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冬、慰め。
冬にはこんなこともあった。
道場の外には雪がちらついていた。
身を切るような寒さのはずなのに、先ほどまで試合をしていた俺にとっては、逆に心地よく感じられる。
白く色づいた息を吐くと、身体に籠っていた熱が眼に見えて分かるようで少し面白い。
何気なく足元に積もる雪を眺めて時間をつぶす。
今日はあいつと帰る約束をしていたのだが……。
……遅い。
思わず、ため息をこぼす。頭をがしがしと掻いて、俺は道場へと引き返した。
明かりのついていない道場。暗すぎて窓から覗く雪がやけに光って見える。
果たして、その暗がりの中にあいつは居た。
竹刀をひたすら振るその横顔は真剣。
けれども、どこか沈んで見えるのは気のせいじゃないだろう。
俺はその姿に深く息を吐き出す。
「なにしてんの?」
静かなこの場に俺の言葉はやけに大きく響いた。
安達は竹刀を下ろして、滲む汗を拭う。
「……素振りしてます。」
その返答につい眉を顰める。
「見りゃ分かるが。もう遅い、帰るぞ。」
「……でも」
まだ足りない、そんな言葉が安達の瞳に浮かんでいるようで、俺は吐き捨てるように言葉を発した。
「でもじゃねぇ。帰るぞ、準備しろ。」
「……はい。」
俺の言葉に安達は肩を落とす。竹刀を握っているその手にいつもの力強さは感じられない。
また一つ息を小さく零して、俺は安達へとゆっくり近づいた。
「あのなぁ……悔しいのは分かるが、ちょっと落ち着け。オーバーワークは良くないぞ?」
なだめるように言い、その肩にぽんと手を置いた。安達はぴくり、と背を揺らす。
「……もっと強ければ、こんな気持ちになることはなかったんですかね。」
ぽつり、零された言葉は、存外大きく響いた。
「そうだなぁ……、強ければ負けることはないからな。」
俺の言葉に安達は小さく唇を噛む。その表情に小さく笑って、道場の床に片膝を立てて座る。
俺は、横をぽんぽん、と叩いて、隣に座るように促した。
その合図に従って、安達もゆっくり腰を下ろす。
「でも、負けることで気づけることもある。そうだろ?」
項垂れた安達の髪に手を伸ばした。
そして、震える子犬をそっと暖めるように、ゆっくり撫でてやる。
不意に伸ばされた手に、安達の肩がぴくりと揺れた。
けれど、抵抗はされない。むしろ、どこか安心しているようにさえ見えた
「それに、お前はまだ一年。これからどんどん伸びるさ。この経験もきっと生きる。」
「……そうですかね。」
力なく零されたその言葉に、あぁ、と笑って返した。
「大丈夫、俺が保証する。」
その言葉にぴくり、と肩を震わせた後、
「……ありがとうございます。」
と小さく吐き出した。
落ちる沈黙。
舞い降りる雪をしばらくぼんやりと眺めていると、安達がゆっくり顔を上げた。
「落ち着いたか?」
「……はい、ありがとうございます。」
いつも通り、とはいかないものの、その顔には少し覇気が戻っていた。
俺はにっと笑って立ち上がる。
「よし、帰るか。……ってか俺と帰る約束忘れてただろ?」
「あっ。…………忘れてました、すいません。」
俺のその声にそろそろと目線をそらして呟く。やばい、と思っているのが丸わかりだ。
その顔に俺は思わず吹き出す。
「ふは、お前、意外と顔に出るよなぁ!」
「……始めて言われました。そんなこと。」
すこしむっとしながら返した安達に笑いが止まらない。
「……帰りますよ。」
「あっ、散々待たせたくせに置いていくなよ!」
「……先輩が笑い転げてるからです。」
「うるせぇ。」
ぶっきらぼうに返しながらも、すっかり元通りの雰囲気に胸の奥では安堵が広がっていた。
横を歩く安達の横顔には、ほんのわずかに赤みが差している。
それを見て、また笑いが込み上げてきた。
そんな俺を安達はじとりと睨む。
「……ほんとに置いていきますよ。」
「あ、おい! 待てよ!」
そんなやりとりが冬の夜に溶けていく。それが何だか、不思議と心地よかった。
道場の外には雪がちらついていた。
身を切るような寒さのはずなのに、先ほどまで試合をしていた俺にとっては、逆に心地よく感じられる。
白く色づいた息を吐くと、身体に籠っていた熱が眼に見えて分かるようで少し面白い。
何気なく足元に積もる雪を眺めて時間をつぶす。
今日はあいつと帰る約束をしていたのだが……。
……遅い。
思わず、ため息をこぼす。頭をがしがしと掻いて、俺は道場へと引き返した。
明かりのついていない道場。暗すぎて窓から覗く雪がやけに光って見える。
果たして、その暗がりの中にあいつは居た。
竹刀をひたすら振るその横顔は真剣。
けれども、どこか沈んで見えるのは気のせいじゃないだろう。
俺はその姿に深く息を吐き出す。
「なにしてんの?」
静かなこの場に俺の言葉はやけに大きく響いた。
安達は竹刀を下ろして、滲む汗を拭う。
「……素振りしてます。」
その返答につい眉を顰める。
「見りゃ分かるが。もう遅い、帰るぞ。」
「……でも」
まだ足りない、そんな言葉が安達の瞳に浮かんでいるようで、俺は吐き捨てるように言葉を発した。
「でもじゃねぇ。帰るぞ、準備しろ。」
「……はい。」
俺の言葉に安達は肩を落とす。竹刀を握っているその手にいつもの力強さは感じられない。
また一つ息を小さく零して、俺は安達へとゆっくり近づいた。
「あのなぁ……悔しいのは分かるが、ちょっと落ち着け。オーバーワークは良くないぞ?」
なだめるように言い、その肩にぽんと手を置いた。安達はぴくり、と背を揺らす。
「……もっと強ければ、こんな気持ちになることはなかったんですかね。」
ぽつり、零された言葉は、存外大きく響いた。
「そうだなぁ……、強ければ負けることはないからな。」
俺の言葉に安達は小さく唇を噛む。その表情に小さく笑って、道場の床に片膝を立てて座る。
俺は、横をぽんぽん、と叩いて、隣に座るように促した。
その合図に従って、安達もゆっくり腰を下ろす。
「でも、負けることで気づけることもある。そうだろ?」
項垂れた安達の髪に手を伸ばした。
そして、震える子犬をそっと暖めるように、ゆっくり撫でてやる。
不意に伸ばされた手に、安達の肩がぴくりと揺れた。
けれど、抵抗はされない。むしろ、どこか安心しているようにさえ見えた
「それに、お前はまだ一年。これからどんどん伸びるさ。この経験もきっと生きる。」
「……そうですかね。」
力なく零されたその言葉に、あぁ、と笑って返した。
「大丈夫、俺が保証する。」
その言葉にぴくり、と肩を震わせた後、
「……ありがとうございます。」
と小さく吐き出した。
落ちる沈黙。
舞い降りる雪をしばらくぼんやりと眺めていると、安達がゆっくり顔を上げた。
「落ち着いたか?」
「……はい、ありがとうございます。」
いつも通り、とはいかないものの、その顔には少し覇気が戻っていた。
俺はにっと笑って立ち上がる。
「よし、帰るか。……ってか俺と帰る約束忘れてただろ?」
「あっ。…………忘れてました、すいません。」
俺のその声にそろそろと目線をそらして呟く。やばい、と思っているのが丸わかりだ。
その顔に俺は思わず吹き出す。
「ふは、お前、意外と顔に出るよなぁ!」
「……始めて言われました。そんなこと。」
すこしむっとしながら返した安達に笑いが止まらない。
「……帰りますよ。」
「あっ、散々待たせたくせに置いていくなよ!」
「……先輩が笑い転げてるからです。」
「うるせぇ。」
ぶっきらぼうに返しながらも、すっかり元通りの雰囲気に胸の奥では安堵が広がっていた。
横を歩く安達の横顔には、ほんのわずかに赤みが差している。
それを見て、また笑いが込み上げてきた。
そんな俺を安達はじとりと睨む。
「……ほんとに置いていきますよ。」
「あ、おい! 待てよ!」
そんなやりとりが冬の夜に溶けていく。それが何だか、不思議と心地よかった。
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