正義の味方にストーカーされてます。〜俺はただの雑魚モブです〜

ゆず

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俺の背後に立つな4

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ハスキーの足音が、床を軽快に叩きながら一直線にこちらへ向かってくる。その勢いは完全に“遊び相手を見つけた犬”のそれだ。
しっぽはぶんぶん、耳は嬉しそうにピンと立ち、全身で喜びを爆発させている。

(……来るな。ほんとやめてくれ)

心の中でだけ必死に祈りつつ、俺は黄瀬の背後に張りついたまま動かない。両肩をしっかり押さえ、ガッチリ固定する。一方、当の黄瀬は状況を一ミリも理解していない。

「トオルさん?ねぇどういう状況!?なんか押されてんだけど!?」

「……うるせぇ。動くな。そのままでいろ」

「いやいやいやいや!なんで!?何が起きてんの!?なんで俺前に立たされてんの!?!」

前方のハスキーはもう数歩で届く距離。足取りは弾み、呼吸も弾み、期待値だけが異様に高い。
まるで、ずっと会いたかった相手を見つけた犬のように、キラキラした目でこっちを見つめている。

(……近い。もう無理だ)

俺の内心が静かに死にかけている一方で、事情を把握していない黄瀬は焦り混じりに騒ぐ。

「無理無理無理無理!!こんなとこ見られたら俺、グリーンに殺されるって!!!」

俺は真顔のまま、淡々と事実だけ返す。

「その前に俺が死ぬから大丈夫だ」

「ねぇ会話成り立ってる!?!?」

黄瀬は振り返ろうとするが、俺は肩に力を込めて正面へ戻させる。

「前向け。……来るぞ」

「来る!?何が!?ちょ、トオルさん説明して――あ、え?犬!??」

その声に反応するように、ハスキーが勢いを少し緩め、黄瀬の真正面でふわりと立ち止まる。尻尾は振り切れそうな勢いでぶんぶんと揺れ、嬉しさが体ごとこぼれている。

キラッキラの瞳が黄瀬を一度見上げ――
そのまま、ゆっくりと黄瀬の“背後”へと視線が滑っていく。まるで、隠れている“本命”を探すように。

「随分と懐っこい犬だなぁ?」

呑気な声を漏らしながら、黄瀬が興味本位で一歩、前へ踏み出す。
その小さな動きだけで、犬との距離は一気に縮まり、指先が触れられそうな距離になる。

(……やめろ)

考えるより早く、体が動いていた。反射的に黄瀬の腰へ腕を回し、後ろへ引き戻すように抱き込む。

突然後ろから抱き込まれた黄瀬は、条件反射で間の抜けた声を上げた。

「えっ、ちょっ、うわ!?なに!?なんで抱きつかれてるの俺!!?」

俺は無表情のまま、腕にほんの少しだけ力を込める。

「……触るな。近寄るな」

「え、待ってどういうこと!?ていうか見られたら俺ガチでヤバいんだけど!?とりあえず離れよ!?!」

「無理」

「なんで!!?」

必死な黄瀬とは対照的に、俺はほとんど表情を変えない。だが抱きつく腕には、わずかな緊張が走っている。

前方では――
黄瀬と俺がくっついているその様子を見たハスキーが、さらに尻尾を勢いよく振りながら、嬉しさ全開でこちらへ近づいてきていた。

「ワフッ!!」

――あ、来る。元気すぎる鳴き声とともに跳びかかろうとした、その瞬間。

空気を真っ二つに裂くような、低く冷たい声が降ってきた。

「…………お座り」

場の空気が、一拍で凍りついた。

跳びかかりかけたハスキーは、前足を宙で止めたままピタリと着地し、尻尾の勢いもすっと消える。
耳がぴんと立ち、背筋は伸び、全身が“命令待ち”の姿勢に変わった。まるで、本能で従わざるを得ない主を前にしたかのように。

声の主は――
いつの間にそこへ来たのか、黄瀬の背後、そして俺のすぐ横に立っていた。

グリーンだ。

サングラス越しに、笑みとも無表情ともつかない柔らかな顔を保ちながら、静かにハスキーを見下ろしている。
雰囲気は柔らかいのに、その場の空気だけ鋭く制圧していた。

「……よくできました」

その一言で、ハスキーは完全に大人しく座り込んだ。ただ俺と黄瀬も、同じようにその場で固まった。
冷や汗をだらだら流しながら、黄瀬がぎこちなくグリーンへ向き直る。

「あ、あの、これは違うからな?誤解すんなよ‥?」

必死に弁明しつつ、俺を引き離そうと黄瀬が腕を動かす。

ハスキーが飛びかかってくる心配はグリーンのおかげで一応なくなった。だから物理的には、もう離れてもいい。

……はずなのだが。

グリーンの視線の圧が、皮膚の表面をゆっくり焼くみたいに刺さってくる。
ハスキーとはまったく別種の恐怖が背中を這い上がり、嫌な汗がじわりと滲んだ。

「ちょ、トオルさん!?なん、なんで?!なんで離れないの?!」

そう、結果。俺は黄瀬から離れられなかった。
黄瀬がちらりと俺を振り返り――蒼白になる。

「ちょ、トオルさん!?俺のこと殺したい!?!?」

叫びが裏返っている。もちろん俺は変わらず無表情で返す。

「……俺が離れたら、もっとヤバい」

「もっと!?今以上に!?!?」

黄瀬の声が裏返り、半泣きになっている。
そのすぐ背後で――グリーンが、一歩。ただそれだけの動作で、周囲の空気が数度下がったように感じた。

微笑んでいる。形だけは、いつもと変わらない柔らかな笑みだ。
……だが、その奥に潜んでいるものは明らかな“怒気”。

「……トオルさん」

丁寧で落ち着いた声。その落ち着きが逆に怖い。
グリーンは、俺と黄瀬の距離を数秒ほどじっと見つめてから、さらに柔らかい笑みを深めた。

「黄瀬なんかよりも、私の後ろの方が安全だと思いますが?」

……いや、それはそうなんだが。お前のほうが今こえぇんだよ。心の中でだけ、静かに全力ツッコミを入れた。

「うん、そうだよ!グリーンのとこ行っといでよ!」

黄瀬が必死すぎる声で背後にいる俺へ言う。
まるで俺を差し出すことが唯一の生存ルートみたいに。

「‥俺を殺すのかよ」

淡々と返したが、黄瀬は即答する。

「いや、死ぬの確実に俺ね!?!?」

声の裏返りっぷりが、本気で怯えているのを物語っていた。俺は無表情のまま言う。

「……どのみち俺は今離れられねぇから、お前が盾だ」

「なんでそんな落ち着いて言えるの!?俺の命の値段安くないからね!?!?」

そのやり取りを聞きながら、グリーンは変わらない柔らかな笑みを張りつけたまま、さらに一歩、こちらへ近づいた。
空気がまたひとつ冷える。

「……お二人とも、仲がよろしいようで」

その声音は丁寧なのに、背筋が凍るほど怖かった。
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