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過去の友人
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私は信じていた。
それだけは、はっきりしている。
執事として、じゃない。
この屋敷で生き延びるための"味方"として。
誰よりも規則を守り、誰よりも静かで、
夜の話を決して笑わずに聞いてくれた人。
……華山大智。
その名前が、探偵の口から落ちた瞬間、
胸の奥で何かが割れた音がした。
叫び声は出なかった。
涙も、すぐには出なかった。
ただ、
「そうだったのか」
という納得に近い感情が、
嫌になるほど自然に浮かんでしまった。
それが、一番つらかった。
(私は……どこかで、分かってた?)
応接間の空気が重い。
視線が交差している。
でも、もう、それを受け止める余裕はなかった。
頭の中が、静かに、過去へと引き戻されていく。
⸻
昔、まだこの屋敷に来る前のこと。
私は、普通の学生だった。
友達もいた。
放課後に寄り道をして、くだらない話で笑っていた。
その中に、一人だけ、
少し不安定な子がいた。
優しくて、よく気がついて、
でも、ときどき別人みたいになる子。
「今の私、変だった?」
そう聞かれて、
私はいつも笑って誤魔化した。
「気のせいじゃない?」
「そんなことないよ」
本当は、気づいていた。
声の調子が変わること。
言葉遣いが揺れること。
目の奥が、急に遠くなること。
でも――
踏み込めなかった。
重たすぎたから。
どう声をかければいいか、分からなかったから。
ある日、その子は来なくなった。
しばらくして、
「自殺だったらしい」
という噂だけが、回ってきた。
詳しい理由は、誰も知らない。
知ろうともしなかった。
私も、その一人だった。
(あのとき)
ちゃんと聞けばよかった。
ちゃんと怖がってよかった。
ちゃんと、責任を持ってしまえばよかった。
でも私は、
"普通"のままでいることを選んだ。
「大丈夫だよ」
「考えすぎだよ」
そう言って、
その子を、ひとりで夜に置いてきた。
⸻
応接間に、意識が戻る。
目の前には、
うつむいた華山がいる。
彼が犯人だという事実は、
確かに残酷だった。
でも、
それ以上に胸を締めつけたのは――
(私は、また同じことをしようとしてた)
信頼して、
見ないふりをして、
「味方でいる」だけで、満足して。
理解しようとすることから、
目を逸らしていた。
責めきれない。
怒りきれない。
それは、
彼が"特別だった"からじゃない。
昔のあの子と、
重なってしまったからだ。
壊れていく人を前にして、
何もできなかった自分。
そして今も、
「全部が悪だった」と言い切れない自分。
(今の私は……)
被害者遺族なのか。
それとも、傍観者なのか。
答えは、まだ出ない。
ただ一つ、はっきりしているのは――
夜は、個人を壊す。
でも、
壊れかけた人を見て見ぬふりをする朝も、
同じくらい、残酷だということ。
私は、唇を噛みしめた。
もう、
「知らなかった」
では、いられない。
この屋敷で起きたことも。
華山のことも。
そして――
過去の、自分自身のことも。
逃げずに、見なければならない。
たとえ、
それがどれほど、痛くても。
それだけは、はっきりしている。
執事として、じゃない。
この屋敷で生き延びるための"味方"として。
誰よりも規則を守り、誰よりも静かで、
夜の話を決して笑わずに聞いてくれた人。
……華山大智。
その名前が、探偵の口から落ちた瞬間、
胸の奥で何かが割れた音がした。
叫び声は出なかった。
涙も、すぐには出なかった。
ただ、
「そうだったのか」
という納得に近い感情が、
嫌になるほど自然に浮かんでしまった。
それが、一番つらかった。
(私は……どこかで、分かってた?)
応接間の空気が重い。
視線が交差している。
でも、もう、それを受け止める余裕はなかった。
頭の中が、静かに、過去へと引き戻されていく。
⸻
昔、まだこの屋敷に来る前のこと。
私は、普通の学生だった。
友達もいた。
放課後に寄り道をして、くだらない話で笑っていた。
その中に、一人だけ、
少し不安定な子がいた。
優しくて、よく気がついて、
でも、ときどき別人みたいになる子。
「今の私、変だった?」
そう聞かれて、
私はいつも笑って誤魔化した。
「気のせいじゃない?」
「そんなことないよ」
本当は、気づいていた。
声の調子が変わること。
言葉遣いが揺れること。
目の奥が、急に遠くなること。
でも――
踏み込めなかった。
重たすぎたから。
どう声をかければいいか、分からなかったから。
ある日、その子は来なくなった。
しばらくして、
「自殺だったらしい」
という噂だけが、回ってきた。
詳しい理由は、誰も知らない。
知ろうともしなかった。
私も、その一人だった。
(あのとき)
ちゃんと聞けばよかった。
ちゃんと怖がってよかった。
ちゃんと、責任を持ってしまえばよかった。
でも私は、
"普通"のままでいることを選んだ。
「大丈夫だよ」
「考えすぎだよ」
そう言って、
その子を、ひとりで夜に置いてきた。
⸻
応接間に、意識が戻る。
目の前には、
うつむいた華山がいる。
彼が犯人だという事実は、
確かに残酷だった。
でも、
それ以上に胸を締めつけたのは――
(私は、また同じことをしようとしてた)
信頼して、
見ないふりをして、
「味方でいる」だけで、満足して。
理解しようとすることから、
目を逸らしていた。
責めきれない。
怒りきれない。
それは、
彼が"特別だった"からじゃない。
昔のあの子と、
重なってしまったからだ。
壊れていく人を前にして、
何もできなかった自分。
そして今も、
「全部が悪だった」と言い切れない自分。
(今の私は……)
被害者遺族なのか。
それとも、傍観者なのか。
答えは、まだ出ない。
ただ一つ、はっきりしているのは――
夜は、個人を壊す。
でも、
壊れかけた人を見て見ぬふりをする朝も、
同じくらい、残酷だということ。
私は、唇を噛みしめた。
もう、
「知らなかった」
では、いられない。
この屋敷で起きたことも。
華山のことも。
そして――
過去の、自分自身のことも。
逃げずに、見なければならない。
たとえ、
それがどれほど、痛くても。
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