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兄の事故
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兄が死んだのは、数年前。
——この館で、だった。
当時、兄はこの屋敷で執事として働いていた。
花音がこの館の存在を知ったのも、兄からの話がきっかけだった。
「変わった家だけど、仕事はきちんとしてるよ」
そう言って、兄は笑っていた。
夜の決まりが厳しいこと。
消灯後は基本的に部屋を出ないこと。
理由は聞かされないけれど、皆守っていること。
兄は、少し困ったように言っていた。
「暗いの、俺あんまり得意じゃないんだけどさ」
それでも、辞めるとは言わなかった。
⸻
事故が起きたのは、消灯後の時間だった。
場所は、使用人区画に続く古い廊下。
窓のない、灯りを落とすと完全に暗くなる通路。
兄は、そこで倒れているのを発見された。
公式には、「転倒事故」。
足を滑らせ、頭を打った可能性が高い、と。
警察も呼ばれたが、館の中で起きた事故として処理された。
第三者の関与は認められない、という結論だった。
花音が屋敷を訪れたのは、そのあとだ。
静まり返った廊下。
消灯中だったため、灯りはほとんど点いていなかった。
「この時間帯は、こうなんです」
執事長は、淡々と説明した。
「決まりですから」
兄が倒れていた場所には、
すでに何も残っていなかった。
⸻
一つだけ、どうしても納得できないことがあった。
その日兄は、消灯担当ではなかった。
それなのに、
なぜ、灯りのない廊下にいたのか。
「確認のために出たのかもしれませんね」
そう言われた。
「規則はありますが、絶対ではありませんから」
でも、兄は規則を破る人間じゃなかった。
特に、夜の決まりごとについては。
それに——
兄は、暗闇を極端に怖がっていた。
懐中電灯代わりの小さなライトを、
いつも制服のポケットに入れていた。
事故のあと、そのライトは見つからなかった。
「落としたんでしょう」
そう言われて、話は終わった。
⸻
事故として処理され、
兄の死は「不運な出来事」として片づけられた。
屋敷は、何事もなかったかのように運営を続けた。
夜になれば灯りが落ち、
朝になれば、すべてが整えられている。
——まるで、最初から
"夜に起きたことは、残らない"と
決められているみたいに。
⸻
花音は、布団の中で身を縮める。
この屋敷に来てから、
兄の死と同じ匂いが、何度も鼻をかすめていた。
語られない事故。
理由を問われない決まり。
そして、夜の闇。
「……また、同じだ」
小さく呟く。
兄は、この闇の中で、
誰かに"事故"として処理された。
そう考えるのは、まだ早いのかもしれない。
証拠はない。
確信もない。
それでも。
花音は、静かに思う。
——ここでは、
真実よりも先に、
"片づけること"が選ばれる。
霊媒師の言葉が、胸の奥で重なった。
——境目に立つ者。
兄も。
そして、今の自分も。
花音は、目を閉じた。
もう一度、
この屋敷の夜を、
ちゃんと見てしまう覚悟を決めながら
——この館で、だった。
当時、兄はこの屋敷で執事として働いていた。
花音がこの館の存在を知ったのも、兄からの話がきっかけだった。
「変わった家だけど、仕事はきちんとしてるよ」
そう言って、兄は笑っていた。
夜の決まりが厳しいこと。
消灯後は基本的に部屋を出ないこと。
理由は聞かされないけれど、皆守っていること。
兄は、少し困ったように言っていた。
「暗いの、俺あんまり得意じゃないんだけどさ」
それでも、辞めるとは言わなかった。
⸻
事故が起きたのは、消灯後の時間だった。
場所は、使用人区画に続く古い廊下。
窓のない、灯りを落とすと完全に暗くなる通路。
兄は、そこで倒れているのを発見された。
公式には、「転倒事故」。
足を滑らせ、頭を打った可能性が高い、と。
警察も呼ばれたが、館の中で起きた事故として処理された。
第三者の関与は認められない、という結論だった。
花音が屋敷を訪れたのは、そのあとだ。
静まり返った廊下。
消灯中だったため、灯りはほとんど点いていなかった。
「この時間帯は、こうなんです」
執事長は、淡々と説明した。
「決まりですから」
兄が倒れていた場所には、
すでに何も残っていなかった。
⸻
一つだけ、どうしても納得できないことがあった。
その日兄は、消灯担当ではなかった。
それなのに、
なぜ、灯りのない廊下にいたのか。
「確認のために出たのかもしれませんね」
そう言われた。
「規則はありますが、絶対ではありませんから」
でも、兄は規則を破る人間じゃなかった。
特に、夜の決まりごとについては。
それに——
兄は、暗闇を極端に怖がっていた。
懐中電灯代わりの小さなライトを、
いつも制服のポケットに入れていた。
事故のあと、そのライトは見つからなかった。
「落としたんでしょう」
そう言われて、話は終わった。
⸻
事故として処理され、
兄の死は「不運な出来事」として片づけられた。
屋敷は、何事もなかったかのように運営を続けた。
夜になれば灯りが落ち、
朝になれば、すべてが整えられている。
——まるで、最初から
"夜に起きたことは、残らない"と
決められているみたいに。
⸻
花音は、布団の中で身を縮める。
この屋敷に来てから、
兄の死と同じ匂いが、何度も鼻をかすめていた。
語られない事故。
理由を問われない決まり。
そして、夜の闇。
「……また、同じだ」
小さく呟く。
兄は、この闇の中で、
誰かに"事故"として処理された。
そう考えるのは、まだ早いのかもしれない。
証拠はない。
確信もない。
それでも。
花音は、静かに思う。
——ここでは、
真実よりも先に、
"片づけること"が選ばれる。
霊媒師の言葉が、胸の奥で重なった。
——境目に立つ者。
兄も。
そして、今の自分も。
花音は、目を閉じた。
もう一度、
この屋敷の夜を、
ちゃんと見てしまう覚悟を決めながら
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