血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
49 / 1,289
第3話

(19)

しおりを挟む
 和彦自身がそうだから、わかっている。だが、それでも――。
 粗末に扱われるぐらいなら、永遠に続くものではないとしても、やはり大事にされるほうがいい。
 この考えが、いつか和彦自身を傷つけることになるとしても。
 賢吾にきつく抱き締められ、千尋には甘えられるまま抱き締めてやり、長い別れの挨拶を終える。
 どうせ明日には、どちらかとまた顔を合わせるのだが。


「――さっきのやり取り、どう思った?」
 対向車線を走る車の流れをぼんやりと眺めていた和彦だが、ふと思い立って三田村に問いかける。運転に集中しているのか、三田村はすぐには返事をせず、それを和彦は辛抱強く待つ。
「……さっきのやり取りって、組長と千尋さんとのことか?」
 ようやく応じた三田村に、バックミラーを通して目を合わせ、頷く。
「どう答えてほしいんだ」
「ぼくがそれを言ったら、わざわざあんたに聞いた意味がないだろ」
 ここで一分ほど沈黙が続き、やっと三田村はまた口を開いた。
「先生が、そういうことを俺に聞くのは初めてだ」
「やっぱり気になるだろ。あんたの大事な組長や、オマケのその息子が、男のぼくをちやほやしているんだ。内心で、男のくせにと罵倒しているのか、今だけのことだとバカにしているのか、それとも……まったくの無関心なのか。この先、長いのか短いのかわからないが、あんたには、ぼくの番犬も務めてもらわないといけない。相互理解は大事だ」
 もっともらしいことを言っているが、これは和彦の好奇心だ。これまで三田村は、番犬であり観察者だった。それだけだったともいえる。賢吾や千尋とのどんな行為を目にしても、三田村は目を逸らさないし、感情を表にも出さなかった。
 だがこの何日か、和彦と三田村の間には、なんらかの繋がりが芽生え始めていた。それに伴い、特別な感情も。
 カラオケボックスで抱き締められたとき、三田村がただ見ているだけの無感情な男ではないと知り、自分たちの行為を賢吾に報告しなかったことで、通じ合うものを感じた。決定的だったのは、三田村が生身の手で、和彦の体に触れてきたことだ。
 賢吾の忠実な番犬であるはずの男は、あのとき多分、主人の要望以上の行動を、自らの考えで行った。和彦が三田村に対する意識を変えたように、三田村もまた、和彦に対する意識を変えたのだ。
 そのことを和彦は確かめたかった。
「――組長や千尋さんから大事にされる先生を見ているのは、好きだ」
 思いがけない三田村の言葉に、さすがに和彦も何も言えなかった。目を丸くしてバックミラーを見つめるが、三田村は前を見据えている。
「先生は、自分の無力さや勇気のなさを知っている。受け入れることでしか、自分は何も保証されないということも。……先生を拉致したとき、ずっと押さえつけていたのは俺だ。先生は震えていたが、それでも辺りをうかがっていたのはわかっていた。あんたはずっと、取り乱さなかった。受け入れることで耐えていた」
「……なんだか、男としてはものの役に立たないと言われているようだ」
「そうじゃない。先生は、しなやかだ。精神的にも、……肉体的にも。――ああ、そうだ。今、気がついた。俺は先生のしなやかさが好きなんだ。突き進むか、折れるかしかない生き方をしてきた俺には、羨ましくもある」
 三田村のハスキーな声には、いつもはないわずかな熱がこもっていた。その熱に誘われるように、和彦はわずかに身を乗り出す。
「だから、ぼくに触れてくれたのか?」
 この瞬間、三田村の顔は能面のようになった。もともと無表情だったが、すべてが強張ったのだ。
 和彦は深くは追及せず、こう付け加えた。
「ぼくが長嶺組に飼われている間、ずっと側にいてくれ。他の人間なら嫌だが、あんたならいい。変な話だけど、あんたになら、どんな光景を見られても受け止められる。恥ずかしさも惨めさも」
「――先生の望み通りに」
 その答えに、和彦は満足した。
 今度二人で飲もうと誘うと、やっと三田村はちらりと笑みを浮かべた。

しおりを挟む
感想 92

あなたにおすすめの小説

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

奇跡に祝福を

善奈美
BL
 家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。 ※不定期更新になります。

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

帝は傾国の元帥を寵愛する

tii
BL
セレスティア帝国、帝国歴二九九年――建国三百年を翌年に控えた帝都は、祝祭と喧騒に包まれていた。 舞踏会と武道会、華やかな催しの主役として並び立つのは、冷徹なる公子ユリウスと、“傾国の美貌”と謳われる名誉元帥ヴァルター。 誰もが息を呑むその姿は、帝国の象徴そのものであった。 だが祝祭の熱狂の陰で、ユリウスには避けられぬ宿命――帝位と婚姻の話が迫っていた。 それは、五年前に己の采配で抜擢したヴァルターとの関係に、確実に影を落とすものでもある。 互いを見つめ合う二人の間には、忠誠と愛執が絡み合う。 誰よりも近く、しかし決して交わってはならぬ距離。 やがて帝国を揺るがす大きな波が訪れるとき、二人は“帝と元帥”としての立場を選ぶのか、それとも――。 華やかな祝祭に幕を下ろし、始まるのは試練の物語。 冷徹な帝と傾国の元帥、互いにすべてを欲する二人の運命は、帝国三百年の節目に大きく揺れ動いてゆく。 【第13回BL大賞にエントリー中】 投票いただけると嬉しいです((꜆꜄ ˙꒳˙)꜆꜄꜆ポチポチポチポチ

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

処理中です...