30 / 35
近くて、遠い。
しおりを挟む
教室のドアを潜ると、見慣れた黒髪と金色の瞳。
俺を見つけるなりぱっと顔を輝かせたそいつに心の中で大きくため息を零す。
「おはようございます、桐越先輩。」
「……。おはよう。」
耳と尻尾が見える気がする。
しかも、随分とご機嫌そうに尻尾が揺れている。幻覚だろう。
きらきらとこちらを見つめて来る安達の視線から逃れるように、涼の横へと腰を下ろした。
「……あれ、いいの?」
「いいの。」
安達と涼、二つの視線がぐさぐさと刺さる。気まずい。
それらと目が合わないように、さっさと手元の講義資料へと視線を落とした。
ゼミでの衝撃的な再会から、一か月。
あいつはずっとあんな調子だ。
食堂、図書館、講義室。所かまわず付きまとってくる。
俺はそれから逃げ回るしかなかった。
飽きもせず俺の後を付いて回るこいつに、辟易する。
俺はこいつに笑顔を向けられるだけでダメージを負うというのに、呑気なものだ。
一秒でも早くやめてほしいと、心の底から願う。
けれど、その手を完全に拒否できない俺は、やはり弱い。
こんなにも、心は傷ついているのに。
重いため息を一つ零して、面白くもない授業をぼんやりと聞き流した。
昼休み。
油とスパイスが混ざったような重たい匂いが充満している食堂。そこは今日も人でごった返している。
空いている席はないかとトレーを持ってうろうろしていると、隣に並ぶ影が一つ。
嫌な予感に、また深くため息を零す。
「先輩、あっち空いてますよ。」
「そうか、お前が座ればいいんじゃないか?」
「……二つ空いてますよ。」
――二つ空いてますよじゃねぇんだよなぁ。
じとりと睨む俺の視線を完全に無視して、こいつはその席を少し後ろへ下げる。
どうぞ、と手で座るように促されたら、もうどうしようもない。
仕方なくその席へと腰を下ろすと、周囲のざわめきが一段と耳についた。
「ねぇ、あの二人最近よく一緒にいるよね。二人並ぶとめっちゃ目立つからすぐ分かるわ。」
「確かに! あの黒髪の子めっちゃイケメンじゃない?……で、隣にいるのは確か……三年の桐越先輩?」
「え、ってことはあの二人って、そういう……。」
「あー。……桐越先輩ならありえそう。」
ひそひそと小声交わされる言葉。
その後に続く押し殺した嗤いが聞こえてきてズンと心が重たくなる。
周囲の視線が全てこちらに向いているような気がして、思わず身がすくんだ。
隣の安達は何も聞こえていないかのように、ひたすら飯をかき込んでいる。
……こいつ、本当に呑気だな。こっちは食欲失くしそうになってんのに。
無理やり口に運んだ飯はまるで粘土を噛んでいるかのように味がしない。
喉に張り付くようなそれを、無理やり水で胃へと流し込んだ。
「先輩、相変わらず綺麗に食べますね。」
「……。お前は相変わらず、豪快に飯食うよな。米、顔についてるぞ。」
「え、どこですか。」
見当違いな所を拭う安達に、ここ、と自分の顔を指さす。
すると安達は、あっと思いついたような顔をして、口を開いた。
「俺、分からないんで先輩が取ってください。」
「っはぁ!?自分で取れ!」
なにを急に言い出すんだこいつは。
こいつは俺が告白したこと忘れてるのか?……そんなわけないよな。
さすがに取ってやるわけにもいかなくて、ティッシュをポケットから出して押し付ける。
安達はすこしムッとした顔をしつつも、俺の手からティッシュを受け取ると、そのまま顔を拭った。
指先がわずかに触れた気がして、心臓が跳ねる。
……はぁ、俺も単純だな。
また心の中でため息を零して、箸を動かした。
「……先輩、この後……。」
「あー、俺この後バイトあるから。じゃ。」
少し気まずい食事を終えた後、窺うように聞かれたその言葉が全て紡がれる前に、遮った。
途端にしょんぼりした顔をする安達に良心が痛む。
だがここで許せばまた傷つくのは俺だ。
無視して、歩き出す。あいつは、ついてこない。
それに安堵すると同時に寂しさが胸を締め付けていった。
俺を見つけるなりぱっと顔を輝かせたそいつに心の中で大きくため息を零す。
「おはようございます、桐越先輩。」
「……。おはよう。」
耳と尻尾が見える気がする。
しかも、随分とご機嫌そうに尻尾が揺れている。幻覚だろう。
きらきらとこちらを見つめて来る安達の視線から逃れるように、涼の横へと腰を下ろした。
「……あれ、いいの?」
「いいの。」
安達と涼、二つの視線がぐさぐさと刺さる。気まずい。
それらと目が合わないように、さっさと手元の講義資料へと視線を落とした。
ゼミでの衝撃的な再会から、一か月。
あいつはずっとあんな調子だ。
食堂、図書館、講義室。所かまわず付きまとってくる。
俺はそれから逃げ回るしかなかった。
飽きもせず俺の後を付いて回るこいつに、辟易する。
俺はこいつに笑顔を向けられるだけでダメージを負うというのに、呑気なものだ。
一秒でも早くやめてほしいと、心の底から願う。
けれど、その手を完全に拒否できない俺は、やはり弱い。
こんなにも、心は傷ついているのに。
重いため息を一つ零して、面白くもない授業をぼんやりと聞き流した。
昼休み。
油とスパイスが混ざったような重たい匂いが充満している食堂。そこは今日も人でごった返している。
空いている席はないかとトレーを持ってうろうろしていると、隣に並ぶ影が一つ。
嫌な予感に、また深くため息を零す。
「先輩、あっち空いてますよ。」
「そうか、お前が座ればいいんじゃないか?」
「……二つ空いてますよ。」
――二つ空いてますよじゃねぇんだよなぁ。
じとりと睨む俺の視線を完全に無視して、こいつはその席を少し後ろへ下げる。
どうぞ、と手で座るように促されたら、もうどうしようもない。
仕方なくその席へと腰を下ろすと、周囲のざわめきが一段と耳についた。
「ねぇ、あの二人最近よく一緒にいるよね。二人並ぶとめっちゃ目立つからすぐ分かるわ。」
「確かに! あの黒髪の子めっちゃイケメンじゃない?……で、隣にいるのは確か……三年の桐越先輩?」
「え、ってことはあの二人って、そういう……。」
「あー。……桐越先輩ならありえそう。」
ひそひそと小声交わされる言葉。
その後に続く押し殺した嗤いが聞こえてきてズンと心が重たくなる。
周囲の視線が全てこちらに向いているような気がして、思わず身がすくんだ。
隣の安達は何も聞こえていないかのように、ひたすら飯をかき込んでいる。
……こいつ、本当に呑気だな。こっちは食欲失くしそうになってんのに。
無理やり口に運んだ飯はまるで粘土を噛んでいるかのように味がしない。
喉に張り付くようなそれを、無理やり水で胃へと流し込んだ。
「先輩、相変わらず綺麗に食べますね。」
「……。お前は相変わらず、豪快に飯食うよな。米、顔についてるぞ。」
「え、どこですか。」
見当違いな所を拭う安達に、ここ、と自分の顔を指さす。
すると安達は、あっと思いついたような顔をして、口を開いた。
「俺、分からないんで先輩が取ってください。」
「っはぁ!?自分で取れ!」
なにを急に言い出すんだこいつは。
こいつは俺が告白したこと忘れてるのか?……そんなわけないよな。
さすがに取ってやるわけにもいかなくて、ティッシュをポケットから出して押し付ける。
安達はすこしムッとした顔をしつつも、俺の手からティッシュを受け取ると、そのまま顔を拭った。
指先がわずかに触れた気がして、心臓が跳ねる。
……はぁ、俺も単純だな。
また心の中でため息を零して、箸を動かした。
「……先輩、この後……。」
「あー、俺この後バイトあるから。じゃ。」
少し気まずい食事を終えた後、窺うように聞かれたその言葉が全て紡がれる前に、遮った。
途端にしょんぼりした顔をする安達に良心が痛む。
だがここで許せばまた傷つくのは俺だ。
無視して、歩き出す。あいつは、ついてこない。
それに安堵すると同時に寂しさが胸を締め付けていった。
11
あなたにおすすめの小説
腹を隠さず舌も出す
梅したら
BL
「後悔はしてるんだよ。これでもね」
幼馴染の佐田はいつも同じことを言う。
ポメガバースという体質の俺は、疲れてポメラニアンに変化したところ、この男に飼われてしまった。
=====
ヤンデレ×ポメガバース
悲壮感はあんまりないです
他サイトにも掲載
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
運命なんて知らない[完結]
ななな
BL
Ω×Ω
ずっと2人だった。
起きるところから寝るところまで、小学校から大学まで何をするのにも2人だった。好きなものや趣味は流石に同じではなかったけど、ずっと一緒にこれからも過ごしていくんだと当たり前のように思っていた。そう思い続けるほどに君の隣は心地よかったんだ。
刺されて始まる恋もある
神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。
僕の恋人は、超イケメン!!
八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
今日も、社会科準備室で
下井理佐
BL
内気で弱気な高校生・鈴山夏芽(すずやまなつめ)は、昼休みになると誰もいない社会科準備室でこっそりと絵を描いていた。
夏芽はいつものように社会科準備室を開ける。そこには今年赴任してきた社会科教室・高山秋次(あきつぐ)がいた。
新任式で黄色い声を受けていた高山がいることに戸惑い退室しようとするが、高山に引き止められる。
萎縮しながらも絵を描く夏芽に高山は興味を持ち出し、次第に昼休みが密かな楽しみになる。
僕を惑わせるのは素直な君
秋元智也
BL
父と妹、そして兄の家族3人で暮らして来た。
なんの不自由もない。
5年前に病気で母親を亡くしてから家事一切は兄の歩夢が
全てやって居た。
そこへいきなり父親からも唐突なカミングアウト。
「俺、再婚しようと思うんだけど……」
この言葉に驚きと迷い、そして一縷の不安が過ぎる。
だが、好きになってしまったになら仕方がない。
反対する事なく母親になる人と会う事に……。
そこには兄になる青年がついていて…。
いきなりの兄の存在に戸惑いながらも興味もあった。
だが、兄の心の声がどうにもおかしくて。
自然と聞こえて来てしまう本音に戸惑うながら惹かれて
いってしまうが……。
それは兄弟で、そして家族で……同性な訳で……。
何もかも不幸にする恋愛などお互い苦しみしかなく……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる