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届かぬ、祈り。
本棚に囲まれたこの部屋は、紙と、そして少し埃っぽい匂いがする。
図書館の書庫のような、そんな不思議な匂いがざわつく心を少し落ち着かせてくれた。
申し訳程度に用意されたボロい机と椅子には、もうすでに何人か座っている。
その中に、見慣れた姿を見つけて、頬が緩んだ。
「よっ、涼。お疲れ。」
「お疲れ。……なんか眠そうだね、お前。」
読みかけの本を閉じて、こちらを見上げる鶯色の目。
さらり、と音を立てそうなくらい綺麗な黒髪を揺らしてこちらを窺っているのは、俺の友人、松井涼。
大学で一番長く一緒にいる奴だ。
「この時間は誰だってそうだろ。眠いのは仕方ない。で、今年も新二年入ってくるんだよな?」
「そうらしい。でも3人って聞いた。結構少ないんじゃない?」
そう言って、涼はわずかに肩をすくめた。
「やっぱ人気ないよなー、ここ。」
「まぁ、文学なんてやって将来何に使うんだって話ではあるよね。」
「確かに。」
相変わらず辛辣な松井の言葉に苦笑する。
こういうところもあるが、打てば響くようなこいつとの会話は純粋に楽しい。
松井の細い指先が、本の裏表紙をゆっくり撫でる。
その表情はどこか優し気に見えて、本当に本が好きなんだなぁ、と思う。
俺も結構本は読むほうだが、こいつほどではない。
「本の虫」という言葉が本当によく似合う男だ。
その様子をほほえまし気に眺めていると、建付けの悪い後ろの扉がギギギ、と音を立てて開かれた。
音につられて、そちらに視線をやる。
その姿が目に入った瞬間、呼吸が止まった。
心臓がどくんと跳ねて、周りの音が徐々に遠くなる。
騒がしい心臓の音だけが頭に響いた。
……おいおい神様。それはないんじゃないでしょうか。
ふわふわとした、触り心地が良さそうな黒髪。
金の瞳は蜜のように甘いが、しかしながら、どこか真摯な印象を与える。
今は落ち着いているが、この視線が研がれた刀のように鋭くなる瞬間を俺は知っていた。
跳ねる心臓は未だ落ち着かない。頭は真っ白になって、思考はどこかへ飛んでいった。
間違いなく、あの日振られた相手、それでいて今も俺が恋心を燻ぶらせている相手――安達快がそこに立っていた。
――嘘だろ。いや、大学にいることは知ってたけど! なんでこのゼミ!? 神様、本当に勘弁してください。
ふいに、その金の瞳と視線が交わる。
そいつは大きく目を見開いた後、少し間を置いて、ぺこりと小さく頭を下げた。
その仕草はやけにあの頃を思い出させて、つい眉を顰めてしまう。
「……あらた、新。ねぇ、大丈夫?」
涼の呼び声に、はっと意識が現実に戻される。
それと同時に周囲の音が一気に戻ってきて、急に世界が騒がしくなった。
涼の目には心配の色がありありと浮かんでいる。少し申し訳ない。
「大丈夫。……ちょっと、驚いただけだ。」
「何?知り合い?」
なんと返そうか一瞬迷う。けれど、ここで変に嘘をつくのもおかしい気がしてm素直に答えることにした。
「まぁ、高校の後輩。」
涼は一瞬、こちらを疑うような視線を寄越した後、
「ふぅーん。」
そう一言呟き、視線を本へと落とした。
「え、何。」
涼は答えない。
不思議な反応をした涼が気になるけれど、ついつい安達の方へ視線を戻してしまう。
席に座ったあいつは、なぜかまだこちらを見ていた。
いやなんでだよ。気まずさから思いっきり視線を逸らしてしまう。
あいつの顔が視界に入る度にあの日の絶望が頭を掠める。一刻も早くここから立ち去りたい。
……頼む、早く教授来てくれ……
そんな俺の切実な願いが届いたのか、教授が慌てて研究室へと駆け込んできた。
「はぁっ、はぁっ。遅れて、すいません。」
やっとゼミの顔合わせが始まった。
――どうか早く俺を解放してください、神様。
図書館の書庫のような、そんな不思議な匂いがざわつく心を少し落ち着かせてくれた。
申し訳程度に用意されたボロい机と椅子には、もうすでに何人か座っている。
その中に、見慣れた姿を見つけて、頬が緩んだ。
「よっ、涼。お疲れ。」
「お疲れ。……なんか眠そうだね、お前。」
読みかけの本を閉じて、こちらを見上げる鶯色の目。
さらり、と音を立てそうなくらい綺麗な黒髪を揺らしてこちらを窺っているのは、俺の友人、松井涼。
大学で一番長く一緒にいる奴だ。
「この時間は誰だってそうだろ。眠いのは仕方ない。で、今年も新二年入ってくるんだよな?」
「そうらしい。でも3人って聞いた。結構少ないんじゃない?」
そう言って、涼はわずかに肩をすくめた。
「やっぱ人気ないよなー、ここ。」
「まぁ、文学なんてやって将来何に使うんだって話ではあるよね。」
「確かに。」
相変わらず辛辣な松井の言葉に苦笑する。
こういうところもあるが、打てば響くようなこいつとの会話は純粋に楽しい。
松井の細い指先が、本の裏表紙をゆっくり撫でる。
その表情はどこか優し気に見えて、本当に本が好きなんだなぁ、と思う。
俺も結構本は読むほうだが、こいつほどではない。
「本の虫」という言葉が本当によく似合う男だ。
その様子をほほえまし気に眺めていると、建付けの悪い後ろの扉がギギギ、と音を立てて開かれた。
音につられて、そちらに視線をやる。
その姿が目に入った瞬間、呼吸が止まった。
心臓がどくんと跳ねて、周りの音が徐々に遠くなる。
騒がしい心臓の音だけが頭に響いた。
……おいおい神様。それはないんじゃないでしょうか。
ふわふわとした、触り心地が良さそうな黒髪。
金の瞳は蜜のように甘いが、しかしながら、どこか真摯な印象を与える。
今は落ち着いているが、この視線が研がれた刀のように鋭くなる瞬間を俺は知っていた。
跳ねる心臓は未だ落ち着かない。頭は真っ白になって、思考はどこかへ飛んでいった。
間違いなく、あの日振られた相手、それでいて今も俺が恋心を燻ぶらせている相手――安達快がそこに立っていた。
――嘘だろ。いや、大学にいることは知ってたけど! なんでこのゼミ!? 神様、本当に勘弁してください。
ふいに、その金の瞳と視線が交わる。
そいつは大きく目を見開いた後、少し間を置いて、ぺこりと小さく頭を下げた。
その仕草はやけにあの頃を思い出させて、つい眉を顰めてしまう。
「……あらた、新。ねぇ、大丈夫?」
涼の呼び声に、はっと意識が現実に戻される。
それと同時に周囲の音が一気に戻ってきて、急に世界が騒がしくなった。
涼の目には心配の色がありありと浮かんでいる。少し申し訳ない。
「大丈夫。……ちょっと、驚いただけだ。」
「何?知り合い?」
なんと返そうか一瞬迷う。けれど、ここで変に嘘をつくのもおかしい気がしてm素直に答えることにした。
「まぁ、高校の後輩。」
涼は一瞬、こちらを疑うような視線を寄越した後、
「ふぅーん。」
そう一言呟き、視線を本へと落とした。
「え、何。」
涼は答えない。
不思議な反応をした涼が気になるけれど、ついつい安達の方へ視線を戻してしまう。
席に座ったあいつは、なぜかまだこちらを見ていた。
いやなんでだよ。気まずさから思いっきり視線を逸らしてしまう。
あいつの顔が視界に入る度にあの日の絶望が頭を掠める。一刻も早くここから立ち去りたい。
……頼む、早く教授来てくれ……
そんな俺の切実な願いが届いたのか、教授が慌てて研究室へと駆け込んできた。
「はぁっ、はぁっ。遅れて、すいません。」
やっとゼミの顔合わせが始まった。
――どうか早く俺を解放してください、神様。
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