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第3話
(19)
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和彦自身がそうだから、わかっている。だが、それでも――。
粗末に扱われるぐらいなら、永遠に続くものではないとしても、やはり大事にされるほうがいい。
この考えが、いつか和彦自身を傷つけることになるとしても。
賢吾にきつく抱き締められ、千尋には甘えられるまま抱き締めてやり、長い別れの挨拶を終える。
どうせ明日には、どちらかとまた顔を合わせるのだが。
「――さっきのやり取り、どう思った?」
対向車線を走る車の流れをぼんやりと眺めていた和彦だが、ふと思い立って三田村に問いかける。運転に集中しているのか、三田村はすぐには返事をせず、それを和彦は辛抱強く待つ。
「……さっきのやり取りって、組長と千尋さんとのことか?」
ようやく応じた三田村に、バックミラーを通して目を合わせ、頷く。
「どう答えてほしいんだ」
「ぼくがそれを言ったら、わざわざあんたに聞いた意味がないだろ」
ここで一分ほど沈黙が続き、やっと三田村はまた口を開いた。
「先生が、そういうことを俺に聞くのは初めてだ」
「やっぱり気になるだろ。あんたの大事な組長や、オマケのその息子が、男のぼくをちやほやしているんだ。内心で、男のくせにと罵倒しているのか、今だけのことだとバカにしているのか、それとも……まったくの無関心なのか。この先、長いのか短いのかわからないが、あんたには、ぼくの番犬も務めてもらわないといけない。相互理解は大事だ」
もっともらしいことを言っているが、これは和彦の好奇心だ。これまで三田村は、番犬であり観察者だった。それだけだったともいえる。賢吾や千尋とのどんな行為を目にしても、三田村は目を逸らさないし、感情を表にも出さなかった。
だがこの何日か、和彦と三田村の間には、なんらかの繋がりが芽生え始めていた。それに伴い、特別な感情も。
カラオケボックスで抱き締められたとき、三田村がただ見ているだけの無感情な男ではないと知り、自分たちの行為を賢吾に報告しなかったことで、通じ合うものを感じた。決定的だったのは、三田村が生身の手で、和彦の体に触れてきたことだ。
賢吾の忠実な番犬であるはずの男は、あのとき多分、主人の要望以上の行動を、自らの考えで行った。和彦が三田村に対する意識を変えたように、三田村もまた、和彦に対する意識を変えたのだ。
そのことを和彦は確かめたかった。
「――組長や千尋さんから大事にされる先生を見ているのは、好きだ」
思いがけない三田村の言葉に、さすがに和彦も何も言えなかった。目を丸くしてバックミラーを見つめるが、三田村は前を見据えている。
「先生は、自分の無力さや勇気のなさを知っている。受け入れることでしか、自分は何も保証されないということも。……先生を拉致したとき、ずっと押さえつけていたのは俺だ。先生は震えていたが、それでも辺りをうかがっていたのはわかっていた。あんたはずっと、取り乱さなかった。受け入れることで耐えていた」
「……なんだか、男としてはものの役に立たないと言われているようだ」
「そうじゃない。先生は、しなやかだ。精神的にも、……肉体的にも。――ああ、そうだ。今、気がついた。俺は先生のしなやかさが好きなんだ。突き進むか、折れるかしかない生き方をしてきた俺には、羨ましくもある」
三田村のハスキーな声には、いつもはないわずかな熱がこもっていた。その熱に誘われるように、和彦はわずかに身を乗り出す。
「だから、ぼくに触れてくれたのか?」
この瞬間、三田村の顔は能面のようになった。もともと無表情だったが、すべてが強張ったのだ。
和彦は深くは追及せず、こう付け加えた。
「ぼくが長嶺組に飼われている間、ずっと側にいてくれ。他の人間なら嫌だが、あんたならいい。変な話だけど、あんたになら、どんな光景を見られても受け止められる。恥ずかしさも惨めさも」
「――先生の望み通りに」
その答えに、和彦は満足した。
今度二人で飲もうと誘うと、やっと三田村はちらりと笑みを浮かべた。
粗末に扱われるぐらいなら、永遠に続くものではないとしても、やはり大事にされるほうがいい。
この考えが、いつか和彦自身を傷つけることになるとしても。
賢吾にきつく抱き締められ、千尋には甘えられるまま抱き締めてやり、長い別れの挨拶を終える。
どうせ明日には、どちらかとまた顔を合わせるのだが。
「――さっきのやり取り、どう思った?」
対向車線を走る車の流れをぼんやりと眺めていた和彦だが、ふと思い立って三田村に問いかける。運転に集中しているのか、三田村はすぐには返事をせず、それを和彦は辛抱強く待つ。
「……さっきのやり取りって、組長と千尋さんとのことか?」
ようやく応じた三田村に、バックミラーを通して目を合わせ、頷く。
「どう答えてほしいんだ」
「ぼくがそれを言ったら、わざわざあんたに聞いた意味がないだろ」
ここで一分ほど沈黙が続き、やっと三田村はまた口を開いた。
「先生が、そういうことを俺に聞くのは初めてだ」
「やっぱり気になるだろ。あんたの大事な組長や、オマケのその息子が、男のぼくをちやほやしているんだ。内心で、男のくせにと罵倒しているのか、今だけのことだとバカにしているのか、それとも……まったくの無関心なのか。この先、長いのか短いのかわからないが、あんたには、ぼくの番犬も務めてもらわないといけない。相互理解は大事だ」
もっともらしいことを言っているが、これは和彦の好奇心だ。これまで三田村は、番犬であり観察者だった。それだけだったともいえる。賢吾や千尋とのどんな行為を目にしても、三田村は目を逸らさないし、感情を表にも出さなかった。
だがこの何日か、和彦と三田村の間には、なんらかの繋がりが芽生え始めていた。それに伴い、特別な感情も。
カラオケボックスで抱き締められたとき、三田村がただ見ているだけの無感情な男ではないと知り、自分たちの行為を賢吾に報告しなかったことで、通じ合うものを感じた。決定的だったのは、三田村が生身の手で、和彦の体に触れてきたことだ。
賢吾の忠実な番犬であるはずの男は、あのとき多分、主人の要望以上の行動を、自らの考えで行った。和彦が三田村に対する意識を変えたように、三田村もまた、和彦に対する意識を変えたのだ。
そのことを和彦は確かめたかった。
「――組長や千尋さんから大事にされる先生を見ているのは、好きだ」
思いがけない三田村の言葉に、さすがに和彦も何も言えなかった。目を丸くしてバックミラーを見つめるが、三田村は前を見据えている。
「先生は、自分の無力さや勇気のなさを知っている。受け入れることでしか、自分は何も保証されないということも。……先生を拉致したとき、ずっと押さえつけていたのは俺だ。先生は震えていたが、それでも辺りをうかがっていたのはわかっていた。あんたはずっと、取り乱さなかった。受け入れることで耐えていた」
「……なんだか、男としてはものの役に立たないと言われているようだ」
「そうじゃない。先生は、しなやかだ。精神的にも、……肉体的にも。――ああ、そうだ。今、気がついた。俺は先生のしなやかさが好きなんだ。突き進むか、折れるかしかない生き方をしてきた俺には、羨ましくもある」
三田村のハスキーな声には、いつもはないわずかな熱がこもっていた。その熱に誘われるように、和彦はわずかに身を乗り出す。
「だから、ぼくに触れてくれたのか?」
この瞬間、三田村の顔は能面のようになった。もともと無表情だったが、すべてが強張ったのだ。
和彦は深くは追及せず、こう付け加えた。
「ぼくが長嶺組に飼われている間、ずっと側にいてくれ。他の人間なら嫌だが、あんたならいい。変な話だけど、あんたになら、どんな光景を見られても受け止められる。恥ずかしさも惨めさも」
「――先生の望み通りに」
その答えに、和彦は満足した。
今度二人で飲もうと誘うと、やっと三田村はちらりと笑みを浮かべた。
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