよ…あの子達は強い子たちだもの…!きっと今だって元気に強く逞しく、生きているはずだわ!うん、きっとそう!そうに違いないわ…!」

 正直に言ったら今すぐ駆け出して探しに行きたい、でもそんな恩を仇で返すような事私には出来ない、今は自分にきっと無事だと言い聞かせていればそのうちいい案が出るはずよ、たぶん…きっと…maybe。

 雪が眉間に皺を寄せながらウンウン唸っているとそこへ魚を取りに川へ行っていたベンスがキッチンへと入ってきた、入ってくるなり手を上げて肩を竦めるジギーと眉間に皺を寄せている雪を見渡し、大きく咳払いをした。

「おっほん!とりあえず、四匹採れた、ただいま」

「あら、ベンスさんありがとうございます!これでお腹いっぱいのお夕飯になるわね!」

「まぁまぁまぁ、魚を焼きに行く前にここに座れ」

「え?あ、はい…。」

 右斜め前にジギーその逆側にベンス、なんだか尋問をされるかのような座り位置になってしまったわ、ジギーは呆れた顔をしているし、ベンスさんはいっつもしかめっ面だけどいつにも増してしかめっ面だし…これから何を言われるのかしら…。

 と思っていると、ベンスさんが小さくため息をついて口を開いた。

「あのなぁ、雪…儂らはずっとお主らに酷い事をしてきたと思っておる…それが仕事であっても到底許されないことだったとは重々承知しているつもりじゃ…雪はそんな儂らを許す、と言ってくれた…それに、儂らの仲間の弔いも、あまつさえ儂の息子でさえもきちんと弔うと言ってくれた…だからお主が妹を探しに行きたいといえば埋葬の途中でもすぐに行かせてやるつもりだったんじゃ、でもお主はちゃぁんと最後までやってくれた、それには感謝しかないし、儂はそれだけでもう十分なのじゃよ…」

「だから…なぁ?………その、俺たちのことはもういいから、そろそろ妹たちを探しに行ってやれ、ってことが言いてぇんだよ…そのへんは察してくれ…。」

「でも…私まだ今まで教えて貰ったこととか、お返しが出来ていないのよ…?」

「だぁぁ!もうそれはいいっつってんだろ!!今まで一緒に生活してきた中でそれはチャラ!もう十分すぎるほど俺たちはもらっちまってるんだよ!わかれ!」

「うむ、まぁそういうことじゃ…もし、それでも思うところがあるのであれば、それはお主の妹たちに与えてやるんじゃ…」

「ジギー…ベンスさん…」

 顔の赤くなったジギーと珍しくすごく優しい笑みを浮かべているベンスさんを見て私はなんだか嬉しくなった、ジギーはポンポンと私の頭を撫でると、ちょっと大きめのバッグを手渡してきた。

「これは俺とジジィからの選別だ、食料、下級のポーション、その他諸々入ってるぜ、旅をするのに必要なものが入ってる、他に入用のものがあれば言え、俺たちで揃えてやっからさ…」

「ふむ、話はまとまったようじゃな、それでは夕餉にして明日に備えて寝るとしようか、近いうちに出発するんじゃからな…!」

 私は二人から貰ったバッグをギュッと抱きしめると、夕ご飯の支度を始めた、その日の夕飯はとっても楽しくて、暖かくって、もうすぐこの食卓が囲めなくなると思うとちょっぴり寂しくなったけど、その日の夜、こんなに暖かい気持ちで眠れたのは初めてだった。
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