正義の味方にストーカーされてます。【裏・没ネタ集】

ゆず

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裏・没ネタ

酔いどれの誤算

『はじめに』

恋人未満、でも付き合う一歩手前。
グリーンとトオルさんの、そんな関係性のお話です。
たまには、あまーいお話が書きたくなりました。

************


グリーンに「一緒に飲みませんか」と誘われた。

いつも俺のバイト先のバーに顔を出すときは、グリーンだけが飲んで、俺はカウンターの向こう側。
同じ酒を、同じ立場で口にするのは――考えてみれば、これが初めてだ。

場所はグリーンの家。
テーブルの上には、缶ビールからワインまで、やけに幅広い酒が並んでいる。
下手をすると、店より揃っているんじゃないかと思うほどだ。

それより気になるのは、やたらと近い距離だ。
向かい合ってソファに座るわけではなく、気づけば隣に腰を下ろされていて、肘が触れそうな距離でグラスを差し出される。
……まあ、隣に座るのはいつものことで、向かい合って座る方が珍しいと言えば珍しいんだが。

「トオルさん、意外とお酒、強いんですね」

「んー……酔ったことは、ねぇな」

そう返すと、グリーンは何も言わずに、静かに笑った。肯定とも否定ともつかない、その曖昧な表情が、なぜか少しだけ胸に引っかかる。

仕事柄、多少は飲む。
客に付き合うこともあるが、潰れた記憶は一度もない。

グラスが空くたびに「次、どうぞ」と声がかかり、断る間もなく酒が注がれる。
まあ、酔わねぇからいいけど。上戸なんだろうな、とぼんやり思いながら酒を飲み進める。

けれど、俺と同じようなペースで飲んでいたはずのグリーンは、いつの間にか頬をほんのり染めていた。
さすがに十杯を超えれば、酒に強い人間でも酔いは回るだろう。視線の焦点も、どこか定まっていないように見える。
気のせいかもしれないが、目が合っても、わずかに遅れて返ってくる感じがする。

「お、おい。グリーン、大丈夫か?顔、赤いぞ」

「ええ、問題ありません。私は――」

言い切る前に、隣に座っていた身体がふらりと揺れた。ソファの上でバランスを崩し、前のめりに倒れかける。
反射的に、腕を伸ばしていた。

「本当に大丈夫かよ」

肩を掴み、そのまま体重を受け止める。
カウンター越しに、酔った客が崩れそうになったときに支える、あの感覚だ。

「……すみません」

真横から聞こえた声と同時に、体温がはっきり伝わってくる。

「いいから。無理すんな」

そう言って、肩に回した手に少し力を込めると、グリーンは一瞬だけ息を詰めた。

「……トオルさん」

呼び方が、いつもより少しだけ弱い。

「ほら、後ろにもたれ掛かっとけ」

半ば押すように、ソファに寝かせるつもりで力を加える。抵抗はなく、大人しくソファへともたれかかるグリーン。

「水、持ってくる」

そう言って立ち上がろうとした瞬間、服の裾を、きゅっと掴まれた。

「……トオルさん」

小さくて、掠れた声。

振り返ると、グリーンは困ったみたいに眉を下げている。
いつもなら余裕たっぷりで、何でも見通しているような顔をしているくせに。

「どうした」

問いかけても、返事はない。その代わり、ぐっと距離を詰められた。

腕が回され、抱き寄せられる。
甘えるみたいに首元へ顔を埋めて、すり、と擦り寄せてくる。髪が触れてくすぐったい。

――こいつ、酔うとこうなるのか。

「……ほんとうは」

耳元で、息がかかるほど近い声。

「トオルさんを、酔わせたかったんです」

「だろうな」

想定外だった、というのは容易に想像がつく。
何を期待していたかは知らないが、俺がまったく酔わないなんて、計算に入ってなかったんだろう。

「酔ったら……トオルさんがどうなるのか、気になって」

抱きしめる腕に、わずかに力がこもる。

「甘えるトオルさんとか……警戒心が緩むトオルさんとか。いろいろ、想像してしまって」

「そりゃ、残念だったな」

そう言いながら、背中を軽く叩く。
慰めるつもりの一言だったはずなのに、グリーンは小さく息を吐いて、さっきよりもはっきりと体重を預けてきた。

「残念、でした……なので」

ほんの少し間を置いて、耳元で囁かれる。

「今日はトオルさんに、私が全力で甘えることにします」

言い終わるより早く、首元に柔らかな感触が落ちた。触れるだけの軽い口付けが、やけにくすぐったい。

「……っ」

思わず身をよじると、それが可笑しかったのか、グリーンは喉の奥で小さく笑う。

――甘えるって、そういう意味かよ。

俺は小さくため息をつきながら、逃げる代わりに、その背中へそっと手を回した。
首元に触れる感触は、一度きりでは終わらない。

確かめるみたいに、間を置いて、もう一度。

「……くすぐったそうですね」

耳元で、少し拗ねた声。

「くすぐってぇな」

「では、これならどうですか?」

顎を持ち上げられ、そのまま唇にキスが落ちてくる。逃げ場のない距離で、舌まで絡める濃厚な口付け。

ったく、この酔っぱらいが。
そう思いながらも、しばらくは抵抗せずに身を任せていた。

やがて唇は離れるが、距離はほとんど変わらない。至近距離に、グリーンの顔。

「……逃げませんね」

「逃げてほしいのかよ?」

そう返すと、グリーンは一瞬だけ言葉を失った。それから、ほっとしたみたいに息を吐いて、さらに距離を詰めてくる。
腕が背中に回され、額が俺の肩に押し付けられた。

「……ずるいです」

「何が」

「こういう時、普通は……もっと動揺するものだと思っていました」

「客が酔って絡んでくるの、何度も経験してるしな」

「酔った客に、キスまで許すんですか?」

「…許すわけねぇだろ」

淡々と返すと、グリーンは小さく笑った。

「本当に……手強いですね」

そう言いながらも、離れる気配はまったくない。むしろ、指先が服の裾を掴み、逃がさないように力を込めてくる。
甘えが、少しずつ遠慮を失っていく。それでも俺は、背中を撫でる手の動きを変えなかった。

「この酔っぱらいが。今日は大人しくしとけ」

「……はい」

驚くほど素直な返事。そのまま俺の胸元に顔を埋めて、静かに動かなくなる。

「……ここ、落ち着きます」

「そりゃどうも」

甘えたいなら、満足するまで甘えればいい。

呼吸が整うまでは、付き合ってやるよ。
そう思いながら、俺は静かに背中を撫で続けた。

――この距離で触れられているのに、離れようとも思わず、受け入れている自分が少し怖かった。

ーーーーーーーーーー

【後日談】

いつものバー。バイト中。

「ありがと!」

遊びに来ていた桃崎が、カウンター越しにそう言ってグラスを受け取る。

「そういえば……グリーンって、酒、意外と弱いんだな」

その一言に、ピンクが一瞬だけ瞬きをした。

「いや、全然。めちゃくちゃ強いよ?」

今度ははっきりと首を傾げながら言う。

「酔ってるとこ、見たことないし。飲み会だと、毎回潰されてるのは青井くんとか黄瀬くんとかだし」

「……え?」

頭の中で、昨夜の光景が一気にフラッシュバックする。

距離の近さ。
やけに素直な態度。
甘えるみたいな仕草。
――あれは。

「あ、あいつっ……!」

「え?」

間の抜けた声で聞き返してくる桃崎を前に、俺は何も言えなくなった。
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