音だけが、残ったままだった。

小説練習家

文字の大きさ
7 / 15

兄の事故

しおりを挟む
兄が死んだのは、数年前。

——この館で、だった。

当時、兄はこの屋敷で執事として働いていた。
花音がこの館の存在を知ったのも、兄からの話がきっかけだった。

「変わった家だけど、仕事はきちんとしてるよ」

そう言って、兄は笑っていた。

夜の決まりが厳しいこと。
消灯後は基本的に部屋を出ないこと。
理由は聞かされないけれど、皆守っていること。

兄は、少し困ったように言っていた。

「暗いの、俺あんまり得意じゃないんだけどさ」

それでも、辞めるとは言わなかった。



事故が起きたのは、消灯後の時間だった。

場所は、使用人区画に続く古い廊下。
窓のない、灯りを落とすと完全に暗くなる通路。

兄は、そこで倒れているのを発見された。

公式には、「転倒事故」。
足を滑らせ、頭を打った可能性が高い、と。

警察も呼ばれたが、館の中で起きた事故として処理された。
第三者の関与は認められない、という結論だった。

花音が屋敷を訪れたのは、そのあとだ。

静まり返った廊下。
消灯中だったため、灯りはほとんど点いていなかった。

「この時間帯は、こうなんです」

執事長は、淡々と説明した。

「決まりですから」

兄が倒れていた場所には、
すでに何も残っていなかった。



一つだけ、どうしても納得できないことがあった。

その日兄は、消灯担当ではなかった。

それなのに、
なぜ、灯りのない廊下にいたのか。

「確認のために出たのかもしれませんね」

そう言われた。

「規則はありますが、絶対ではありませんから」

でも、兄は規則を破る人間じゃなかった。
特に、夜の決まりごとについては。

それに——

兄は、暗闇を極端に怖がっていた。

懐中電灯代わりの小さなライトを、
いつも制服のポケットに入れていた。

事故のあと、そのライトは見つからなかった。

「落としたんでしょう」

そう言われて、話は終わった。



事故として処理され、
兄の死は「不運な出来事」として片づけられた。

屋敷は、何事もなかったかのように運営を続けた。

夜になれば灯りが落ち、
朝になれば、すべてが整えられている。

——まるで、最初から
"夜に起きたことは、残らない"と
決められているみたいに。



花音は、布団の中で身を縮める。

この屋敷に来てから、
兄の死と同じ匂いが、何度も鼻をかすめていた。

語られない事故。
理由を問われない決まり。
そして、夜の闇。

「……また、同じだ」

小さく呟く。

兄は、この闇の中で、
誰かに"事故"として処理された。

そう考えるのは、まだ早いのかもしれない。
証拠はない。
確信もない。

それでも。

花音は、静かに思う。

——ここでは、
真実よりも先に、
"片づけること"が選ばれる。

霊媒師の言葉が、胸の奥で重なった。

——境目に立つ者。

兄も。
そして、今の自分も。

花音は、目を閉じた。

もう一度、
この屋敷の夜を、
ちゃんと見てしまう覚悟を決めながら
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

迷子を助けたら生徒会長の婚約者兼女の子のパパになったけど別れたはずの彼女もなぜか近づいてくる

九戸政景
恋愛
新年に初詣に来た父川冬矢は、迷子になっていた頼母木茉莉を助け、従姉妹の田母神真夏と知り合う。その後、真夏と再会した冬矢は真夏の婚約者兼茉莉の父親になってほしいと頼まれる。 ※こちらは、カクヨムやエブリスタでも公開している作品です。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

処理中です...