血と束縛と

北川とも

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第9話

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 何か飲めと賢吾に言われ、和彦はハイボールを頼む。ちなみに賢吾が飲んでいるものは、ギブソンだ。この男に甘口のカクテルは似合わないので、納得できるオーダーだ。
 物騒な男が隣にいて安心して飲めるというのも妙な話だが、和彦はこの夜初めて、やっとアルコールを味わうことができる。冷えたソーダの刺激が舌の上で弾け、美味しかった。
 いつものことだが、賢吾と二人で飲むとき、特に何かを話すわけではない。じっくりとアルコールを味わい、その場の雰囲気を楽しむのだ。
 いつものように賢吾とそうやって飲んでいると、次々に客がやってきて、店内はあっという間ににぎやかになる。ただ、盛り上げ役のホストたちがいないせいか、眉をひそめるほどの騒々しさはない。
「――お楽しみですか」
 賢吾の傍らに立ち、声をかけてきた人物がいる。秦だ。賢吾は悠然と顔を上げると、カクテルグラスを軽く掲げた。
「ああ。ここがホストクラブじゃなかったら、通ってもいいぐらいだ。俺は、男に接客される趣味はないからな」
 賢吾の言葉に、さすがの色男もどういう顔をしていいかわからなかったらしい。いくぶん困惑したようにちらりと和彦を見た。もっとも和彦のほうも、賢吾の言葉の真意はわからない。この男なりの性質の悪い冗談なのか、案外、本音なのか。
「気分がいいから、今夜は難しい話はなしだ。――色男、ガツガツするなよ。そういう姿は人に見せるもんじゃねーし、俺も、見たくねーからな」
 上機嫌ともいえる声音で賢吾がそんなことを言ったが、和彦には、大蛇がわずかに鎌首をもたげた姿が脳裏に浮かんだ。威嚇ではない。ただ、相手を値踏みしているのだ。
 賢吾の刺青について知らないはずの秦は、違う光景を頭に描いたのか、顔を強張らせている。いくつもの組と関わり、ヤクザとつき合いのある秦でも、賢吾が相手だと気圧されるらしい。
 秦が口を開きかけたそのとき、受付にいたボーイが慌ただしく秦に駆け寄り、何かを耳打ちした。眉をひそめた秦が、賢吾だけでなく、和彦にも視線を向けてくる。思わず和彦は問いかけた。
「どうかしたのか?」
「いえ……、今夜は貸切だと説明しても、入れてくれとおっしゃるお客様が見えられているのですが、佐伯先生のお知り合いだと――……」
 ピンとくるものがあり、まさかと思いながら賢吾を見る。賢吾は、今にも人を食らいそうな、剣呑とした笑みを浮かべた。
「いいじゃねーか。俺の顔を立てて、入れてやってくれ」
 賢吾の言葉を受け、秦はすぐにボーイに指示を出す。
 案の定、姿を見せたのは、鷹津だった。相変わらずのオールバックに無精ひげだが、今夜はスーツを着ていた。
 肩越しに振り返りながら鷹津を確認した賢吾は、短く声を洩らして笑う。
「千客万来ってやつか?」
「……あんたが言える台詞じゃないだろ」
 呟きで応じた和彦は、こちらに向かって歩いてくる鷹津を見据える。先日、鷹津から与えられた屈辱は、和彦の胸の奥で傷となってジクジクと痛んでいた。
 一方、事情がわからない様子の秦だったが、先日、自分が腹を殴った男が現れたことで、いくらか緊張した表情を見せる。鷹津のほうは、秦を一瞥したものの、声をかけることすらしなかった。賢吾しか目に入っていないようだ。
 秦は、立ち入ったことを尋ねてこようとはせず、別室に移動しないかと申し出て、尊大な態度で賢吾が頷いた。


「――そんなに俺の〈オンナ〉が気になるか、鷹津」
 重苦しい沈黙を破ったのは、賢吾の挑発的な言葉だった。新たに運ばれてきた水割りを飲んでいた和彦は驚いて、乱暴にグラスをテーブルに置く。正面のソファに腰掛けた鷹津のほうは、ウーロン茶に入った氷をカランと鳴らし、嫌悪感も露わに顔をしかめた。
 ただ一人、悠然とした態度を崩さない賢吾は、鷹津の反応に満足そうに喉を鳴らして笑ってから、ウイスキーミストの氷の粒をガリッと噛み砕いた。
「先生のあとをつけ回しては、脅かしているんだってな。可哀想に、先生がすっかり怯えちまっている。今夜だって、尾行していたんだろ。さすがに現役刑事だけあって、他人のケツを追いかけ回すのは得意ってことか」
「……なんとでも言え。こっちも言わせてもらうが、お前のオンナがそんな繊細なタマか。男のくせに、ヤクザの組長を咥え込んでいるってだけでも大したものなのに、その飼い犬とも寝ている」
「それだけじゃない。俺の息子のオンナでもあるんだぜ、この先生は」
 さすがに意表を突かれたように鷹津が目を見開く。和彦は賢吾を睨みつけたが、いつの間にか賢吾は、凄みのある目で鷹津を見据えていた。

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