生きててよかった、それは果たしてホンネなのか

伊織

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生きててよかった、果たしてそれは本音なのか

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 それは紛れもない、一瞬の油断だった。全員片付けたと思っていたが、まだ意識を失っただけのやつがいたようで、ほんの少し気を緩めた瞬間を丁度狙われた。
 死に損ないのターゲットは、ほぼ目も見えてない状態の中、手探りで音のする方に向かってトリガーを引いたと見えて、そのお陰で致命的な傷は免れたが、弾がかすった右脇腹からは血が溢れる。
 傷口が、熱い。それなのに、身体中の体温が一気に下がるのを感じる。
 
「っ、こいつ!」
 
 暁人が、いや、ホワイトが一言呟いたのと同時に、俺の手から拳銃を奪ってターゲットを打ち返す。乾いた音が二回。さっきまで人だったものが、ただの肉塊と変わる瞬間を最後に、俺の意識はブラックアウトしていった。
 
 §§§
 
「~っだ、ら……れは!」
「ったく、君……」
 
 聞き慣れた声と、あまり覚えのない、だけども昔どこかで聞いたことのある声が耳に届く。もう少し寝ていたかったが、声の主二人はそれを許してはくれないらしい。ヒートアップするやり取り。
 
「ッる、さい……よ、……」
「大輝!」
 
 起き抜け、と言ってしまっていいのだろうか、目覚めたばかりの第一声はガラガラとかすれていて、我ながら可哀想な程だ。
 右脇腹がつきんっと痛む。痛みに顔を歪めながらも、目の前に身を乗り出してくる暁人。あぁ、ベーコンとパン焼かないと、あ、それは逆パターンか、なんて思考が定まらない。
 嗅ぎなれない薬品の匂いとか、左腕に繋がる細いチューブとか、ここはどう見ても自宅ではなく、病院なのだと悟る。
 
「よ、かっ……た……」
「暁人、……。ごめん、油断してたから」
 
 良かったと崩れる暁人の頭を撫でてやりたいのに、腕を動かすと右脇腹が引っ張られて痛み出すから、それすらも叶わない。
 
「いや、俺こそちゃんと守れなくて……」
 
 守られるほど、俺は弱くないよ。
 そう言いたかったけど、この痛々しい姿じゃそのセリフすらも格好がつかない。
 
 俺は、頭だけを動かして、さっきのもう一人の声の主を見る。聞いた話だが、俺たちよりとそう年は変わらないらしい。せいぜい、三つ四つ程上だろうか。元は優秀な医師で、立派な病院にいたようだが、何がどう転んだか今じゃもう闇医者と、落ちる所まで落ちたらしい青年の姿を。
 
「弾は?」
「貫通してたよ、肌かすっただけみたいだから、とりあえず止血しておいた」
「これは?」
 
 左腕に繋がる点滴を目で指し示す。
 
「鎮痛剤。変なのは入ってないよ」
「金は?」
 
 闇医者は無言で片手を広げて見せる。
 
「五万な」
「その百倍」
「足元見やがって」
「妥当でしょ」
 
 なんて、吐き捨てる青年。確か、名前は『叶(かなう)』と言ったか。名前なんてどうでもいい、すごくどうでもいい。それなのに、俺たちみたいな裏稼業の人間は、こういう闇医者を頼らないと生きていけないなんて非情な話だと思う。
 
 「点滴終わったら呼んでよ。針抜いてあげるから。そしたらもう帰ってね。……死ぬような怪我じゃないんだし。……ってか、この程度で気絶するなんて、そろそろ君たちも腕が鈍ってきたんじゃないの?」
「お前ふざけんのもッ、あ、がッ……、~ってぇな、……!!くそ!」
 
 叶を殴り飛ばしてやろうかと、ついつい暁人みたいな口調と共に体を起こしたかったのだが、右脇腹からの静止は強烈なもので、思いっきり体を強ばらせるだけに留まった。いつの間にか立ち上がっていた暁人が、どうどう、と俺の体を止めている。
 
「あぁー、でも……君たち、死神に好かれそうな生き方してるし、もしかしたら死んじゃうかもね」
 
 叶がケラケラと笑いながら言葉を紡ぐ。腹が立って腹が立って仕方ないが、俺たちは、こういう人間に縋らなければ生きていけない。怒りとともに、右手の拳をベッドに叩きつける。引っ張られた脇腹が痺れるように痛い。
 
「簡単に死なれたら困るから、ちゃんと生きててねぇ?君らは、僕の生き甲斐なんだから」
「~っ、…………死ね!!」
「僕まだ生きるぅ」
 
 叶は、まるで口笛でも吹いてるかのような軽やかな口調でそう告げて、部屋を後にする。残りの薬を見れば、ゆうに後一時間はかかりそうだ。
 
 ため息とともに、未だ心配そうにしている暁人の顔を眺める。
 
「……さっきの奴らは?」
「全員生きてねぇから大丈夫」
「痕跡は?」
「後始末班が動いてる」
「ここの金は?」
「釣りが来るほどある。大丈夫。大丈夫だから、少し休め」
「…………よ、かったぁ……」
 
 安堵の息と共に漏らした声。何も心配はないようだ。今ここで俺が目を閉じて休息をとったところで、事は全て上手くいくらしい。
 
 
「寝れそう?」
「絶対寝れない。アイツのいるとこで寝るとかホント無理」

 暁人が近くにあった椅子をベッドに引き寄せて、そこに腰掛けながら問う。答えの分かりきったその問いは、その場しのぎみたいな意味のないもの。わかりつつも、律儀に答えを返してしまう。
 
「とか言うけど、大輝結構、あの先生のこと好きじゃん」
「はぁ?お前、目ん玉ついてる?」
「ははっ、辛辣!」
 
 俗に言えば、草生やしてる、とかそういう言い回しになるのだろう、暁人がケラケラと笑っている。さっきの叶と似た笑い方なのに、こうも不快感がないのは何故なのだろう。
 
「大輝がさ、俺以外に感情出すのって、先生以外ないじゃん、今はさ」
 
 十年以上も前のこと、お互いに送りあった誕生日プレゼント。その時の贈り物であるジッポをポケットから出して、煙草を口に咥える暁人。火の付きが悪いのか、数回指を滑らせながら暁人が笑う。
 
「……今は、ね」
「死んだからな、あの人」
「殺したんでしょ、俺たちが」
 
 暁人は何も言わずに微笑む。
 
 ろくに換気なんてしてない病室。暁人の吐き出した煙は、消えることなくしばらくの間モヤとなって室内に留まり続けた。
 それはまるで、俺の心を映し出しているかのように思える。痛む右脇腹を抑えながら、暁人の煙草を一本拝借して口に咥える。そして、暁人から火を貰って一息。くらりと揺れる頭を誤魔化しながら思う。俺たちに生き方を教えてくれた、あの男のこと。生きていたら、いや、俺たちが殺さなかったら、あの人はどうやって生きていたのだろうと。あの人と俺たちは、どんな関係を築いていたのだろうと。
 
「ノラネコ」
 
 暁人が窓の外を見ながら言う。
 
「俺は、幽霊なんて信じない」
「ばーか、違うよ。野良猫がいるんだよ、外に」
「叶の飼い猫だったりして」
「ありえる。むしろ、先生の本体」
「猫に治療されたとか笑える」
 
 暁人が窓の外に近づいていく。確かに、薄暗闇の中で、うっすらと小さな影が動くのがわかった。確かに、あれは猫だ。
 
 ニャアアアーーーーーン
 
 
 猫が大きく鳴いた。
 
 生きろと言うように。
 死んでもいいんだよと諭すように。
 
 §§§
 
 あれから一時間と少し、点滴も外れ、俺たちは自宅へと戻っていた。帰り際、撃たれた現場を確認しに戻ったが、やはり暁人の言う通り後始末班が動いてくれたようで、きれいさっぱり片付いていて一安心。
 そして俺は、まだうっすらと血の滲む腹を庇うようにしながら万年床と化している布団に倒れ込む。鎮痛剤と化膿止めの薬は貰ってきたから、きっとそれで数日は凌げるだろう。
 
「依頼、まだあったよな?」
「い……って、……。あぁうん、後二件。どうする?」
「俺一人で行くから、お前はこっちで指示出しとかしててよ。二人揃って来いって依頼じゃないんだろ?」
 
 リビングで煙草に火をつけた暁人を、横になったまま見ながら依頼の残り件数と内容を確認する。スマホを取るのに手を伸ばしただけなのに、脇腹が鋭い痛みを訴えてくる。
 
「そう、だね、動けないから……よろしく」
「うん、大丈夫。とりあえず、ゆっくり休んで早く良くなって」
「ごめんね、迷惑かけて」
「……ばーか」
 
 暁人が、煙と同時に悪態をつく。
 少し困ったように笑いながら。
 そして、なにか言いたげに口を開くが口ごもって目線を逸らす。大方、俺を守れなかったことを気にしているのだろう。俺としては、暁人がこうならなくて良かったなと安堵しているのだが。
 
「セックスも、しばらくお預けだね」
「それは……困ったな」
 
 少し気まずくなった雰囲気をどうにかしたくて、俺はわざとセックスがお預けだとおどけてみせる。困ったなと呟く暁人の顔が、煙の向こうで、ぼやけて見えない。
 
 §§§
 
 暁人が着けているピアスに模倣した監視カメラから、暁人の見ている世界を、安心安全な部屋の中から見る。
 まるで暁人は、蝶みたいに舞う。
 まるで暁人は、虎みたいに襲う。
 心配なんて、一つもなかった。
 
 ホワイトのインカムに向かって話しかける。
 
『ホワイト、撤収して』
「もう終わり?まだ動き足りないかも」
『馬鹿言え。長居は無用』
「冗談だよ、レディ。すぐ帰る」
 
 俺がいなくても、暁人は、ホワイトは一人で大丈夫だと言わんばかりの動き方だった。少し、胸の奥がザワザワする。現場を後にして、帰路につく暁人が、カモフラージュのためにインカムを外してスマホに持ち変えたのがわかった。
 
「なぁ、……」
「んー?」
 
 ひと仕事終えて、少し気の抜けた暁人の声が呼びかける。
 
「ノラネコとか、叶とか……アイツらは、俺たちの人生には必要な人間なんだよな?」
「……ノラネコはもういないし、できれば叶なんかにはもう世話になりたくないけどね」
 
 うん、とも、違う、とも言葉にはしなかったのは、俺の悪い癖だと思う。言明を避けて、どう受け取るかは相手次第、なんて。どこかの悪い政治家みたいだ。
 
「俺たちが俺たちとして生きていくためには、アイツらの存在が必要不可欠だったと思う」
「……俺も、そう思うよ」
 
 ほら、俺はずるい人間だ。
 暁人が出した結論に上手いこと乗っかって、それがあたかも自分自身の考えです、みたいな顔をする。
 
「明日、叶のところに金払いに行こう」
「そうだね、俺もそろそろ外の空気吸いたいから」
「帰り、少しドライブして海見に行きたい」
「いいね、楽しそう」
「大輝、もうすぐ帰るよ」
「うん、待ってる」
 
 暁人の耳につけたピアスから見える景色。だんだんと見慣れた場所になってくる。
 
 §§§
 
「ただいま」
「おかえり」
 
 少し疲れた様子で暁人が帰ってきた。それでも、ただいまと笑う彼の笑顔に、どれほど安心できたか。
 
「全員仕留めた?」
「もちろん」
「怪我は?」
「ちょっと切られた」
「そのくらいならまぁ……。依頼人に写真送った?」
「抜かりなし」
 
 抜かりなし、と暁人が笑う。
 
「上出来。シャワー浴びてきなよ」
 
 上出来と頭を撫でてやると、暁人はフフンとでもいいたげな顔で俺を見る。それがまるで、子供みたいに見えて、あぁ、あぁ、幸せだなぁなんて。
 幸せだなぁ、なんて、涙が溢れて来るもんだから、もうどうしようもない。
 
「どうしたどうした、大丈夫だよ、俺生きてるよ」
「違う、違う。ごめんね、暁人、ごめん……」
「なに、どうしたの。一緒にシャワー浴びるか?」
 
 慌てたように暁人が俺の事を抱き抱えて、背中を撫でる。少しの血の匂いと、それに混じって暁人の匂いがする。それを全身にまといながら、浴びる、と頷いた。
 
 §§§
 
「もう傷口もだいぶ塞がったな。先生、肌かすっただけとか言ってたけど、……にしては傷口酷くねぇか」
「どう見たってかすり傷じゃないもん、相当深いよ」
 
 そうして、二人でシャワーを浴びながら傷の確認。少し傷跡が残っているが、別にこのくらい気にもならない。
 
「やっぱあの先生、適当だな」
「暁人くらいだよ、先生って呼んでるの。あんな適当な奴、先生じゃない」
「まぁ、闇堕ちしてるしなぁ」
 
 暁人が、頭にシャワーを掛けながら笑う。
 俺は右脇腹を庇うようにしながら、体を洗ってついでのように口を開く。
 
「さっきの、……さっきの答えなんだけどさ」
「さっき?」
「電話で話してたやつ。ノラネコとか叶は必要な人間かって話」
「あぁ。相変わらず急だな」
「俺は、暁人がいればいいから、アイツらは、別にいても居なくても、どっちでもいいが答え」 
「ほぅ、言うねえ」
 
 洗い終わった髪の毛の水気を絞りながら、暁人が頷く。
 
「俺たちは、たまたまノラネコに拾われて、だから叶みたいな奴の所に行くしかなくなったってだけで、俺はどんな人生を送ったとしても、暁人が隣にいれば、他のやつはどうだっていいんだ」
「大輝らしいな」
「俺は、さっきの暁人の答えも暁人らしいなって思ったよ」
「人の数だけ答えがあるってことで」
 
 暁人が髪の毛をタオルでガシガシと拭きながら、わかった風な顔をしている。
 
「俺が始めた物語だから。俺が勝手に暁人を巻き込んだだけだから、最後まで……最期まで責任持つよ」
「……裏稼業に足を突っ込んだのが、お前の始めた物語ってこと?」
「そうだよ、ノラネコに誘われた時も、行こうって言ったのは俺だから」
「……ふーん、そっか。そしたら、死ぬまで一生面倒見てね」
 
 なんて、暁人が含みを持たせたように笑った。
 少し裏がありそうな笑顔に僅かばかりの疑問を持ったが、暁人が、ねぇまだ痛い?なんて傷口を爪の先でなぞるから、痛くないよって嘘をついた。
 
 
 明日になったら、叶に金を払いに行こう。そして、他愛もない話をしながらドライブして、海に行く。後は何をしようか。
 
 明日事故って死ぬかもしれない。それとも、誰かに狙われて死ぬかもしれない。そんな朧気な明日に希望を託して。
 今だけは、君の腕の中で、生きてることを感じさせて。
 
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