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第8話
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しおりを挟む別れ際、玄関で秦に抱き締められてから、和彦は部屋をあとにした。
エレベーターの中で、もう二度と秦と会わないということはおそらく不可能だろうなと、ぼんやりと考える。秘密を共有してしまったということもあるが、秦との間に確かな結びつきができたことを実感していたのだ。
賢吾や千尋、三田村との間で生まれた結びつき――縁と、同種だ。肉欲と切っても切れない縁で、それはすぐに、情へと変化する。さすがに和彦も、それぐらいは学習していた。
複雑になった事態と人間関係を、自分はどうするつもりなのか、考えたくなかった。体も心も、秦から与えられた感覚にまだ酔っている。そのくせ、熱い欲望を受け入れなかったせいか情欲の火が燻っており、胸が甘苦しい。
今、自分を知っている人間と会いたくなかった。特に、体の関係を持っている男たちとは。一目見て、和彦の異変に気づくはずだ。
エントランスを出ると、乾いた夜風に、汗ばんでいる肌をさらりと撫でられる。
和彦は髪を掻き上げてから、歩き出す。深夜とはいえ、繁華街に近い場所柄、通りかかるタクシーを停めるのは容易なのだが、少し歩きたい気分だった。
しかし、十歩も歩かないうちに足を止めることになる。ふいに背後から、短くクラクションを鳴らされたからだ。
反射的に振り返った和彦は、狙っていたようなタイミングで車のヘッドライトの光に目を射抜かれ動けなくなる。
その隙に、車のドアが開いた音がして、誰かが側にやってくる気配がした。
「――妙なところで出会ったな」
かけられた男の声には覚えがあった。鳥肌が立つほどの寒気に襲われ、まだ目が眩んでいながらも、和彦はその場から立ち去ろうとしたが、腕を掴まれ阻まれる。
「放せっ」
手を振り払おうとしたが、容赦なく力を込められる。小さく呻き声を洩らした和彦は、男を――鷹津を睨みつけた。
思いがけない場所で思いがけない男に出会い、頭が混乱していた。それでも、鷹津に対する嫌悪感だけは正常に働いていた。
全身で拒絶を示す和彦とは対照的に、そんな和彦の反応を楽しんでいるかのように鷹津は薄い笑みを浮かべていた。やっと獲物を捕えられたとでも言いたげな表情だ。
「この時間、電車は走ってない。タクシーだと、マンションまでの運賃もバカにならないだろ」
「あんたに関係ない」
「乗れ。送ってやる」
「けっこうだ」
ふん、と鷹津は鼻先で笑い、掴んでいた和彦の腕を放す。後ずさるようにして離れようとした和彦の目の前で、鷹津は思わせぶりに携帯電話を取り出した。
「長嶺のオンナを、危ない夜道に一人放り出して帰ったら申し訳ないからな。組に連絡して、誰かを迎えに来させてやる。それまでは、俺が一緒にいてやる。あー、ここの住所は――……」
鷹津の芝居がかった独り言を聞いて、和彦は気色ばんでやめさせようとする。
「余計なことをするなっ」
鷹津に近づいた途端、再び腕を掴まれた。このとき鷹津の顔には、勝ち誇ったような表情が張り付いていた。それでなくても彫りの深い顔立ちをしている男だ。造作は悪くないが、表情の一つ一つにインパクトがありすぎて、それがひどく和彦を不安に――不快にさせる。
通りかかった車のライトで濃い陰影がついた鷹津の顔は、何より、怖かった。
あの賢吾と対立している男なのだと、肌で実感させられる。息を呑む和彦に、鷹津は粗野な笑みを向けてきた。
「俺が送っていってやろうか?」
問いかけではなかった。和彦ができる返事は一つしかない。
「ああ……」
ため息をつくように答えると、携帯電話を畳んだ鷹津が助手席のドアを開け、仕方なく和彦は乗り込む。
シートベルトを締めると同時に、乱暴に車が急発進した。
膝の上にのせたバッグを、和彦はぎゅっと掴む。鷹津に対する嫌悪感と警戒心から、全身の毛が逆立ち、ゾクゾクと寒気がする。車に乗るしかなかったとはいえ、痛いほどの後悔を噛み締める。
信号で車が停まったとき、降りることは可能だろうか――。
火花が散りそうなほど苛烈な勢いで、思考を働かせる。和彦は鷹津を敵だと認識している。それでなくても、鷹津に二度ばかり恥をかかせているため、どんな手酷い目に遭わされても不思議ではない。
こんな形で、秦との間にあった行為の余韻が冷めるのは、皮肉だ。いや、自業自得というべきなのかもしれない。
これ以上なく体を強張らせている和彦に、唐突に鷹津が話しかけてきた。
「――ヤクザなんかとつるんでいても、ロクなことにはならないぞ」
ビクリと肩を震わせて、和彦は思わず鷹津を見る。前を見据えている鷹津の口元には、相変わらず嫌な笑みが浮かんでいた。
「一般人を尾行するような人間が、もっともらしい忠告をするな」
「つまり、一般人じゃないお前に、文句を言う権利はないということだな」
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